K181.凍霜害予測の実用化(7)つくば野菜畑


著者:近藤純正
農業生産活動への気象予測の実用化では、一般の研究と違って、可能な限り少ない 観測データを用いて利用者の負担を軽減する必要がある。作物葉面の最低温度を 予測する方法の確認試験が5つあり、本報告はその第3番目として、 つくば市柳橋の野菜畑で試験した。気温と葉面温度を観測し、快晴日の有効放射量 は観測せずに館野高層気象台の気温・湿度から実験式によって求めた。

快晴微風夜については、葉面温度または気温の最低値の予測は初期条件の選び方 によって±1.0℃から±1.9℃の誤差(標準偏差)の幅がある。雲のある夜や、 風のある夜の冷却量は快晴微風夜に比べて2~5℃ほど小さい。

これまでの3試験をまとめると、快晴微風夜の作物葉面の最低温度の予測では、 初期値として夕刻の気温を用いれば、もっとも精度が高く誤差は±1℃となる。 (完成:2019年1月20日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2019年1月13日:素案の作成

    目次
        181.1 はじめに
        181.2 観測     
        181.3  気温と葉面温度の時間変化
      例1 雲あり風の吹く夜
      例2 降霜により野菜がしおれた2夜
      例3 霧の夜
        181.4  有効放射量と冷却量の関係
        181.5  3試験の比較
        まとめ
        参考文献
        付録 観測一覧表                    


研究協力者(敬称略)
柳橋 成一
村上 史郎
内藤 玄一

181.1 はじめに

微風晴天夜の地表面温度の低下量「冷却量」は放射冷却の理論式にほぼ従う。 理論式は近藤(1994)「水環境の気象学」のp.145-p.147に示されている。

地上気温や作物葉面温度も地表面温度にしたがって下降する。放射冷却量を決める 要素は、(a)夕刻の有効放射量(大気全層の水蒸気量・気温)、(b)地表層 の熱的パラメータ(土壌種類、土壌水分量、季節)、(c)夜間の長さ(季節)、 (d)風速(地上風速、または地域を代表する高度1km付近の風速)である。 そのほか、(e)雲の種類・広がりによって夜間の有効放射量が時間変動し、 地表面温度・地上気温に影響を及ぼす。また、例えば海岸に近い所など移流効果 の大きい所では(f)風向によって冷却量は変わる。

上記の諸要素(a)~(f)を正確に予測することは困難で、実用上は経費節減 のため、特殊な地域を除けば、要素(a)~(c)のみで、冷却量を予測すること になる。予測とその検証・解釈に必要な観測項目として、次の試験1~試験5が ある。

試験1:有効放射量、気温、葉面温度、風速の4要素を観測し、放射冷却量 の予測と検証を行う。この試験は神奈川県の平塚市中里の住宅地で行った (「K179.凍霜害予測の実用化(5)冬の住宅地」)。

試験2:有効放射量は実測せずに夕刻の気温と湿度の観測値から実験式に よって推定する。気温、葉面温度、風速を観測し、放射冷却量の予測・検証を 行う。快晴夜間の有効放射量を推定する実験式として、各地に適応できる 近藤(2000)「地表面に近い大気の科学」の式(2.33)及びその付録式 (A2.1)~(A2.7)を用いる。この試験は埼玉県茶業研究所の茶畑で行った (「K180.凍霜害予測の実用化(6)入間茶畑」)。

試験3:距離10km以内に気温・湿度を観測している特別地域気象観測所 (気象台か旧測候所)がある場合、その気象観測所の夕刻の気温・湿度から 有効放射量を推定する。風速も気象台の観測値を利用し、凍霜害予測地では 気温と葉面温度のみを観測する。

試験4:葉面温度のみ観測し、気象台や予報会社の気温予報値を利用する。 この場合、最低葉面温度は最低気温予報値から3℃~5℃低い値となる。

試験5:トンネル栽培の畑について、ビニールトンネル内の作物の葉面温度 の予測・検証のための観測を行う。

本報告では、上記の試験3をつくば市柳橋の「かき菜」の野菜畑で行う。 かき菜はコマツナやホウレンソウと違って、1株から新芽が数回出る野菜で ある。


181.2 観測

つくば市柳橋の野菜畑は、北緯36度3分32秒、東経140度5分0秒、標高24mに あるある。3.7km東方には館野高層気象台(標高25m)がある。気象台の夕刻 の気温と湿度の観測値から実験式により快晴夜の大気放射量 L を求める(近藤、2000、「地表面に近い大気の科学」の式2.33、A2.1~A2.7)。

有効放射量=σT-L

ここにσはステファン・ボルツマン定数、T は柳橋の野菜畑に設置した精密 通風式気温計で観測した夕刻(日没30分前)の気温(絶対温度)である。

備考:実験式による快晴日の大気放射量
上記の大気放射量を推定する近藤の実験式には、本来は地上の日平均気温と 日平均露点温度を用いるが、本論では便宜上夕刻の気温と露点温度を用いる。


