88. 与那国島と西表島の観測所
著者:近藤 純正
地球温暖化など気候変動の実態を調べる目的で、気象観測所の周辺環境を
調査している。今回2008年3月1日に日本最西端・与那国島にある与那国島
測候所を視察、つづいて3月3日に石垣島の西隣・西表島にある旧測候所を
視察した。昔の状況について聞き取り調査と資料解析の結果、石垣島の
日だまり効果(都市化の効果も含む)による年平均気温の上昇量は0.3℃と
見積もることができた。(完成:2008年3月9日)
もくじ
(1)はしがき(視察の目的)
(2)与那国島測候所
(3)西表島特別地域気象観測所
(4)旧西表島測候所の周辺状況
(1)はしがき(視察の目的)
日本における気温の長期変化について、より正しい実態を知るために気象観測
所の周辺環境を調査してきたのだが、都市化や日だまり効果の少ない観測所
は数地点しかないことがわかった。
数地点では地域的な変動が大きく広域平均の変動が見え難い。そこで現在は、
20ヵ所余の観測所を気候変動観測所として選び、都市化や日だまり効果の
補正を行い、気候変動の実態を明らかにしようとしている。
南西諸島の南西部に位置する八重山列島の石垣島は1896年12月5日に創立、
100年余にわたり観測が行なわれてきた。当初は、街外れにあり、観測環境は
よかったのだが、近年は周辺に住宅などが増え、都市化の傾向が現れて
きた。
石垣島地方気象台の周辺環境については、「40.石垣島
と波照間島の観測所」を参照のこと。
本調査研究は次のような経過をたどってきた。
日本各地について調べてみると、長期間の観測が行われてきた観測所
(山形、水戸、長野、彦根、宮崎など)では都市化や日だまり効果の影響が
大きいので、当初の温暖化解析ではこれらの大部分を除く、
田舎の区内観測所(アメダスの前身)を主にしたものであった。
しかし、アメダスの中から気候変動の監視に向く適当な観測所を選ぼうと
しても、日本中で1桁の数しか存在しなく、しかもアメダスは民間などの
土地を借用したもので、露場の面積も6m×6m程度と狭く、周辺の環境が
悪化して余儀なく移転せざるをえなくなるものも多くでている。
そこで現在は、基準観測所を選びなおし、もと測候所であった特別地域
気象観測所を主にすることとし、都市化や日だまり効果による気温上昇を
補正することにした。現在選んだ基準観測所は寿都、稚内、網走、
根室、浦河、宮古、金華山、石巻、深浦、伏木、日光、飯田、
彦根、勝浦、石廊崎、御前崎、潮岬、室戸岬、清水、多度津、津山、
境、浜田、平戸、屋久島、石垣島の26地点である(太字
は補正の小さい観測所)。
石垣島は日本の南西域の代表地点であるが、前述の通り、日だまり効果
(周辺の道路が舗装されたり住宅が増えたことによる都市化も含む)が
あるため、それを補正したい。その補正に用いる対象観測所として旧西表島
測候所(現在無人の特別地域観測所)と与那国島測候所を選びたいのだが、
次の図38.1に示すように、周辺環境の変化が少ないのは西表島なのか、
与那国島なのか判断ができない。
この判断を行う目的で、今回、現地を訪問し、1955年(昭和30年)以後の
状況について聞き取り調査を行うことにした。
図88.1は石垣島の日だまり効果の大きさを判断するために作成したものである。
1965~1985年の期間に、石垣島の気温が相対的に上昇しており、与那国島を
基準にすれば0.23℃(=0.45-0.22℃)、
西表島を基準にすれば0.48℃(=0.78-0.3℃)となり、
両者間で0.25℃の違いがある。気候変動の解析では、この違いは大きい過ぎる
ので、与那国島と西表島のどちらが適当なのか判断する目的から、
現地訪問となったわけである。
図88.1 石垣島の日だまり効果を判断する図。濃い青:年平均気温の石垣島と
与那国島の差、赤:石垣島と西表島の差(ただし、西表島2003年の移転に伴う
気温ジャンプは補正済み)。プロットはいずれも気象庁ホームページに
掲載された観測値を使用(後掲の図88.15における西表島については、
「西表島の気象49年」(西表島測候所、平成14年2月発行)に掲載された
資料のプロットである。1970年以前について気象庁ホームページ掲載の資料と
0.1~0.2℃ほど異なり、また掲載されている期間も違う)。
現地で解決したい問題点は次の通りである。
与那国島:
(1)1960年前後、与那国島の平均気温は、もしかして1日に3回観測から
求められた値ではないか?
