M106.河川水温は流れた距離とともに変わる

著者:近藤純正
河川の水温は水塊が流れた時間(流れた距離)とともに変わる。 これを実測および単純な条件(水深と流速が一定)についての計算から示した。 水温は源流域では年平均気温にほぼ等しく時間変化は小さいが、川下ほど日変化・ 季節変化が大きくなる。例として水深0.2mの河川について夏の晴天日を想定したとき、 水塊が源流点を出発してから24時間以後には、水温は流れた時間(流れた距離) や源流点の水温とほぼ無関係になり、下流の気象条件で決まる日変化をするように なる。 (完成:2023年1月24日)

本稿は自然をより正しく深く理解するための一般向け新刊書「身近な気象のふしぎ」 (東京大学出版会)の 第6章「河川改修と養殖魚の大量死事件」 について、補足の資料も加えた概要解説である。 より詳しい内容は新刊書をご覧下さい。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新記録
2023年1月22日:素案の作成


   目次
         6.1 はしがき
         6.2 夏と冬の河川水温の違い
         6.3 水塊の温度が経過時間(流下距離)とともに変化する原理
        6.4 河川水温の経過時間(流下距離)による変化、計算例
         まとめ
         文献

      謝辞
          本稿の作成にあたり農研機構農業環境研究部門の桑形恒男博士に
     ご協力いただいた。ここに厚く御礼申し上げる。              

6.1 はしがき

コメ騒動を起こした平成の大凶作の翌年、1994年の夏は全国的な異常渇水となり、 とくに西日本の各地では、生活用水、工業用水、農業用水に異常事態が生じた。 晴天の高温日が続くと河川水温の上昇で、川魚や養殖中の魚が大量死した。 これは酸欠と生理的原因によると推定されている。

ある成分のガスで飽和溶液になった平衡状態において、水中の溶存ガス濃度 Cw(kg/m3)は、ヘンリーの法則により溶解度を h とすれば、 Cw=hCaで表わされる(近藤、1982a、第7章)。ここにCaは大気中のガス濃度 (kg/m3)である。酸素に対するhは温度0℃、20℃、40℃に対して、 それぞれ0.049,0.030、0.023で、高温になるほど溶存酸素濃度Cwは低くなる。 さらに高温水の中では、魚の種類によっては生理的原因で生存できなくなると 考えられる。宮城県蔵王町では、渓流・秋山沢川の水を利用した3つの養魚場で 稚魚が大量死し、大きく報道された。現地に行き調べてみると、 自然を無視した河川改修が異常な水温上昇を起こした原因であることがわかった。

本章では、河川水温は水塊の流れた時間「経過時間」(流れた距離「流下距離」) とともに変化する原理について、実測と計算によって理解することにしよう。


6.2 夏と冬の河川水温の違い

神奈川県秦野市千村の里山に日立製作所の「ITエコ実験村」がある。 ここでは休耕田の再生、IT技術が生態系保全にどのように役立つのかの実証実験 などが行なわれている(近藤・野口、2018)。 「K170. 里地里山の気温分布(完結報)」

図6.1はエコ実験村にある湧き水の水温が、湧水点(標高198m)からの距離とともに 夏は急激に上昇するのに対し、冬は逆に急激に下降することを示している。 これは晴天日の正午前に行なった観測である。湧水は、地中深くに浸透した雨水が、 深い地中の温度を保ったまま地表に湧き出て小川を流下する。 このエコ実験村の湧水の年平均水温=14.97℃、水温季節変化の振幅=0.2℃である (近藤・野口・内藤、2018)。「K175. 里地里山の水温の 空間・時間変化(2)」
なお、この林内湧水点の年平均気温は13.89℃であり、年平均湧水温度が 年平均気温より1.08℃ほど高い(近藤・野口、2018)。 「K170. 里地里山の気温分布(完結報)」

参考:地温(地面温度も含む)と気温の差の年平均値
温泉地など地熱の影響が大きい所を除けば、中緯度にある日本の通常の気候条件では 地温の年平均値は年平均気温より1℃前後の高温になる。ただし、 風が非常に強い地域では「年平均湧水温度-年平均気温」<0、 都市化が進んだ地域では「年平均湧水温度-年平均気温」=2~3℃、 などの特殊な条件は例外とする。こうしたことを正しく知るには、 高精度の温度計で測らなければならない。

