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2.故郷の母からの便り =近藤純正=
<熱き湯を地に捨つなかれ 虫棲めば 祖母の教えを今も守れリ>
熱き湯

以下の約1,400字の文章は、高知新聞社
から掲載の許諾を受けたものである

去年の冬、伊豆半島先端を目指して、私はひとり歩 きの旅をしていた。そのとき、伊豆高原小室山のつつ じ園の岩に、歌会で選ばれた俳句『つつじ燃ゆ伊豆の 近か富士親しらす』が刻まれていることに気づいた。

この句を読み、私は20歳代の学生時代、休みにも 故郷へ帰らず研究に夢中になっていたころ、いまは亡 き母から送られてきた句『ぼんぼりのかげ堀にゆれ城 まつり』をふと思い出し、歩きながら反復すると、何 かこみ上げてくるものがあった。

私たちの年代では高校を卒業すると、県外の大学へ 進学、あるいは県外へ就職する者はおおよそ3分の1 ほどいた。現在でもこの割合はほとんど変わらないと 思う。当時は現在のように電話が普及しておらず、通 信手段は手紙か電報であった。

現代の日常生活は驚くほど便利になった。そして多 くの物質の消費・廃棄により地球環境が問題化し、環 境教育の必要性が高まっている。しかし、昔から環境 教育は行なわれてきたと思う。「汚れを川に流すと水神 の罰が当る」などがあったように。

母の手紙にあった短歌『熱き湯を地に捨つなかれ虫 棲(す)めば祖母の教えを今も守れリ』も覚えている。

この短歌には2つの教えがある。その1は、無意 識にも人に対する思いやりや優しさを忘れず言動に気 をつけること。私は不注意にも忘れていることが多い が、戒めとしている。その2は、人間の不注意や無知 によって環境を破壊してはならないことである。

茨城県神栖(かみす)町で、今年地下水汚染が発覚 し、環境基準の450倍ものヒ素が検出された。

数年前から、手が震えるなどの症状の人が出ていた が、原因はつかめなかった。別々に来た患者の住所が 同じことに気づいた医師が、飲み水を疑って、ヒ素の 発見に至ったという。これは、旧日本軍の毒ガスの成 分に由来しているらしい。

神奈川県寒川(さむかわ)町でも、旧日本軍の工場 跡から毒物が検出された。これらは半世紀以上の昔、 関係者が注意していれば防止できたはずの事件である。

他方、人間の無知や学問水準の未熟さから、予測で きなかった環境問題もある。オゾン層は、地上から20 ないし40キロメートルの上空にあり、地上に達する有害 紫外線(波長0.1~0.4ミクロンの紫外線のうち、0.28~ 0.32ミクロンの範囲)をカットしている。

ところが、近年、化学物質フロンの大気中への放出 によって、オゾン層が破壊されるということが問題に なった。

フロンは不燃性、無味無臭、毒性が少ないなど、多 くの優れた性質をもち、20世紀に生産された夢の物 質とも呼ばれたほどである。冷蔵庫やエアコンなどの 冷媒や半導体の洗浄剤として利用されてきた。このオ ゾン層の破壊問題はだれも予測できていなかった例で ある。

各地のごみ処分場周辺では、水や大気の汚染が心配 されている。汚染過程が複雑なために、対策をとる研 究が不十分なまま、廃棄物と汚染物質を含む焼却灰が 増え続けている。他方、物が大切にされ、環境保護の 機運が高まってきたのは嬉しいことである。
(高知県吾川郡伊野町出身・神奈川県平塚市中里49 の6)

―2003年10月3日付高知新聞朝刊『所感・雑感』に掲載―
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