ゲームの日本史、または、日本史の中のゲーム


江戸時代のゲーム

ゲームの歴史に戻る

江戸時代(1603〜1867)

年代のあるもの
西暦和暦事象資料備考
1612慶長十七大橋宗桂が将棋所を預かる。  
1616元和二中院通村がかるたを摺らせる。  
1618元和四佐竹藩の侍、かるたの罪で追放。  
1638寛永十五三池かるた「毛吹草」 
1640寛永十七オランダ商館館長カロン、閣老の牧野内匠頭信成からカルタ調達の依頼を受ける。 渡来人関連の初めての文献
1648慶安元『ばくち、はうびき、けんねんじ、かるた』の記述「慶安の御触書」
1652承応元かるたの禁令  
1656明暦二幕府、凧揚げを禁止。  
1678延宝六かるたの記述「色道大鑑」藤本箕山著
1682天和二三池かるたの記述「筑後地鑑」 
1686貞享三「うんすんかるた」の記述。「雍州府志」黒川道祐著
1686貞享三「貝覆い」の記述。「雍州府志」黒川道祐著
1686貞享三「うんすんかるた」の記述。「女用訓蒙図彙」
1689元禄二三池かるたの記述「一目玉鉾」井原西鶴著
1690元禄三にかるたの記述「人倫訓蒙図彙」 
1694元禄七「諸象戯図式」刊行。 
1694元禄七富くじの禁令が出る。 
1702元禄十五江戸で賭博禁止の令。「博徒考察」
1712正徳二「和漢三才図会」出版  
1722享保七カルタ・賭博用品の禁 
1724享保九『合わせかるた といふものあり 武者かるたといふものあり やくしゃかるたといふものあり』「ひとりね」柳沢棋園著
1728享保十三鳥取藩でかるた・さいの売買の禁令。  
1732享保十七大阪竹本座で「壇浦兜軍記」が上演される。台詞に「きんご」の言葉。/td>「壇浦兜軍記」 
1739元文四かるた賭博の絵。「絵本池の心」出版。西川祐信画
1739元文四大阪で「きんごかるた」の商売が禁止される。  
1770明和七「投壷指南」出版。「投壷指南」列樹栄著
1773安永二内裏で蹴鞠。  
1773安永二「冬の初め、投扇の戯流行す」「半日閑話」大田南畝著
1773安永二「此節、町々めくりかるた御禁制つよし」「半日閑話」大田南畝著
1774安永三「投扇の戯行われ、貴賎是を弄べり。」「武江年表」 
1774安永三御前で投扇興「続史愚抄」 
1774安永三院で楊弓  
1775安永四田江南が投壺を行う「武江年表」斎藤月琴著
1775安永四「投壷指揮」出版「投壷指揮」 
1776安永四物語に投扇興が登場。「寸南破良意(すなはらい)」洒落本。東陽流人著。
1776安永五きんご、むべ山の記述。「立春噺大集」 
1776安永五『投壺は投扇興と変じ』の記述。「当世ここかしこ」洒落本。
1777安永六蹴鞠行われる。  
1777安永六武州高田八幡で流鏑馬。  
1777安永六「骨牌 三池村の産なり」「筑後志、巻之六」杉山正仲・小川正格共著
1779安永八むべ山かるたの記述。「百安楚飛」 
1780安永九かるたの記述。「近頃嶋めぐり」 
1785天明五かるたの絵。黄表紙「為朝飛島巡」出版。勝川春旭画
1787天明七カルタが禁止される。寛政の改革 
1789天明九虎拳の記述。「通気粋語伝」山東京伝著
1791寛政三将軍、吹上の庭で番士40人の打毬を見る。 円形の穴一つの「毬門」を競いゴールする形態
1792寛政四『絵本大人遊』出版「絵本大人遊」山東京伝著
1800寛政十二江戸で絵双六や鞘絵(絵の脇に刀の鞘を立てて写し、正しい絵を見る遊び)が流行。
1806文化三投げ銭遊びの禁令が出される。  
1808文化五幕府で乗馬始あり。  
1808文化五弓場始あり。  
1808文化五投扇の戯が流行し、賭を行ったために禁止にされる。  
1809文化六「投扇之記」が刊行。「投扇之記」 
1809文化六「拳会角力図会」が刊行。  
1811文化八「雙陸独稽古」が刊行。「雙陸独稽古」大原芳蔵菊雄
1813文化十投扇興行われる「海録」山崎美典著
1814文化十一「骨董集」出版。「毬杖(ぎっちゃう)」の「打毬楽」起源説に言及。「骨董集」山東京伝著
1814文化十一『この夏投扇興流行す。』「摂陽奇観」浜松歌国著
1816文化十三花合わせ停止(武蔵野花)「摂陽奇観」浜松歌国編著
1817文化十四投扇興流行の記述。「摂陽奇観」浜松歌国著。
1821文政四宇田川榕庵、オランダカルタ(トランプ)を模写。
1822文政五投扇興が禁止される。「武江年表」「ききのまにまに」
1823文政六オランダ商館長ブロンホフ日本のカルタを持ち帰る。(現存する最古のメクリ札)  
1825文政八中村座で『東海道四谷怪談』が初演され、藤八拳(とうはちけん)が流行。  
1830天保一「嬉遊笑覧」出版。 喜多村信節著
1830天保一「拳独稽古」出版。  
1831天保二花カルタ売買禁止。  
1835天保六投壺の句「蕪村発句解」与謝蕪村著
1841天保十二、「江戸花札骨牌禁止令」が出る。天保の改革。 
1842天保十三幕府、市中遊客の弓射、婦女子の矢拾いを禁止。矢場での矢追女を取り締まる。  
1847弘化四河原崎芝居狂言「笑門俄七福」でとてつる拳が流行。  
1849嘉永二『投扇の戯行はる。大阪よりはやり来れり。』「武江年表」 
1852嘉永五「投壺式」出版。  
1856安政三「拳早指南」出版。  
1859安政六本拳と藤八拳の記述。「柳橋新誌」成島柳儀北著。
1860万延元横浜元町で競馬が行われる。フランシス・ホールの滞日日記

年代のないもの
事象資料備考
双六「柳亭記」柳亭種彦
手鞠「好色一代男」井原西鶴

その他のこの時代の遊び

事象備考
面子 
かるた 
花札 


「ゲームの日本史」に戻る

「ゲーム研究室」に戻る

メインメニューに戻る