K137.湧水温度の数分間の短時間変動


著者:近藤純正
湧水は地中数mより深い層の地中温度にほぼ等しい水温で湧き出している。多くの場合、 水温は短時間の変動をすることなく、季節変化と長期変化する。しかし、地中での水流の状態 によっては、水温は数分間の短時間変動をすることがある。その例として、神奈川県秦野市の 湧水「弘法の清水」について示した。 (完成:2016年10月20日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2016年10月15日:素案の作成
2016年10月16日:湧水地点の駅からの距離・方位を追記
2016年10月18日:図137.5の説明文を訂正

  目次
      137.1 はじめに
      137.2 弘法の清水の短時間水温変化
   137.3 地上の湧水点下流における水温の時間変化
   まとめ



137.1 はじめに

筆者は現在、関東地方の14カ所の湧水温度を観測しており、2か所で自記記録を、他の12か所 は1か月にほぼ1回の頻度で観測している。

湧水の源泉からパイプでひかれた人工的な湧水などを除けば、湧水温度は季節変化と 涵養域の環境変化(地球温暖化、都市の昇温・乾燥化、地表面環境の変化)にともなう 長期変化をし、短期変化は微少で0.01℃程度またはそれ以下のことが多い。

涵養域の環境変化を湧水から知る場合、水温の観測精度は0.1℃が必要である。そのため、 水温に数分間程度の短期変動がある場合、観測は水温計を数分間にわたり水中に入れて 平均値を求めれば高精度の結果が得られる。

今回、神奈川県秦野市の湧水「弘法の清水」の水温が数分間の時間変化をすることが わかった。

137.2 弘法の清水の短時間水温変化

東京新宿から小田原までの小田急線の途中に神奈川県の秦野駅がある。秦野駅の北口から 東南東方向200m余に湧水「弘法の清水」がある(「小さな旅のたより」の 「155.弘法の清水(秦野市)」を参照)。

図137.1は弘法の清水の写真である。湧き出し口には屋根が架けられており、流出口は 並べて2つ設けられている。小田急線の秦野駅近く、便利な場所にあり、湧水量も多いことも あって東京など遠方から車で水を汲みにくる人たちもいる。

弘法の清水
図137.1 秦野市の「弘法の清水」、矢印は湧水の出口(水温測定場所)。

図137.2は2016年8月8日に測った約50分間の記録である。実は、8月5日に水温が時間変化する ことがあったので、その3日後に改めて出掛けて記録したものである。水温変動は規則的 (周期的)でもなさそうで、この例では、変動するときの変動幅は0.05℃のわずかであった。 なお、図は器差補正済みの水温値を示してある。

弘法の清水の水温変動
図137.2 秦野市の「弘法の清水」の水温時間変化(2016年8月8日)。

もし、このような水温変動を分解能0.1℃の水温計で測ったとすれば、0.1℃の桁の表示が 1つだけ上下に変ることになる。

水温が短時間変動する理由として次のことが想像される。涵養域の広い範囲で地中に浸透 した水は地中に幾筋もの流れを形成し、あるいは合流・分岐を繰り返しながら湧水点の 地上に湧き出てくる。涵養域内でも地表面温度は異なり、地中でも深さ・場所で浸透速度・ 地中温度は異なり、地中の水の経路はさまざまである。その結果として、湧水温度が短時間 の時間変動をすることがあると考えられる。

「弘法の清水」の南方の約170mにある寿徳寺下の湧水(尾尻地区の湧水)のうち、水道関係 の建物跡の平坦地からの湧水は、10秒ほどの周期で泡立つ。この泡立つ周期と同期する ような水温変化があるのかどうか測ってみたが、水温は一定のままで短時間変動は見られ なかった。水が地中を流れる途中で空気塊を取り込むこともあると考えられる、興味深い 現象である (「小さな旅のたより」の「155.弘法の清水(秦野市)」 を参照)。

