2. 放射冷却と盆地冷却
著者:近藤純正
        2.1 夜間の地表面温度は時間と共にどのように下がるか?
        2.2 凍霜害を防ぐ方法は?
        2.3 雲があるときは冷却が小さいのはなぜか?
        2.4 風が吹くときの冷却は?
        2.5 盆地はなぜ冷却が大きいか?
        2.6 冷気層の解消はどのように起きるか?
トップページへ 身近な気象の目次 次へ



夜間の放射冷却が大きくなる条件は次の通りである。

(1) 風が弱い夜間(煙突の煙がまっすぐに上昇しているとき)
(2) 雲の少ない晴天夜(月があれば、月の見える夜)
(3) 大気全層が低温(TVで「上空5千メートルに寒気」と放映されるとき)
(4) 空気が乾燥しているとき(大気中の水蒸気が少ないとき)
(5) 新雪が積もったとき(積雪表層に空気が多く含まれるとき)
(6) 地面が乾燥しているとき(土壌表層に空気が多く含まれるとき)
(7) 斜面よりは平地、平地よりは盆地(冷気が溜まりやすい地形)
(8) 大きい湖や海から離れているところ(湖陸風や海陸風の及ばないところ)

これらの条件で放射冷却がなぜ大きくなるか。以下でその理由を学ぼう。


2.1 夜間の地表面温度は時間と共にどのように下がるか?

まず、晴天微風の夜間について考える。
図2.1は夕方からの時間と共に地表面温度の下がり方を示したものである。 横軸は夕方からの時間、縦軸は地表面温度である。この例は、 夕方の地表面温度が20℃の場合である。

冷却曲線
図2.1 晴天夜間の地表面温度の変化、ただし、夕方の地表面温度 が20℃の場合。

この図が示すように、夕方から2~3時間までは地表面温度は急激に下がる。 その後の下がり方は、しだいに小さくなっている。 この例では、夕方から10時間経った朝方には地表面温度は ほぼ10℃である。夕方から概略2~3時間までと、それ以後の 温度下降を2つに分けて考えることにしよう。

(1)夕方から2~3時間までの下がり方

夕方の地表面温度をTs0、t 時間後のそれをTs とすると、 急激に下がる時間範囲については次式で表わすことができる。

冷却量:Ts-Ts0=係数×( Rn0)×(t の平方根)・・・・・・・・・(2.1)

ただし、 Rn0 は夕方の正味放射量を表わし、次式で与えられる。

  Rn0 =(地表面の出す赤外放射量)-(大気放射量)

地表面の出す赤外放射量は地表面温度(絶対温度)の4乗に比例する。
絶対温度=(273.2+摂氏の温度)のことである。例えば20℃は 絶対温度で293.2K であり、単位として K をつけて示す。

大気放射量は、大気中に含まれる水蒸気、二酸化炭素など温室効果気体 が出す赤外放射量である。赤外放射は可視光線より波長が長く、 目には見えない電磁波である。

地上から上空までに含まれる大気中の水蒸気量が多ければ多いほど、 大気放射量は多くなる。そのような場合は正味放射量が小さくなる。 逆に大気が乾燥しているときは大気放射量が少ないので、正味放射量は 大きく、冷却量が大きくなる。冬の晴天夜の冷却が激しいのは このためである。

普通 Rn0 は50~100W/m2である。
以後、大気放射量などの熱輸送量は水平な単位面積(1平方m)当り のエネルギーとし、1平方m当りを省略し、 例えば 100W などと表わすことにする。

係数は次式で与えられる。

係数=[2÷(地表層の熱容量×熱伝導率)]の平方根

したがって、係数が大きくなるのは、 土壌が乾いたときや、新雪が積もったときである。 新雪は、雪粒子の間隙が空気で占められ、熱容量と熱伝導率が 小さく、係数が大きくなるわけである。

注: 上で示した係数の式の右辺に含まれる数値「2」は近似解から 得たもので、厳密解では「4/π」となる。したがって近似解の係数 は2の平方根=1.41であるが、厳密解では4/πの平方根=1.13となる [「地表面に近い大気の科学」のp.113の式(4.5)と参考(4.1)を参照]。

(注意)積雪があるとき、積雪の上端の積雪面 を地表面とする。

(2)放射最大冷却量

上記で示した式(2.1)は、正味放射量が近似的に一定と考えられる 時間範囲(夕方から2~3時間程度)について成り立つ冷却の式である。 それ以後の冷却はどのように進むだろうか?

