K223.暖候期日本の降水源・周辺海域の蒸発量


著者:近藤純正
日本の暖候期(5月~9月)に降水をもたらす主要な水蒸気源である西太平洋の 蒸発量を海面の熱収支式を解く方法で計算した。海面に入射する放射量(日射量 と大気放射量)は観測に基づく気温・相対湿度・雲量を用いて高精度実験式から 推定し、海面下への貯熱量と海洋運搬熱発散量も観測に基づき推定した。大気の 混濁係数は0.05の一定と仮定した。

基準とする2020年における西太平洋の広域平均の気温26.5℃、相対湿度0.83 (83%)、雲量0.65(65%)の条件で広域平均の蒸発量=3.73mm/dである。 気温が+1.5℃上昇した時代を想定し、相対湿度と雲量が共に±5%の幅で変化 すれば、蒸発による潜熱輸送量などの熱収支量がどの程度の幅で変化するかを 予測した。相対湿度と雲量の変化幅に対する放射量の変化は10~20W/m2 程度である。蒸発量は、気温の+1.5℃の上昇に対して2.7%増加、相対湿度の ±5%の変化に対して約±7%変化、雲量の±5%の変化に対して約±6%変化する。

「反射光を除く海面上の放射量」と「水中へ入る貯熱量 G(海流運搬熱発散量を含む)」 の差を有効入力量Qと定義すれば、海面・大気間の温度差が小さいときは、海面 蒸発量は有効入力量Qに比例する。その比例係数 a は、気温が26.5℃のとき a=0.023 mm d-1/ Wm-2であり、気温が高いときほど 大きくなる。

今後の気候変化により、同じ条件でも雲頂・雲底高度が変われば、今回用いた 放射量の高精度実験式は誤差を持つことになるが、その場合でも海面蒸発量と 有効入力量の比例の関係、比例係数は不変である。 (完成:2021年11月11日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2021年11月20日:素原稿
2021年11月10日:査読後に掲載
2021年11月11日:細部を訂正

    目次
        223.1 まえがき
        223.2 ボーエン比と気温の関係
    223.3 放射量の計算     
        223.4  熱収支式
        223.5  西太平洋の蒸発量に及ぼす相対湿度と雲量の効果
      (その1)基準年(2020年、26.5℃)の熱収支量と有効水蒸気量との関係
      (その2)+1.5℃時代の蒸発量に及ぼす昇温・相対湿度・雲量の効果
      (その3)+1.5℃時代の熱収支量に及ぼす相対湿度の効果
      (その4)+1.5℃時代の熱収支量に及ぼす雲量の効果
        まとめ
        付録
      付録1 自然教育園における6.5年間の月ごとボーエン比と気温の関係
      付録2 富士北麓における2012年の月ごとボーエン比と気温の関係
      付録3 西太平洋暖候期における日射量計算の詳細
      付録4 西太平洋暖候期における熱収支のまとめ
        文献                  


謝辞
次の方々から頂いたコメントを改稿に役立てることができた。ここに深く 感謝いたします。(称号・敬称略、査読順)。中島映至、木村龍治、内藤玄一、 鈴木健太郎、菅原広史、本谷 研。


223.1 まえがき

地球の気候は放射の作用で基本が決まり、次いで水循環(蒸発、降水)にともなう 潜熱輸送の働きで大勢が決まる。仮に、地表面に入る放射量(日射量と大気放射量) が時代によって変わらなくても、地球温暖化によって気温が上昇すればボーエン比 の気温依存性により蒸発量が増える。その結果、降水量も多くなると考えられる。

こうした諸々の要素に関する気候予測は、世界中で開発された何十という大気 大循環モデルの複雑な計算方式によって行われている。しかし地球の環境・気候 が変化したとき、地球のアルベドや雲量がいくら変わるのか未解決な問題も多く、 どの計算モデルも完全とは言えない。

そのため本論では、地表面の熱収支式ひとつを解く単純モデルによって、温暖化 が進んだとき蒸発量がいくら増えるか計算し、気候変化の基本を理解したい。

前報の結果
前報の「K221. 日本の降水量長期変化、単純モデル計算」 では、暖候期5月~9月の降水をもたらす主要な水蒸気源である西太平洋 (東経110~180°E、北緯0~38°N)を対象とし、観測に基づき海上の気温T=26℃、 相対湿度rh=0.83(=83%)、雲量n=0.65(=65%)の条件に対して海面蒸発量を 計算した。

図1は暖候期の日本国内51地点平均の降水量観測値の長期変化である。大気汚染が 小さい1947年前後(西太平洋の大気の混濁係数βdust=0.02)を基準にすると、 大気汚染が深刻な1980年前後(βdust=0.07)の時代は、地上の日射量計算値が 6.4 W/m2 (=266.4 W/m2-266.0 W/m2) 減少し、その結果として周辺海域の蒸発量計算値が4.2%減少した。このことから、 大気汚染が降水源となる蒸発量に大きく影響することを理解した。

降水量51地点2021年まで
図1 日本の暖候期(5月~9月)の51地点平均の降水量の長期変化 (1900年~2021年)。


さらに、1980年代以後の西太平洋の混濁係数が0.07から0.05に改善され、 さらに温暖化が進み気温が+1℃または+2℃上昇したときを想定し、単純 モデルの熱収支計算から日本の暖候期における西太平洋の蒸発量を計算して みると、蒸発量は+1℃上昇のときは3.4%、+2℃上昇のときは5.1%の増加と なった。この場合、CO2の増加による地上の大気放射量の増加は 1 W/m2 程度で小さいが、水蒸気量の増加による大気放射量の増加は6.8 W/m2 (+1℃のとき)、または13.7 W/m2(+2℃のとき)で大きいことが わかった。

本論の目的
前報の計算では、海面上の相対湿度rh=0.83(=83%)と雲量n=0.65(=65%) を一定と仮定した。しかし温暖化によって広域の平均的な相対湿度や雲量が変わる か否かについて正確には分かっていない。そのため本論では相対湿度と雲量が 変わる場合について、西太平洋の海面蒸発量がどのように変化するかを調べる。