137.3 地上の湧水点下流における水温の時間変化

湧水の短時間水温変化について類推・理解するために、湧水後の水路における水温の短時間変 化の例を見ておこう。

東京から西に向かうJR中央線の八王子駅から北西約2.5km、中央自動車道の南側50m に子安神社がある(八王子市内には、駅の北東約500mにも同名の子安神社がある)。

八王子市の子安神社の湧水は、神社の下の崖下に築かれた石垣の下端の広い範囲にある。 図137.3の右上の写真に示すように、湧水温度は東側(Eの矢印)と北側(Nの矢印)で異 なり、その水温差(最大0.5℃)は季節変化する。そのため、概略5m×10m程度の池の水温は 場所によって異なり、日射の当たる場所とそうでない場所で水温上昇の度合いも異なる。

水は池の南西隅から南方向に延びる水路によって流出している。湧き出し口から下流の 約20mの場所で水温の時間変化を測った(図137.3の左下側の写真中に示す緑矢印 T の 場所)。図に示されているように、水温の変化幅は約0.1℃である。

子安神社湧水
図137.3 八王子市の子安神社の湧水。
右上写真:赤矢印のEとNは、それぞれ東側と北側の湧き出し口(通常の湧水温度測定場所)
左下写真:緑矢印Tは下流20mの水温時間変化の測定地点


もう一か所の湧水下流でも水温時間変化を測ってみることにした。

JR中央線の立川駅から川崎までのJR南武線の沿線、立川駅から2つ目の矢川駅の南西600m、 中央自動車道の北側150mに国立市のママ下湧水がある(くにたち苑の東隣)。

国立市のママ下湧水は、図137.4に示す竹フェンス中央の流路が狭くなり流量が多い 場所で水温を測ることにしている。フェンス奥の石垣下端の東西に広がる湧き出し口における 水温は場所ごとに異なるが、フェンス中央では、それら水温の平均値が観測できる。 フェンス内は周辺の樹木に覆われ、日陰となっている。

湧水はこの付近一帯の崖下にあり、このフェンスの場所でもっとも流出量が多いが、 西(写真の左方)の方の湧き出し口からの水は狭い水路に沿って下流(写真の右方)に 緩慢な流速で流れてきている。夏の暑い日には、この緩慢な水路上流からの水の温度は1℃ ほど高温になっている。

図137.4の緑矢印で示す地点では、竹フェンスからの多量の水と西から水路に沿って流れて きた緩慢な流れが混ざる場所である。この場所を下流5m地点と命名する(フェンス奥の 石垣下端の湧水地点一帯から約5m)。

ママ下湧水
図137.4 国立市のママ下湧水、緑矢印は下流5mの水温測定場所。


フェンス奥の石垣の下から出た湧水はフェンス中央に集まり、右手の方(東方向)の下流に 流れる。下流5mの地点と、さらに右手方の下流15m地点(写真の範囲外)でも水 温時間変化を測定した。

子安とママ下水温変動
図137.5 東京都内の湧水の下流における水温時間変化(2016年8月11日)。
上:八王子市の子安神社
下:国立市のママ下湧水



下流5m地点で記録した水温の時間変化を図137.5の下段の左方に示した。水温の変化幅は 0.2℃程度である。同図下段の右方に示すように、さらに10m下流(下流15m地点)で 記録した水温の変動幅は0.02℃程度に減少しており、この水路における混合は短時間に 行なわれることがわかる。下流5m付近より下流では水量が多く流速が速くて乱流混合が 盛んで水温の時間変動が小さくなると考えられる。

まとめ

多くの湧水では、水温の短時間変動は微少で、季節変化と長期変化する。しかし、 地中の流れの状態によっては、水温は数分間の短時間の不規則的な変動をすることがある。 その例を神奈川県秦野市の湧水「弘法の清水」について示した。この湧水での水温変動幅は 0.05℃程度である。

地上の環境変化(地球温暖化、都市昇温・乾燥化、地表面の被覆状態の変化)を知る目的で 湧水温を観測している。この場合の観測精度は0.1℃が必要である。したがって、水温計で 瞬間的に水温を測るのではなく、水温計は数分間、水に入れた状態で平均的な水温を求める ように心がけよう。

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