図6.1に示す夏の観測2018年7月10日の正午前の気温(エコ実験村を代表する日当たりと 風通しのよい「丘の観測点」(標高=190m)での気温)は29℃前後である。 水温15℃の湧水点から距離1000mまでの水温上昇量は約10℃であり、 それより下流では、水温上昇はしだいに緩やかになる。一方、 冬の観測2018年1月16日の正午前の気温は11℃前後であり、距離1000mまでの水温下降量は 約8℃である。1月は太陽高度が低く小川に注ぐ太陽エネルギーは僅かであり、 また、当日朝の気温は0℃前後と低く、距離100m以上での水温は正午前の気温 11℃前後より低くなっている。

湧水温度と距離、夏と冬
図6.1 水温と湧水点からの流れた距離との関係、2018年の冬(1月16日)と夏 (7月10日)の比較( 近藤・野口・内藤、2018、の図175.3と図175.4に基づく) 「K175. 里地里山の水温の空間・時間変化(2)」。 


この観測からわかるように、河川水温は水塊が源流点を出発してからの流路上の 気象条件によって変化する。

源流域の水の利用
図6.1に示すように、源流域の水温は年間を通じてほぼ一定で、 気温に比べて夏は低温、冬は高温である。このことは昔から経験により知られており、 農業に活かされてきた。夏の水田では、冷たい水を入れるとイネにとっては 冷たすぎるので、いったん溜め池で温めてから、その表層部の高温水を入れる。 後掲の図6.3からもわかるように、水温17℃の水は、半日ないし1日間溜めておけば、 例えば水深0.2mであれば晴天日には25℃以上になる。 実際の溜め池では流速がほぼゼロで鉛直混合が弱く、 溜め池の下層部は低温であっても表層部は高温になるので、 その高温水を田んぼに入れる。溜め池の下層部には、新しい低温水が自然に流入する。

ワサビは年間を通じてほぼ一定の水温を保つ源流域で栽培されている。

天然氷は山間の奥地で太陽光がほとんど入らない所に池を造り、 そこに湧水を入れて凍らしてつくっている。その池から周囲の山を見たときの仰角 (斜面の傾斜)が全方位平均で23°以下であれば、池面が失う正味放射量 (=上向きの長波放射量-下向きの大気放射量)は全天が開けている広い平野での 正味放射量と大差なく、放射冷却は大きくなる(近藤、1994、図4.14;近藤、1982b)。 あるいは、仰角が23°以上あっても、日中の太陽光がほとんど入らず冷気湖のような 冷気層が続く地形であれば、厚い天然氷ができる。


6.3 水塊の温度が経過時間(流下距離)とともに変化する原理

河川の源流域を出た湧水の水温は流下するにしたがって変化する。 これを定量的に知るには、図6.2に示すように水塊の熱収支の計算を行なえばよい。 現実的には、山地の降水量や融雪量、その他の条件から水深と流速も計算する ことになるが、ここでは原理を理解するために、水深と流速が既知の場合を考える。

河川を流れる水塊の水面では放射量(日射量、長波放射量)と 顕熱と蒸発に伴う潜熱の交換が行なわれる。また、河床下への伝導熱もある。 それらを差し引いた正味の熱量が水塊から放出されるとき水温は下降し、 逆に水塊が熱量を獲得するとき水温は上昇する。具体的な計算方法の詳細は近藤 (1995)に説明されている。

河川水温予測の模式図
図6.2 河川水の流下に伴う水温予測の模式図。源流点からの水塊は流下しながら 大気および河床下との熱交換が行なわれ、水温が変化する(熱収支の計算方法は近藤、 1994)。 


6.4 河川水温の経過時間(流下距離)による変化、計算例

図6.3は具体的な計算の例である。源流点の水温=17℃、河川の水深=0.2m、 北緯38.3度の8月25日、天気は快晴を想定する。日射量と気温と風速は日変化するとし、 日平均気温=23℃、日平均風速=2m/s、水蒸気量を表わす比湿=0.0141kg/kg を仮定した場合である。

