K36.海上大気の諸問題-海上風、熱収支、温暖化問題-
       (研究集会の基調講演)


著者:近藤 純正
これは2007年8月30~31日、東京大学海洋研究所国際沿岸海洋研究センター 共同利用研究集会(岩手県大槌町)で開催された「西部北太平洋 海域における大気海洋相互作用Ⅱ―黒潮続流域におけるフラックス観測」 という課題で開催された研究集会における基調講演である。 この講演では、1950年代まで遡り、研究の経緯も含めて熱フラックスの 評価方法、海上風、熱収支のこと、最近話題の温暖化量について再評価した 結果を紹介する。 この章に対する質問と回答は 「K37.海上大気の諸問題 Q&A」に掲載されている。

要旨: (1)1950年代には水面蒸発の評価として、蒸発計による方法と、 水面上の2高度で風速等を測る2高度法があったが、風速が強くなると自然 の水面は粗な面になること、さらに大気安定度を考慮しなければならぬことに 気づいた。さらに、水面上でのフラックス観測(4高度法=プロファイル法、 渦相関法=直接法)の困難さから、安定度を考慮したバルク法を開発する ことになった。バルク法の精度向上のために、1980年代まで接地境界層の 研究が行なわれた。 (2)1970年代には、海上の風向・風速が温度風と大気安定度の関数で 表されるというロスビー数相似則の係数を求める研究が行われた。 (3)地表面の温度は、熱収支式を満たす関係にあり、ボーエン比は高温時 ほど小さくなるというエネルギー配分則がある。 (4)都市化や日だまり効果を含まないバックグラウンド温暖化量を再評価 してみると、特徴として、1988年の全国的な気温ジャンプが見出される。 (5)三陸沿岸の水温と気温の年々変動に高い相関関係が見られる。 (2007年9月02日完成)


トップページへ 研究指針の目次

	1. バルク法を用いる経緯(蒸発計、渦相関法との関連)
	2. 大気境界層の安定度と風向・風速の関係:1970年代の成果を見直そう!
	3. 熱収支の基本的性質
	4. 日本域における1988年気温ジャンプ(温暖化量の評価)
	5. 海水温度と気温の年々変動における統計的関係
	6. 熱帯海上の積雲に見るエントレーメント(1979年MONEX観測)

	付録:海中の熱輸送量(黄海・東シナ海)    
	参考文献


1.バルク法を用いる経緯(蒸発計、渦相関法との関連)

半世紀前を振り返ると、そのころ、水面蒸発の評価法として蒸発計を船の 甲板に設置して観測する方法がありました。

大型蒸発計
図36.1 大型蒸発計。約0.2mの深さに水を入れる。
口径1.2m、高さ0.25m の亜鉛鉄板製の円筒容器で、白色塗装してある。
水深測定用のゲージ(水位測定器)とガラス円筒を取り付けてある。
(「身近な気象」の「5.十和田湖物語」の図5.3に同じ)

私が十和田湖で蒸発の研究を始めたとき、蒸発計も用いました。 蒸発計の水温が湖水温に近くなるように、鉄の舟の中に蒸発計を置き、 蒸発計の周りに湖水を循環させました。

鉄舟上の蒸発計
図36.2 湖岸の湖底に固定した鉄舟上の大型蒸発計、十和田湖(1957年)。
(「身近な気象」の「5.十和田湖物語」の図5.4に同じ)

しかし、風速が強くなると湖面は波立ち、粗い面となるのに対し、蒸発計の 水面は滑らかなままで、湖面蒸発の性質を表さないことがわかってきました。

当時、熱収支の評価法として、2つの高度で気温・湿度・風速を観測する Thornthwaite-Holzman(1939)の式がありました。この方法で冬の湖面蒸発を 計算してみると、非常に小さな値となりました。十和田湖は平均水深が 80mもあり、冬の水温は気温に比べて高く、湖から湯気が昇るような 状態であるのに計算蒸発量は小さい。この結果から、直感的に Thornthwaite-Holzman(1939)の式は使えないと思いました(1957年11月)。

そうして接地境界層におけるプロファイル関数を決める研究へと進むことに なります。

そうした1950年代から60年代にかけて、世界中でほぼ同時に、境界層では 大気安定度を考慮しなければならないという考えが起こってきました。 理論的にはKEYPS式が生れることになります。

