K49.長期気候データの解析上の注意


著者:近藤 純正・原田 朗
地球温暖化など気候変動の解析は難しい。それは、長期の観測資料は均質でなく、測器や統計の方法 が時代によって変化し、また同じ種類の測器でも更新に際して連続性が不完全なことがあり、さらに 観測所のすぐ近傍の環境変化によるごくローカルな影響も受けているからである。ここでは実例に よって資料解析に際して注意すべきことを説明する。 (完成:2010年11月16日)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと

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更新の記録
2010年11月13日:ほぼ完成

  目次
        49.1 はしがき
        49.2  見かけ上の気候変化や異常な観測値
	    (a) 近藤純正が気づいた事例(1~7)
	    (b) 原田 朗が気づいた事例(8~13)
	参考文献


49.1 はしがき

筆者の一人・近藤は2004年以来、気象観測所の現地調査を行い、観測環境の悪化と改善策について、 気象庁と各地の気象台に報告してきた。しかし気象庁は組織が大きく、迅速な行動が取りにくかった。

こうしたとき、2010年9月5日に京都府京田辺市のアメダス観測所が観測した39.9℃という9月の 国内観測史上最高記録が取消された。つる性の草が通風筒に絡んでいたことが原因である。この とき地元気象台の説明「今回のような管理不十分は初めてのことだった」を聞いた新聞記者が筆者 に伝えてきた。そこで筆者は、「気象観測所の管理不十分で正常でないと見なされるデータは、 他にも多数存在する」と答えた。

以前にも筆者は、観測所の管理不十分で観測環境が悪化していることを新聞記者に伝えたことがある。 新聞記者がそれを気象庁に伝えても、「気象庁では定期的に巡回し、適切な観測状況を維持している (気象庁総務部企画課)」として報道された(読売新聞2008年7月14日)。

気象庁の考える管理は、器械のみに注目しているのに対し、筆者は観測所の敷地内だけでなく、 敷地のすぐ外側の環境にも気象観測値は影響されることに注目している。

多くの場合、アメダスの点検は年に1回しか行っていない。これでは観測データの品質を維持できる わけがない。気象庁は旧測候所を無人化する際に、「無人でも十分観測の質を落とさずにできる」 と公言したので、今さら観測データの品質を維持するのに人員が要るとは言えず、現実には国家財政 が危機的状況の中での予算増・人員増は望むべくもない。仮に人員を増やしても、その者たちに 観測精神(測候精神)がなければ、高い品質のデータは得られない。

アメダス観測所では敷地内の雑草を防ぐために、現在は防草シートが敷かれている。それ以前に、 気象庁では、2種類の防草シートを地面に敷いて実験したとき、筆者が実験結果に関する相談を 受けたことがある。その際に筆者は、「地面から1.5~2m程度の高さで観測する気温はアメダス 敷地内(30平方メートル程度)の防草シートの種類にほとんど影響されず、敷地外の状態に大きく 支配されるので、試験地を実際に見てみないと、正しいコメントができない」と答えたが、 残念ながら部外者には見学が許可されなかった。

こうした秘密主義的なところが、観測環境の悪化を招いた一因でもある。気象観測は防災や気候監視 の目的があり、国民のためのものであるので、部外者の意見も取り入れながら行うべきと思う。

今回ボランティア組織「気候観測を応援する会」が発足した。このボランティア組織の活動は、 気候観測所の環境が悪化していないか判断し、担当する気象台に有益な助言をすることである。 その際に参考となる、従来の不正常な観測資料や観測環境の実例について学んでおきたい。 ここでは、気象庁の業務でない内容も含めて説明する。

