K159. 夜間の放射量・風速と気温変動


著者:近藤純正
新しく開発した夜間観測用の簡易放射計・微風速計と近藤式精密通風気温計を用いて、 放射量、風速、気温、気温鉛直差の時間変動を観測した。これら測器の受感部の 各々には同じ種類のPt1000センサを用いている。

気温の時間変動は通常の乱流のほかに、放射量や風速の変化にともなって生じる 独特な変動が混ざっている。ここでは分かりやすい典型的な2例を示した。 その1では、快晴夜で放射量の変動がわずかなとき、風速の弱化にともなって 低層気温の急下降・気温鉛直差の急激な増加があった。その2では、曇りがちで 風速変化が小さい夜間、雲の切れ目・雲量の減少にともなって低層気温の 下降・気温鉛直差の急激な増加があった。 (完成:2018年3月24日;4月16日:図159.3の下に備考)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2018年3月19日:素案の作成
2018年3月20日:所々に細かい文を追記


    目次
        159.1 はじめに
        159.2 夜間観測用の簡易放射計・微風速計の概要        
        159.3 放射量・風速と気温変動の観測例
        あとがき
        参考文献                  


159.1 はじめに

地上気温は乱流変動に交じって、風速・放射量の時間変動や風向変化にともなう 移流によって変動する。

例えば、晴天夜間に放射冷却によって地表面温度・気温が下降しているとき、 風が急に吹きはじめると、地表面温度・気温が急上昇する。図159.1はその模式図 である。風が吹くと大気から地表面への顕熱輸送量が大きくなり、同時に鉛直混合 も盛んになるため地表面温度が急上昇する。

風が吹くときの冷却曲線

図159.1夜間の地表面温度の時間変化の模式図。地表面温度は、放射冷却にしたがって 赤線のように下降しているとき、風が急に吹きはじめると緑線のように急上昇する (「身近な気象」の「2.放射冷却と盆地冷却」 の図2.6に同じ)。

雲が出てきたときも同様に地表面温度・気温は急変する。すなわち、雲が現れると 下向き大気放射量が増え、地表面温度の下降が弱くなるか、あるいは上昇しはじめる。

この例のような特殊な気温変化の原因を探るとき、あるいは凍霜害の予知・防除の 研究を行う場合など、対象地点における地表面温度・気温の上昇・下降が何による のかを知るために、放射量や風速を記録していればよいのだが、高価な放射計や 微風速計(例えば、微風観測用の超音波風速計)を持ち合わせていないことがある。

放射計、気温計、風速計(熱線式など)の原理は同じである。地表面温度や物体の 温度は、気温と風速および放射量によって決まる。その理論的な関係は近藤(1994) のp.132-p.139に示されている。

測器の基本的原理をよく理解していない多くの研究・観測者たちは、気温を測って いるつもりでも実際には風速あるいは放射量を測っていることがある。その例は 「身近な気象」の 「M64.多治見のヒートアイランド:準備観測」 の図64.14に示してある。

気温計は風速と放射の影響を可能な限り小さくしたものであるが、現実に使われて いる気温計は風速と放射量の影響を受け、これが観測誤差となる。比較的高精度 とされている気象庁型でも晴天日中の放射による誤差は0.3~0.4℃、広く利用されて いる非通風式(自然通風式)気温計では1℃、最大5℃の誤差がある。 具体的には、「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の 誤差」「K100.通風筒の放射影響(気象庁95型、 農環研09S型)」に示してある。

今回、筆者は同じ気温センサ(Pt1000)を用いた、放射影響を受けやすい受感部、 および風速の影響を受けやすい受感部の簡易放射計・微風速計を開発した。 本章では、それらを用いて夜間の放射量と微風速を観測し、気温の時間変動と 気温鉛直差(大気安定度)の時間変動との関係を示した。

こうした研究と測器は、大学生・院生用の教材としても活用することができる。 すなわち、気温計・放射計・風速計は同じ原理に基づくもので、それらの観測 誤差の理解と、観測された要素は何であるかの理解に役立つ。さらに、 現実の気温・放射量・風速変動を観測によって実感し、自然の理解に役立てる ことができる。

159.2 夜間観測用の簡易放射計・微風速計の概要

簡易放射計・微風速計は物体温度と熱収支の原理に基づいて作られている。

ここで用いる放射計・微風速計は、原理的に日中でも観測に利用できるのだが、 太陽直射光が強いとき受感部を正確に水平に設置しなければならないが、 水平設置は現実には難しく、測器の製作費が高価になる。安価に製作 され、設置も楽にするために、「夜間観測用」と限定したのである。夜間観測 ならば、水平面との傾きが1~2度程度あっても大きな誤差にはならない。

