K117.自然教育園の林内気温、6月~10月


著者:近藤純正・菅原広史・萩原信介・内藤玄一
東京白金台の自然教育園の観測塔で気温の鉛直分布を観測した。また、自然教育園 の気温と、気象庁大手町露場と北の丸露場との違いについて解析した。本章は 2015年の6月上旬から10月中旬までの結果である。
(1)晴天が続く期間(8月1日~7日)の樹冠上の気温(高度19mの気温)は、都心部 市街地の大手町露場の気温の日変化に似ているが平均値は低く、日平均値で0.77℃、朝の 2時~5時の平均値で0.61℃、昼の12時~15時の平均値で0.74℃低温である。 (2)大手町露場を基準とした林内の高度1mの気温は、日照時間が多いほど昼夜とも 低温となる。つまり、晴天日ほど市街地に比べて林内の高度1mの気温は低温となる。
(3)自然教育園の高度19mと1mの気温の鉛直差についてみると、降雨日は林外気温の 日較差にほぼ比例するのに対し、晴天日は降雨日からの経過日数(林内土壌の水分量) に依存する。 つまり、晴天日の気温の鉛直差は地中の熱慣性(「熱伝導率×比熱×密度」の平方根) が大きいほど小さくなる。(4)林内気温の鉛直分布は、昼夜とも上層が高温、 下層が低温の安定成層をしている。(5)林内の気温の鉛直差の絶対値は風速に依存し、 風速が強いほど小さくなる。 (完成:2015年12月9日)。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2015年11月15日:素案の作成
2015年11月20日:細部に加筆・修正
2015年11月24日:細部に加筆・修正
2015年12月6日:付録にフラックスの観測値を追加
2015年12月9日:付録のフラックスの項に加筆・修正
2016年3月3日: 図117.9(下図)を訂正


  目次
      117.1 はじめに
      117.2 観測とデータ
      117.3 樹冠上の気温と大手町露場の気温の比較
   117.4 林内と大手町の気温差
     日照時間との関係
     降雨日の特徴
     快晴日の特徴
      117.5 気温の鉛直分布
   117.6 気温の鉛直差の風速依存性
   117.7 まとめ
   付録 晴天日の熱収支計算に必要な資料
   引用文献


気象庁資料
気象庁大手町露場の気温データは気象庁から提供されたものである。


117.1 はじめに

このシリーズ研究「森林内の気温」を開始した動機は、気象庁の大手町露場が北の丸 露場に移設され、晴天夜間の気温が2~3℃低くなり、逆に晴天が続く日中は1℃前後 高温に観測されるようになったことである。

北の丸露場の周辺は密な樹林に囲まれ風通しが悪く、晴天の夜間は放射冷却が強く低温 になり、日中は日だまり効果で高温になることがわかってきた。北の丸公園は、 戦前は練兵場であったが、戦後は市民公園となり、植生状態も時代とともに変化して いくことが考えられる。それゆえ、北の丸露場の気温と都心部市街地の気温との違いが 時代によって変わっていくと予想される。森林環境と気温の関係について正しく 理解することは、観測所環境の維持管理に役立ち、観測資料の有効活用に生かす ことができる。

その基礎研究として、都心部の森林公園(新宿御苑、明治神宮、代々木公園、 北の丸公園)、つくば市内や平塚市内の森林で気温の観測を行なってきた。それらは、 おもに晴天日の日中に観測し、次の章にまとめられている。

「K111.北の丸公園の日中の気温分布(2)」
「K113.林内の日射量と木漏れ日率の測定」
「K114. 明治神宮・代々木公園の日中の気温分布(3)」
「K115.新宿御苑の気温水平分布(2)」
「K116.東京都心部の代表気温―大手町露場の代表性(完結報)」

本研究では、これらの結果を補充するとともに、夜間についても林内気温の特徴を 明らかにする目的で、東京白金台(JR山手線目黒駅の東500m)の国立科学博物館 附属自然教育園において、2014年秋から2015年10月中旬まで昼夜連続の観測を行 なってきた。
その内、2014年11月14日から2015年2月10日まで結果と、2015年3月12日から6月4日 までの結果は、それぞれ次の章に示した。

