M35.エネルギーと温度変化(要点)
著者:近藤純正
物体も大気もエネルギーを吸収すれば温度が上昇し、エネ
ルギーを放出すれば温度が下がる。これら温度変化の計算
原理、その具体的な例、エネルギーの目安、地中温度や
種々の物体の深さによる時間変化、温度変化を小さくする
方法など、基本的なことがらについて説明する。
(完成:2008年1月12日)
目次
1.温度変化の計算式
2.各種物体の温度上昇の例
3.エネルギーの大きさの目安
4.地中温度の日変化と年変化の例
5.深さによる振幅の減衰と位相の遅れ
6.表面と内部の温度変動を小さくする方法
参考書
1.温度変化の計算式
温度上昇=(全エネルギー)÷(全熱容量)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
全エネルギー=(単位時間単位面積当たりの熱エネルギー)×時間×面積
全熱容量=(体積熱容量)×体積=(比熱×密度)×体積
2.各種物体の温度上昇の例
(問題)
体積=1m3の水に、単位時間単位面積当たりの
熱エネルギー=100 W m-2
(=100 J s-1 m-2)
が、1時間(=3600 s)にわたり、断面積=
1m2から入り、
一様な温度になった場合の温度上昇はいくらか? ただし水の体積熱容量
=比熱×密度
=4.2×103J kg-1 K-1
×1000 kg m-3=4.2×106 J K-1
m-3である。
(回答)
前節の計算式から、1時間後の
温度上昇=(100×3600×1)÷(4.2×106×1)
=0.086℃ / 時
上記と同じ熱エネルギーが他の物体に入ったときの1時間後の温度上昇は
次の通りである。
1時間後の温度上昇
水・・・・・・・・・・・・0.086℃
湿った土・・・・・・0.12℃(目安)
乾いた土・・・・・・0.28℃(目安)
木材、杉・・・・・・0.72℃(目安)
空気・・・・・・・・300℃
潜熱輸送量 100 W m-2を蒸発速度に換算すると、
0.147mm/時=3.53mm/日=1287mm/年
1mmの蒸発量=1 kg m-2の蒸発量
熱エネルギーが物体から出る場合には、計算式のエネルギーはマイナス
符号となり、温度は下降する。水は体積熱容量が大きいので熱し難く冷め
難い。空気は熱しやすく冷えやすい。
○ 上の例では、1m3の水、つまり深さ1mの立方体を想定した
計算である。水深が0.1m(または0.01m)なら水温は1時間に0.86℃
(または8.6℃)上昇することになる。
○ 水温を上昇させないで、100 W m-2のエネルギーがすべて
蒸発のために使われる場合には、1時間の蒸発量は 0.147mmということに
なる。
3.エネルギーの大きさの目安
地球は楕円軌道で太陽の周りをまわっている。離心率=0.0167をもち、1月
4日ころ地球太陽間の距離がもっとも短く、7月5日ころもっとも長い。
地球太陽間の距離の最大と最少は3.34%の違いがあり、太陽放射量は距離の2乗に逆比例するので、
1月上旬は7月上旬に比べて6.7%も地球に入る日射量が多くなる(「身近な
気象の科学」図1.1を参照)。
太陽と地球が平均距離のとき、地球大気の最上端において、太陽光線に
垂直な単位面積に入射する太陽エネルギーを太陽定数という。地球上で
平均した大気最上端に入射するエネルギーは太陽定数の 1/4 である
(球の表面積は断面積の4倍であることから、1/4 を用いる)。
これらは地球上のエネルギーの基準となりうる。
