K187.凍霜害予測(12)放射霧と夜間の冷却量


著者:近藤純正
晴天夜に放射霧が発生しやすい内陸8観測所(新庄、若松、館野、飯田、上野、津山、 日田、都城)について、放射霧の地上気温に及ぼす効果を調べた。延べ総日数735夜 のうち、霧なし晴天96夜と霧発生晴天74夜について夜間冷却量(夕刻の気温と朝の 最低気温の差)を比較した。霧なし晴天夜に比べて霧発生晴天夜のほうが約1℃ (10%)大きいことがわかった。これは、地上気温に及ぼす雲と放射霧の効果が 大きく異なることを意味する。つまり、夜間に雲が現れると地上気温の冷却を小さく するのに対し、放射霧が現れると霧層自体の冷却が地上まで及ぶからである。

放射霧は、夜間冷却量が夕刻の気温・露点差よりも大きいときに発生しやすく、 また、夕刻の風速が弱く大気放射の効果が相対的に大きくなるときに発生しやすい。 (完成:2019年5月10日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2019年5月6日:素案の作成
2019年5月7日:一部ミスプリントを訂正、説明を加筆

    目次
        187.1 はじめに    
        187.2  放射霧発生の原理
        187.3 資料解析
        187.4 夜間冷却量と放射量、夕刻の気温・露点差、夕刻の風速との関係
        187.5 複雑条件の例:移流
        まとめ
        参考文献                 


資料の利用
気象庁観測所の10分ごと観測資料、及び毎時天気の資料を利用した。

187.1 はじめに

作物の凍霜害予測の実用化試験を各地で行ってきた。岡山県内陸における試験中に 「K185.凍霜害予測(10)夕刻の気温湿度を観測」)、 夜間に放射霧の発生が多いことから、凍霜害予測では霧発生の予測が重要と感じ、 本研究を開始した。夜間冷却量は快晴微風夜に大きくなり、雲のある夜は小さく なるが、霧の発生は夜間冷却量を大きく支配することになると想像した。 しかし、後述の解析結果によれば、晴天夜の放射霧の有無によって夜間冷却量に 大きな差がないことがわかってきたので、緊急課題ではなくなり、今後の放射霧 発生予測の準備研究とした。データ解析は放射霧発生の原理に基づいて行うこと にする。


187.2 放射霧発生の原理

図187.1は風が弱い晴天夜間に放射霧が発生するときの模式図であり、気温と露点 (水蒸気量)の鉛直分布の時間変化を示している。破線の鉛直分布から時間経過後は実線 の鉛直分布になる。

風の弱い夜の下層大気では、地表面温度の下降にしたがって、大気から地表面へ 顕熱と水蒸気量が輸送される。土壌は高温になれば水分を放出するが低温では 多くの水分を吸収する性質がある。

大気が非常に安定になり「リチャードソン数」Ri>1になる高度2~3m以上では、 乱流輸送は微弱になり、地上2~3mから20m程度までの高度範囲では、気温鉛直 分布に及ぼす放射の役割が相対的に大きくなる(Kondo et al, 1978; 近藤、2000、 の図4.18)。

気温の下降量が露点の下降量よりも大きくなり、その結果、気温と露点がほぼ 等しくなった高度から霧の発生が始まる。そうして霧層内の霧粒子密度が高く なれば、霧層の放射吸収・射出率は空気層に比べて飛躍的に大きくなり (近藤、2000、図2.18)、霧層上端部はそれまでの地表面と同じように天空に 向って放射量を放ち、強い冷却が始まる。霧層の鉛直安定度は強い安定から不安定 ぎみに変化する。そうして霧層の温度低下は下層に向って及ぶようになる。同時に、 霧最上端層の強い放射冷却は上層へと影響を及ぼしていく。

霧発生原理
図187.1 放射霧発生の模式図(近藤による原理図)。赤線は気温鉛直分布、緑線 は露点(水蒸気量)の鉛直分布、破線は霧発生前の鉛直分布。


こうした放射霧発生のメカニズムに基づき、データ解析を進める。つまり、夕刻の 風速が弱く、気温・露点差が小さい晴天夜に、放射霧の発生確率が高くなること を確かめる。

備考1:体積熱容量の違いと冷却量
仮に、同じ熱放出量がある場合、空気層と地表層(土壌)で大きく異なる。湿潤 空気の体積熱容量Cpρ≒1.2×10J K-1-3 に対して、土壌は空気の2000~3000倍である。したがって、厚さ0.01mの土壌表層 の冷却量は厚さ20~30mの空気層(霧層)の冷却量に匹敵する。