安定度を考慮したフラックスの評価は、2高度法でなく、4高度で観測する プロファイル法を用いることになりました。

御門石観測塔の結氷
図36.3 冬の十和田湖の中心にある御門石の観測塔(1963年早春)。
波しぶきが氷結し観測塔下部の測器が氷塊となった、北側から撮影。
(「身近な気象」の「5.十和田湖物語」の図5.8に同じ)

プロファイル法に基づく観測を行っていたのですが、冬になると、 十和田湖では波しぶきが飛び、水面近くの測器は氷の塊となり観測不能と なりました。

このアクシデントがバルク法を生む契機となったのです。

バルク法の精度を上げるために、その後、10年間にわたり、海面粗度と プロファイル関数を求める研究を行うことになります。

超音波風速計を用いる渦相関法でもフラックスを観測しましたが、海上での 観測は、いろいろ難しいことがあり、バルク法がもっともよい方法という ことになりました。

中立時バルク係数
図36.4 安定度が中立のときの顕熱輸送(上)と潜熱輸送(下)のバルク係数と 高度10mの風速との関係。
記号 K を付けた実線と破線はKondo(1975)の関係を示す。
(「身近な気象」の「M16.海面バルク法物語」の図16.11 に同じ)
(Kondo, 1977, J.Met.Soc.Japan の表に追加; 「水環境の気象学」の図7.5より転載)

図36.4は大気安定度が中立の時について、その後、いろいろな研究者が渦相関法で 求めたバルク係数とKondo(1975)のバルク係数の比較です。Kondo(1975)のバルク 係数は十分な精度があることが確認できました。

カルマン定数
図36.5 カルマン定数 k の変遷。
(「身近な気象」の「M16.海面バルク法物語」の図16.13 に同じ)
(Garratt et al., 1996, Boundary-Layer Meteorol., に加筆、転載)

バルク法と渦相関法はカルマン定数kで結びつけられるので、カルマン定数 を正確に求めておかなければなりません。

1968年の夏にアメリカのカンザス州で大規模な境界層観測が行なわれ、 Businger et al.(1971)がk=0.35を発表し、「これが世界標準だ!」という 時代がありました。

私たちは、「そんなはずはない!」と考え、延べ4年間にわたりカルマン定数 を正確に求める観測を行い、カルマン定数=0.39±0.03という結果を得ました。 それゆえ、皆さん安心して、安定度を考慮したバルク法(Kondo, 1975) を用いて海面フラックスを求めてください。

参考:
詳しい研究の経過については、本ホームぺージの「身近な気象」の 「5.十和田湖物語」及び 「M16. 海面バルク法物語」 に掲載されている。



2.大気境界層の安定度と風向風速の関係、 1970年代の成果を見直そう!

次の話題に入ります。
今年(2007年)の日本気象学会誌「天気」の6月号に谷本陽一・野中正見さん による解説「中高緯度域の大気海洋相互作用」の中に『高温水の上で高風速 の関係がある。水温場が海上風速を規定している』ということが掲載されて いました。

この海水温と風速の関係は、すでに私たちが1970年代に研究したことです。 そこで、谷本陽一さんにメールで、「1970年代の私たちの研究は古すぎる のでしょうか?」と問合せたところ、「・・・・決して古すぎる話などでは ないので、紹介してください。・・・・・」という返事がありました。

それゆえ、きょうは、"高温水の上で高風速"、つまり大気安定度と海上の 風向風速の関係を紹介したいと思います。

注:
1970年代に海上の風向風速(及び気温、湿度)と境界層トップにおける値との 関係が研究されたのは、上空(例えば850hPa面)の気象条件から、海上気象を 推定し、海面フラックスを推定したいという目的があった。海上気象の データ密度が粗な海域では、航空機による上空の気象(天気図)も活用 することが望ましいからである。また、数値予報の立場からも、下層の 気象要素を計算する場合、その基礎として境界層トップと接地境界層 の気象パラメータとの関係を知っておく必要があった。

参考:
一般に研究を始めるに際し、最近の数年間に行われた論文をレビューする 研究者は多いのだが、同じ研究がすでに20~30年ほども前に行われている ことがある。多くの課題について、少数の研究者が数年行った後にブーム となり研究は10年間ほど集中的に行われる。こうして当初から20年も経つと、 その課題の研究は終息する。こういうことは少なくないので、20~30年前を 振り返ってみることも大切である。