本論では、地球の大気・海洋全体の熱収支量の変化を対象としていない。 地上の相対湿度と雲量の変化が地表面の熱収支に及ぼす直接的な影響のみを 考えたものである。実際は相対湿度が変われば雲底高度のほか雲頂高度も変わり、 系全体の放射収支も変わり、地表面温度も変わることになる。それゆえ、 本稿で仮定する計算式の中では大循環に関わるフィードバックを計算するもので はない。しかし、大循環モデルによって、これらのフィードバック効果で地表面 の放射量が、例えば5W/m2増加することが確定すれば、後掲の図5または図6の横軸 が5W/m2 大きいところの縦軸の蒸発量などを読み取ればよい。

本稿では降水量の多い暖候期(5月~9月)を対象とする。暖候期つまり気温の 高い季節はボーエン比(=顕熱輸送量/潜熱輸送量=H/ιE)が小さくなる熱収支 特性により顕熱輸送量は近似的に無視できて理解しやすい。ボーエン比が小さい 暖候期には、広域にわたり平均として水温・気温差が小さくなり、後掲の図4~ 図6に示されるように、熱収支式の解(水温気温差、顕熱・潜熱輸送量)が 1次の解析解で表わされる。

なお、前報の「K221.日本の降水量長期変化、単純モデル 計算」で述べたように、暖候期(5月~9月)の降水量をもたらす水蒸気源は 主に西太平洋の海面蒸発量であり、次いで国内の高地を除く森林域の蒸発散量 と見なされる。近藤(2000)「地表面に近い大気の科学」の図7.19に示した ように、湿潤気候の地域(降水量>ポテンシャル蒸発量)では、気候条件が 同じならば森林蒸発散量は湖(および海)の蒸発量と同程度または少し大きめ である。


223.2 ボーエン比の気温依存性

地表面に放射エネルギー(日射量、大気放射量)が入射すれば、そのエネルギー の大部分は地表面温度Tsを上昇させて上向きの放射量σTs4 となり、 残りは顕熱輸送量 H 、蒸発の潜熱輸送量ιE、および地表面下への熱G に配分 される。ここにσ(=5.670×10-8 Wm-2K-4) はステファン・ボルツマン定数である。顕熱輸送量と潜熱輸送量への配分比 H/ιE をボーエン比と言う。

図2は「ボーエン比の気温依存性」を具体的に示したもので、ボーエン比は気温 が高くなるほど小さくなる。湖面は日本各地の湖について近藤(2000)「地表面に 近い大気の科学」の図5.5からの転載である。海面については前報の 「K221. 日本の降水量長期変化、単純モデル計算」 の図6に示した関係のうち、気温=26℃、27℃、28℃で横軸 Q=520、570、620 W/m2のときの HとιEのプロットから求めた値である。

自然教育園については近藤・菅原(2016)「K123.東京 都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」で示した2009年7月~ 2015年12月まで6年半にわたるフラックスの直接観測データのうちの暖候期 (5月~9月)の平均値である。なお、快晴日の日中10時~15時の関係、 および寒候期も含む月ごとの月平均値の関係は付録1に掲載してある。

ボーエン比海湖森林暖候期
図2 ボーエン比と気温の具体的な関係。湖面は日本各地の湖の年平均値、 海面は「K221.日本の降水量長期変化、単純モデル計算」 の計算値、自然教育園は「K123. 東京都心部の森林 (自然教育園)における熱収支解析」の資料から、富士北麓は 「K205.地球温暖化観測所の試験観測、富士北麓」 の資料から求めた。


富士北麓の国立公園内には国立環境研究所地球環境研究センターの高さ32mの 観測塔があり、大気中の温室効果ガス濃度を中心とした長期変化を観測している。 ここは標高1050m~1150m、付近一帯の森林の優先種はカラマツ人工林、樹齢は 約60年、樹高は20~25mである。標高が高いため森林の葉面積指数はLAI=2.4~ 2.6m2/m2で平地の日本の標準林のLAI=6 m2/ m2 に比べて小さい。詳細は近藤・三枝・高橋(2020) 「K205.地球温暖化観測所の試験観測、富士北麓」 を参照のこと。

この観測サイトでは、2014年春と2015年春に間伐が行われ、さらに2016年、 2017年、2018年には台風により倒木があった。そのため、本解析ではその前の 2012年の観測データを解析した。ここは平地に比べて葉面積指数が小さいために 入力放射量の顕熱輸送量への分配比が多めになりボーエン比が平地森林に比べて 大きくなっている。なお、暖候期以外の年間のボーエン比は付録2に掲載してある。


備考1:ボーエン比と気温の理論的な関係
ボーエン比が高温時ほど小さくなる理由は、飽和水蒸気量が高温になるにしたがって 指数関数的に大きくなることによる。すなわち、高温時は小さい地表面・大気間 の温度差で大きな水蒸気差ができて大きな潜熱輸送量が生ずる。逆に、低温時は 温度差が大きくなるまで水蒸気差ができず、そのときは大きな温度差によって 顕熱輸送量も大きくなり、入力放射量が相対的に顕熱に多く配分される。

ボーエン比(H/ιE)は気温に強く依存するほか、相対湿度、風速などの条件に よっても変化する。相対湿度が飽和のときでも、入力する熱エネルギーがあれば エネルギー保存則によって蒸発が生じる。そのときのボーエン比は近藤(1987) 「身近な気象の科学」の表11.3に示されており、気温が-20℃、0℃、20℃、 40℃に対してボーエン比はそれぞれ5.94,1.47,0.46,0.17となる。

近藤(1994)「水環境の気象学」のp.136に説明されているように、風速が非常 に強い極限状態では(微小物体のように交換速度が非常に大きいとき)、 放射の影響はほぼ無視できて、ボーエン比は-1に近づく(ιE=-H となる)。




223.3 放射量の計算

熱収支式を解くに必要となる放射量について説明する。大気境界層内に昼夜に わたって大きな気温の逆転層ができるような特殊な場合を除けば、地表面に 入射する大気放射量 Lは、地上から大気上端までに含まれる 可降水量に気圧効果を補正した有効水蒸気全量wTOP*と雲量 n と 地上気温 T の関数として表わすことができる。詳細は近藤(2000)「地表面に 近い大気の科学」の図2.23,式(2.33)~(2.37)に掲載されている。

