M29.放射冷却
	著者:近藤純正

		要旨
		備考(夜間の凍結・霜害の防止)
		参考書
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2008年3~4月開催の市民講座「緑の家学校」連続講座の第3回 前半の要旨と質問・回答である。

夜間の放射冷却は、地表層の熱的なパラメータ(=熱伝導率×比熱×密度) に大きく依存する。したがって、新雪時や土壌が非常に乾燥したときに 放射冷却は大きくなる。放射冷却は、地面が失う長波放射量と大気から 地面へ入る大気放射量の差に比例する。したがって曇天時より薄曇、薄曇 よりは快晴日、また大気が乾燥したときほど大気放射量が小さく、 冷却は大きくなる。夏よりは、秋~春の晴天微風夜に放射 冷却が大きくなる。(要旨の完成:2007年12月25日)

本講座シリーズに関する専門的なことがらは、共通する基礎的 内容であり、別の章「M33.水蒸気(要点)」、「M34.放射(要点)」、 「M35.エネルギーと温度変化(要点)」、「M36.大気安定度(要点)」 に説明してあるので参考にしてください。


要旨

岩手県盛岡の北東約20kmのところに玉山村藪川(現在盛岡市に合併)が ある。ここは本州でいちばん寒いところとして知られ、1945年1月26日に -35℃を記録している。藪川はなぜこのように冷えるのか?

まず、村の人々はこの寒さをどのように認識しているかを知りたくて、 アメダス以前に委託気象観測に従事してこられた深沢氏を訪ね、夜間の 異常冷却が起きる日の条件を訊いたところ、次のように答えてくれた。

(1)冬の季節風で新雪が積った晴れた日、
(2)夕方、煙突から出る煙が真っ直ぐに昇り、深深とした夜、
(3)そして、人は信じないようだが、月の見える晩、に起こりやすく、
(4)最近はテレビで、上空5,000mに強い寒気がきたと放映されるような 晩は、上空の寒さが地面を冷やしているのでしょうか?

これは朝の最低気温が異常に低くなる条件を適確に表現しており、筆者は 感心した。毎日観測している深沢氏は自然をよく理解している。 当時の専門家たちが言っていたことと違っていたのだ!

地表面の夜間の放射冷却について、深沢氏が語ったことを物理的に表現すると 次のようにまとめることができる。
(a1)地表層(積雪時は積雪層)の熱伝導率と体積熱容量(=比熱×密度)が 小さいときほど、つまり新雪時のような場合に放射冷却は大きい。
(a2)大気から下向きに入る大気放射量(長波放射量)が小さいほど、 つまり曇天日より晴天日のほうが大気放射量が小さく、放射冷却は大きい。
(b)風が吹く夜は、大気の攪拌・混合によって、大気から地表面へ顕熱が 供給されて冷却を抑制するが、風がなければ、顕熱輸送量はゼロに近く、 放射冷却は大きくなる。
(c)大気から地面へ入る大気放射量は、上空までに含まれる水蒸気量が 少ないほど、また大気温度が低いほど少ない。上空に寒気がきたときは この条件であり、地表面の放射冷却は大きくなる。

盆地の底では、斜面で生じた冷気が斜面を流下しながら盆地底上空に堆積し、 盆地内の大気全体が低温となり(冷気層、冷気湖が形成され)、下向きの 大気放射量が少なくなり、放射冷却が大きくなる。藪川は、 標高600mほどの細長い盆地にあり、この効果も加わる。

備考

(1)夜間の凍結・霜害の防止法
作物の上に放射除けを被せて、葉面の放射冷却を抑制する方法がある。 この場合は、放射除けの上面が作物に代わって放射冷却する。

大型ファンモータで風を作物に当てる方法がある。この作用には2つがある。 その1は、高度の高い層の暖かい空気を下層に送ること、その2は、作物 の近くの空気を作物(物体)に直接当てることである。
前者の場合、高温空気を下層に送ることは夜間の安定な大気層を 破壊すること、つまり運動エネルギの位置エネルギーへの変換に相当し、 効率は低いと考えるべきだろう。
その2について考えると、夜間の葉面(一般に空中に露出した物体)は 同レベルの空気の温度より数℃低温になっており、風は空気から葉面へ 顕熱を送ることになり、放射冷却を抑制することになる。

下層大気に水蒸気の霧(雲)を発生させて、霧からの長波放射を葉面上 に注ぐ方法がある。この場合、霧層の上面付近では放射冷却が大きくなる 代わりに、地面付近の放射冷却を抑制することになる。霧を発生させるために、 夜間畑地に散水すると、地面が湿り、翌日の日中の地面温度が上昇し難くなる ので注意が必要である。

いずれも、必要経費・被害額と他への影響を検討して実行することになる。

(2)夜間に地表面が失う放射量(長波放射量)の大きさ
熱エネルギーの出入りによって、温度変化が生じる。その際の関係については 「エネルギーと温度変化(要点)」に 掲載してある。

晴天夜間の地表面が失う長波放射量は50~80 W m-2程度である。 その他のエネルギーとの比較は、同じ「エネルギー と温度変化(要点)」の章の表35.1に掲載してある。

参考書

近藤純正、1987:身近な気象の科学(東京大学出版会)、5章「本州一寒い村」

近藤純正ホームページ:「身近な気象」の 「2.放射冷却と盆地冷却」

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