東シナ海の風、上空と海上
図36.6 寒気吹き出し時の東シナ海における風の立体構造。
温度風の影響で海上風は北風、上空風は西風となる。
(「基礎1:地表近くの風」の図1.15に同じ)
(身近な気象の科学、図12.7、より転載)

さて、中緯度では、南北の気温差が大きく、温度風の関係により、海面と境界 層トップで風向風速が大きく変化します。その例を図36.6に示しました。

気団変質模式図
図36.7 冬期の東シナ海における気団変質の模式図。
黒潮上では大気の鉛直混合が盛んで、混合層が形成され、風速は 一様化している。
(「身近な気象」の「5.十和田湖物語」の図5.22に同じ)
(「身近な気象の科学」、図12.6 より転載)

冬の東シナ海を例にとると、大陸から乾燥寒冷な気団が高温の海面に吹き 出し、海面から熱をもらって混合層が形成されます。混合層の中では 鉛直混合が盛んで、風速は一様化され、高度2km付近までほとんど北風に なってしまいます。


図36.8 海面、850hPa等圧面、700hPa等圧面上の風、東シナ海の2月。
定点観測船で観測した3日間の平均値を示す。
850hPa面では実測風 V は低気圧側から高気圧側へ吹いている。
(「基礎1:地表近くの風」の図1.16に同じ)
(地表面に近い大気の科学、図3.17、より転載)

図36.8は、各気圧面について、実測風 V と地衡風 G の関係を示したものです。

700hPa面では、摩擦はなく、実測風と地衡風はほとんど一致しています。 また海面上では実測風 V は高気圧側から低気圧側へ等圧線を約30°の角度で 横切って吹きます。この角度を風向と定義することにします。

通常、海上の風向は中立時に15°程度、不安定時に 8°程度ですが、東シナ海で平均30°になっているのは温度風の影響に よるものです。

一方、850hPa面の実測風は、通常とは逆に、低気圧側から高気圧側に吹いて います。

なぜこうなるかと言うと、仮に、上下の間で摩擦が働かなければ、 海面上では地衡風にしたがって北東風、850hPa面では北西風が吹こうと するが、現実には上下の強い混合により、風向はそれらの中間、つまり北風と なるわけです。

こうした関係を表すのが温度風を考慮したロスビー数相似則であり、 1970年代に盛んに研究が行われました。


図36.9 粗度z0=1cmの場合の接地層内における、 安定度ごとの風速鉛直分布模式図。
番号1,2,3は安定時、4は中立時、5,6,7は不安定時を示す。
下層における風速分布の縦軸との勾配=(摩擦速度u*/カルマン定数k)。
(「基礎1:地表近くの風」の図1.6に同じ)
(地表面に近い大気の科学、図3.10、より転載)

まず、接地境界層と境界層トップの風の関係を説明しましょう。
接地境界層を考えた場合、大気安定度が中立に近いとき、風速は対数分布 (図36.9の緑の実線)で表され、縦軸との勾配がu*/k となる。ここに、u* は摩擦速度、k はカルマン定数です。上空の風が同じであっても、摩擦速度 は安定時に小さく、不安定時に大きくなります。摩擦速度の大・小は 海上風速の大・小を意味します。

以下では、多数の方々には見慣れない用語も出てきますので、理解が難しい かと思いますので、詳細は教科書(近藤、1982;近藤、1994)を参照して ください。ここでは粗筋のみ説明しておきましょう。


図36.10 表面ロスビー数(横軸:Vg/fz0)と地衡風抵抗係数(u*/Vg)との 関係(上図)、同 風向(等圧線と地上風のなす角度:α)との関係(下図)。
(大気境界層の科学、図4.7;水環境の気象学、図5.8 より転載)

図36.10の上図は表面ロスビー数と地衡風抵抗係数の関係です。 表面ロスビー数とは、粗度の逆数とみなしてください。また、地衡風抵抗係数 とは摩擦速度と地衡風の比のことです。

図36.10の下図は風向 α の関係です。中立時と不安定時の関係を示して あります。この図において、海面のように粗度zが小さく なると(横軸が大きくなると)、摩擦が小さく、風向 α は小さくなることを 表しています。