有効水蒸気量の全量wTOP*と可降水量 w
地上の日平均水蒸気圧 e と有効水蒸気量の全量 wTOP*は密接な 関係があり、「K219.温室効果、CO2濃度と地表面の放射量」 の図4に示した。その図に示した実験式は近藤(2000)「地表面に近い大気 の科学」の付録Bに露点温度の範囲ごとに3つの実験式で表わされているため、 各式のつなぎ目で微分が不連続になる。本研究では変化量を知ることが目的で あるので、全範囲で微分が連続になるように次式で表わすことにした(前報の 「K221.日本の降水量長期変化、単純モデル計算」 でも用いた)。

 有効水蒸気量の全量:wTOP*=-0.0007e3 + 0.0389e2 + 0.749e + 1.4328 ・・・(1)

次に、可降水量 w は近藤(2000)「地表面に近い大気の科学」の式(A2.7)、 すなわち、次式から求める。

  可降水量:w=1.234 wTOP* - 0.21 ・・・・・・・(2)

ただしe の単位は hPa, wとwTOP*の単位はいずれも水の厚さmm (=kg/m2:1平方m当たりの水の質量)である。

大気放射量
日本の周辺海域として西太平洋を想定すると、快晴域と雲域があり、大気放射量 はそれぞれ図3の「快晴:記号O」と「上層雲:記号u」と「中層雲:記号m」と 「下層雲:記号l」の曲線が対応する。本論では、暖候期の平均状態を知るために 快晴のときの実験式(3)と雲のあるときの実験式として中層雲が広がるときの 実験式(4)を用いる。

 中層雲:L/σT4=0.59 + 0.038 ln(wTOP*) + 0.011[ ln(wTOP*) ]2 ・・・・・(3)

 快晴: L/σT4=0.84 + 0.011 ln(wTOP*) + 0.003[ ln(wTOP*) ]2 ・・・・・(4)

雲量が n(=0~1) のときは次式を用いる。

  雲量nのとき:L/σT4=n×式(3)+(1-n)× 式(4) ・・・・・・(5)

大気放射量の射出率
図3 大気放射の射出率(縦軸)と有効水蒸気量の全量wTOP* (横軸)との関係 (「K219.温室効果、CO2濃度と地表面の放射量」 の付図2に同じ)。(注意:この図では横軸の単位はmm)。L (W/m2) は大気放射量の観測値、To(K) は地上における日平均 気温。各曲線の左端に記された添字Oは快晴時の関係、u は上層雲, m は中層雲, l は 下層雲で覆われているとき, r は降雨・降雪時を表わしている。 プロットされた白丸印はKondo and Sato(1979)による熱帯海洋上における観測値、 その他は Yamamoto and Sasamori(1954)による観測値、その他を含む。5本の 各曲線は 近藤(2000)「地表面に近い大気の科学」のp.75に示す実験式 (2.33)~(2.37)で表わされる。


日射量
暖候期の西太平洋(東経110~180°、北緯0~38°)を対象 とし、8月1日の北緯25°の値を代表値として用いる。北緯30°としてもほとんど かわらない。

日平均日射量 Sd(=S)は大気の混濁係数βdust、 可降水量 w、雲量 n 、緯度φ、太陽赤緯δ、日の出から南中までの時角 H、 太陽・地球間の距離、地表面アルベド r の関数とした実験式によりかなり正確に 計算することができる(同じ記号 H は顕熱輸送量にも用いているので注意のこと)。 詳細は近藤(1994)「水環境の気象学」の第4章「日射と大気放射」に掲載されて いる。主な式は(4.1)、(4.3)、(4.76)、(4.77)であり、また 「K221.日本の降水量長期変化、単純モデル計算」 に説明されている。

西太平洋を対象としているので、Kondo and Miura(1985)が作成した西太平洋の 気温 T、相対湿度 rh、雲量 n の分布図からそれらの広域平均値として T=26℃、 rh=0.83(=83%)、n=0.65(=65%) を用いる。ただし、これらは1979年の 値であり、本論では2020年を基準とするので広域平均の気温は T=26.5℃とする。 将来、2020年の気温26.5℃から+1.5℃上昇した時代の蒸発量を予測することが 目的であり、相対湿度が±5%、雲量も±5%の幅の不確定性をもつとする。

基準(2020年)の条件:
T=26.5℃
rh=0.83
n=0.65

+1.5℃上昇時代の条件:
T=28℃
rh=0.83±0.05
n=0.65±0.05

日本を含む世界平均の大気汚染は1980年頃に比べて改善されており、2020年 以後は一定と仮定する。

混濁係数:βdust=0.05 ・・・・・・・・・(6)

この条件について日射量を計算した。詳細は付録3の表12と表13に示してある。 そのまとめは表1の上から2段目に示した。また、本論では海面を対象としている ので、海面アルベドは r=0.06 とする。


備考2:大気放射量の実験式と日射量の実験式、雲量の取り扱い
地上における大気放射量(長波放射量)は観測に基づき、上・中・下層雲、 降水時ごとに実験式をつくった。それゆえ、大気放射の計算では、雲のあるとき は全雲量 n のみで表わすために、上・中・下層雲の代表として中層雲の式(3) を用いた。

それに対して、AMTEXの東シナ海と周辺海域およびMOMEXの西太平洋上の日射量 (短波放射量)を求めるとき、船舶からの気象通報では全雲量 n(上・中・ 下層雲のすべてを含む雲量)と下層雲の雲量Nh の情報しかなく、n と Nh を 用いた実験式をつくった。それゆえ、日射量の計算には上・中・下層雲の効果が 平均として入っている。