図181.1はかき菜の野菜畑の写真である。

畑の写真
図181.1  つくば市柳橋の野菜畑、南西から北東方向を撮影(2018年11月20日)。
気温は手前の白色の通風気温計で観測、その遠方の野菜「かき菜」の葉面上端 の少し下のもっとも冷える窪状空間に葉面温度計受感部を設置し葉面温度を 観測した。


葉面温度計
図181.2 葉面温度計の設置状態(2018年11月20日)。


観測期間は2018年11月2日から2018年12月26日までとし、気温と葉面温度は 10分間隔で記録した。

データ解析する夜間の選定
館野高層気象台における10分毎の日照時間と風速(高度20m)などの観測資料 から天気を判断する。解析は主に晴天日を主にして、11月2日夕から12月26日朝 までの18夜である(付録の表181.3~181.5)。

図181.3は凍霜害の起きそうな日を見るために作成した12月1日~26日の気温と 葉面温度の日々変化である。12月9日から11日の朝にかけての2日間の夜、 気温と葉面温度は氷点下となった。9日夜から10日朝にかけての降霜で野菜 「かき菜」の上方の葉がしおれた。(上方の葉が凍霜害を受けても、株の下方 から新芽が出て、収穫・販売できる。)

気温と葉面温度、12月
図181.3 野菜畑における気温と葉面温度の日々変化、縦軸の線は毎日の0時の 位置である。
上:葉面温度と気温の差(日中はプラスになり、夜間のマイナス値のみを示す)
下:気温と葉面温度


記号の説明
T:高度1.5mの気温(℃)
B:葉面温度計の温度(℃)
to:夜間冷却の初期時刻=日没の30分前
To:初期時刻の気温
Bo:初期時刻の葉面温度
Tmin(略称Tm):夜間の時間帯の最低気温
Bmin(略称Bm):夜間の時間帯の最低葉面温度
L:快晴としたときの大気放射量(W/m2)の計算値
σT:気温Tに対する黒体放射量(W/m2
L-σT:快晴としたときの有効放射量(W/m


181.3 気温と葉面温度の時間変化

気温と葉面温度が急激に下降し始める15時から翌朝9時までの時間変化について、 代表例を取り上げる。

例1 雲があり風の吹く夜
図181.4は曇りがちの夜で、0時~6時の平均風速(2.1m/s:高度20m)が通常 より強い夜間における気温と葉面温度の時間変化である。葉面温度は気温より 2℃程度の低温となり、快晴微風夜の温度差4~7℃に比べて小さい。

11月23日
図181.4 曇りがちで風のある夜の気温と葉面温度の時間変化、11月23日~24日


例2 降霜により野菜がしおれた2夜
図181.5は快晴であったが、早朝に雲が現れた夜間の気温と葉面温度の時間変化 である。気温と葉面温度の最低値(-2.65℃、-4.79℃)は雲が現れる前、 23時~1時の時間帯に観測された。この葉面温度の最低値はこの冬の最初に 起きた氷点下の温度である。

そのため翌朝の10日には、野菜「かき菜」の上方の葉がしおれた。翌日の 10日~11日も続いて快晴微風夜となり、気温と葉面温度の最低値は日の出 (6時40分)の少し前6時に、それぞれ-3.35℃、-6.48℃となった(図181.6)。

12月9日
図181.5 快晴微風夜の気温と葉面温度の時間変化、12月9日~10日


12月10日
図181.6 図181.6 快晴微風夜の気温と葉面温度の時間変化、12月10日~11日


例3 霧の夜
館野高層気象台の1時間ごとの資料によれば、12月17日の午前中は雨または みぞれ、午後は晴れたが地面が湿った関係か、夜20時から翌朝7時にかけて霧 となった。霧が観測された時刻は20時と、23時以後は連続して翌朝7時まで である。現地と気象台は3.7Km 離れており、霧の時間はずれている可能性が ある。

図181.7に示した気温と葉面温度の記録によれば、20時過ぎに葉面温度は2℃、 気温は1℃ほど急上昇している。この急上昇は霧がかかり放射冷却が一時弱 まったことによると考えられる。なお、この夜の冷却量は通常の晴天日とほぼ 同程度であった(付録を参照)。

12月17日
図181.7 霧が現れた夜の気温と葉面温度の時間変化、12月17日~18日


181.4 有効放射量と冷却量の関係

解析に選んだ18夜のうち、風の強い「風あり」の夜は3夜(高度20mの0~6時平均 の風速>2m/s)、「雲あり」の夜は7夜、快晴微風夜は10夜である。ただし、 風あり夜はすべて雲あり夜でもある。