ここで示した図36.10は、温度風が無視できる場合です。


図36.11 ロスビー数相似則の普遍関数A,B,C,D(縦軸)と境界層の安定度 (μ=ku*/fL:横軸)の関係。
(大気境界層の科学、図4.10より転載)

次に、図36.11はロスビー数相似則の普遍関数と境界層の安定度(μ)との関係です。
海上の風向風速と境界層トップにおける値、つまり地衡風速との関係を表す 普遍関数A,Bは安定度の関数で表されます。CとDは温度と 比湿に関わる普遍関数です。

これらを説明すると、時間が掛かりますので、詳細は教科書で勉強して くださるよう、お願いします。


図36.12 表面ロスビー数=10の安定時における地衡風抵抗 係数と風向、横軸は安定度(μ=ku*/fL)。
(大気境界層の科学、図4.11より転載)

図36.12は安定な時について、上図は地衡風抵抗係数と安定度との関係、 下図は風向との関係です。安定度が大きくなるにしたがって、摩擦速度 つまり地上風は弱くなり、風向は大きくなることを示しています。


図36.13 温度風があるときの寒気移流(左図)と暖気移流(右図)の説明図。
(大気境界層の科学、図4.5より転載)

次に、温度風が強い場合を説明します。図36.13の左図は寒気移流、右図は 暖気移流の場合について、海上の地衡風Gと上空の地衡風 Gの関係を示してあります。VTが温度風です。

この図は寒気移流と暖気移流を説明するために、等圧線と等温線が直角に 交わる場合の模式図でありますが、一般には等圧線と等温線の交わる角度は いろいろあります。次の図では、一般の場合について地衡風抵抗係数 と風向の関係を見てみましょう。


図36.14 不安定時の温度風があるときの地衡風抵抗係数(上図)と風向 (下図)、横軸は温度風と海上風のなす角度δ。 (大気境界層の科学、図4.13より転載)

温度風があり、かつ不安定時の関係を図36.14に示しました。 上図は摩擦速度つまり海上風と地衡風の比です。横軸は温度風 VT と海上風 U のなす角度 δ です。

温度風がゼロのとき(一点鎖線)に比べて、摩擦速度つまり海上風速は ±20%程度の幅で、大きくなることも小さくなることもあることを 示しています。

図36.14の下図は海上の風向 α の関係です。不安定時、温度風が無視できる とき(一点鎖線)は8°程度ですが、温度風が あれば、30~40°程度になることも、あるいは逆に-10~-20°になる こともあります。風向がマイナスは、風が低気圧側から高気圧側へ吹く 場合を意味します。

冬の東シナ海に季節風が吹き出す条件では、横軸の δ が90°程度ですので、 風向は30°程度になります。それは 6枚前に、風の立体構造の図36.8に 示しました。



3. 熱収支の基本的性質

熱収支の基本的な性質の話題に進みます。
地表面熱収支の基本的性質のうち、特に重要なことを紹介しましょう。

ボーエン比分布図
図36.15 2月の東シナ海のボーエン比の分布図。
海上は北寄りの風である。
(「身近な気象」の「5.十和田湖物語」の図5.21に同じ)
(Kondo, 1976: J.Meteor.Soc.Jpn., 54, 382-398;
「身近な気象の科学」、図11.6 より転載)


図36.15は冬の東シナ海におけるボーエン比、つまり顕熱輸送量の潜熱輸送量 に対する比の分布図です。気温が低い北の方では、ボーエン比は1に近い のですが、南下するにしたがって小さくなる、つまり相対的に大気へ供給 される水蒸気量が大きくなってきます。


図36.16 エネルギー配分則、高温時と低温時の違い。
低温時は地表面温度と気温の差が大きくなり、顕熱輸送量が大きくなる。
高温時は地表面温度と気温の差が小さくなり、潜熱輸送量が大きくなる。
(「基礎3:地表面の熱収支と気象」の図3.16に同じ)

ボーエン比は気温に強く依存する性質があり、これをボーエン比の気温 依存性と呼んでいます。

同じ量の熱エネルギーR↓が海面に供給されているとき、それは顕熱 H と 潜熱 lE に分配されるのですが、低温時には顕熱 H が大きくなり、高温時には 潜熱 lE が大きくなります。