(2)石垣島とほぼ同じ1970~80年ころ都市化や日だまり効果は大きくなら
なかったか?
(1)については前もって与那国島測候所の宮里彦一所長に原簿を調べて
いただいたところ、1991年以前の日平均気温は8回(3、6、9、12、15、18、
21、24時)の観測から、1991年1月1日以後は自動入力による1日24回の観測
から求められていることが確認できた。したがって、観測回数の変更による
誤差ではないことがわかった。
この観測回数の変更による誤差は「K20.
1日数回観測の平均と平均気温」の20.4節に示したように、
年平均気温に及ぼす統計的な誤差は8回観測では、-0.002℃±0.009℃であり、
問題はない。
西表島:
(3)旧測候所の周辺にある田んぼは1970年代以後にできた?
田んぼができたのが最近のことであるならば、石垣島の都市化で気温が上昇
するのとは反対に、西表島が水田により気温が下降する傾向となり、
石垣島・西表島の気温差がいっそう大きくなったことになる。
現地の聞き取り調査により、(2)と(3)を確認しなければならない。
注: あとで、旧西表島測候所の周辺にある田んぼは500年の昔から続いてきた
ことがわかる。
次の図88.2は西表島の観測所が旧敷地(竹富町西表東祖納671)から北東方向
にある宇那利崎の現在地(竹富町字上原宇那利崎133-1)に移転し、
年平均気温が不連続的に上昇したことを示すものである。周辺の7観測所に
比べて0.28℃上昇したので、前の図88.1では2003年以後の西表島の年平均
気温が0.28℃低くなるように補正してつないである。
図88.2 西表島の年平均気温と周辺7観測所平均(宮古島、石垣島、与那国島、
多良間、伊原間、大原、波照間)との気温差
西表島の観測所が現在地へ移転することで、なぜ気温が上昇したか、その
原因について石垣島地方気象台の玉城潤二次長に前もって聞き合わせたところ、
防災係長はじめ管理している関係官などの意見を総合して、次の回答を得た。
旧測候所は、山すそにあり、寒気が溜まりやすいところであり、また、
周辺に田んぼがあったことで気温が上がり難いと考えられる。現在地は、
無人化になったものの、露場周辺の環境としては、周辺に山や田んぼが無く、
旧測候所よりは風・気温とも観測環境はよい、という貴重な情報を得た。
さらに、西表島の新・旧観測所への道順について、技術課の堀川英春防災
指導係長作成の写真つきの道案内図を送っていただいた。
図88.3 石垣島の年平均風速の経年変化、風速計は1954年7月1日に4杯式から
3杯式に変更、1974年12月31日に3杯式からプロペラ式に変更された。
4杯式風速計の時代(1954年7月以前)は、乱流内の風速計の回り過ぎ特性
により、平均風速は実風速より過大に観測されている(「9.風で環境を観る」を参照。観測所の乱流特性にもよるが、4杯式
風速計は概略10%ほど平均風速を過大に観測する)。
図88.3は石垣島の年平均風速の経年変化であり、風速は年々減少の傾向が
ある。これは周辺に建物が増えたり大型化していることを意味する。
(2)与那国島測候所
2008年3月1日(土曜日)、石垣島空港10:40発、与那国島11:10着、最西端
タクシーにて測候所訪問。宮里彦一所長から測候所の状況を聞く。所長は以前
に西表島測候所に勤務したことがあり、西表島測候所の1981年以後の状況に
ついても話を聞くことができた。
気象庁ホームページには、西表島の気象観測資料は1961年以後しか掲載されて
いないが、「西表島の気象49年」(平成14年2月、西表島測候所発行)には
1954年2月からの観測資料が掲載されている。この資料を前記の図88.1に
追加プロットしてみると、訪問前の疑問が解決できたように思った。
すなわち、西表島測候所移転(1970年)の直後、1971~1977年の期間に西表島