水塊の経過時間と水温
図6.3 水塊が源流点を出発してからの経過時間と水温の関係、 水深=0.2mのとき。水塊が3時間ごとに源流点を出た場合の8本の曲線が描かれ、 そのうちの太い線は正午の12時に出発した場合。1点鎖線は計算結果の日平均水温。 北緯38.3度の8月25日を想定し、天気は快晴、日射量と気温と風速は日変化し、 日平均気温=23℃、日平均風速=2m/s、比湿=0.0141kg/kgの条件 (近藤、1995、より転載)。  

図6.3に示す太い曲線は、源流点を正午の12時に出発した水塊の水温時間変化である。 横座標(時間軸)の下に流速V=0.347m/sの速い場合とV=0.0347m/s の遅い場合について、水塊が源流点から流れた距離「流下距離」を示した。 V=0.0347m/sの場合、24時間の流下距離=0.0347m/s×86400s=3000m=3kmとなる。

出発してから約5時間後(時刻17時)までに水温は上昇し26℃に達すると、 日没近くとなり水温は下降しはじめ、約18時間後(翌朝の6時)から 再び水温は上昇となり、27時間後(翌日の15時)には約31℃となる。 これ以後の水塊の水温時間変化および日平均水温(一点破線)はほぼ一定となる。

他の7本の細い曲線は3時間ごとに源流点を出発した水塊の水温変化である。 この例に示すように水深=0.2mの場合には、経過時間24時間以後は、 水塊が源流点を何時に出発したとしても、水温の時間変化の形はほぼ同じになる。

この図から、経過時間(流下距離)が一定の固定観測点における水温の時間変化も 読み取ることができる。例えば、経過時間=24時間(流速V=0.0347m/s の場合の流下距離=3km)の固定観測点では、水温の日変化は22℃~31℃ の範囲で変動幅は9℃である。しかし、経過時間=1時間の固定観測点における 水温の日変化は17~20℃の範囲で変動幅は3℃と小さい。 水温の日変化幅は源流近くでは小さいが、川下に下るにしたがって大きくなり、 最終的には一定値に収束する。その水温の日変化幅と日平均水温は、源流点の水温 (湧水温度)と無関係になり、下流の気象条件によって決まる。


まとめ

河川の水温は水塊が源流域を出発してからの経過時間(流下距離)にしたがって 変化する。これを実測と単純な条件についての熱収支計算から示した。 水温は源流域で季節によらずほぼ一定であるが、川下ほど日変化も季節変化も 大きくなる。例として夏の晴天日を想定すると、水深が0.2mの場合には、 経過時間24時間以後には(流速V=0.0347m/sの場合は流下距離=3km以上、 流速V=0.347m/sの場合は流下距離=30km以上では)、 水温は流下距離や源流点の水温とほぼ無関係になり、 下流域の気候条件で決まる日変化をするようになる。

ここでは水深と流速を与えた場合を示したが、現実には、 水深と流速は山地の降水量や融雪量などによって変化する。その場合は、 日々の降水量と地中水の量の予測、春は山地の融雪量を予測し、 日々の河川流量から水深と流速を計算することになる。 こうした場合の河川水温についての詳細は「身近な気象のふしぎ」の 第6章「河川改修と養殖魚の大量死事件」でとりあげる。 宮城県蔵王町で養殖魚が大量死した夏の日々の水温計算値と養魚場で 記録されていた水温実測値を比較する。


文献

近藤純正、1982a:大気境界層の科学-大気と地球表面の対話-.東京堂出版,pp.219.

近藤純正、1982b:複雑地形における夜間冷却-研究の指針.天気、29,935-949.

近藤純正(編著),1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店,pp.337.

近藤純正,1995:河川水温の日変化(1)計算モデル-異常水温と魚の大量死事件. 水文・水資源学会誌,8,184-196.

近藤純正・野口賢次,2018:K170. 里地里山の気温分布(完結報).
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke170.html

近藤純正・野口賢次・内藤玄一、2018:K175. 里地里山の水温の空間・時間変化(2).
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke175.html



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