図181.8は冷却量と有効放射量の関係である。快晴夜は大きい丸印、風ありの夜 は赤×印、雲ありの夜は小黒印のプロットで表した。破線は座標(0,0)を通る 大きい丸印プロットを表す近似直線である。準備解析 (「K176.凍霜害予測の実用化(4)狭山―準備研究」) で示したように、夜の長さや地表層の熱的パラメータが同じでないため、 近似直線は座標(0,0)を厳密には通らないが、他所との比較を見やすくする ために(0,0)を通る直線で示すことにした。

横軸は実験式による有効放射量の推定値である。縦軸は冷却量として最上段の 図では葉面温度の冷却量(Bo-Bm)、2段目では夕刻の気温と葉面温度の最低値 の差(To-Bm)、3段目は気温の冷却量(To-Tm)を選んである。最下段の図の 縦軸は最低葉温と最低気温の差である。

冷却量として3種類を示した理由は、観測項目の少ない他所における解析結果 と比較するのに必要となるからである。

有効放射量と冷却量
図181.8 有効放射量と冷却量の関係
 最上段:葉面温度の冷却量(Bo-Bm)
 2段目:夕刻の気温と葉面温度の最低値の差(To-Bm)
 3段目:気温の冷却量(To-Tm)
 最下段:葉面温度の最低値と気温の最低値の差


快晴夜の冷却量(大きい丸印)の直線近似からのずれの大きいのは12月15日 の約4℃である。雲ありの夜は快晴夜の冷却量よりも小さく予測されている プロットが多い。その理由は、雲があっても夕刻の有効放射量として快晴夜の 値を用いてあるからである。

表181.1は快晴微風の10夜をまとめた一覧表である。表の下部に快晴微風夜の 平均値と標準偏差を示した。すなわち、

夕刻の有効放射量=-108±8 W/m2
葉面温度の冷却量=12.1±1.9℃
冷却量(To-Bm)=14.3±1.0℃
気温の冷却量=11.2±1.3℃

となり、冷却量の平均値からのバラツキの程度(標準偏差)は1.0~1.9℃である。 また、最下段に示した冷却量の平均値に対する標準偏差の大きさは7~16%である。 観測項目を減らした本論の試験3は、試験1、2と同様に実用化してよいだろう。

表181.1 快晴微風夜の気温、葉面温度、冷却量の一覧表
快晴日一覧


181.5 3試験の比較

今回の結果も含めて、前報と前々報( 「K179.凍霜害の実用化(5)冬の住宅地」の表179.3; 「K180.凍霜害の実用化(6)入間茶研」) の結果を表181.2に比較して示した。

葉面温度の冷却量、冷却量、気温の冷却量の3冷却量の予測を比較すると、 葉面温度の冷却量(Bo-Bm)に比べて冷却量(To-Bm)の誤差が相対的に小さい。 その理由は、夕刻の初期値としての葉面温度Boは、夕刻に急激に下降する特徴 があり、さらに夕刻の風と雲のわずかな変化に敏感に反応しやすく、夕刻の条件 を表すのに代表性に若干劣るからである。

表181.2 快晴微風夜の3試験の比較
3試験比較表


要約すると、初期値として夕刻の気温 To を用いて朝の葉面温度の最低値 Bm を 予測する方法の精度がもっとも高い。今後の試験も含めて、優劣を決めること になる。


まとめ

作物葉面の最低温度を予測する研究である。農業生産活動への気象予測の実用化 では、一般の研究と違って、可能な限り少ない観測データを用いて利用者の負担 を軽減する必要がある。

その目的のために行うべき5つの試験があり、本論はその第三番目の試験3 として、つくば市柳橋の野菜(かき菜)畑で行った。

気温と葉面温度を観測し、快晴日の有効放射量は観測せずに近くの気象台 (館野高層気象台)の気温・湿度から実験式によって求めた。微風晴天の10夜、 風ありの3夜、と雲ありの8夜についての結果である。

(1)微風晴天夜については、葉面温度または気温の最低値の予測精度は 方法によって異なり、±1.0℃から土1.9℃の違いがある。

(2)風ありの夜と雲ありの夜については、有効放射量を快晴微風夜の値で 予測してあるので、冷却量は当然、快晴夜に比べて小さい場合が多い。 すなわち、風や雲があって夜半から微風になったり晴れたりすることがあるので、 安全対策として、快晴微風夜に起こりうる最大の冷却量を予測することになる。

(3)これまでの3試験を比較した結果、朝の葉面温度の最低値Bmを予測する とき、初期値として夕刻の気温Toを用いれば、もっとも精度が高く誤差 (標準偏差)は±1℃である。今後行う他の試験も含めて、優劣を決めること になる。


参考文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.




付録 観測一覧表

気温や冷却量などの一覧表を表181.3~181.5に示した。

表181.3 観測一覧表、その1
観測一覧その1


表181.4 観測一覧表、その2
観測一覧その2


表181.5 観測一覧表、その3
観測一覧その3




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