の年平均気温が高過ぎるので、これを除外し、1955~1969年を基準にすれば
気温差(石垣島-西表島)は1990年以後に0.36℃ほど上昇しており、
気温差0.22℃(石垣島-与那国島)と大きく矛盾しない。
この点に注意して西表島を訪問したい(後述、図88.15参照)。
以下では、与那国島測候所について検討する。
1956年11月1日:与那国島測候所創立
1989年8月1日:新庁舎建替え(旧庁舎の東側へ建替え)
1995年9月3日:7号宿舎(露場のすぐ南東側)の新築
2001年4月1日:ウインドプロファイラー運用開始(露場の北側に設置)
図88.4 与那国島測候所測風塔からの眺め、左:北方向、右:東方向
図88.5 与那国島測候所測風塔からの眺め、左:南方向、右:西方向
図88.6 屋上から見た露場、横に3枚の結合のため多少の歪みがある。
左の青屋根はもっとも新しい宿舎(1995年9月3日新築)、右端の白色は
ウインドプロファイラー(2001年4月1日運用開始)、中央遠方に白く見える
のは田植え直前の水田。
図88.7 左:露場の南側から北方向、右:露場の西側から東方向(左手は庁舎)
図88.8 左:露場の北側から南方向、右:露場の東側から西方向
図88.9 露場の北西側からの眺め、横に3枚の結合のため多少歪んでいる。
図88.10 1982年の屋上からの眺め、左:東方向、右:西方向
(与那国島測候所提供)
宮里所長に前もってお願いしてあったところ、崎原百合子さんに連れられて
入与那国冨雄さん(1923年生れ、86歳)に来ていただいた。
入与那さんによれば、おおよそ1965年以前には、周辺はいも畑が多かった。
それ以後はさとうきびを栽培するようになった。さとうきびは年間を通じて、
次々に植え付けと刈取りを繰り返している。畑は1972~73年に区画整理が
行われた。
15時から、島のことに詳しい崎枝彦三さんの運転するタクシーで島内を一周
した。測候所周辺はサトウキビ畑のほか、牧草地も所々にあった。
与那国島は水が豊富で、数百年前から水田があり、コメが生産されてきたが、
ごく最近は人手不足となり、水田跡が牧草地となっているところも見ること
ができた。
(3)西表島特別地域気象観測所
2008年3月3日、石垣港8:30出航、西表島上原港9:20到着。前もって頼んで
あった”やまねこタクシー”にて宇那利崎に移転した新観測所を訪問した。
観測所は小高い場所にあった。南の方には旧ゴルフ場があり、跡地には
30cmほどの草がのびているが、観測所とその周辺はきれいに草が刈り
取られている。気象観測所としての環境はよい。
南西方向にはゴルフ場の廃屋が見える。壊れかけているので立ち入り禁止との
ことである。
図88.11 西表島特別地域気象観測所、露場北東側からの眺め、横3枚の結合
のため多少の歪みがある。
図88.12 西表島特別地域気象観測所、左:露場の南側から北を見る、右:
西側から東を見る。
図88.13 西表島特別地域気象観測所、左:露場の北側から南を見る、右:
東側から西を見る。
図88.14 気象観測所がある宇那利崎の遠望、月ヶ浜ビーチから撮影。
赤矢印で示す付近に観測所があるが見えない。半島上の左方に見える3つの
建物は旧ゴルフ場の廃屋
(4)旧西表島測候所の周辺状況
1970年代半ばに開通したという新道の脇に旧測候所があった。道路面から
数m高い位置に旧庁舎と露場があり、南側の崖下は水田、道路向かいの西側
には新しい郵便局がある。
1954年1月25日:祖納の岩原の露場(標石=13m)にて観測開始
(1990年3月まで日平均気温は3、6、・・・24時の8回から決定、日界は24時で
全期間を通して変更なし)
1970年7月1日:祖納671番地(標石=8.7m)に新築移転(元は屋敷あり)
2003年3月12日:現在の特別地域気象観測所(宇那利崎)へ移転
昔のことについては、「子午線ふれあい館」(東経123度45分6.789秒)