表35.1 熱エネルギーの目安 (「水環境の気象学」表1.3ほかによる)
1360 W m-2・・・・・・・・・・太陽定数
340 W m-2・・・・・・・・・・太陽定数の1/4(=大気上端に入射する地球平均日射量)
1000 W m-2・・・・・・・・・・晴天の正午前後(目安)
130~160 W m-2・・・・・日本平均の年平均日射量
280~370 W m-2・・・・・日本平均の年平均大気放射量
100 W m-2・・・・・・・・・・東京都心部人工熱(目安)
10 W m-2・・・・・・・・・・住宅地の人工熱(目安)
-50~+300 W m-2・・・顕熱輸送量(目安)、マイナスは大気から地表面へ
-50~+300 W m-2・・・潜熱輸送量(目安)、マイナスは大気から地表面へ
-50~+100 W m-2・・・地中伝導熱(目安)、マイナスは地中から地表面へ
-50~ -80 W m-2・・・晴天夜の地面が失う正味放射量、マイナスは失う意味
100 W m-2・・・・・・・・・・人体の平均*(1日2000キロカロリー)
0.06 W m-2・・・・・・・地殻熱流量の地球平均
0.13 W m-2・・・・・・・陸上植物の光合成生産量の地球平均
*(注)人体の表面積が1m2あるとして
4.地中温度の日変化と年変化の例
前記の第2節では、物体の温度が一様になったとした場合の温度変化を示した。
現実には、物体内部に熱が伝わるのに時間がかかる。ここでは、地表面の
ように、一方向から熱エネルギーが与えられる場合について、深さによる
温度変化の振幅と位相の遅れを説明しよう。
図35.1と35.2は地温の日変化と年変化の例である。
図35.1 地中温度の日変化(「身近な気象」の「M11.入門2:境界層の日変化」
の図11.8に同じ;「研究の指針」の「基礎2:気温・地温と局地
循環」の図2.4に同じ)。(地表面に近い大気の
科学、図4.10、より転載;)
地表面での変化を基準としたとき、位相は深さに比例して遅れる。図の例
では、最高温度の時刻は、深さゼロでは13時であるのに対し、深さ
0.13mでは19時となっている。
図には深さ0.25mまでしか描いていないが、日変化がわずかになる深さは
0.3m程度である。
一方、年変化の図35.2では、年変化がわずかになる深さは6~8m程度
であり、日変化のおおよそ20倍である。
図35.2 水戸における地中温度の年変化(「身近な気象」の「M11.入門
2:境界層の日変化」の図11.8に同じ)
(地表面に近い大気の科学、図4.11、より転載)。
5.深さによる振幅の減衰と位相の遅れ
一様な媒質の場合、表面から深さ z における振幅の減衰と位相の遅れは次式
で表される(「水環境の気象学」p.150)。
深さ z での振幅=表面での振幅×exp[-z(ω/2a)1/2]・・・・・・・・・・(2)
位相の遅れ=z(ω/2a)1/2・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
ここに、
温度拡散係数:a=λ/cρ、λ:熱伝導率、cρ:体積熱容量
ω=2π/ τ、τ:周期(秒)
1日周期・・・・・ω=0.727×10-4s-1
1年周期・・・・・ωY=1.992×10-7s-1
(ω/ωY)1/2=1 / 19
つまり、日周期の19倍の深さが年周期の変化に対応することがわかる。
(例)
問題:日中、1時間の周期で上空を雲が通り過ぎるとき、地表面温度は1時間周期
で変化する。この周期的変動は地中のどの深さまで及ぶか?