夜間観測用の簡易放射計・微風速計の詳細は別の章に示し( 「K161.夜間観測用の簡易放射計・微風速計」)、ここでは概要を説明する。

図159.2は簡易放射計・微風速計の写真である。開発試験中の品であり、製作上の簡単化 と実用化を工夫している。放射計部(右側)は電力消費の小さいファンモータで 観測高度の空気を吸引し、受感部が放射影響を受けるよう水平通風筒の天窓に長波放射 を透過するポリエチレン薄膜(市販の台所用品)を巻いてある。放射計部の出力と 気温計の出力の差を「有効放射量」相当(℃)とする。

微風速計部(左側)は風向によらず放射と風速の両方の影響を受ける形状である。 微風速計部は風速ゼロに近いほど感度がよく、風速ゼロまで測ることができる。 微風速計部の出力と放射計部の出力の差(℃)が風速の影響であり、これを 「有効放射量」(℃)で割り算した値を「風速」(℃)としてある。ただし、分母 の絶対値が0.2℃以下の場合は、観測不能とする。観測不能は日没・日の出のころに 起きる。

各部に用いた温度センサはPt1000、分解能0.1℃のデータロガーの組み合わせである。 センサは高精度の検定済みであり、100個以上のデータを平均したとき、 温度そのものの精度は±0.01℃とみなしてよい。

放射計・微風速計

159.2 開発試験中の放射計部(右)と微風速計部(左)。いずれも受感部の温度 は同じ種類のPt1000センサで測る。支柱の中ほどの白箱の中には、データロガー 「おんどとり、TR-55i」が入っている。このほかに、写真には写っていないが 放射・風速の影響を受けない正確な気温観測用の近藤式精密通風気温計がある (「K126. 高精度通風式気温計の市販化」)。 それら3センサの出力温度から、気温と放射量と風速の3要素がわかる。

159.3 放射量・風速と気温変動の観測例

気温は、放射量・風速変化や風向変化による移流など、いろいろな原因が混ざって 時間変動する。放射量と風速変化は地表面の熱収支量を変え、地表面温度が上昇・ 下降する。それにともなって地表面直上の気温が変わり、大気安定度も変わる。

例えば、静穏夜間に雲が出てくると下向き大気放射量が増加し、地表面温度は下降傾向 から上昇傾向に変化する。その結果、大気安定度が弱くなり、上空の風が入りやすく なり、下層の風速が大きくなる。このように、気温と放射量と風速は相互に影響を 及ぼしあって複雑に変化する。

この節では、わかりやすい2例を示す。図159.3は上から順番に有効放射量、風速、 鉛直気温差、気温(高度3mと0.2m)の時間変化である。ここに、有効放射量 =R↓-σTa、R↓は下向き放射量、Taは気温、σはステファン・ ボルツマン定数である。

各図の縦軸の単位は、いずれも各測器の出力の生単位(℃)で表してある。 観測ではサンプリングの時間間隔は1分間とした。データロガーの分解能は0.1℃で あるため、各時刻の前5分から5分後までの11個の移動平均値を示してある。その結果、 図中のプロットには±0.03℃程度の不確定性が含まれる。

この3月1日の例では、日没ころ薄雲があったが、22時以後は快晴となり、 有効放射量はほぼ一定である。22時から翌朝の5時の時間帯に注目する。 図の上2段目に赤矢印で示すように22時ころから風速が弱化すると、最下層0.2m 高度の気温低下が大きくなり(最下段)、それにともなって鉛直気温差が大き くなった(上3段目)。

気温時間変化3月1日~2日

図159.3 夜間の気象要素の時間変化、2018年3月1日~2日。
最上段:有効放射量
上2段目:風速
上3段目:気温鉛直差(高度3mと0.2mの差、高度3mと1.2mの差)
最下段:気温(高度3mと0.2m)


備考:
図159.3の上2段目の風速のグラフにおいて、22時ころまでプラスであり、その後に マイナスとなっていることについて説明しよう。
放射計部センサと風速計部センサは、両方とも放射の影響によって有効放射量が マイナスの時(晴天日は日没少し前から日の出直後の太陽高度が低い時まで)、気温 より低温に冷却される。
冷却の度合いは通風速度・風速に依存する。放射計部の通風速度は一定であるので、 縦軸=0 は、放射計部の通風速度と外気の風速が等しくなったときを表す。 ただし、放射計部天窓のポリエチレン薄膜の長波放射に対する透過率が100%とし、 受感部から天空の全範囲が見えるように天窓が広く開けれれており、さらに放射計部 と風速計部の受感部構造が厳密に同じに作られている理想的な場合である。
実際には、理想的状態と異なるが、ごく概略的には、縦軸=0 は風速≒通風速度の 条件のときと考えてよい。つまり、縦軸<0は風速が非常に弱まり、風速計部 センサ温度が放射計部センサの温度より低温になったときである(有効放射量が マイナスのとき)。

物体(受感部)の温度は、有効放射量と風速の関数として表される。物体の 形状が簡単な場合(球と円柱)についての関係は近藤(1982)の図3.4に示されている。 同図は「K16.気温の観測方法」の図16.3にも示されている。

