M31.十和田湖に始まる気象学
	著者:近藤純正

		要旨
		備考(ボーエン比、年間の湖面蒸発量、水分含有量と温度)
		参考書
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2008年3~4月開催の市民講座「緑の家学校」連続講座の第4回 前半の要旨と質問・回答である。

気象学は社会的要請によって発展してきた。水力発電用に使っていた 十和田湖の水損失量を知るために始めた蒸発の研究から紹介する。ついで 海上災害をもたらす低気圧発達の天気予報の精度向上の要請から東シナ海に おける気団変質の国際協力研究へとつながり、水資源問題・水循環の気候への 影響を知る基礎として半乾燥・乾燥地の水収支研究を行うことになった。 (要旨の完成:2007年12月26日)

本講座シリーズに関する専門的なことがらは、共通する基礎的 内容であり、別の章「M33.水蒸気(要点)」、「M34.放射(要点)」、 「M35.エネルギーと温度変化(要点)」、「M36.大気安定度(要点)」 に説明してあるので参考にしてください。


要旨

気象学は、状況情勢と関連して発展してきた。

1950年代の社会的背景:
太平洋戦争の終結(1945)、戦後の復興が始まる。 そのころ水害の多発と水不足が起こった。当時の発電は主に水力に頼って いたので、水不足の解消のために各地で人工降雨の実験と、雲の微物理学 の研究が始まる。それから数年が経った1957年のころ、東北電力会社では、 雨を降らせる実験だけでは不十分で、蒸発による水の損失も抑制する 必要があるとして、発電用貯水池として利用していた十和田湖からの蒸発量 を知る研究を東北大学に委託してきた。

当時の1950年代には、水面蒸発の評価法として、蒸発計(水を入れた容器) による方法と、2つの高度で風速と水蒸気量を観測し、風による拡散で 水蒸気が水面から大気へ運ばれる量を求める方法があった。

これらの方法で十和田湖からの蒸発量を求めたところ、冬になると、湖水 は気温に比べて高温で、湯気が立ち昇るような状態だのに、蒸発量は少ないと いう結果である。”これは、おかしい!” と直感的に思い、当時の評価方法 では不十分なことに気づいた。

研究を重ね、方法を改良して求めてみると、十和田湖の蒸発量は冬に多く、夏に 少ないことがわかった。これは、十和田湖の水深が深く(平均水深=80m)、 暖候期の日射エネルギーが湖水に貯えられ、水温が下がり難く、冬期は水温が 気温より高くなるからだと考えた。

そこでこんどは水深の浅い野尻湖(平均水深=20m)について、湖水に貯えら れる熱量などを観測する方法(熱収支的な方法)を取り入れて蒸発量を求めた。 その結果、野尻湖では位相の遅れが十和田湖に比べて小さく、蒸発量は8~ 10月に多く、2~4月に少ないという予想通りの結果を得た。

1960年代の社会的背景:
冬期に急発達した台湾低気圧が本州南岸を通る際に、首都圏で大雪による 交通麻痺となり、東方海上では船舶の遭難と大型船の大破事件があった。 この状況は大西洋でも同じで、メキシコ湾流域での低気圧の急発達の問題が あり、国際的に、天気予報の精度向上の要請があった。

1974年と1975年の2月に国際協力研究として気団変質実験が、沖縄本島を 中心とする東シナ海で実施された。冬期の大陸からの寒冷気団が暖かい 黒潮上でどのように熱と水蒸気を得て変質されるかを調べることが目的であった。

この国際協力研究を契機として、数値天気予報の精度が飛躍的に進歩する ことになる。

1980年代の社会的背景:
世界の水資源問題、水循環が気候形成にとって重要であることが認識 されるようになる。1986年ころ、降水量も蒸発量も少ない中国乾燥砂漠地域 における水収支についての日中共同観測研究を計画し、 参加しないかという打診があったが、当時は乾燥地の裸地面における水収支量 の計測方法が確立していなかった。なぜなら、先進国で発展してきた 観測手法は、やや湿潤域・湿潤域の日本などで開発・発展してきた ものであるからである。それゆえ、共同観測には当分参加せず、乾燥域に適応 できる裸地面蒸発量の観測方法の開発を行うことにした。