「K101.森林公園内の気温-北の丸公園と自然教育園」
「K107.林内気温の日変化・季節変化、春~入梅期」

本章は2015年6月6日から10月中旬までのまとめであり、林内気温の鉛直分布と市街地代表の 大手町露場との気温差に重点を置くものである。

117.2 観測とデータ

気温の観測は高さ20mの観測塔で行った。この期間は樹林の着葉が十分にあり、 林床上の木漏れ日率は10%以下の条件であった。木漏れ日率10%以下は、林床に届く 日射量が林外日射量の8%以下に相当する (「K113.林内の日射量と木漏れ日率の測定」の図113.5)。

観測塔の位置は図117.1に示すように、自然教育園のほぼ中央、図中の「塔北20m」と 「塔南50m」の間にある。

自然教育園の地図
図117.1 自然教育園の高さ20mの観測塔の位置を示す図(赤星印)。
地点名「塔北20m」、「塔南50m」、「開空間北20m」、「開空間」は2015年3月12日 ~6月4日の観測点である。


気温計
気温観測では高精度の強制通風式気温計を用いた。この気温計の総合的誤差 (通風筒に及ぼす放射影響を含む)は0.03℃程度である (「K92. 省電力 通風筒」 「K100. 気温観測用の次世代通風筒」)。

センサーは白金抵抗体のPt1000オーム、受感部の直径は2.3mmを用いている。 気温のサンプリングは10分間隔である。

気温観測用の通風筒のファンモータの電源は12ボルト、0.06アンペアであり、 AC100ボルトの電源にACアダプターを接続して12ボルトとした。

日中の気温として、1日の最高気温が現れやすい時間帯の12時~15時までの3時間平均値 を、 また早朝の気温として、1日の最低気温の現れやすい時間帯の2時~5時の3時間の 平均値を用いる。


解析に用いる観測データの場所・高度など

気温
  20m観測塔における観測高度:19.0m、15.6m、7.4m、5.2m、3.0m、1.0m
 大手町露場、盛土の露場面上の観測高度:1.5m
 北の丸露場、盛土の露場面上の観測高度:1.5m
   20m観測塔の高度3mと1mの気温計は、塔の下の観測小屋の影響がないように
      塔から南20mの地点に設置した

風速
 20m観測塔における観測高度:20m
 北の丸公園科学技術館屋上、地上高度:35m
 大手町露場風速の観測高度:2m
   (「K63.露場風速の解析―北の丸と大手町」



自然教育園の20m観測塔の周辺の樹木の平均的な高さは14mである(直近で16mの樹木 もある)。そのため高度20mの風速を林外風速とみなす場合は、平均的な樹冠上面を 実効的地表面として、実効的高度=6mの風速とする。


117.3 樹冠上の気温と大手町露場の気温の比較

自然教育園の林内気温の基準となる樹冠上の気温(高度19m)と市街地代表の 大手町露場の気温の関係を見ておこう。

図117.2(下)は高度19mの気温と大手町露場の気温差の日々変化である。 上図は参考のために示した北の丸露場との気温差である。ただし、気象庁の大手町露場 と北の丸露場の気温計に及ぼす放射影響の誤差とゼロ点ずれは補正せず、観測値を そのまま使ってある。

ゼロ点ずれについては、「K116.東京都心部の代表気温ー大手町 露場の代表性(完結報)」に説明してある。

図のプロットは19m高度の気温計が正常のときの期間(8月26日まで)であり、 8月27日以後は気温観測用通風筒のファンモータが故障したので、19m高度の データは図示していない。

気温差、82日間
図117.2 2015年6月6日~8月26日(82日間)の高度19mの気温と大手町露場との気温差 (下)、および19m高度の気温と北の丸露場との気温差(上)。
黒印:2-5時平均の気温差
赤印:12―15時平均の気温差
塗つぶし印(赤、黒)は快晴日(日照時間>10時間)を示す。


図117.2(下)によれば、19m高度と大手町の気温差の平均値は、次の通りである。

日平均の気温差=-0.66℃
2-5時の気温差=-0.47℃
12-15時の気温差=-0.81℃

快晴日(黒塗つぶし印、赤塗つぶし印)と他の日との違いは大きくはない。 林内の1m高度の気温も含めたデータは次の表117.1にまとめた。


表117.1 6月6日~8月26日(82日間)について平均気温の比較
〇日平均気温
19m高度の気温=25.28℃(大手町に比べて-0.66℃)
 1m高度の気温=24.23℃(大手町に比べて-1.71℃)
北の丸の気温 =25.41℃(大手町に比べて-0.53℃)
大手町の気温 =25.94℃