この例は霧層内の霧粒子密度が非常に高く、放射熱の射出率が1に近い場合である。 射出率は水滴半径や粒子密度によって変わってくる。つまり、冷却の度合いは霧層 の発達・成熟状態に依存することになる(近藤、2000、p.59-p.61)。

備考2:土壌水分・温度の時間変化のモデル計算
土壌は水飽和の状態でなければ、水蒸気は土壌面下の微細間隙内に入り深層から 逐次液体化していく。大気・土壌間の水蒸気輸送のモデル化から長期間にわたる 計算手法は1990年代に完成している(Kondo et al.,1992; Kondo and Saigusa, 1994; Kondo and Xu, 1997;近藤、2000、の8章)。


187.3 資料解析

記号と定義
夕刻:日没の30分前、夜間冷却の初期時刻t=0
夕刻の観測データ:夕刻とその10分前と10分後の3データの平均値を用いる。
L↓-σTo:夜間の有効放射量、σはステファン・ボルツマン定数、 T は気温(K)
L↓:快晴時大気放射量:夕刻の気温・湿度・気圧を用い、近藤(2000)の実験式 から推定。
To:夕刻の気温(夕刻前後の10分毎観測の3データの平均値)
Tm:夜間の最低気温。これまでと同様に10分ごとの記録のうち0~7時に起きた 最低値。
To-Tm:夜間冷却量
Uo:夕刻の前後1時間平均風速(10分毎観測の7データの平均値)

資料解析は放射霧の発生が多い次の内陸8観測所について行う。
新庄(山形県)、若松(福島県)、つくば(茨城県)、飯田(長野県)、上野 (三重県)、津山(岡山県)、日田(大分県)、都城(宮崎県)。

解析期間は2018年10月~12月、ただし、もっとも北に位置する新庄のみ9月~11月 である。解析するデータは10分ごとの日照時間、風速、気温、湿度、気圧と 1時間ごとの夜間の天気である。15時~翌朝10時までの日照時間と夜間の1時間ごと 天気から、晴天微風夜と放射霧発生の日を決めた。


187.4 夜間冷却量と放射量、夕刻の気温・露点差、夕刻の 風速との関係

8観測所の延べ総日数735夜のうち、霧なし晴天96夜と霧発生晴天74夜について 夜間冷却量の違いについて調べてみよう。

図187.2は解析結果である。上図は、近藤(2000)の実験式(式2.33、および 付録の式A2.1~A2.6)から推定した快晴時の有効放射量と夜間の冷却量(To-Tm) の関係であり、これまでの各地における試験結果とほぼ同じである (「K179.凍霜害予測の実用化(5)冬の住宅地」の 図179.3の上から3段目、「K180.凍霜害予測の実用化(6) 入間茶畑」の図180.3中図、および「K181.凍霜害予測 の実用化(7)つくば野菜畑」の図181.8の上3段目、 「K182.凍霜害予測の実用化(8)秦野市千村」の図182.5の上3段目)。

上図によれば、プロットのバラツキが大きいので確定的ではないが、横軸の快晴時 有効放射量が同じとき、霧が発生した夜(赤三角印と赤線)は発生しなかった夜 (黒丸印と黒線)に比べて冷却量は約1℃(10%)大きい。

雲が出た夜は冷却量が小さくなるのに対し、放射霧が出た夜の冷却量が大きく なる結果は注目点である。つまり、地上気温に及ぼす雲と放射霧の作用が大きく 異なる点である。雲層(微水滴層)の下の地表面との間には十分な厚さの空気層 があるのに対し、霧層の下は僅かしか空いていない(無水滴層が非常に薄い) ことがこの違いを生むことになる。

冷却量
図187.2 冷却量と各要素間の関係。
 上:冷却量と快晴時の有効放射量との関係
 中:冷却量と夕刻の気温・露点差の関係
 下:冷却量と夕刻の風速の関係


なお、図187.2(上)によれば、霧が発生した夜(赤三角印)は全体として 右寄りにプロットされている。それは、夕刻の気温が同じでも水蒸気量が多く有効 放射量のマイナス値が小さめの夜に放射霧が発生しやすい。

次に図187.2(中)を見てみよう。斜めの破線は縦軸の冷却量と横軸の夕刻の 気温・露点差が等しい1対1の関係である。破線の上・左側にプロットされた夜は、 夕刻の気温・露点差をゼロにするような冷却の大きい夜であるので、霧が発生 しやすい。破線の右・下側にプロットされた夜は霧が発生しにくいことを表すもの である。