放射最大冷却の説明
図2.2 放射最大冷却量の説明、ただし例として、夕方の地表面温度=20℃、 大気放射量=349W の場合。(「身近な気象の科学」 (東京大学出版会)、図5.4 より転載)

例として、晴天日の夕方、地表面温度が20℃から下がりはじめる場合を 考える。図2.2右は夕方の放射交換量の例で、地表面が失う赤外放射量は 大気から地表面にくる大気放射量にくらべて大きいので、正味放射量は 1平方m当り419-349=70W を失うので、地表面は冷却する。その結果、 地表面温度は20℃から、19、18、17℃、・・・・と下がっていく。 ところが地表面の出す赤外放射量はその地表面温度(絶対温度)の4乗に 比例するので、地表面温度が下がれば、それに応じて赤外放射量も 小さくなる。

仮に地表面温度が7℃まで下がったとすれば、赤外放射量は349W で、 ちょうど大気から地表面に入る大気放射量と同じになる。したがって、 この例の場合、地表面温度は最低極限の7℃以下になることはない。

夕方の温度と、この最低極限温度との差、20-7=13℃を「放射最大冷却量」 最大可能な冷却量)と呼ぶ。 これは大気放射量が349W の場合の例である。

この例の場合、十分時間が経てば、地表面温度は13℃に漸近するが、 一晩の長さは短く、仮に10時間のときは地表面温度が10℃になったとき 朝になる(図2.1)。

図2.1は地面がやや乾燥したときや、新雪が降らず古い積雪が積もって いる晴天夜間の冷却を示したものである。

図2.3は地表面の種類が異なる3つの場合を比較したものである。 湿潤地では冷却が小さく、新雪(ただし積雪が概略30cm以上)では 冷却が大きい。 積雪があるとき、積雪上端の積雪面が地表面となる。

冷却曲線3種類
図2.3 晴天夜間の湿潤地、乾燥地・古い雪、新雪面における冷却の比較、 ただし、夕方の地表面温度が20℃の場合。 (「身近な気象の科学」 (東京大学出版会)、図5.5 より転載)

新雪が積もったとき、なぜよく冷えるか?
新雪は降ったばかりの雪で、その中には約90%の空気が含まれている。 (1)そのため断熱材として働き、表面が冷えても下層からの熱を伝えない。 つまり熱伝導率が小さく、下からの熱補給が 非常に小さいので冷えやすいのである。

(2)さらに、新雪は約90%の空気から成り、熱容量 も小さいので、熱エネルギーを貯めておくことができない。 それゆえ、表面から大気に向かって放射熱を 出すと、すぐ熱エネルギーはなくなってしまう。つまり、熱エネルギー は温度変化量と熱容量の積であり、同じ熱エネルギーを失う場合、熱容量の 小さい物質のほうがすぐ冷えるということである。

前述の放射冷却の式にでてきた係数:
係数=[2÷(地表層の熱容量×熱伝導率)]の平方根
となっている。積雪は(地表層の熱容量×熱伝導率)が非常に小さく、 他の地表面よりも放射冷却が大きくなるわけである。

2.2 凍霜害を防ぐ方法は?

図2.4は晴天夜間の地面付近の気温・地面温度・地中温度の例である。

凍霜害説明
図2.4 作物の放射冷却とその防止法の原理、ただし数値は例である。 (「身近な気象の科学」 (東京大学出版会)、図5.7 より転載)

地面は赤外放射を放出し、温度は0℃で、高さ1~3mの気温より 4℃も低い。作物の葉面は地中からの地熱(地中伝導熱)が伝わらない ので、地面温度よりさらに低く、-2℃になる。図のいちばん右に 示したように、葉面に覆いをかぶせると、葉面からの放射熱の放出を 防ぐことになる。つまり、覆いからの赤外放射量は大気放射量より大きい ので、葉面の冷却は小さくなる。

地表面に置かれた発泡スチロールや木板などは コンクリート舗装などに比べて地中からの熱伝導が少ないので、 夜間はよく冷えて、霜が降りることが観察される。

2.3 雲があるときは冷却が小さいのはなぜか?

雲の効果の説明
図2.5 晴天夜と曇天夜の放射量の比較、ただし数値は例である。

図2.5は左から順番に、快晴夜、薄曇の夜、低い雲で覆われた曇天夜 について放射量の比較である。ただし、夕方の地表面は同じで 20℃とする。

快晴夜の大気放射は、大気中の水蒸気や二酸化炭素から放出されたものである。 正味放射量=419-349=70W である。温度が同じとしても、 雲は水蒸気よりも赤外放射を多く出すので、薄曇りの夜は雲からの放射 とその下の大気(水蒸気、二酸化炭素など)が出す放射を合わせて 大気放射量は370W である。したがって、正味放射量=419-370=49W と なり、快晴夜のそれの70%である。そのため冷却速度(式2.1参照)は 快晴夜の70%となる。

低い雲で覆われた曇天夜は雲底が低く、その高度の気温も薄雲の場合 よりも高いので、雲底から出る赤外放射量は大きくなる。雲とその 下層の大気が出す大気放射量は398W である。正味放射量=419-398= 21W 、つまり快晴夜のそれの30%である。そのため曇天夜の冷却速度 も30%となるわけだ。

2.4 風が吹くときの冷却は?