大気放射量と日射量の計算まとめ
表1は上記の条件に対する大気放射量と日射量のまとめである。上段の赤数値で 示すΔL(基準との差)のうちの左半分の0.0、9.0、10.7,12.1W/m2 を見てみよう。9.0、10.7,12.1W/m2は気温26.5℃の基準値 0.0 に 対する気温+1.5℃上昇による大気放射量 Lの増加分であり、 相対湿度の±5%の変化による違いよりも非常に大きい。右半分の9.8,10.7, 11.5 W/m2も同様に雲量の±5%の変化による違いよりも基準値 0.0 に対する気温+1.5℃上昇による効果が大きいことがわかる。

次に、2段目の赤文字で示す日平均日射量の基準値との差を見てみよう。 そのうちの左半分の0.0,-0.5,-1.6,-2.5 W/m2には大きな差 はないが、右半分の雲量の違いによる8.7,-1.6、-13.6 W/m2には 大きな差がある。すなわち、雲量の違いは日射量に大きな差を生じることがわかる。

これらは、大気放射と日射の両効果を示す最下段の赤数値に現れている。 左半分に示した相対湿度の違いによる正味入力放射量の違いの8.6,9.2,9.7 W/m2間には 1.1 W/m2の差しかない。しかし、右半分に 示した雲量の違いによる正味入力放射量の違いの18.0,9.2,-1.2 W/m2 間には19.2 W/m2の大きな差がある。

表1 日平均日射量(Sd=S)と大気放射量(L=L)の計算 のまとめ。表の列の右3列は基準時の雲量n=0.65が±0.05増減して0.070と0.060 (赤数値)になったときを表わし、その左側の3列は基準時の相対湿度 rh=0.83 が±0.05増減して0.88と0.78(赤数値)になったときを表わす。最上段は 大気放射量、2段目は日射量のまとめ(付録の表11、12)、最下段の2行は正味 入力放射量である。
日射大気放射



放射量についての要約:大気の混濁係数βdust=0.05が一定としたとき、 気温の+1.5℃上昇時代には、気温上昇によって水蒸気量が増加し、大気放射量 が9.0~12.1 W/m2増える。その場合、相対湿度の±5%の違いによる 差は 3.1 W/m2(=12.1-9.0)である。これに対して日射量は 雲量の±5%の違いによって22.3 W/m2(=-13.6-8.7)の差が できる。両者を合せた正味入力放射量は気温上昇と雲量の違いによって大きく 変わる。気温上昇によって水蒸気量が増加し大気放射量が増えると地表面温度の 上昇につながり、いわゆる温暖化の促進効果(正のフィードバック)となる。 それに対して下層雲の増加は日射量を減少させ、逆に温暖化の抑制効果 (負のフィードバック)となる。

本稿では、相対湿度の変化と雲量の変化を独立として熱収支を計算する。 しかし実際には広域全体として、海面上の相対湿度が増えると下層雲の雲量が 増える(あるいは雲底高度が低くなる)と考えられる。その場合は両効果が相殺 または増強されることになる。表1の最下行をみると、rh=0.88のときの基準との 差は+9.7 W/m2 であり、これとn=0.70 のときの基準との差は -1.2 W/m2 であり両者は相殺されて基準との差は8.5 W/m2 に少し小さくなる。一方、相対湿度が減る場合は相殺されず増強されることに なる。すなわち、rh=0.78に乾燥し、n=0.60 に減る場合は+8.6W/m2 と+18.0W/m2が加算されて基準との差は16.6 W/m2 と大きくなる。


備考3:衛星観測と気候モデルにおける雲の効果についての現状
地球大気の熱収支にとって雲は大きな影響をもつ。最近、能動型の衛星観測が 実現したことで、雲の鉛直分布がわかり、雲底高度の情報から地表面への下向き 長波放射の評価精度が向上した。これは、能動型の雲・降雨レーダによる降水量 (潜熱)の評価向上とも相まって、全球平均エネルギー収支の定量的描像に更新 をもたらしている。その例をStephens et al.(2012)が示している。

「相対湿度が増加すれば低層雲量は増える」という考えもある。一方、温暖化 予測で重要な領域として、大洋の東域で発生する夏季層積雲が多い領域では、 大循環で生じる逆転層の高度変化が、モデルよって大きく違うために単純に 相対湿度が増えれば雲量が増加するわけではないと言う議論もある。さらに、 大きなスケールでの上層雲の変化のシミュレーションもモデル間で大きな違い があり、まだ決着のついていない問題が多い(東京大学の中島映至名誉教授、 東京大学大気海洋研究所の鈴木健太郎准教授による)。



223.4 熱収支式

地表面に日射量 Sと大気放射量 Lが入射すれば、 地表面温度 Tsと気温 T に差が生じ、地表面から長波放射量σTs4、 顕熱輸送量 H、蒸発による潜熱輸送量ιE、 および地表面下への熱輸送量 G が 発生して熱収支がバランスする。 左辺は入るエネルギー、右辺は出るエネルギー として表せば、r を海面の アルベドとして、

 熱収支式:(1-r)S+L=σTs +ιE+H+G ・・・・(7)

本稿では G を暖候期の西太平洋における観測から得た推定値を与えるので、 この式(7)を書き直せば(前報「K221.日本の降水量長期 変化、単純モデル計算」でも同じである)、

 本論で解く熱収支式:(1-r)S+L-G = σTs+ιE+H・・・・・(8)

ここに、

 H=CpρkH(Ts-T) ・・・・・・(9)

 ιE=ιρβkH(qs―q) ・・・・(10)

Cpρは空気の体積熱容量(1気圧、20℃で1.21×103 J-1 Km-2)、ι は水の気化の潜熱、ρは空気密度、kH= CHUは顕熱の交換速度、qsは水面温度に対する飽和比湿、q は空気の 比湿である。βは蒸発効率(β=0~1)で、ここでは海面を対象とするので β=1を用いる。

これら式(8)~(10)から T が与えられたときの(Ts-T)、H、 ιEを求 める。なお、G には海流による海洋運搬熱発散量も含まれる。G は海面から下向き をプラスと定義しているので、海洋運搬熱発散量は例えば暖流・黒潮域では マイナス値となる。