やや湿潤域・湿潤域の蒸発量は風速と大気の乾湿に依存するのだが、乾燥域 の砂漠・半砂漠での土壌面蒸発量は風速にほとんど依存せず、土壌の種類と 土壌水分量によって決まることがわかった。

厚手の衣類や木材などに応用してみると、蒸発速度は表面付近が乾くまでは 風速に大きく依存するのだが、やがて、風速には依存しなくなり、空気の湿度 に依存するようになる。

備考

(1)ボーエン比の気温依存性
地球の表面、諸物体の表面、人体表面において、入ってくるエネルギー(内部 発生熱も含む)は出るエネルギーに等しいという関係「熱収支式」が いつでも成り立つ。

出るエネルギーは目に見えない長波放射(=表面の絶対温度の4乗に比例)、 顕熱、および蒸発(発汗)に伴う潜熱である。顕熱輸送量と潜熱輸送量も 表面温度によって変わるのだが、その表面温度は熱収支式を満たすように 決まる。

ボーエン比(=顕熱輸送量÷潜熱輸送量)
は気温に大きく依存する。低温時は顕熱輸送量が大きいが、高温時は潜熱輸送 量(蒸発量)が大きくなる。これは、高温になると空気が含み得る水蒸気量が 指数関数的に増加することによる。

液体水が気化して水蒸気になるとき1g当たり600カロリー (=2.5×10J kg-1)のエネルギー が必要である(J はジュール、1カロリー=4.2ジュール)。 逆に、水蒸気が凝結して(雲になったり、物体に結露して)液体水に なるときは、このエネルギーが解放されて周囲は温められる。このことから、 水蒸気輸送のことを潜熱輸送という。

100 W m-2の顕熱輸送量は100 W m-2の潜熱輸送量と 同等である。蒸発量に換算すると、
100 W m-2=0.147 mm/時=3.53 mm/日=1287 mm/年 である。

(2)年間の湖面蒸発量の南北での違い
1年間の湖面蒸発量(森林蒸発散量もほぼ同じ)は北海道で400~500mm、 南・西日本では1000mm程度で概略2倍の違いがある。このことを気象・気候 関連の研究者たちにクイズで問うと、大多数は「南ほど日射量が多いからだ」 と答える。 正しくは、ボーエン比の気温依存性によるのだ。年間日射量の南北差は小さく、 平均気温の差が南北で10℃ほどあることが蒸発量の南北差を生む大きな理由 である。

同じクイズを子供たちにしてみるとどういう答えがあるか?
まだ試みていないが、「南ほど、暑いからだ!」と正解を出すような気がする。

(3)空気と土壌(砂糖菓子、クッキーなども同じ)の水分含有量と温度
空気は温度が高くなるほど含み得る水蒸気量(飽和水蒸気量)は指数関数的に 増加する。1mの空気の飽和水蒸気量:
-20℃・・・・1.1g
0℃・・・・・・ 4.8g
20℃・・・・・・17.3g
40℃・・・・・・51.1g
60℃・・・・・ 129.6g

土壌は空気とは逆で、高温になれば(熱すれば)、水分を放出し、低温に なれば水分を吸収する。したがって、乾燥地の砂漠では土壌水分量は 夜間に多く、日中に少なくなるという日変化をしている。

大気中に含まれる水蒸気量や蒸発に伴う潜熱のことなどは、 「M33.水蒸気(要点)」に説明されている。

参考書

近藤純正、1987:身近な気象の科学(東京大学出版会)、
11章「十和田湖の冬の蒸発」、12章「黒潮と大気」

近藤純正ホームページ:「身近な気象」の
「5.十和田湖物語」
「16.海面バルク法物語」
「M17.砂時計に観る地球の自然」

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