回答:24時間と1時間の比(=24)の平方根は4.9である。1日周期の変動が
0.3mまで及ぶものとすれば、
1時間周期の変動は0.3m/4.9=0.06m、つまり 0.06m 程度の深さまで影響
が及ぶ。
温度拡散係数 a が大きければ、速い速度で遠い距離まで現象が伝わるという
ことを表す。拡散によって時間 t(s) の間に伝わる距離 z(m) の目安は次式
で表される(「身近な気象の科学」p.43の式5.5、および「地表面に近い
大気の科学」p.125~p.126を参照)。
z=(a×t)1/2・・・・・・・・・・(4)
表35.2は熱に関する諸物質の係数と、t を1日(0.864×105 s)
とした場合、表面の現象が伝わる距離 z の一覧である。
表35.2 熱に関する諸物質の係数
単位は体積熱容量cρ:J m-3K-1、熱伝導率λ:W m-1K-1、
温度拡散係数 a=λ/cρ:m2s-1、熱的パラメータcρλ:J2s-1K-2m-4、
1日周期の変動が伝わる深さ(略称、1日の深さ) z:m
「身近な気象の科学」表5.3、「地表面に近い大気」表4.1と表4.2、
水環境の気象学」表6.9と表7.3、「理科年表(丸善)」の抜粋
物 質 cρ λ a=λ/cρ cρλ 1日のz(m)
×106 ×10-6 ×106
乾燥砂地・粘土 1.3 0.3 0.23 0.39 0.14
湿り砂地・粘土 3.0 2 0.67 6 0.24
新雪 0.2 0.1 0.5 0.02 0.20
古雪 0.8 0.4 0.5 0.32 0.20
コンクリート 2.1 1.7 0.8 3.6 0.26
アスファルト 1.4 0.7 0.5 1.0 0.20
木材(概略値) 0.6 0.15 0.25 0.09 0.15
ガラス(概略値) 1.5~3.5 0.6 0.2~0.4 0.9~2.1 0.12~0.19
石英ガラス 1.6 1.4 0.88 2.2 0.28
氷(0℃) 1.9 2.24 1.16 4.32 0.32
水(静止) 4.18 0.57 0.14 2.38 0.13
空気(静止) 0.0012 0.025 21 0.00003 1.4
鉄 3.5 83 24 290 1.4
アルミニューム 2.4 236 98 566 2.9
銅 3.4 400 118 1360 3.2
表面で熱の出入りがある場合、温度はまず表面で変化しはじめ、内部へ
遅れて伝わる。
その場合、表面温度の変化速度は熱的パラメータ cρλ の平方根の逆数
に比例する、つまり、
○ 表面温度の変化速度は、(cρλ)-0.5に比例する
(「身近な気象の科学」p.43の式(5.4)参照)。
○ また、表面温度の変化振幅は cρλ が大きいほど小さくなる
(「水環境の気象学」式(6.100)と式(6.102)を参照)。
○ 金属は cρλ が大きいので、表面の変化振幅と変化速度
は小さい。そのかわり、変動は深い層まで伝わる。
○ 逆に、乾燥砂地・粘土や積雪は cρλ が小さく、表面の変化振幅と変化速度が
大きい(夜間なら放射冷却が大きい)が、a=λ/cρ が小さくて深部まで
は伝わり難く、表面付近での温度変動が大きい。
6.表面と内部の温度変動を小さくする方法
前節の結果をまとめることにしよう。
表面での温度変化を小さくする方法
(a)熱的パラメータ cρλ を大きくすると、
表面の温度変化は小さくなる。
上記の表を参照すると、乾いた土壌よりも湿った土壌、積雪(内部に
熱容量と熱伝導率の小さい空気を含む)よりも氷の表面が温度変化は小さい。
(b)表面温度の変化振幅は次式で表される(「水環境の気象学」式(6.102))。
表面温度の変化振幅: A=分子÷分母
分子=(①入力放射量の振幅の関数)+(交換速度の関数)
分母=(②交換速度と③蒸発効率・気温の関数)+(④熱的パラメータcρλの関数)
分子が小さいほど、分母が大きいほど A は小さくなる。
上記の各関数は各要素が大きくなるほど増加する関数である。
ここでは地表面を想定して、その温度変化を小さくする方法について説明する。
①入力放射量の振幅を小さくするには、日射を反射させる
ことと、覆いをかけて日射を防ぎ夜間は放射冷却を
防ぐこと。
交換速度は分子と分母にあるが、通常の条件では、分母の効果が効くので分母
で考える。②分母の交換速度を大きくするには、表面が滑らかよりもでこぼこ
面がよく、さらに風当たりをよくすること。
③気温が高く地表面が湿っているとき効果的で
ある。④熱的パラメータcρλ を大きくすることは前項(a)で
述べた通りである。
内部での温度変化を小さくする方法
表面での温度変化を小さくすれば地中内部でも温度変化は小さくなるのは
当然である。しかし、それに反することも生じるので注意が必要である。
たとえば、金属のように熱伝導率が大きければ表面温度の変化振幅は小
さいが、熱が伝わりやすく内部(深部)でも温度変化が起きる。
ここでは表面温度の変化振幅にかかわらず、内部での変化を小さくする
方法を考える。
内部での温度変動を小さするには温度拡散係数 a(=λ/cρ)を小さく
すればよい。それには熱伝導率 λ を小さくし、体積熱容量 cρ を
大きくすればよい。ところが一般に、λ が小さいと cρ も小さいので
現実には難しい。
例題
表35.2を見ると、金属と氷と空気を除けば a の大きさに大差がないが、
乾燥土や木材が小さい。
乾燥土(温度拡散係数:a=0.23×10-6m2s
-1)を用いたとき、周期1日、7日、50日、365日の変化に対し
て、いくらの厚さがあれば内部での変化を小さくすることができるか?