〇2-5時平均気温
 19m高度の気温=23.57℃(大手町に比べて-0.47℃)
  1m高度の気温=22.63℃(大手町に比べて-1.41℃)
北の丸の気温 =23.15℃(大手町に比べて-0.89℃)
大手町の気温 =24.04℃

〇12-15時平均気温
 19m高度の気温=27.46℃(大手町に比べて-0.81℃)
  1m高度の気温=26.18℃(大手町に比べて-2.09℃)
北の丸の気温 =28.19℃(大手町に比べて-0.08℃)
大手町の気温 =28.27℃



図117.3は晴天が続いた盛夏8月1日~7日(7日間、日照時間=8.9~12.8時間)について、 気温(上)と気温差(下)の日変化である。他の晴天が続いた期間(7月11~15日、 10月7~9日)の傾向も同じである。ここでは図117.3に示した盛夏7日間について要点 を述べることにする。

気温日変化
図117.3 晴天(快晴または晴)が続いた8月1日~8月7日(7日間)の気温日変化。
上:気温(大手町露場、北の丸露場、林内の1m高度、19m高度)
下:大手町露場の気温を基準とした気温差(前後の1時間の移動平均値をプロット)


表117.2 晴天日(8月1日~8月7日、7日間)について平均気温の比較
〇日平均気温
19m高度の気温=30.04℃(大手町に比べて-0.77℃)(82日間に比べて-0.11℃)
 1m高度の気温=28.95℃(大手町に比べて-1.86℃)(82日間に比べて-0.15℃)
北の丸の気温 =30.43℃(大手町に比べて-0.39℃)(82日間に比べて+0.14℃)
大手町の気温 =30.81℃

〇2-5時平均気温
19m高度の気温=27.80℃(大手町に比べて-0.61℃)(82日間に比べて-0.14℃)
 1m高度の気温=26.62℃(大手町に比べて-1.79℃)(82日間に比べて-0.38℃)
北の丸の気温 =27.18℃(大手町に比べて-1.23℃)(82日間に比べて-0.34℃)
大手町の気温 =28.41℃

〇12-15時平均気温
19m高度の気温=33.16℃(大手町に比べて-0.73℃)(82日間に比べて+0.08℃)
 1m高度の気温=31.95℃(大手町に比べて-1.94℃)(82日間に比べて+0.15℃)
北の丸の気温 =34.34℃(大手町に比べて+0.45℃)(82日間に比べて+0.57℃)
大手町の気温 =33.89℃


大手町の気温を基準とした気温差について、前記の82日間平均値を基準として比較する と次の通りである。

晴天日の1m高度:日平均気温の差は82日間平均値に比べて-0.15℃低温側に、 夜間(2-5時)の差は-0.38℃低温側に、日中(12-15時)の差は+0.15℃ 高温側にずれる。すなわち、林内の1m高度の気温は大手町に比べて低温であるが 晴天日ほど夜間はより低温に、日中の気温も大手町に比べて低温であるがその度合いは 小さくなる。

晴天日の北の丸:日平均気温の差は82日間平均値に比べて+0.14℃高温側に、 夜間の差は-0.38℃低温側に、日中の差は+0.57℃高温側にずれる。すなわち、 北の丸露場は林内の開空間にあり、晴天日ほど放射冷却が大きく夜間の気温は低温に、 晴天の日中は「日だまり効果」によって市街地の大手町より高温になる。

晴天日の19m高度:日平均気温は、大手町(30.81℃)と樹冠上の19m高度 (30.04℃)の気温差は-0.77℃、すなわち森林全体を表す気温は都心市街地に比べて 0.77℃低い。



森林の熱収支

定量的考察は別章で論じるとして、ここでは樹冠層を水平面としたときの熱収支に ついて定性的な考察をしておこう。

(1)樹冠層から林内へ入る顕熱輸送量
後掲の図117.9で示されるように、樹冠層以下の気温鉛直分布は上層で高温、低層で 低温な安定成層をしており、樹冠層から林床に向かう顕熱は小さいながらも下向きに 運ばれる。