観測データでは、プロットのバラツキは大きいが、平均的には放射霧発生原理の 通りになっている。

続いて図187.2(下)を見てみよう。霧の有無についてバラツキは大きいが、 統計的に夕刻の風速が弱い夜に放射霧の発生する確率が大きくなっている。 これも原理にしたがっている。

以上は、簡易な解析から放射霧の発生・非発生を調べた。現実の気象現象は複雑で、 霧の発生はその他の気象条件にも支配される。それゆえ、本論は霧予測の準備解析 である。他の条件にも支配される一例を次節で示すことにする。


187.5 複雑条件の例:移流

前記の図187.2(中)において、左上方に大きく外れてプロットされている 丸印(新庄の10月22日、夕刻=16.4時、夕刻のTo-Tdew=4.9℃、To-Tm=12.6℃) について、なぜ例外的になったかを調べてみよう。

図187.3は10月21日12時~23日12時までの気温と露点(上図)と気温・露点差 (中図)、および風速(下図)の時間変化である。

まず、上図から見ていこう。
21日は夕刻16.4時の気温・露点差=8.2℃であり、この夜の冷却量=11.3℃のほう が大きく、翌朝は放射霧が発生した典型的な日である。

22日は夕刻16.4時の気温・露点差=4.9℃で小さいため、この数値のみからすれば翌朝 は霧が発生してもよい条件であった。しかし、夕刻前後の気象条件を詳しくみると、 18時ころ気温は約1℃上昇し、露点は約6℃も下がった。これは風向・風速が大きく 変化し空気隗の性質が変わったことによる。

次に気温・露点差の時間変化を示した中図によれば、21日夕刻16.4時の気温・露点 差=8.2℃であり、その後気温・露点差は順調に下がって翌朝に霧が発生した。
22日夕刻16.4時の気温・露点差=4.9℃であったが、その直ぐ後の18時の時点には 気温・露点差=8℃にもなり乾燥空気となって翌朝に霧は発生しなかった。
ここに、例外的条件の一例を示した。

今後、霧発生の予測確率50%をより高めるには、夕刻(日没30分前)の気温・露点差 と風速以外のパラメータも必要になってくる。


新庄10月21-23日
図187.3 新庄観測所における2018年10月21日12時~23日12時までの時間変化。
上:気温と露点
中:気温・露点差
下:風速


まとめ

放射霧発生の予測を行う準備研究である。放射霧は夕刻の風速が弱く気温に及ぼす 放射の冷却作用が相対的に大きいとき、また夕刻の気温・露点差が小さいとき発生 しやすいという基本的な原理(図187.1)に基づいて、内陸8観測所について資料解析 を行った。

(1)微風晴天夜の気温の冷却量は夕刻の気温・露点・気圧から推定される有効 放射量から推定することができる。この冷却量が夕刻の気温・露点差よりも大きい 夜、放射霧が発生しやすい。ただし、このパラメータだけによる霧発生予測の 確率は50%程度である。

(2)放射霧が発生した夜と発生しない夜の気温冷却量(To-Tm:夕刻の気温 と朝の最低気温の差)には顕著な差はないが、放射霧の発生した夜の冷却量は 約1℃ほど(10%)大きくなる傾向がある。

これは晴天夜に雲が現れたときとは逆である。つまり、地上気温に及ぼす雲と 放射霧の作用は大きく異なる。雲層(微水滴層)の下の地表面との間には十分な 厚さの空気層があるのに対し、霧層の下はほとんど空いていないことがこの違いを 生むことになる。


参考文献

Kondo, J., O. Kanechika, and N. Yasuda, 1978: Heat and momentum transfers under strong stability in the atmospheric surface layer. J. Atmos. Sci., 35, 1012-1021.

Kondo, J., N. Saigusa, and T. Sato, 1992: A model and experimental study of evaporation from bare soil surfaces. J. Appl. Meteorol., 31, 304-312.

Kondo, J., and N. Saigusa, 1994: Modeling the evaporation from bare soil with formuration of vaporization and water vapor diffusion in the soil pores. J. Meteor. Soc. Jpn., 72, 413-421.

Kondo, J. and J. Xu, 1997: Seasonal variations in heat and water balances for non-vegetated surface. J. Appl. Meteorol., 36, 1676-1695.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.



トップページへ 研究指針の目次