読書録

シリアル番号 1068

書名

幻想のバイオマスエネルギー 科学技術の視点から森林バイオマス利用の在り方を探る

著者

久保田宏、松田智(さとし)

出版社

日刊工業新聞社

ジャンル

環境

発行日

2010/8/27初版1刷

購入日

2010/09/17

評価

著者は東京工業大学名誉教授にして会社の後輩の大学院の指導教官。この本の趣旨とわが「グローバル・ヒーティングの黙示録」とが同じ思想に貫かれているとして著者よりの謹呈本。

著者が言わんとすることはまさにその通り。バイオマスエネルギーが地球環境を救うなどは幻想。生物が基本的には変わらない以上、光合成能力は変わらない。農耕地を増やせば自然が破壊される。日本を見れば農耕地は開拓されつくし、残りは急峻な山地のみだ。ということは地上のバイオマス のエネルギー利用はすでに飽和しているのだ。生産性を上げようと肥料を投入すればタコ配となる。二酸化炭素が温暖化の原因と誤認する科学的には無意味な京都プロトコルに従うために税金を間違ったところに投入しているにすぎないと著者はいう。 農業は食料生産に専念するしかなく、森林は家屋などの素材提供に特化すべきだと著者は膨大な統計資料を駆使して以上の見解を展開する。私はこの見解には全面的に同意する。 問題は家屋などの素材提供のために間伐を行うなどという労働生産性の低い方法ではなく、間伐せず貧相に育った木材を集積して頑丈な構造部材を作り出す方向が正しいと思う。

バイオ・エネルギーがいかにダメかはたとえば太陽電池の転換効率は10%以上にたいして光合成のエネルギー転換効率はたとえば下表のように1%以下であることから分かる。

  1ヘクタール当たりの油生産量(トン/年) kJ/day m2 転換効率(%)
トウモロコシ 0.2 2.2 0.02
大豆 0.5 5.6 0.06
ベニハナ 0.8 8.9 0.08
ヒマワリ 1 11 0.11
アブラナ 1.2 13 0.13
アブラヤシ 6 67 0.67
ボトリオコッカス 47-140 520-1,560 5.2-15.7

ボトリオコッカスの転換効率は高いが培養槽が必要だし、栄養も与えねばならず、装置産業となってしまう。広大な受光面積の装置コストは?このようにバイオは農業系学者の飯の種を越えるものではない。土木工学が日本を土建国家に変えて税金を浪費したのとおなじ現象で、米国はバイオ王国となって滅亡に向かってまっしぐら?

著者の指摘の通り、日本には急峻な山地に残る森林しかバイオマスは残っていないのだ。私の家の裏にある60ヘクタールの鎌倉広町緑地で2003-2004年にかけ広葉樹のバイオマス成長速度測定をしたことがある。そして広葉樹の幹と枝への炭素固定量1.3-2.0ton/ha/yearで材木への転換効率は0.18%を得たので森林をバイオマスと認定することに全く同感だ。なにせ日本の森林は国土の66%もある。

日本の森林は戦後の拡大造林で人工的に針葉樹林に転換された。針葉樹林は植林と間伐は必須で手間隙かかり、高コスト化により国際競争に負け、放置されている。これをなんとか利用する方法としては急峻な山地でも安全に使える林業機械の開発と植林が必要ない広葉樹への転換であろうと私は考えた。しかし著者が提案する林道建設など税金の無駄使いで終わることは証明されているのではないか。先日も八ヶ岳山麓をジープで走り回ったが八ヶ岳林道など崩壊で立ち入り禁止となっていた。どうせ崩落するのだから林道にアスファルト舗装するなど間違っている。林道なしで走行する車の開発のほうが安くつく。本著の提案では日本の林業は蘇生しない。

2003年に広葉樹発電というコンセプトを本HPで発表したところ 、果樹園経営者や森林機械メーカーに在職した方々からかなりの反響を得た。これは続”広葉樹発電”他に整理してある。日本の林業は所有が細分化されているので、森林機械を導入しての皆伐が不可能だ。したがって林道が必要となるが、地域皆伐をすれば林道などなくともグラッベル・スキッダーで集荷は可能である。皆伐すれば間伐や択伐などという手間は不要となる。広葉樹なら植林の手間も不要。日本の林業は広大な面積をフェラー・バンチャーという大型伐採機械で皆伐する海外林業にコストで負けて、立ち枯れているのだ。

著者は日本の林業を救う方法として熊崎実筑波大名誉教授の推奨されるタワーヤーダーというものに期待をよせている。しかしこれは東大の林業講座で教える間伐材搬出手法として使われる立ち木をケーブルの支持に使う代わりに自動車にのせたウィンチと油圧作動のポールを立ち木替わりにシところだけが違うだけでケーブルを張り巡らすところは本質的に変わらない。従来方式の小改善程度のことのように私には見える。

引退後、10年間、毎月1回登山のために深山幽谷を歩きまわり、200日間森林の中を歩いていると立ち木をケーブルを張り巡らす東大林業科方式の林業を目撃することが時々あった。なんと熟練を要する面倒でかつ危険なことをしているのかとため息がでたものである。ワイヤーが切れれば、傍にいる人間などなぎ倒されてしまう。タワーヤーダーはウィンチを車にのせ、立ち木の1本を自走式に代えただけである。人件費が高騰した日本の林業を救うとは思えない。円安でますます林業は苦しくなるだけであろう。チェーンソーを持って人が伐採しているいるようではカナダの平坦地を使う林業と競争はできないのではないかと思う。税金で林道を整備するのは地元に助成金を払ってむりやり原発を作る手法と酷似している。次ぎの伐採までにこの林道は侵食によって使い物にならなくなる。行政が介入すると自腹でないため、無駄金を使うきらいがあるのだ。林道がなくとも急峻な斜面から木材を搬出できる林業機械を開発しなければならないのだ。