この性質は、飽和水蒸気量が温度に対して指数関数的に大きくなることに よるのです。

次に重要なこととして、ひところ、温度の高い地表面(陸面、海面)では、 熱フラックスが大きいと考える研究者が多数いた時代がありました。

それは、原理的に間違った考え方です。温度の高い場所ではフラックスの 放出が少ないので地表面温度が高くなっている場合があります。


図36.17 交換速度と熱輸送量の関係。上図は顕熱輸送量、下図は潜熱輸送量。
(水環境の気象学、図6.3;Kondo&Watanabe, 1992より転載)

そのこととは別に、図36.17で熱収支の特徴を見てみよう。
横軸は交換速度つまり風速を表します。上図は顕熱輸送量との関係、 下図は潜熱輸送量との関係です。パラメータは地表面の湿りの パラメータ β であり、乾燥面で β=0、水面は β=1です。

水温・気温差の図は省略してありますが、水温・気温差は風速=0で最大、 風速の増加と共に単調に小さくなり、風速がある大きさを超えると、 マイナスの値で大きくなり、一定値に収束していきます。

顕熱輸送量は、ある風速で極大値をもち、そのあと、風速の増加にしたがって 減少し、風速がある大きさを超えるとマイナスに変化します。

この図は日中の陸面における例でありますが、陸面でも海面でも、その表面 温度と熱収支量はいつでも熱収支式を満たすような関係にあります。 こうした基本的原理を学んだのち、データ解析の結果を見れば理解が一層 深まります。

参考:
熱収支についての詳しい内容は、本ホームぺージの「研究の指針」の 「基礎3.地表面の熱収支と気象」 ほかに掲載されている。



4.日本域における1988年気温ジャンプ

話題が変わりまして、次に、私が現在取り組んでいる気温の長期変動の 再評価について紹介しましょう。

多くの気象台は都市にあり、都市化の影響を受けて近年の気温上昇は 著しいのです。田舎の測候所でも、ほとんどの地点で都市化や日だまり効果 により、気温が自然状態における値より高めに観測されています。

日だまり効果とは、気象観測所の周辺に住宅が建てられる、あるいは樹木の 生長によって露場の風速が弱まり、その結果、鉛直混合が弱まり、 年平均気温が0.2~1℃程度上昇することです。

この数年間、私は日本各地をまわり、適当な観測所34ヵ所を選び、 日だまり効果を補正する作業を進めています。

平均温暖化5地点平均
図36.18 5地点平均(室戸岬・津山・寿都・宮古・深浦)の気温経年 変化、緑の四角印は5年移動平均、緑の線は長期変化の傾向を示す。 (「K35.基準5地点の温暖化量と都市昇温(2)」 の図35.2に同じ)

図36.18は25ヵ所のうち5ヶ所の平均資料によって求めた、年平均気温の 長期変化です。緑四角印は5年移動平均であり、従来いわれているほど 気温上昇は大きくありません。注目すべきは、1988年に全国的に 0.6℃ほどジャンプしています。

この結果を日本におけるバックグラウンド温暖化量として、各都市の 都市昇温を求めようとしています。

参考:
詳しい内容は、本ホームぺージの「研究の指針」の 「K32.基準3地点の温暖化量と都市昇温」及び 「K35. 基準5地点の温暖化量と都市昇温(2)」 その他に掲載されている。
大気境界層研究から温暖化資料解析までの研究経過は、日本気象学会 の「気象研究ノート」の中(近藤、2007)に掲載されている。



5.海水温と気温の年々変動における統計的関係

次の話題に進みます。

三陸沖の親潮黒潮模式図
図36.19 三陸沖の親潮と黒潮の模式図。 (身近な気象の科学、図13.1;Kondo, 1988, Fig.13 より転載)

三陸沖では、親潮と黒潮の潮境があり、数十年のサイクルで南北に移動して います。その結果、南三陸の宮城県江の島では海水温度の長期変動の幅が 1.5℃程度あり、南三陸から南、または北に離れるにしたがって、 水温の変動幅は小さくなる傾向があります。

水温変動幅と気温変動幅、金華山
図36.20 1年ごとの水温(江の島)の変動幅と1年ごとの気温の 変動幅の関係、1911~1986(76年間)のデータに基づく。 (左)金華山(南三陸の小島)、(右)石巻。(「K28.海水温と陸上 年平均気温の関係」の図28.5に同じ)