49.2 見かけ上の気候変動や異常な観測値

気象データをさまざまな目的で使用する際に、観測データには必ず誤差(観測値の代表性に問題) が含まれることを認識していなければならない。

データ解析していると、異常値に気付くことがあり、観測所のメモを調べる、あるいは現地へ行き 住民に聞いてみると、たいてい異常値の原因は分かる。

(a) 近藤純正が気づいた事例

事例1:見掛け上の50年周期の風速変動
図49.1 は函館における1935年以降70年間にわたる年平均風速の経年変化である。この図から、 ある人は、「風速は約50年の周期変動をしている」と読み取った。また他の観測所の例であるが、 破線で囲む期間(1)に示されるように風速が時代とともに減少することから、「こうした風速減少 の傾向はアジア域における大気循環場が近年変わってきていることを表している。それは温暖化の 影響でアジア・モンスーンが弱くなったからである」というような発表があり、また国際誌にも 掲載されている。

一方、実線(2)で示す期間のように、風速が近年増加していることから、「温暖化によって台風 が大型化する傾向になった」という発表もある。

函館の風速
図49.1 1935年以降の70年間の風速経年変化(函館)、図中の(1)、(2)の 説明は本文を参照 (近藤、2009)。「K45.気温観測の補正と正しい地球温暖化量」の 図45.1に同じ。

真実は上記の推論と異なる。すなわち、函館における図49.1 では風速は見かけ上の変動である。 時代によって観測所が移転したこと(1940年)、風速計の検定定数が変更されたこと(1950年)、 風速計の種類が変更されたこと(1961年、1975年、1982年)、観測所の周辺に建物が多くなり風速が 弱まったこと(1960~1990年代)、風速計の設置高度が高くなり(1992年以降)風速が強く観測 されるようになったことによる、単なる見掛け上の気候変動である。

事例2:風速計回転軸の摩耗によって風速観測値の低下
風車型発電式風速計が使用された1980年前後に回転軸のベアリングの摩耗が推定される地点が少な からずあり、弱風時に風速計の回転数が落ち、年平均風速が10%程度減少した。これは、多くの 地点について年平均風速の長期変化のグラフを描いていて気づいた事例である。

事例3:融雪用加熱ランプの設置による風速の変化
積雪の付着防止のために、風速計の下に数個の加熱用ランプを取り付けたために風速計高度で気流が 収束するようになり、さらに融雪により回転数が正常になることが重なり風速が強く観測される ようになった。

これは長期の風速観測値のグラフの中に微妙なずれが現れたので、観測所のメモを調べてみた結果、 見つけた事例である。

事例4:電子回路の不具合による気温の誤観測
温度計の電子回路の不具合によると思われる気温の誤差が見られ、回路の取り換えによって正常に なった。この事例も同様に、微妙な変化に疑問を持ち、メモを調べて分かったことである。

事例5:近傍の樹木の枝切り・伐採による風速の変化
観測所のすぐ近くに1本の桜があり、 風速が年々弱まっていたが枝を切ると急に回復し、また数年かかって風速の減少が続いたが、 桜を根元から伐採すると回復し、風速の急上昇と気温の急下降がよく対応していた。

これは、長期間の風速と気温に微妙な変化があることに疑問を抱き、現地へ行って住民に聞いて 分かった事例である。

事例6:データ解析の不慣れによる異常値の見逃し
普段から研究心をもたない者は、長期気候データの解析に不慣れで、異常値を見つけられないことが ある。

ある旧測候所における風速の長期変化を調べてみると、年平均風速は1970年のころに比べて2005年 ころは34%の減少、年間の強風日数は1960年代の100日間から2000年前後には13日間に減少している。 現地を視察する前に担当する気象台にデータを送り、風速減少の原因を尋ねたが、「原因不明」 との回答であった。現地を見学してみると樹木が風を止めるほど繁茂しており、さらに年配の住民 に昔からの観測所の周辺環境の変化を聞くと、風が弱くなった原因がわかった。

後日、気象台の担当者は最近10年間の風速の季節変化のグラフ(季節変動が激しい)を筆者に 示して、「風速の観測値に異常は見られない」と説明する。筆者は長期間にわたる風速の減少を 問題にしており、わずか10年間という短期間の季節変化のグラフを見ても長期変化の有無は分かり 難い。風速の長期変化を調べるためには、数10年にわたる年平均風速の変化を示す必要がある。