暖候期の西太平洋平均の G、および顕熱の交換速度 kH=CHU は前報で示したように、Yamamoto and Kondo(1968)、Kondo(1975)、Kondo and Sato(1979)、Kondo and Miura1985)、石井・近藤(1987)の観測と資料解析 から得られた次の値を用いる。

海面下への熱輸送量:G=80 W/m2 ・・・・・・・・・(11)

顕熱の交換速度: kH=CHU=0.007 m/s  ・・・・・・(12)

本稿ではエクセルを利用して簡単に逐次近似により収束解を求めた。


備考4:熱収支式の解法
熱収支式の解法として、一般には逐次近似法がある (近藤、1994、p.132~p.135)。 逐次近似法の計算プログラムは近藤(2000) の付録Fに記載してある。あるいは、 エクセル計算の場合は、Tsの予想値を細かく並べ、それにしたがって式(8)の 右辺各項を計算し、右辺の和が 左辺に一致するときのTs を見つけ、その結果から (Ts-T)、H、ιEが わかる。エクセル計算では第一近似は0.1℃刻みに計算し、 第二次近似では0.001℃刻みでTsの予想値を細かく並べて、近似の収束解を見い だした。第一次近似ではエクセルの10行を、第二次近似から収束解まではエクセル の10行、合計20行で済ませたので簡単である。

備考5:熱収支式の解析解
概略|Ts-T|<2℃の範囲なら近似の解析解があり、後掲の計算結果の図4~図6 に示された関係(傾斜の直線)を理解するのに役立つ。近似の解析解は近藤 (2000)「水環境の気象学」の式(6.33)~式(6.35)で示され、次式の通りで ある。

  有効入力量:Q=(1-r)S+L-G ・・・・(13)

として定義すれば、

  Ts-T≒分子 / 分母 ・・・・・・・・・・・・(14)

    分子=(Q-σT4)-ιρβkH [ qsat(1―rh) ]

    分母=4σT3+CpρkH+ιρβkHΔ

  H= CpρkH(Ts-T) ・・・・・・・・・・・・(15)

  ιE=ιρβkH [ qsat(1―rh) +Δ(Ts-T)] ・・・(16)

ここに、Δは気温 T の飽和比湿 qsatの温度T(℃)に対する変化率であり、 次式で表わされる。

    Δ=dqsat / dT =A×B×C ・・・・・・・・・(17)

A=[ 6.1078(2500-2.4T)] / [ 0.4615(273.15+T)2]

B=10 7.5T / (237.3+T)

C=0.622p / (p-0.378esat)2

飽和水蒸気圧:esat=6.1078×107.5T/(237.3+T)

飽和比湿:qsat=0.622esat / (p-0.378esat)

ただし、気温Tは℃の単位、飽和水蒸気圧 esat と気圧 p は hPaで表わす (σT4と4σT3の計算では T の単位は K を用いる)。 これらは水面上に対する式であり、氷結した氷面上に対しては近藤(2000) 「水環境の気象学」のp.24とp.130に掲載されている式(2.14)と式(6.10) を参照のこと。

なお、海面上の気圧はp=1013.2 hPa として計算する。例えば、後掲の図5と図6に 黒実線で示した条件(気温 T=28℃、相対湿度rh=0.83, 雲量n=0.65)の場合、 近似の解析解では Ts-T=2.14℃、有効入力量の±50W/m2範囲の 勾配=0.0234℃/W m-2に対し、厳密解(エクセルによる逐次近似の 収束解)ではTs-T=2.05℃、勾配=0.0226℃/W m-2となり、近似の 解析解に含まれる誤差はそれぞれ4.4%と3.5%である。


備考6:熱収支量の蒸発効率β、交換速度kH、相対湿度rh への依存性
|Ts-T|が大きくなる範囲も含めて、有効入力量Qが大きいとき(晴天日中) の熱収支量の kH=CHUとβへの依存性は近藤(1994) 「水環境の気象学」の図6.3に掲載、冬期の晴天夜間の kH=CHU とrhへの依存性は近藤(2000)「地表面に近い大気の科学」の図5.7に掲載されて いる。



223.5 西太平洋の蒸発量に及ぼす相対湿度と雲量の効果

(その1)基準年(2020年、26.5℃)の熱収支量と有効入力量との関係
図4は基準条件(T=26.5℃、rh=0.83、kH=0.007m/s)のときの熱収支量 と有効入力量 Q= [ (1-r)S+L-G ] との関係であり、 G の推定に誤差があってもよいように、横軸が基準値80 W/m2から ±50 W/m2の範囲で変化した場合を示してある。大きい丸印は式(11) のG=80 W/m2の場合で、Ts-T=1.15℃、H=9.7 W/m2、 ιE=105.8 W/m2(E=3.73mm/d)である。

赤+印は有効入力量Q=σT4=457.44W/m2の場合、つまり 水面から離れた上方に気温Tと同じ温度の黒体の板があるとき、Ts-T=-1.89℃、 H=-16.04 W/m2、ιE=27.49 W/m2(E=0.97mm/d)、 σTs4=445.99 W/m2である。σT4= σTs4+H+ιEとなりバランスしている。これは厚い層雲が海面上の 低高度に長期間存在する場合に相当する。

最下段の図は下から2番目の潜熱輸送量の図を蒸発量に換算したものである。

なお、地球上では太陽が出ない冬の極夜でも大気放射量が存在するため、Q が ゼロになることはない。


備考7:図4の赤+印は通風式乾湿計の湿球に相当
通風乾湿計では湿球の周囲は気温とほぼ等しい2重通風筒の内壁温度に囲まれて いて、図3の赤+印の条件に相当する。ただし湿球は微小スケールのときの交換 速度 kH≒0.2 m/s であり、広域海面の平均を表わす式(12)の kH=0.007 m/sよりも大きい。



