109. 三陸の田老と月山
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2012年10月10日~11日に三陸沿岸の宮古を訪ねた。宮古訪問はこれで4回目である。
宮城県から青森県の太平洋沿岸の三陸について、りくぜん、りくちゅう、むつは漢字
では陸前、陸中、陸奥であり、今回はじめて三陸の意味を知る。私は「むつ」のみ
間違って別に理解していたが、漢字では同じ「陸」が付けられている。
宮古気象観測所は地球温暖化など気候変化を監視する数少ない重要な観測所である。
観測所の環境は可能な限り一定に保たねばならず、その維持管理の方法の一つとして
私が気象庁に対して「気温など測る露場で風速を長期間にわたり記録すること」
を提案している。
時代により環境が変われば風速の変化として現れるから気づきやすいのである。
私のボランティア活動として、その予備的な試験観測を2012年10月11日から
開始するための訪問である。
前日の午後(2012年10月10日)、JRにて宮古駅に着く。豊間根正志さんに出迎えて
いただく。豊間根さんは宮古測候所が無人化される最後の測候所長を務められ、
私が2006年7月12~13日に最初に訪問したときからお世話になり、
今回の試験観測でも協力していただいている。
去る平成の大津波で集落が全滅した宮古市田老地区に案内していただく。
元の田老村である。田老では、明治29年と昭和8年の大津波を経験したことから
堅ろうな防潮堤が築かれていたのだが、平成の大津波で破壊され、集落は壊滅して
いた。6階建ての「たろう観光ホテル」は3階までが鉄骨のみとなり、一つだけ
残っていた。
注:昭和8年の大津波に遭遇した記事
昭和8年3月3日の大津波に被災された田老の牧野アイさんのことを2012年5月に知り、
「104.宮古の高潮と津波」の記事に記載してある。
田老の海岸の斜面には、明治と昭和の大津波記録標識が付けられていた(写真109.1)。
今回の大津波で、それらの標識は一部破損し欠けて小さくなっていた。
写真109.1 田老の海岸に付けられた明治と昭和の津波記録標識(壁面の二つの白色板)。
写真109.2 山王岩。
外洋に面した海岸の三王岩に案内していただく(写真109.2)。岩の高さは50mも
あろうか、頂上部には松が何本も生えている。ここは宮古の観光スポットの一つ
である。
翌日(2012年10月11日)には、盛岡地方気象台による宮古観測所の機器点検整備の
日であり、観測露場フェンスの門扉を開けていただく。試験観測用の風速計を設置し、
記録は乾電池で自動的に開始した。
宮古観測所は標高43mにあり、眼下に宮古湾が、対岸の重茂半島には標高456mの
月山が見える(写真109.3)。豊間根さんに案内していただく。
月山への途中までは舗装されていたが、頂上に近づくと、でこぼこの狭い道路となる。
頂上からは周囲が一望できる。テレビやFM放送などの中継局がある。
北方を望むと、左に宮古市街が、右には入り込んだ絶景の三陸海岸が連なる
(写真109.4)。
写真109.3 宮古気象観測所から見た対岸の月山。
写真109.4 月山から見下ろした宮古周辺(写真3枚を横に合成)。
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