受感部の形が球や円柱と異なる場合、例えば半径 r の円板は円板上を風が走る平均 距離(有効距離)(L=πr2 / 2r)の平板とみなすことができる。 図示しないが、概略として半径 r の円柱に近いとみなしてもよい。


図159.4は、風速・放射量の変化と鉛直気温差の相関関係である、ただし、放射量 がほぼ一定になった22時~5時の時間帯についてである。上図によれば、風速が 強くなれば、鉛直気温差は右下がりに小さくなっている。散布図の幅が小さい ほど相関関係が強いことを示す。いっぽう下図 によれば、プロットのばらつきは丸い範囲に広がっており、この夜間は放射量の 顕著な変動がなかったことを示している。

相関図3月1日~2日

図159.4 風速・放射量と鉛直気温差の相関関係、3月1日22時~2日5時。
上図:風速と鉛直気温差の相関関係
下図:放射量と鉛直気温差の相関関係


次の図159.5は3月6日から7日朝にかけての観測結果である。この夜間は雲が多く、 しだいに雲底高度が低くなった。17~18時頃と21時前後と24時前後の3回、 雲が一時的に薄くまばらになった。最上段の図中に青矢印で示すように、 これら時間帯に有効放射量のマイナス値が大きくなり、それにともなって最下層0.2m 高度の気温が下降(最下段の図)、鉛直気温差が大きくなった(上3段目)。

気温時間変化3月6日~7日

図159.5 夜間の気象要素の時間変化、2018年3月6日~7日。
最上段:有効放射量
上2段目:風速
上3段目:気温鉛直差(高度3mと0.2mの差、高度3mと1.2mの差)
最下段:気温(高度3mと0.2m)


図159.6は3月6日19時から翌朝5時までの相関関係を示したものである。3月1日の 図159.4とは逆に、風速と鉛直気温差の関係(上図)ではプロットのばらつきは 広い丸い形状の範囲に広がっており相関関係が弱いことを示している。放射量と 鉛直気温差の関係(下図)では、プロットは右下がりの傾向を示し、散布図の幅が 小さく、相関関係が大きいことを表している。

相関図3月6日~7日

図159.6 風速・放射量と鉛直気温差の相関関係、3月6日19時~7日5時。
上図:風速と鉛直気温差の相関関係
下図:放射量と鉛直気温差の相関関係


今回は住宅地における20日間ほどの観測から、わかりやすい典型的な観測の2例を 示した。

いろいろな地形・条件における夜間の気温変動の原因を理解するには、10日間 以上の観測を行い解析する。わかりやすい例から理解をすすめていくことを 勧めたい。


あとがき

本章では夜間の気温変化について、夜間観測用の簡易放射計・微風速計を用いた 観測から、放射量・風速と気温変動について2例のみを示した。そのほか特殊な 気温分布や気温変動もあることを付記しておきたい。こうした特殊な気温変動 の振舞いは、観測時に現場で生データと周辺現象を目視していることで確証・ 確認することができる。

移流の例
移流の典型的な例として、地表面上(海面上)に極小低温層(レイズドミニマム: raised minimum)が高度0.1m~数mに現れることがある。「身近な気象」の 「M20.裸地面上の極小低温層(特別講義)」 の図20.5に示されている。この例は、裸地から離れた草地で冷却された冷気が それよりも高温の裸地上に移流してきたものである。晴天日の静穏夜間に広い 運動場や舗装駐車場などで観測されやすい。この現象は、寒い日に 部屋の窓を開けると、床面上にも現れる。

これと同様な現象が暖かい海面上や湖面上で観測されることがある。 「K25.北海道寿都の気温ジャンプ問題」の写真4と5 に示されている。これは、晴天夜間に内陸の盆地で冷却された冷気流が霧を ともなって暖かい海面上に流出し、数kmの距離にわたって混合拡散せず消失する ことなく目視された例である。

非常に安定なときの気温変動「静流、乱流、波動」
大気の安定度リチャードソン数 Ri が1以上になるような夜間、高度数m以上で 気温の乱流変動が無くなった静流状態となる。それより下層はRiが小さく乱流 状態であり、それらの境界の高度付近では「間欠乱流」の状態となる。上層の 静流層の平均風速は下層の乱流層の平均風速より強く、それらの境界面では波 が砕ける「砕波」が生じる(Kondo et al, 1978)。

その結果、気温の時間変動を見ていると、ある時間帯は静流に、別の時間帯は 乱流的な変動をする。

このような特殊な現象は観測していてはじめて気づき、感激するものである。


参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー. 朝倉書店、pp.350.

Kondo,J., O.Kanechika and N.Yasuda, 1978: Heat and momentum transfers under strong stability in the atmospheric surface layer. J.Atmos.Sci., 35, 1012-1021.

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