熱収支26.5℃基準
図4 熱収支量と有効入力量 Q=[ (1-r)S+L-G ] との関係。 上から順番に、水温・気温差(Ts-T)、顕熱輸送(H)、 潜熱輸送量(ιE)、 蒸発量(E)である。各図の横軸=580W/m2上の大きい丸印は基準年 の条件(気温T=26.5℃、相対湿度 rh=0.83、G=80W/m2)、各線の 両端の小さい丸印は基準値より横軸が±50 W/m2 違った場合、 赤+印は有効入力量Q=σT4=457.44W/m2の場合(気温と 等しい温度の黒体の板が海面上の低い高度にある場合)を示している。図中に記入してある y(縦軸)と x(横軸)の関係を表わす1次式は黒実線・破線を表わす関係式で ある。


大きな丸印は広域の時間的・空間的平均を示すが、それら平均と異なる海域・日 による違いを図4から読み取ることができる。例えば黒潮域(あるいは日射の強い 海域)では海洋運搬熱発散量が負(上向き)であるので図の横軸が右方へずれた 値の縦軸を読みとればよく、寒流域(あるいは曇天が多い海域)では逆に左方へ ずれた値の縦軸を読み取ればよい。

図4に描かれた直線関係を詳細に見てみよう。最上段の水温・気温差が小さい 範囲であるので、前記の「備考5:熱収支式の解析解」を参照すれば、各直線は 1次式で表わすことができる。

① 潜熱輸送量 ιE の1次式
式(14)と(16)からιEは次の1次式で表わされる。

  ιE=aQ-b ・・・・・・・・・・・・・・・(18)

1次式の係数:a=c3 / (c4+c3) ・・・・・・・(19)

1次式の係数:b=a [ (σT4+c2) -c2 ] ・・・(20)

ただし、

c2=ιρβkH×qsat(1-rh)

c3=ιρβkH×Δ

c4=4σT3 + CpρkH

である。近藤(1994)「水環境の気象学」の第6章を参照すると、Δ=dqsat / dT は温度依存性が非常に大きく気温 T=0,20,40℃に対してそれぞれ(273,903, 2543)×10-6K-1 である。また4σT3は それぞれ4.63,5.72,6.97 W m-2 K-1であり、 Δほど気温依存性は強くない。したがって、a と b は共に気温が高くなるほど 大きくなる。図3のιEの図に描かれた直線の勾配は次の値となる。

  ιEの勾配:a=0.65 W m-2/ W m-2 ・・・・・・・・(21)

蒸発量 E に換算したときの勾配は次のとおり(ιE=100 W/m2 は E=3.53 mm/d に対応する)。

  Eの勾配:a=0.023 mm d-1 / W m-2  ・・・・・・・(22)

ιE の直線は Q の全範囲で成立つわけではなく、水温・気温差の絶対値が2℃程度 以内の小さい範囲で成立つ。図3の直線を外挿したとき横座標を切る ιE=0 となる のは aQ=b のときで、そのときの横軸Qは次式で表わされる。

   Q=b/a=[ (c4+c3 )/ c3 ]×[ a(σT4+c2)-c2 ]  ・・・・・・(23)

なお、Q と(Ts-T)の関係、およびQとHの関係を表わす式は図中に y(縦軸) と x(横軸) の1次式で示してある。

②水温・気温差の1次式
水温・気温差も同様に次の1次式で表わされる。

  Ts-T=aQ-b ・・・・・・・・・・・(24)

1次式の係数:a=1 /(c4+c3) ・・・・・・・・・・・(25)

1次式の係数:b=(σT4+c2) / (c4+c3) ・・・・・・・(26)

Ts-T=0 となるのは aQ=b のときであり、横軸が次の値である。

  Q=b/a=σT4 + c2 ・・・・・・・・・・(27)


(その2)+1.5℃時代の蒸発量に及ぼす昇温・相対湿度・雲量の効果
前節において、基準年(2020年)の気温26.5℃から+1.5℃上昇して28℃になる時代 の放射量の計算ができたので、こんどは暖候期の西太平洋平均の蒸発量が基準年に 比べてどれだけ変わるか計算してみよう。広域平均の相対湿度 rh=0.83 から ±5%の範囲でrh=0.78 とrh=0.83に変わる場合と、広域平均の雲量 n=0.65 から ±5%の範囲でn=0.60 とn=0.70に変わる場合を計算する。

表2は計算結果のまとめであり、最下段に赤数値で基準年の蒸発量3.73mm/d に 対する変化の割合を%で示した。相対湿度 rh=0.83 が不変ならば1.5℃の気温 上昇によって蒸発量は2.7%増えるが、rh=0.78になれば蒸発量は9.9%増加し、 rh=0.88になれば4.3%減少する。

雲量 n の効果は表の右3列の最下段に示すように、n=0.70 になれば正味入力 放射量の1.2%の減少にともない蒸発量は3.8%減少する。n=0.60 になれば正味 入力放射量の18.0%の増加により蒸発量は8.3%増加する。正味入力放射量のうち、 大気放射量には気温の+1.5℃上昇が効いているのに対し、日射量には雲量変化が 大きく効いている。

表2 熱収支量の計算のまとめ。最上段は大気放射量、2段目は日射量、 3段目は正味入力放射量、最下段は有効入力量と蒸発量である。基準年と比べて、 気温が+1.5℃上昇した時代に相対湿度と雲量が±5%変化する場合の比較である。
熱収支まとめ



(その3)+1.5℃時代の熱収支量に及ぼす相対湿度の効果
図5は気温が1.5℃上昇し28℃になった時代における有効入力量Q(横軸)と熱収支 各要素(縦軸)の関係であり、色分けして示したパラメータは相対湿度 rh=0.78, 0.83, 0.88 の場合である。表1では、相対湿度の違いによる正味入力放射量に 大きな違いは無かったが、表2に示すように熱収支量には rh の影響が大きく現れ ている。 例えば最下段の蒸発量 E の図を見ると、rhの±0.05(=5%)の違いで E は3.57mm/dと4.10mm/dの違い、すなわち±7.2%の違いが生じている。 気温上昇により、仮に海上の相対湿度が下がれば蒸発量は増え乾燥化を防ぎ 元に戻ろうと抑制効果(負のフィードバック)が働くことになる。

「まえがき」でも説明したように、大気大循環モデルによるフィードバック効果 で海面上の放射量の変化量がわかり、例えば5W/m2増えることが 確定すれば、図の横軸が5W/m2 大きいところの縦軸を読み取ればよい。 もちろん、1次式の係数 a を使って縦軸の増加分を計算してもよい。