私が千代田化工に入社して以来、国内の建設現場でみたものはジンポール方式で蒸留塔を引き起こす工法であった。何日もかけてタワーを組み立てて小さなポールで建て、滑車とワイヤーとウィンチをセットしてようやく蒸留塔をすえつけることができる、時間もマンアワーもかかる方法である。米国のベクテルと組んだ中近東やインドネシアのLNGプラント工事で経験したことは巨大なマニトボックという自走クレーンを使って一挙に引き上げる方式だ。準備に数時間必要なだけだ。マニトボックの1日のレンタル料金はべらぼうだが全体の工期が短縮され、マンアワーコストも下がり、総コストは下がる。いまでは国内現場でもジンポール方式は駆逐された。

これと同じで失礼ながら熊崎筑波大名誉教授殿は短期間のオーストリア視察旅行で見聞したことを金科玉条に言いふらしているものとしか思えない。矮小化した議論で悲しい。頭の中がガラパゴス化しているのであろう。2004年に欧米で使われている森林機械で批判し、北海道の森林機械メーカーのエンジニアであったMSX氏 も指摘するとおり、学会は権威だ。権威は自らの知の体系を侵食する新しい知識を脅威とみなして排除する。同じ原理がここに作用していることが分かる。二酸化炭素が温暖化の原因だとする気象学者と同じ 陥穽に落ちてしまっている。日本の急傾斜地でも転倒しない「6本足のかに足」のハーベスター、フェラー・バンチャー、ハーバスター、グラッベル・スキッダーなどを独自に開発しなければ残念ながら林業の再生はないものと思う。 需要さえあれば新規の林業機械の開発など日本の機械メーカーが得意とするところであろう。

国有林で機械化の皆伐、広葉樹林への転換し、広葉樹をエネルギー作物にする実験をすれば証明されるはずだが、このコンセプトを東京農工大の研究所長に提案したことがあるが理解してもらえなかった。東京農工大の教授殿が理解できないのだから、政争に血祭りを上げる政治家と文官が支配する林業はそのような発想を持てない。米国を真似して、穀物からのバイオ燃料に政策誘導する愚を繰り返す。

トインビーの文明が滅びる6つの兆候というのがある。
@リーダーが創造的霊感に欠けるようになる
A指導者たちが自己決定の力を失う
B文明は、自身の欠陥と失敗によって破産するのであり、蕃族の侵入によって滅ぶように見えるが実際は違う
C物理的・環境的挑戦よりも、むしろ道徳的・宗教的挑戦に対応できなくなる
D人々が自らのアイデンティティーを定義できず、根無し草になる
E人々が大都市に集まり、刺激を求めるようになる
F他の滅びた文明をありがたがる
熊崎筑波大名誉教授殿に代表される日本の林業学界のリーダーはこのうち@ABDと4つも該当するではないか。MSX氏によれば、日本の林業学科は機械化を勉強していないどころか、ドイツ流の針葉樹林しか研究せず、広葉樹林について何も研究しておらず、無知であるという。したがって彼らに日本の林業は任せておくわけにはゆかないのだ。著者のような門外漢の活躍が必要だが、林業学界の権威に煙に巻かれてしまっては意味がない。

一方、私有林のほうは分断されていて永久になにもできない。心あるNPOが所有権は認めるが、まとめて一括伐採する方式を採用しようと動いたが、不在地主が見つからないし、境界標識は流れてしまってなにもできなかったという。かくして日本の私有林は宝の持ち腐れとなるだろう。最近、海外資本が北海道で私有林を買いあさっているのは小泉政権の過度の規制緩和がいけなかったなどとNHKが心配している。しかし鎖国を解いたのだから攘夷思想にとらわれず、海外資本がビジネス化できると踏んでいるにちがいないとみて、彼らに謙虚に学ぶのも一案だろう。そうしないと日本の林業はガラパゴス化から抜け出ることはむすかしいのではないか。ただ海外勢に学ぶにしても、洪水防止のための何らかの安全規制は必要となると思う。

山梨県のNPOにたのまれて木材チップをガス化して燃料とする3.5PSエンジン搭載マキカートの試作をしたことがある。このガス化炉設計のためにバイオマス・ガス化発電装置設計プログラムを書いて論文として公表した。これを見たUSDA Forest Serviceのディエティンバーガー博士にEXCELソフトの公開を求められた。やむを得ずプログラムのバグ修正と第3者に理解可能なプログラミングに書き直す作業とドキュメンテーションをしたこともある。味をしめたらしく、学生研修用に燃料電池向けのスチームリフォーマーにアップグレードしてくれと頼まれた。しかし忙しさを理由に放ってある。米国の研究者もバイオ狂いでおかしい。

さてバイオマスとはちがうが米国で水素燃料といえばすぐ水素輸送のために吸蔵物質を使う方法などに資金と人材が投じられ、日本もこれを追従する。ところが天然ガスの液化による大量輸送事業の展開で飯を食ってきた身からみれば全くピントがはずれた研究だ。水素の大規模海上輸送に書いたように水素の大量輸送はアンモニア化が一番転換効率も容積効率もよい。私は将来人類が100%太陽エネルギーで生きるとき、エネルギーの貯蔵と輸送はアンモニアとなるのが必然だと思って「グローバル・ヒーティングの黙示録」を書いたのだ。

Rev. December 7, 2010


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