事例7:測器の更新に伴う気温の不連続
およそ10年ごとに行われる観測装置一式の更新に際し、平均気温が0.2℃ほどずれた。

まず予備知識として、図49.2 の下図は太陽の黒点相対数(ヴォルフ黒点数)の経年変化、上図は気温 の経年変化である。上図では北海道6地点平均と、西日本12地点平均の2つのグループに分けてプロット した。この図にプロットしていない他のグループ(北日本、東北、関東越後、中部近畿)における 気温変動の傾向は、プロットされている北海道グループと西日本グループの中間に入る。

下図の黒点数と対比すると、黒点数が多いときに気温上昇の傾向、つまり正の相関関係の年代に上向 き矢印を付けた。逆に、逆相関の傾向の年代に×印を付けた。

黒点数との関係
図49.2 太陽の相対黒点数の変動(下図)と気温変動(上図)。気温の縦軸 の基準は1915~1940年の平均をゼロとして表し、5年移動平均値、青印は 北海道6地点平均、赤印は西日本12地点平均、上向き矢印 は黒点周期と気温がよく対応する期間、×印は逆相関の期間 を示す(近藤、2009;2010;2011)。「身近な気象」の 「M42.正しく知ろう地球温暖化(講演)」の図42.15に 同じ;「研究の指針」の「K45. 気温観測の補正と正しい 地球温暖化量」の図45.10に同じ。

以上の予備知識のもとに図49.3 を見てみよう。この図は東北農業研究センター(盛岡市厨川)における 年平均気温と、周辺12アメダス平均の気温との差の経年変化である。12アメダスとは盛岡、宮古、 大船渡、好摩、奥中山、江刺、川井、紫波、藪川、松尾、雫石、大迫である。

赤線と緑線の補助線が入っていなければ、約10年周期の変動に気づく。

この気温差ではなくて、厨川(東北農業研究センター)単独の気温変化のグラフを作成しても同様の 10年周期の変動があるという結論が出る。だが、実際にはそうではない。

厨川気温ギャップ
図49.3 盛岡市厨川(東北農業研究センター)における年平均気温と、 周辺12アメダス平均の気温との差。
「研究の指針」の「K18.宮古と岩手内陸の温暖化量」 の図18.8に同じ。(厨川における気温資料は桑形恒男博士と佐々木華織さん の提供による)

観測環境について詳しく調べてみると、現露場の西側には1990年4月12日から逐次、ビニールハウス が建造されて、1998年4月末までには合計15のビニールハウス群が隣接することとなった。露場の 気温センサーから、もっとも近いビニールハウス端までの水平距離は19.5m、気温センサーから ビニールハウス側の露場フェンスとの水平距離は9mである。

仮に、1990年過ぎから緑の波線より気温が高くなったのは、ビニールハウス群による日だまり効果 による気温上昇と見なすならば、2000年頃には0.1℃程度高く観測されているように見える。 図の緑の破線は、ビニールハウス群がなかったと仮定した場合に予想される変化である。

図49.3 によれば、1985/86年の更新に際して、年平均気温は0.3℃の下降、1996/97の更新では0.2℃の 上昇があり、測器の更新ごとに年平均気温の不連続が生じている。

(b) 原田朗が気づいた事例

事例8:気圧計の交換に伴う示度のずれ
筑波山頂測候所でフォルタン気圧計の交換に伴い、 1962年12月~1968年3月の約6年弱の期間、気圧が約1hP低めに観測され、そのまま「地上気象観測 月報」に収録されている。用いられたフォルタン気圧計は、水銀を真空の筒に封入した精密機械で あり、人力で山頂に運ぶとき微少な気泡が入り、示度にズレが生じたと思われる。

山岳における気圧の観測値は、日々の現業作業では高い精度で品質管理する術がない。その後山岳 官署の地上気象観測は廃止され、高層気象観測網で代替された。この事例は、測定技術や測器の 過信を戒め、観測資料の利用においては、測器の作動原理とその使用環境の理解が必要であることを 示している。