晴天夜の夕方、風がほとんどなくても、途中から風が吹くことがある。 たとえば、海陸風がよく起きる地域では、日が暮れてしばらく経つと 陸風が吹き始める。また、傾斜地では、斜面が冷却すると、その直上の 空気も冷やされて冷気が発生する。この冷気は同じ水平面上の斜面から 離れた場所の空気より重いので、重力によって斜面に沿って下降しはじめる。 これは斜面下降流と呼ばれる。斜面流は日が暮れてしばらく経ってから発生 する。

風(陸風や斜面下降風など)が吹くと、無風のときにくらべて 大気の対流・混合が盛んになる。一般に夜間は、地表面がもっとも 冷却して低温になっており、風が吹くと大気から地表面へ熱(鉛直方向 の対流・混合による顕熱)が運ばれ、地表面の冷却は弱められる。

風が吹くときの冷却曲線
図2.6 途中から風が吹き始めたときの地表面の冷却曲線(模式図)。

図2.6は最初は放射冷却にしたがって地表面の冷却が進んでいるとき (赤い曲線)、夕方から2時間後、急に風が吹きはじめた場合、地表面 温度は急上昇したのち、緑の曲線のように変化することを示している。

2.5 盆地はなぜ冷却が大きいか?

図2.7は福島市の西方にある吾妻小富士(火山の旧噴火口、直径450mの盆地) で観測した朝5時の気温断面図である。周囲の山頂付近では20℃ であるが、それより約80m下の盆地の底では13℃で、山頂付近と くらべて7℃も低温である。層状に冷気が形成され、あたかも湖の ように思われることから、これは「冷気湖」と呼ばれる。

吾妻湖富士の冷気湖
図2.7 小さな盆地、吾妻小富士で観測された夜間の気温断面図。

吾妻小富士は冷気が流れ出て行くところがなく、完全な盆地である。 他の多くの盆地では周囲の山の尾根に切れ目があり、冷気が谷川など に沿って流出する。それでも大部分の冷気は盆地内に溜まり、冷気湖が できる。

盆地深さと冷気層厚さ
図2.8 盆地にできる冷気層の厚さ(冷気湖の深さ)と盆地の 深さとの関係。(「地表面に近い大気の科学」 (東京大学出版会)、図6.16 より転載)

図2.8は日本各地の盆地にできる夜間の冷気層の厚さと盆地の 深さとの関係である。ここに盆地の深さとは、周囲の尾根の平均標高と盆地の底のほぼ平らな 部分との標高差である。図から、冷気層の厚さは近似的に盆地の 深さに等しいことがわかる。

気温鉛直分布
図2.9 浅い盆地(左図)と深い盆地(右図)の中央部上空に おける気温鉛直分布、緑:夕方の気温分布、青:朝方の気温分布。

図2.9は盆地ないし、盆地状地形内にできた冷気層内の気温鉛直分布である。 両方とも、下層の温度逆転層の上で気温がもっとも高くなっている。 深い地形の場合、この高温の層が目立つことから、これを「温暖帯」と 呼ぶことがある。

斜面上で気温を観測すると、高温の層が地形に沿ってほぼ水平に つながっているように見える。作物があると、凍霜害は盆地の底に近い斜面 で被ることがあっても、この温暖帯では被らないことが多い。 農業者はこのことを知っており、適地適作を実施してきた。

要約すると、夜間の冷却は盆地のような地形の底でもっとも大きい。 次いで平地、斜面の順である。そのほか、盆地状地形では周囲の 地形に阻まれて、一般風が入りにくく、放射冷却が起きやすい。

盆地の底は平地に比べて冷却が大きくなるさらなる理由は、 厚い冷気層ができると、大気から地表面に入る大気放射量が 夕方のそれよりも小さくなるためである。 一般風(高度1,000~2,000m上空の風)が概略10m/s 以上のときは 盆地の中に冷気層ができはじめても、風の鉛直混合によって、冷気層 は破壊されてしまう。図2.7に示した吾妻小富士の場合、山頂の風速が 5m/s 以上のときは冷気湖は形成されない。

2.6 冷気層の解消はどのように起きるか?

冷気層の解消過程
図2.10 冷気層の解消過程。時間は図の番号1、2、3、4の順に 進む。(「地表面に近い大気の科学」 (東京大学出版会)、図4.12 より転載)

太陽が昇り、盆地の斜面が加熱しはじめると(番号2,3)、夜間とは逆に、 斜面直上の空気は軽くなって斜面に沿って登りはじめる。 この場合、斜面の上には上空ほど高温の空気が層状に堆積しており、 斜面直上にできた空気より上空は高温である。 そのため、斜面から鉛直真上方向には空気は上昇できない。

盆地の底と斜面直上の空気が斜め方向へ(赤矢印のように)上昇していくと、 それを補うために盆地の上空から、図の点々部分が2番、3番の図に 示すように下降してくる。最後には4番の図になり、 盆地内には盆地底→斜面→盆地上空→盆地中央部の順に回る 循環流が形成され、日中の状態へと移行する。これが冷気層の 解消過程である。

トップページへ 身近な気象の目次 次へ