解答
式(4)によって計算し、次の表に示した。
表35.3 表面の変化が小さくなる深さ
変化の時間 変化が小さくなる深さ
1日変化 0.14 m・・・・・・住宅に相当、ただしガラス窓などは無
7日変化 0.37 m・・・・・・土蔵に相当
50日変化 1.00 m・・・・・・地下室に相当
365日変化 2.67 m・・・・・・洞窟に相当
注: 内部での変化が小さいとは、表面に
おける変化振幅の8.3%(=e-2.49)
になることを意味する、これは式(2)による。表面の振幅の3%
(=e-3.5)または1%(=e-4.6)
に小さくするには、上の表に示した深さの、それぞれ
1.4倍または1.8倍の深さが必要である。
例題で示したように、温度変化の小さくなる深さは、温度拡散係数 a の平方根に依存
するので、金属など大きい物質を除けば、他の一般の物質では大差がなくなる。
そこで、次の図を参考にして考えてみよう。
図35.3は熱伝導のよい氷と、わるい空気の層が上下に重なって続いている
モデル(a)と、横につながって続いているモデル(b)があり、上方から熱が
伝わる場合の模式図である。
図35.3 熱伝導の一次元モデル、(a)横縞構造と(b)縦縞構造。
(大気科学講座Ⅰ、図6.12、より転載)。
図35.4は横軸に積雪密度(ただし、氷の密度で割り算した無次元密度)をとり、
縦軸に実効的な熱伝導率 λ を表したものである。実線と破線はモデルに
ついて計算した実効的な熱伝導率である。横縞構造と縦縞構造を比較すると、
密度つまりこの場合は体積熱容量 cρ が同じであっても(横軸が同じとき
でも)、熱伝導率は大きく異なり、横縞構造の場合の λ が1桁ほども小さ
いことがわかる。
図35.4 積雪の熱伝導率と積雪の無次元密度(密度を氷の密度で割り算した
値)の関係。各記号は測定値、実線は縦縞構造モデル、破線は横縞構造モデル
の場合の理論値で積雪温度をパラメータにして示す。ただしこの計算モデル
では、積雪内部の温度勾配によって氷表面で生じる昇華・凝結にともなう潜熱
輸送が考慮された実効的な熱伝導率として表されている。
(大気科学講座Ⅰ、図6.13、より転載)。
この結果を応用する。つまり温度拡散係数 a(=λ/cρ) を小さくする
ために、その分子の熱伝導率 λ の小さい物(乾燥砂・土、木材、空気層)と、
分母の体積熱容量 cρ の大きな物(湿り砂・土、ガラス、水、金属板)
を図35.3の左図(a)のように上下に重ねる。
この知識はすでに古くから経験的に知られており、土蔵が厚い土
壁で造られてきた。近年では、空気層とガラスや・金属板を交互に並べる
ことによって遮熱効果を高めることができる。
すなわち全体としては、体積熱容量(=比熱×密度)が大きく、薄い
熱伝導率の小さい物質が交互に重なった、
”重いがふわふわ感のある多層構造”
が遮熱効果の大きい材である。
参考書
近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp.189.
近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.
近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.
竹内清秀・近藤純正、1981:大気科学講座Ⅰ、地表面に近い大気.東京大学
出版会、pp.226.