筑波山頂における気圧
図49.4 筑波山頂の測候所における気圧の時系列。
上:山頂と山麓の月平均気圧差、
下:同気圧差に関する月別平年値からの偏差

図49.4 の上図は1961~1970年の気圧の月平均値の時系列である。約8hPaの幅の季節変化をしている。 上図では変化が大きいために示度のズレには気づき難い。しかし、この季節変化を差し引いた値が 下図に示されており、矢印は気圧計の交換時を表している。交換時を除けば、数値は小さい範囲で ほぼ一定値を示しているが、1962年12月~1968年4月の期間は、その前後と比べて約1hPa低いこと に気づく。

この例のように、年変化を除いたグラフまたは年平均値のグラフを描けば、異常値に気づくことが 多い。前記の事例6で説明したのと同様に、季節変化の時系列ではなくて、年平均値の時系列 を見れば、長期データの異常に気づくはずだ。

事例9:見掛け上の無降水期間
有人の気象観測所で、草刈りに出精したばかりに、昆虫は居場所を探して、転倒枡雨量計の筒の奥を 住処とし、計器の作動部分に繭を結び、転倒升アームの動きを止めてしまった。長く降水無しの 報告に誰も疑義を感じなかった。

これは優良な観測網維持の困難さを示す誤観測の一例である。かかる事例は、測器の取り扱い指針 の充実のみでは対処できず、観測と品質管理システムの一本化に期待しなければならない。

事例10:対WMO標準気圧計の狂い
気象庁は3本のフォルタン気圧計を標準気圧計に指定し、東南 アジア地域のWMO各国に対して比較観測に応じてきた。標準気圧計の1本が原因不明で、しだいに 過小値を示すようになり比較観測業務は休業状態になったことがある。後日、過小値を示し始めた のは強い地震の衝撃が計器に異常をもたらしたらしいことが推定された。「測器の安定性に関する 過信」によるのもであった。

事例11:メッシュ気候値に表れた計算誤差
アメダス観測値を用いて5kmメッシュの気候値を 整備する事業があった。外注プログラムの不備により、東西・南北に幾何学的に波状に伸びた降水 の多寡を示す分布図が納入された。それは統計的手法を併用した内外挿計算のミスがもとで、 気象現象としては理解を超えた雨量分布図であった。総観気象の立場から判断すれば、この偽の 縞状分布は見抜くことができた筈だ。

実測値重視の観点から、計算機操作が介入した実測値であることの認識が不足し、簡単な計算操作 の誤りを見抜くのに年月を要した。これは、一般に実測値重視の観点から実証主義におぼれがちだが、 論理的思考によって、ことの真偽をただす姿勢の重要さを教えている。

事例12:係留気球の誤観測による気温の逆転層
地方公共団体が行い、気象庁の地方機関が協力した 特別観測において、毎1時間連続観測が1週間行われ、深夜から早朝までの時間を除き、気温と 風速値に数値の高い層が現れた。よく吟味すれば、誤観測であることに気づくはずだが、観測値を 過信した報告書が出来上がり、大気汚染対策が進められた。

後日、下層で観測された気温の逆転層は、ラジオ電波塔が発信する波長数100mの中波の影響を 受けていたことが報告書提出の2年後に判明した。

気温と風速の測定にあたり、当時最新式の電子機器の性能を過信したための誤観測であり、大気現象 の規模を考慮した大気安定度の理論による論理的思考でただすべきことであった。

事例13:測器の係数変更による見掛け上の突風率の増加
最大瞬間風速の平均風速に対する比 (突風率)は測器の特性に依存する。観測に関する指針は、測器の特性や観測の国際的取り決めに 基づいて観測指針に示されている。長期間の気象を扱うときは、器械の特性の変更の有無を確認 しておくべきである。それを怠り、偽の突風率の増加を主張した解説書が刊行されたことがある。 気象解析によっては、観測指針の記述についても吟味しておくことが必要である。

参考文献

近藤純正、2009:気温観測の補正と正しい地球温暖化量.アリーナ、第7号、144-161、中部大学発行.

近藤純正、2010:日本における温暖化と気温の正確な観測.伝熱、第49巻、No.208、58-67.

近藤純正、2011:日本の都市における熱汚染量の経年変化(「都市の気象と気候」の第2章). 気象研究ノート、(印刷予定)



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