図36.20の左図は1年ごとの江の島水温変化幅と金華山気温変化幅の関係であり、 水温変化1℃に対し気温は0.63℃の割合で、高い相関係数があります。

右図は石巻の気温変化幅との関係です。石巻は海岸から1.3km離れて いるので、気温対水温変化の比は小さくなり、0.5程度です。

これは1年ごとの変動幅の関係ですが、数十年サイクルの変動幅でも、 水温と気温はほとんど同じ関係でジャンプ、またはダウンしています。

ここで言いたいのは、水温と気温の変動はどちらが先に起きる現象という よりは、水温と気温は相互に作用して同時に変動していると考えます。

参考:
詳しい内容は、本ホームぺージの「研究の指針」の 「K28.海水温と陸上年平均気温の関係」 に掲載されている。



6.熱帯海洋上の積雲にみるエントレーメント

最後の話題となりました。
1979年5~6月に「白鳳丸」で行ったモンスーン 実験MONEXの際に、熱帯海洋で見た珍しい雲を紹介しておきましょう。

赤道海域の雲1
図36.21 赤道付近の雲、その1:積雲の上部先端が吹き上る(1979年MONEXで 撮影)。

水平線の上を眺めていると、積雲の頂上が急速に上昇していました。 やがて「かなとこ雲」となります。

赤道海域の雲2
図36.22 赤道付近の雲、その2:積雲の上部から次々にかなとこ雲が発生し、 上空へ広がり、最後には巻雲となった(1979年MONEXで撮影)。

続いて、次のかなとこ雲が発生しました(赤矢印2)。これらは、あたかも 蒸気機関車の煙突から、「しゅ しゅ」と音を出して立ち昇る様に似て いました。

やがて1時間ほどは経過したのでしょうか、かなとこ雲は天空一面に 広がって巻雲となりました。

このようにして、対流圏の下部から上部へ熱と水蒸気が運ばれる過程を 目視することができました。これは私が始めて見た現象でした。

  ―おわり―



セミナーでは時間の関係で紹介できなかった問題を次の付録に掲載しておく。


付録:海中の熱輸送量

海面では大気との間で熱フラックスが交換されるのと同時に、海面下の 海中との間でも熱フラックスが交換されている。

海面下については大気側と違って、現実には熱フラックスを直接的に評価 することは非常に難しい。それゆえ、海面でフラックスが連続の条件を 用いて、大気側で評価されたフラックスから海中のフラックスを見積もる ことができる。

以下では、1974年2月の東シナ海AMTEX周辺海域で評価した結果を紹介しよう。

AMTEX域熱分布図
図36.23 2月東シナ海AMTEX海域周辺における熱収支分布図。
左:海中に貯えられる貯熱量(水温の上昇域はプラス、下降域はマイナス)、
右:海洋運動(海流、海中渦)による熱の収束量(=海面が大気へ失う熱の 全量:顕熱輸送量+潜熱輸送量-正味入力放射量+海中への貯熱量)。 (Kondo, 1976, より転載)

図36.23の左図は、海水温度の季節変化から計算された海中の貯熱量の分布 である。水深の浅い黄海ではマイナスとなっており、全体として水温が低下 している海域を意味する。

黒潮が北上する海域およびその南では、プラスであり、海流の影響によって 水温が上昇している。

右図は海中から上向きに海面へ供給される熱フラックスの分布図である。 前述のように、この熱フラックスは直接的には評価できないので、大気側で 評価した熱フラックスと貯熱量の和で表してある。

冬の東シナ海では、大陸から吹きだした乾燥寒冷気団の変質が大きく、 それには海中から莫大な熱フラックスが海面へ供給されていることを 表している。単位面積当たり300W/m2 以上の範囲が広く分布して いる。

日本における日射量の年平均値が130~160W/m2 であることを 考慮すると、このエネルギーがいかに大きいかがわかるであろう。

上記の図は単位面積当たりの熱フラックスである。総エネルギは面積積分 して得ることができる。

AMTEX域熱収束全量
図36.23 海洋運動によって運ばれる熱輸送の収束量(境界線 a, b, c を 通る正味の海洋運搬熱)、2月東シナ海AMTEX海域周辺分布図。 (Kondo, 1976;身近な気象の科学、図12.5より転載)