熱収支28℃湿度変化
図5 気温 T が2020年に比べて+1.5℃上昇しT=28℃になった時代の熱収支量 と有効入力量Q= [ (1-r)S+L-G ] との関係、 相対湿度 rh をパラメータとして色分けして示した。各図は上から順番に、 水温・気温差(Ts-T)、顕熱輸送量(H)、 潜熱輸送量(ιE)、蒸発量(E) である。各図のほぼ中央に示した大きい 四角・丸・菱形印はG=80W/m2 の条件、各線の両端の小さい印は 横軸が±50 W/m2 違った場合を 示している。図中に記入したy(縦軸)とx(横軸)の1次式は黒実線を表わす 関係式である。


(その4)+1.5℃時代の熱収支量に及ぼす雲量の効果
図6は気温が1.5℃上昇し28℃になった時代における有効入力量 Q(横軸)と熱収支 各要素(縦軸)の関係であり、色分けして示したパラメータは雲量n=0.60, 0.65, 0.70 の場合である。雲量の違いによる直線は変わらない。直線の勾配は 前の図5の勾配と同じである。

雲量0.65(黒丸印)が0.60(赤四角印)に減少すれば各熱収支量は右上方に増え、 逆に0.70(緑塗りつぶし菱形印)に増加すれば各熱収支量は左下方に減る。 例えば最下段の蒸発量の図によれば、横軸の中央付近を例にすれば、赤四角印の E=4.04mm/d は緑菱形印のE=3.59mm/d と比べてΔE=0.45mm/d、比=4.04/3.59 =1.125、つまり雲量の10%の減少は蒸発量の12.5%の増加となる。各熱収支量が 有効入力量と直線関係にあることから、ΔEは横軸が大きく変わった海域・日に よっても変わらないことを意味する、ただし水温・気温差の絶対値が小さい 範囲についてである。

熱収支28℃雲量変化
図6 前図5に同じ、ただし雲量nをパラメータとして色分けして示した。 各図は上から順番に、水温・気温差(Ts-T)、顕熱輸送(H)、 潜熱輸送量 (ιE)、蒸発量(E)である。各図のほぼ中央に示した大きい四角・丸・菱形印 はG=80W/m2の条件、各線の両端の四角・丸・菱形印は 横軸が ±50 W/m2 違った場合を示している。図中に記入したy(縦軸)と x(横軸)の1次式は黒実線を表わす関係式である。


注意:今後の気候変化により、海面に入射する放射量(日射量と大気 放射量)の高精度実験式は、例えば海上の相対湿度が同じ場合でも雲底・雲頂 高度が現在の平均的な値から大きく変わることがあれば、不正確になり、 図4と図5にプロットした大きい四角・丸・菱形印の位置は直線上を斜め方向に 右あるいは左方向にずれるが、直線は不変である。 それゆえ、複雑な気候モデルによって雲底・雲頂高度が変 わった場合に生じる海面上の放射量の差(例えば5 W/m2 大きくなる) が確定すれば、図4または図5の横軸が5 W/m2 大きい位置の縦軸の値を 読み取ればよい。つまり、大気の諸要素間の関係が変わっても図4と図5の直線は そのまま利用できる。


まとめ

日本における暖候期(5月~9月)の降水量をもたらす水蒸気源は主に西太平洋の 海面蒸発量と、国内の高地を除く森林域の蒸発散量である。森林の蒸発散量は 同じ緯度の海面蒸発量とほぼ同じである。降水の主要な水蒸気源である西太平洋 の蒸発量を海面の熱収支式を解く方法で計算した。海面に入射する放射量 (日射量と大気放射量)は観測に基づく気温・相対湿度・雲量を用いて高精度 実験式から推定し、海面下への貯熱量と海洋運搬熱発散量も観測に基づき推定した。 大気の混濁係数は一定で0.05と仮定した。

「反射光を除く海面上の放射量」と「水中へ入る貯熱量 G(海流運搬熱発散量を 含む)」の差を有効入力量 Q=(1-r)S+L-Gと 定義した。 ここに、r (=0.06)は海面のアルベド、Sは日射量、L は大気放射量である。

本稿では暖候期、すなわちボーエン比が小さくなく高温条件を対象としており、 広域平均として水温・気温差が小さくなり、熱収支式の解は近似的に解析解で 表わされる。

なお、今後の気候変化により、同じ条件でも雲頂・雲底高度が変われば、 今回用いた放射量の高精度実験式は誤差を持つことになるが、その場合でも 各熱収支項(水温・気温差、顕熱・潜熱輸送量)と有効入力量の比例の関係、 比例係数は不変である。

本稿をまとめると、以下の通りである。

(1)基準とする2020年の広域平均の気温26.5℃、相対湿度0.83(83%)、 雲量0.65(65%)の条件では西太平洋の広域平均の蒸発量=3.73mm/dである。

(2)海面・大気間の温度差が小さいとき、海面蒸発量 E は有効入力量 Q に比例 する。 その比例係数 a は、基準とする2020年の条件(気温=26.5℃、相対湿度=0.83、 雲量=0.65)のとき a=0.023 mm d-1/ Wm-2である。

水温・気温差(Ts-T)と Q の関係、および顕熱輸送量 ιE と Q の関係も1次式 (y=ax-b)で表わされ、その係数 a とb は共に図4~図6の図中にy(縦軸)と x(横軸)の関係式として記入してある。ただし図中に記入した式は、 相対湿度rh=0.83、雲量n=0.65 のときの係数である。係数 a と b は共に高温に なるほど大きくなる。例として、潜熱輸送量に関する1次式の係数は式(19), 式(20)に示した。水温・気温差の1次式の係数は式(24)~式(26)に示した。