の那良伊宇子(ならいたかこ)さんと、集会所(公民館)におられた
屋(おく)つぎこさん(81歳)から教えていただいた。
(1)約100戸の祖納集落には50年前は自転車が1台しかなく、広い道路は無く
荷物は水牛車で運んでいた。
(2)現在の新郵便局の場所は、以前には小高い地形で(道路向かいの旧測候所
より標高は高い)、フクギの大木で囲まれた屋敷があった。これが30~40年
ほど前(1970年代?)に解体・伐採、土地が削り取られて平らにされた。
(3)現在の新郵便局と旧測候所の間には細い道があり、沖縄の本土復帰(1972年
5月15日)の数年後に現在の広い2車線道路が完成した。
(4)新郵便局の北の方向にある3階建てホテルは築約25年になる。
1978年頃の台風(正しくは1977年の台風か?)で瞬間風速が80m/s?ほど出て、
周辺一帯のかやぶき屋根(一部瓦屋根)がすべて吹く飛ばされた。その後、
コンクリート建てが建築されるようになった。
(5)新郵便局は1994年ころの建築である。
(6)旧測候所の南側に広がる水田は、500年の昔から続いてきたものである。
以上を総合すると、旧測候所の周辺環境は1960年代から1978年の間に大きく
変化したと考えられる。最初の観測所露場(岩原、標高=13m)における
1954~1969年の気温観測値と1978年以後に重点をおいて経年変化を見てみよう。
つまり、図88.1において1970年の移転直後(1970年代)の気温差
(石垣島-西表島)が小さい(西表島の気温が高過ぎる)のを異常値とし、
除外して考えてみよう。
次の図88.15は図88.1を書き直したものである。移転(1970年)の前の期間、
1955~69年を基準とすれば、1990年~2007年には気温差(石垣島-西表島)
は0.79-0.43=0.36℃である。一方、気温差(石垣島-与那国島)は0.45-
0.23=0.22℃となる。これが石垣島の日だまり効果(都市化も含む)による
年平均気温の上昇量である。
図88.15 石垣島の日だまり効果を判断する図、その2。
青:年平均気温の石垣島と与那国島の差、赤:石垣島と西表島の差
(ただし、西表島2003年の移転に伴う気温ジャンプは補正済み)。
西表島の気温は「西表島の気象49年」に掲載された資料を用いてプロット
してある(1970年以前について気象庁ホームページ掲載の資料と0.1~0.2℃
ほど異なり、また掲載されている期間も違う)。
石垣島の日だまり効果をまとめると、
(a)0.36℃・・・・・石垣島と西表島の比較から
(b)0.22℃・・・・・石垣島と与那国島の比較から
(c)0.27℃・・・・・石垣島とAB26地点との比較から
(d)0.29℃・・・・・石垣島とA群12地点の比較から
(c)と(d)については、「研究の指針」の
「K38.気温の日だまり効果の補正(1)}と、
「K39.気温の日だまり効果の補正(2)}を参照のこと。
誤差の範囲内であり、0.1℃の判定の難しさもあるが、(b)が小さいのは、
与那国島測候所の庁舎の建替え(1989年)、露場のすぐ隣に7号宿舎が新築
されたこと(1995年)、露場の北側にウインドプロファイラが設置・運用開始
(2001年)など、ごく近辺の環境変化が影響しているのかもしれない。
以上の検討の結果、石垣島の日だまり効果による年平均気温の上昇量は
0.3℃としたい。
以下では、旧西表島測候所の写真と図面を見ることにしよう。
図88.16 南から見た旧西表島測候所、道路の右側(現在は大学共同利用
機関法人 人間文化研究機構総合地球環境学研究所西表プロジェクト研究室
として利用)
図88.17 旧西表島測候所配置図(石垣島地方気象台提供)
図88.18 旧西表島測候所測風塔から見た北側(左)と東側(右)
(石垣島地方気象台提供)
図88.19 旧西表島測候所測風塔から見た南側(左)と西側(右)
(石垣島地方気象台提供)