(2)水平方向に林内へ移流する顕熱の収束量
林内下層の気温は昼夜ともに市街地(大手町)に比べて低温である。したがって、 市街地から水平方向に森林に運ばれてくる顕熱の森林内での収束量はプラスである。

(3)放射エネルギー
夏期晴天日に森林へ入る正味放射量(日射量と長波放射量)の昼夜平均値はプラスと 見積もることができて、上記(1)と(2)に比べてはるかに大きいエネルギーである。

(4)森林の熱バランス
上記(1)~(3)は森林全体を加熱するエネルギーである。したがって、それと バランスするには森林全体を冷却するために森林から放出されているエネルギーが 存在しなければならない。それは何か?

後掲の図117.9を参照すると、日中(12~15時)の気温は樹冠から上層で上ほど低温な 不安定な分布をしている。それゆえ、日中は樹冠上部層から上に向かって失う顕熱 輸送量が存在することになる。そのほかに、樹冠層の蒸発散にともなう上向きの 潜熱輸送量も存在するはずである。

以上をまとめると、樹冠層を水平面とする熱収支式は次のようになる。左辺を 入力エネルギー、右辺を放出エネルギーとして、

(a)樹冠層の正味放射量+(b)樹冠層から下向きの顕熱+(c)林内の水平移流の顕熱収束量
  =(d)樹冠層から上向きの顕熱輸送量+(e)樹冠層から上向きの潜熱輸送量

注:水面上の熱収支
樹冠層を水平面として、その下へ透過する放射量も含めて樹冠層の正味放射量として 取り扱う。これは、水面における熱収支の取扱いと同様であり、水面でも実際には水中へ 透過する日射があるが、取扱いを単純化したものである。上式を水面に当てはめれば、

(a)水面の正味放射量+(b)水面下へ向かう顕熱+(c)水中の水平移流熱の収束量
  =(d)水面から上向きの顕熱輸送量+(e)水面から上向きの潜熱輸送量


117.4 林内と大手町の気温差

図117.4(上)と図117.5(上)は、1m高度の気温と大手町の気温差の日々の変化で ある。参考までに下図には北の丸と大手町の気温差を示した。

夜気温差、6月6日ー10月13日
図117.4 2-5時平均の気温差の日々変化。
上:1m高度と大手町の気温差
下:北の丸と大手町の気温差

日中気温差、6月6日ー10月13日
図117.5 前図に同じ、ただし12-15時平均の気温差。


図に示されているように、気温差は昼夜とも-0.5~-4℃の範囲(上図:林内1m高度)、 あるいは0~-2℃(北の丸の夜間)、±1℃の範囲(北の丸の日中)で日ごとに変わる。 その要因を知るために、日照時間や降雨の有無との関係を調べることにしよう。

日照時間との関係
図117.6は気温差と日照時間の関係である。図中の破線は最小自乗法で描いた関係で ある。

右下の図(北の丸の日中)を除けは、日照時間が多い日(晴天)ほど、気温差は マイナス側に大きくなる。
夜間の林内(左上図)は晴れているほど 市街地の大手町に比べて低温になり、日中の林内(右上図)は晴れているほど林外の 日射量が大きく大手町の気温上昇が大きいのに対し林内は日射量が僅かで気温上昇 は小さく、結果として気温差はマイナス側に大きくなる。

左下の図(北の丸の夜間)によれば、林内開空間では風速が弱いので晴れているほど 放射冷却が大きくなり、気温差はマイナス側に大きくなる。右下の図(北の丸の日中) によれば、晴れているほど「日だまり効果」により林内開空間では気温が市街地の 大手町よりも上昇する。

気温差と日照時間
図117.6 気温差と日照時間の関係(6月6日~10月13日)
上:1m高度と大手町の気温差、左図は2-5時平均、右図は12-15時平均
下:北の丸と大手町の気温差、左図は2-5時平均、右図は12-15時平均


図117.6において、日照時間がゼロの日、つまり雨天や厚い雲の曇天日には昼夜ともに 気温差はマイナスである。すなわち、大手町に比べて葉面が密な林内(自然教育園の 1m高度)および林内開空間(北の丸)は低温である。

後掲の図117.9で示されるように、晴天日の林内気温は昼夜ともに上層で高温、下層で 低温の安定な分布となっている。6月6日~8月26日の雨天・曇天を含む82日間についても 同様に林内の気温は昼夜ともに安定な鉛直分布となっている(前掲の表117.2)。