(3)気温が+1.5℃上昇し西太平洋の広域平均の気温が28℃になる時代に、 相対湿度と雲量が共に±5%の幅で変化したとき、蒸発による潜熱輸送量などの 熱収支量がどの程度の幅で変化するかを予測した。相対湿度と雲量の変化幅に 対する放射量の変化は10~20W/m2程度である。蒸発量は、気温の +1.5℃の上昇に対して2.7%増加、相対湿度の±5%の変化に対して約±7%変化、 雲量の±5%の変化に対して約±6%変化する。

(4)本稿では示さなかったが、海上の気温が25℃前後で平均として雲量 n=0.6 (=60%)の雲底が1000mであったとし、温暖化の影響によって雲底が例えば 800mに低くなったとすれば、海面上の大気放射量は3 W/m2 程度大き くなる。 一方、雲頂の変化は地球の惑星アルベドを変える。惑星アルベドの1%の変化による 地上気温への直接的影響は0.5℃程度である。なお、現在のCO2 濃度400ppm が500~600ppm に増加したとき、地上の大気放射量に及ぼす直接的 な影響は 1 W/m2程度である。

今後の課題
温暖化が進み気候が大きく変わったとき、相対湿度と雲量が変わるか否か?  雲量が変わると地球の惑星アルベドが変わり地球に取り込まれる太陽エネルギー が変わる。現在、このことに関して正しく分かっていない。本稿では、相対湿度 の変化と雲量の変化を独立として検討したが、現実には両者は密接に関係し、 例えば相対湿度が高くなれば雲量が増え、また下層雲の雲底・雲頂高度も変わり 気候が変わると考えられる。現在、複雑な気候シミュレーションモデルを使った 研究が多数行われている。今後、対流や微物理など雲の素過程と、その大気・ 地表面への放射影響を解明していく地道な研究が重要となる。

現実の気候変化を確認するために、長期にわたる高精度の観測が重要となる。 観測は非常に難しいが、行わねばならない。注意として、前報で示したように、 日本の気象庁による日射量データは、1980年以前の観測値に大きな誤差が含 まれているので、1980代以後のデータなら利用できる。ただし、1980年以後も 小さい誤差を含むことに注意しよう。



付録1 自然教育園における6.5年間の月ごとボーエン比と 気温の関係

近藤・菅原(2016)「K123.東京都心部の森林 (自然教育園)における熱収支解析」では2009年7月~2015年12月まで6年半 にわたるフラックスの直接観測のデータから得られる月ごと ボーエン比を図11と表11に示した。図11の下段は、快晴日10時~15時の関係で ある。

ボーエン比教育園合成
図11 自然教育園の森林上で6.5年間にわたり観測した月ごとのボーエン比。 上段は降水日も含む全時間、下段は日射量の多い快晴日10時~15時の関係、 いずれも近藤・菅原(2016)「K123.東京都心部の森林 (自然教育園)における熱収支解析」の資料のまとめである。


表11 自然教育園の森林上で6.5年間にわたり観測した月ごとの気温、 顕熱輸送量、潜熱輸送量、ボーエン比である。近藤・菅原(2016) 「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支 解析」の資料のまとめである。
ボーエン比教育園月平均


付録2 富士北麓における2012年の月ごとボーエン比と 気温の関係

富士北麓の国立公園内には国立環境研究所地球環境研究センターの高さ32mの 観測塔があり、大気中の温室効果ガス濃度を中心とした長期変化を観測している。 ここは標高1050m~1150m、付近一帯の森林の優先種はカラマツ人工林、 樹齢は約60年、樹高は20~25mである。標高が高いため森林の葉面積指数は LAI=2.4~2.6m2/m2程度である。

図12は近藤・三枝・高橋(2020)「K205.地球温暖化観測所 の試験観測、富士北麓」で示した観測データから求めた月ごとのボーエン比 である。

ボーエン比富士北麓
図12 富士北麓の高さ32mの観測塔で2012年に観測した森林上の顕熱・潜熱 フラックスからもとめた月ごとのボーエン比、近藤・三枝・高橋(2020) 「K205.地球温暖化観測所の試験観測、富士北麓」 の資料のまとめである。


付録3 西太平洋暖候期における日射量計算の明細

西太平洋の暖候期における広域平均の日射量について、基準年(2020年)の相対 湿度 rh=0.83(=83%)として、気温が+1.5℃上昇した時代にrh が0.78,0.83, 0.88に変化した場合の日射量の計算(エクセル計算)結果は表12の最後の2行に 示した。

表13は基準年(2020年)の雲量 n=0.65(=65%)として、気温が+1.5℃上昇 した時代に n が0.60,0.65,0.70に変化した場合の計算結果である。

表12 西太平洋暖候期の広域平均日射量の計算表(相対湿度が±5%異なる場合)
日射量計算湿度変化


表13 西太平洋暖候期の広域平均日射量の計算表(雲量が±5%異なる場合)
日射量計算雲量変化



付録4 西太平洋暖候期における熱収支のまとめ

本稿では地表面の熱収支量を計算したが、日射に関しては大気上端における 日平均日射量も計算したので、それらを表14にまとめた。日射量は、8月1日の 北緯25°の値を代表値として計算した。

表に示す各行について、
番号①の大気上端の日平均日射量452 W/m2 は暖候期の値であり、 全球年平均の340 W/m2 の1.33倍である。

番号⑥の海中への熱輸送量G=80 W/m2 は主に海洋混合層(海域により異なり、 深さ30m未満~60m以上)の水温を上昇させる貯熱量と、その一部は西太平洋 域外への流出量を含む。

番号⑫の596 W/m2は海面から大気へ放出される放射量(その一部は 大気上端で宇宙へ放出されて大気を冷却)と、水蒸気の凝結の際に解放される 潜熱による大気加熱、および南半球も含む西太平洋域外へ流出するエネルギー となる。大気上端から宇宙空間へ放出される放射量(本稿では計算なし)は、 全球年平均値ではないので、入射する日射量(452 W/m2)と等しく ならない。

表14 暖候期(5月~9月)の大気上端と海面の熱収支量のまとめ。
表熱収支海面大気まとめ


文献

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近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギーの流れ.東京大学出版会、 pp.189.

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http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke221.html

近藤純正・三枝信子・高橋善幸、2020:地球温暖化観測所の試験観測、富士北麓,
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