図36.23は海洋の水平運動による熱輸送量の収束量であり、それぞれ境界線 a, b, c を通って運ばれる正味量を1014W の単位で記入して ある。

境界線 c を横切る熱フラックス2×1014W は北緯25°付近の 北半球全体の海洋熱輸送量の年平均値の10%程度に相当する。AMTEX海域の 面積は世界の海洋面積のほんの一部分に過ぎない。その意味で、黒潮の通る AMTEX域はエネルギー交換の激しい場所といえる。

AMTEX海域について、上記と同様に、熱収支量の季節変化を求めることが できる。

AMTEX域熱収支の季節変化
図36.24 AMTEX周辺海域における熱収支量の季節変化。右:A海域(前図 の閉曲線 a で囲まれた海域(ボッ海域)、左:C海域(前図の一番南の 沖縄周辺の海域)。 上半分の図中の記号、Rn:海面が受ける正味の放射量、H:失う顕熱輸送量、 lE:失う潜熱輸送量。 下半分の図中の記号、S:水温を上昇させる貯熱量、G:水面下へ入る熱 フラックス(G=Rn-H-lE、FDIV:海洋熱発散量(=G-S)。 (石井・近藤, 1993より転載)

図36.24はAMTEX海域を含む、ボッ海・黄海(右図:A海域)と、沖縄周辺の 海域(左図:C海域)について、熱収支の季節変化を示している。

海洋では貯熱量 S が非常に大きく、C海域ではほぼ-200~+200W/m2 の間で季節変化している。海洋熱発散量FDIV は北方の A 海域 では、プラス・マイナスで年間の平均値はゼロに近いのだが、黒潮の影響の ある南方の C 海域では、概略-200~0 W/m2の間にあり、年平均値 はゼロにならない。

つまり、このマイナスの値をもつ海域では、低緯度から運ばれてくる 海洋運搬熱が収束していることを意味する。特に1~4月にマイナスが大きく (つまり収束量が大きく)、これが大気へ顕熱・潜熱となって運ばれること になる。

C海域(左図)に注目するならば、貯熱量 S は4~7月に大きく(水温上昇)、 12~1月に小さい(水温下降)。海洋運搬熱の発散量の季節変化の位相は ずれており、2~6月にマイナス(収束が大きい)、8~12月にはゼロに近い (海洋運搬熱の影響はほとんどゼロ)となっている。

それゆえ、8~12月には貯熱量 S と大気から海面下へ入る熱 G の位相がほぼ 同じ、つまり、海面・大気間の熱交換によって水温の上昇・下降が決まる。

それ以外の季節では、S, G, FDIV の位相が順番に1~3ヶ月ずれて いる。つまり、海洋運搬熱の発散量(FDIV)によって水温の 上昇・下降、さらに海面からの熱放出量が規定されることなる。



参考文献

石井哲雄・近藤純正、1993:ボッ海・黄海・東シナ海における海洋運搬熱 の季節変化.天気、40、895-906.

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店、pp.348.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学-理解と応用-.東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正、2007:大気境界層研究から温暖化資料解析まで.気象研究ノート、 213号、57-63.

谷本陽一・野中正見、2007:中高緯度域の大気海洋相互作用.天気、54、 525-528.

Businger, J.A., J.C.Wyngaard, Y.Izumi and E.F.Bradley, 1971: Flux-profile relationships in the atmospheric surface layer. J. Atmos Sci., 28, 181-189.

Kondo, J., 1975: Air-sea bulk transfer coefficients in diabatic conditions. Boundary-Layer Meteor., 9, 91-112.

Kondo, J., 1976: Heat balance of the East China Sea during the Air Mass Transformation Experiment. J. Meteor. Soc. Jpn., 54, 382-398.

Kondo, J., 1977: Geostrophic drag and the cross-isobar angle of the surface wind in a baroclinic convective boundary layer. J. Meteor. Soc. Jpn., 55, 301-311.

Kondo, J., 1988: Volcanic eruptions, cool summers, and famines in the northeastern part of Japan. J. Climate, 1, 775-788.

Kondo, J. and T. Sato, 1982: The determination of von Karman constant. J. Meteor. Soc. Jpn., 60, 461-471.

Kondo, J. and T.Watanabe, 1992: Studies on the bulk transfer coefficients over a vegetated surface with a multiplayer energy budget model. J.Atmos. Sxi., 49, 2183-2199.

Thornthwaite, C.W. and B. Holzman, 1939: The determination of evaporation from land and water surface. Mon. Weather Rev., 67, 4.

トップページへ 研究指針の目次