北の丸露場の周辺の林内でも気温の鉛直分布は同様と考えられるので、 日照時間がゼロの日(雨天や厚い雲の曇天日)には、林内下層の冷気が開空間 (北の丸露場)に移流してくるために市街地の大手町に比べて昼夜ともに低温になると 考えられる。

降雨日の特徴
雨後の晴天日中の林内気温は晴天継続日に比べて気温上昇が小さく、結果として気温差 はマイナス側に大きくずれることは、

「K111 北の丸公園の日中の気温分布(2)」 の図111.2と図111.2、
「K114 明治神宮・代々木公園の日中の気温分布(3)」 の114.2(下図)と図114.4、

に示してきた。その理由は、雨後は林床面下の土壌水分が増え、熱慣性が大きくなり (貯熱効果により)、日射量が多い林外に比べて地温・気温の上昇が遅れるからである。

自然教育園では昼夜にわたる連続観測を行なったので、その詳細が分かる。

林内気温に及ぼす貯熱効果を分かりやすくするために、まず、降雨日と晴天日の 林内1m高度の気温の違いを調べたのち、晴天日の気温差が経過日数とともに変化 していくことを示すことにしよう。

図117.7は連続する降雨日と連続する晴天日があった7月1日~8月7日の38日間について 示した、林内1m高度と19m高度の気温差と林外気温の振舞い(樹冠上の19m高度の 気温日較差)との関係である。ここに気温日較差として、日中12-15時平均気温と 夜間2-5時平均気温の差で代用してある。

気温差と外部気温日較差
図117.7 樹冠上の気温(19m高度の気温)の日較差(横軸)と林内の気温鉛直差 (縦軸)の関係。
赤塗つぶし:快晴日(日照時間>10時間)
青塗つぶし:大雨日(日降水量>10mm)
黒丸印:2-5時平均の気温差
赤丸印:12-15時平均の気温差


図117.7から次のことがわかる。
(1)快晴日を除く日の鉛直気温差は林外の気温日較差に比例している。特に大雨日 (青塗つぶし印)は林外の気温日較差と相関関係が大きい。すなわち、大雨日の 鉛直気温差(絶対値)は林外の気温日較差にほぼ比例している。

(2)快晴日(赤塗つぶし印)は、日によって気温差が大きく変わる。

快晴日の特徴
図117.8は7月1日から7月21日の期間について示した、日照時間と鉛直気温差の関係 である。日々の降水量は示してないが、6月30日~7月10日は毎日雨が降り、この11日間 の合計雨量=145mmである。したがって快晴となった7月11日の林床面下の土壌水分量 は多くなっているはずで、その後は日ごとに乾燥して貯熱効果は小さくなっていったと 考えられる。

つまり図117.8は、快晴日の鉛直気温差が大きく変わる要因は林床面下の熱慣性である ことを示唆している。図示しないが、他の期間でも同様に、鉛直気温差の絶対値は 雨日の直後に大きいが、日ごとに小さくなっていく。

雨後の気温差
図117.8 日照時間と鉛直気温差の経過日数の関係(7月1日~23日)。
上:日照時間(ただし、北の丸における観測値)
下:鉛直気温差、赤塗つぶし印は快晴日(日照時間>10時間)、青塗つぶし印は 大雨日(日降水量>10mm)


自然教育園の近くに広い芝地基準点があれば、19m高度の気温は広場基準点の気温と 近似的みなすことができる。したがって、1mと19mの鉛直気温差の絶対値が大きい ということは、林内1m高度の気温上昇が遅れることであり、これまでの他の章で 示してきた「降雨直後の晴天日の林内の気温差(広場の気温を基準とした林内気温) がマイナス側にずれる」ことと同じ意味である。


117.5 気温の鉛直分布

図117.9は快晴日(日照時間>10時間)の林内の気温鉛直分布である。前記したように、 20m観測塔の周辺の樹高平均値は14mであり(直近には16mの樹木もある)、 それ以下の層では気温は昼夜ともに上層が高温、下層が低温の安定分布をしている。 これは着葉が十分となった密な森林の特徴である。

着葉が密な森林では、日中の樹冠層は日射量のほとんどを吸収して高温となり、 顕熱は下層の林床へ向かう成分と上の大気中へ向かう成分になる。吸収された放射 エネルギーは同時に蒸散の潜熱となって大気中へ上向きに運ばれる。

夜間の樹冠層は放射冷却で低温になり、樹冠層の上部は安定成層となっており、夜間の 大気から受け取る顕熱輸送量は、日中の顕熱放出量に比べてはるかに小さいと考えら れる。

気温鉛直分布
図117.9 快晴日(日照時間>10時間)の気温鉛直分布。
黒は2-5時平均気温、緑は日平均気温、赤は12-15時平均気温
北の丸露場の気温は縦座標の高度2mの位置に、大手町露場の気温は高度1.5mの位置に、 それぞれ塗つぶし四角印で示す。
上:梅雨の期間中の快晴日
中:梅雨明け後の快晴日
下:秋の快晴日

参考のために示した図中の小丸印は、気温観測用通風筒のファンモータが故障で止 まったときであり、放射影響によって夜間は低温側に約0.5℃、日中は高温側に約 1.5℃ずれている。

図117.9には、北の丸露場と大手町露場の気温も示した。市街地の大手町露場は昼夜 ともに林内に比べて、日中は1~2℃、夜間も1~1.5℃ほど高温である。北の丸露場は 林内開空間にあり風速が弱く、日中は大手町より高温に、夜間は大手町より低温に なっている。


117.6 気温の鉛直差の風速依存性

19m高度の気温は林外の気温であり、近似的に広域代表を表す広場基準点の気温と 見なすことができる。

図117.10は快晴日の1m高度と19m高度の気温の差(気温の鉛直差)の風速依存性を示し ている。 この関係が他の公園で得られた林内と広場基準点の気温差の風速依存性の関係と よく似ているのは、19m高度の気温が近似的に広場基準点の気温と同じと見なされる からである。

気温差の風速依存性
図117.10 1m高度と19m高度の気温の差と風速の関係(快晴日)。
上:夜間(2-5時平均の気温差)
下:日中(12-15時平均の気温差)


昼夜ともに、気温の鉛直差の絶対値は風速の増加とともにゼロに近づく。この傾向について 理論的に考察してみよう。

「水環境の気象学」6章の式(6.102)によれば、地表面温度の日変化振幅A1は放射量 (日射量と長波放射量)の日変化振幅R1に比例し、「係数+風速 U 」に逆比例する。 したがって風速が大きくなるにしたがって、日変化振幅A1は小さくなる。

地上気温も地表面温度の変化傾向に類似するので、気温の日変化振幅も 風速の逆数に漸近することになる。

これは林外についても、日射量の少ない林内でも成り立つ関係である。それゆえ、 それら気温の差(1m高度と19m高度の気温差)についても成り立つことになる。

図117.10に示した風速依存性は、この理論的考察と矛盾せず、概略的に風速の逆数に 比例する傾向を示している。

また、気温の鉛直差が小さくなるその他の理由として、
A) 大気中での混合が盛んになる、
B) 場所による顕熱輸送量の違いが小さくなる(水環境の気象学、図6.2)
がある。


117.7 まとめ

着葉が十分な2015年6月上旬~10月中旬に、自然教育園の20m観測塔で気温の鉛直分布を 観測し、都心部市街地にある大手町露場と森林公園内の開空間に設置されている 北の丸露場の気温と比較した。

(1)晴天が続く期間(8月1日~7日)の樹冠上の高度19mの気温は、大手町露場の 気温の日変化に似ているが平均値は低く、日平均値で0.77℃、朝の2時~5時の平均値 で0.61℃、昼の12時~15時の平均値で0.74℃低温である(図117.3)。

(2)晴天日でもそれ以外の日でも、森林内開空間にある北の丸露場の気温と自然教育園 の林内気温は、市街地大手町の気温に比べて平均的に低温である。さらに、北の丸露場の 気温と比べると、日射量が少ない自然教育園の密な林内のほうが昼夜ともに、 より低温である。

(3)大手町露場を基準とした林内の高度1mの気温は、日照時間が多いほど昼夜とも 低温となる。つまり、晴天日ほど市街地に比べて林内の高度1mの気温は低温となる (図117.6)。

(4)自然教育園の高度19mの気温を近似的に林外の広場基準点の気温とみなして、 高度19mと1mの気温の鉛直差についてみると、降雨日は林外気温の日較差にほぼ 比例するのに対し、晴天日は降雨日からの経過日数(林床面下の土壌水分量)に 依存する。つまり、気温の鉛直差は地中の熱慣性(「熱伝導率×比熱×密度」の平方根) が大きいほど小さくなる(図117.7、図117.8)。

(5)林内気温の鉛直分布は、昼夜とも上層が高温、下層が低温の安定成層をしている (図117.9)。

これらの観測結果から、森林全体の熱収支は入力エネルギー(森林が獲得する正味 放射量、樹冠層から下向きに運ばれる顕熱輸送量、市街地から森林へ水平に運ばれて くる顕熱輸送量)と放出エネルギー(樹冠層から上向きの顕熱輸送量、樹冠層から 上向きの潜熱輸送量)がバランスしていることになる。

(6)林内の気温の鉛直差の絶対値は風速に依存し、風速が強いほど小さくなる。 微風時を除けば、気温の鉛直差の絶対値は近似的に風速の逆数に比例する。


付録 晴天日の熱収支計算に必要な資料

2015年8月1日~7日(7日間)の晴天日の日平均気温について、大手町の気温(30.81℃) と樹冠上の気温(30.04℃)の違い、すなわち森林全体を代表する気温が都心市街地に 比べて0.77℃低いことがわかった。

この違いを定量的に示す熱収支計算を行なうために必要な資料をまとめておこう。

図117.11は北の丸の風速と自然教育園の20m高度の風速の関係である。

風速の比較、北の丸と教育園
図117.11 北の丸の風速と自然教育園の20m高度の風速の関係。
図中のx, y, R はそれぞれ横軸の値、縦軸の値、最小自乗法で求めた相関係数。
上:2-5時平均風速
中:12-15時平均風速
下:日平均風速

下図及び研究の指針の「K63.露場風測の解析-北の丸と大手町」 の表63.1から日平均風速について次の関係を得る。

風速比(日平均風速に対して)
 北の丸(高度=35m)の風速を基準の1としたとき、
・ 自然教育園(高度=20m)の風速比=0.57

高度20mの風速は、樹冠層の葉面積の密度が密であることも考慮して、平均的な樹冠上面を実効的 地表面として、実効的高度=6mの風速と見なす。

・ 大手町露場の露場風速(高度=2m)の風速比=0.50

「K63.露場風速の解析ー北の丸と大手町」の表63.1によれば、
  南寄りの風(方位170°、189°)に対する風速比=0.516
  全方位の平均の風速比=0.419
  8/1-8/7の最多風向=S、その他の風向もあり、
これらを考慮すれば風速比=0.50を得る。


フラックスの観測値
表117.3は20mタワーにおける熱フラックスの観測値である。晴天続きの8月1日~7日と その他の天候日も含む8月1日~10月14日の期間の各平均値である。

樹冠層へ入力する放射収支量(Rn)と樹冠層から上の大気への乱流による放出量(H+lE)は、 ほとんど同じ値であり、わずかながらマイナスの値である。 放射量などの測定誤差は ±10 W/m2程度であることも考慮して、今後の慎重な解析(理論的考察も含む) が必要となってくる。

つまり、117.3節の最後の「森林の熱収支」で示した(1)樹冠層から林内へ入る顕熱輸送量と (2)水平方向に林内へ移流する顕熱の収束量が僅かな違いであることに注意する。 この問題については、別章で検討することになる。

表117.3 高度20mにおける観測フラックスの日平均値
   H : 顕熱輸送量(上向き)(W/m2)
  lE:潜熱輸送量(上向き)(W/m2)
  S↓:下向き日射量 (W/m2)
  S↑:上向き日射量 (W/m2)
  L↓:下向き長波放射量(W/m2)
  L↑:上向き長波放射量(W/m2)
  Rn:放射収支量=S↓+S↑+L↓+L↑(W/m2)
 
 
 期  間     H lE  S↓ S↑  L↓ L↑ Rn H+lE Rn-(H+lE)
                      
8月1日~8月7日     -7   223   286   34     424   478   199    216        -18

8月1日~10月14日  -19   130   157   18     401   439   100    110        -10
 


引用文献

近藤純正(編著)1994.水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.350pp. 朝倉書店.


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