柏崎・刈羽原発見学記

 

2008年10月30日、元東京電力副社長竹内氏SEFでのご講演の縁で現在地震で1年以上停止している世界最大の柏崎・刈羽原発の見学をアレンジしていただき、7名中の一人として見学にでかけた。

大学と中学の同窓会出席方々60年ぶりに信越線に乗って柏崎市に向かった。途中、初冠雪した妙高山と火打山が美しくも厳しい姿をみせていた。

妙高山と火打山 走行中撮影

直江津を過ぎて、信越化学の工場を見ながら信越線を東北に向かうと柿崎から線路は波打ち際を走るようになる。鯨波を過ぎると原発の白い姿が目に入る。柏崎市は意外に大きな町である。地震後1年にしてその復興は目覚しく、地震の傷跡はほとんど残っていない。神戸の惨状とは大分趣が違う。東電紹介の柏崎駅前の「おおはし」のタイのいき造り定食は東京では口にできないものだ。

鯨波から遠望する原発 走行中撮影

東電は世の中が反原発に傾く中、市民の理解を求めるために透明性維持という方針をかかげ、政治家、ジャーナリスト、オピニオンリーダーに停止中のプラントを積極的に公開してゆく方針をとったようである。長らくLNGプラントの設計と試運転にかかわったエンジニアとして原発が抱える炉心溶融のような重大事故のインパクトの大きさに危惧をいだく以上、折角のチャンスを逃がすまいと出かけた。

原発の奥深く、原子炉格納容器の中にまで入り込み、ガンマ線を浴びて警報機がピーピー言うのを聞きながら圧力容器の底部を視察した。浴びた放射線強度は胸部X線診断1回分の0.05ミリシーベルト(50マイクロシーベルト)とのことであった。

ジャーナリストの桜井裕子は西尾幹二らが主導する新しい教科書を作る会の理事でアンチ原発論者だったのだが、ここを見学してから原発に関し発言することが少なくなったと東電の担当者は喜んでいた。

マスコミは目につくものしか取り上げない。しかしこれらは原子炉の安全性にとってはとるにたらない現象である。原子炉建屋は45メートル掘り下げて第三紀の岩盤上に直接建てられているが重要度の低いビル電源などのトランスは埋め立て地にパイルを打って設置してある。しかしその母線はパイルを打っていないため不等沈下して、母線の貫通部でショートし、火災が発生した。原子炉の安全にはかかわりのない事件であるが、この火災のイメージは一般市民の原子力に対する信頼性に大きなダメージを与えた。主排気ダクトもパイル無しのため沈下して傾いた。しかしフレキシブルジョイントが持ちこたえたため漏洩はなかった。これもパイルに乗せる工事をするという。素人を納得させるためにいわば無駄な投資を強いられているわけである。そしてそのコストを支払うのは消費者である。

東電は通常運転時なら保守要員を含め4,000人体制のところ、総勢8,000人の労務者と職員を投じて地震で壊れたり地盤沈下してかしいだCクラスの耐震設計をした部分を直している。その補強の基準値として原子炉建屋基礎上で1,000ガル を基準に原子炉建屋の応答スペクトルを作成し、それぞれの階の機器と配管の補強工事をしようというのである。

このプラントの設計時には原子力発電所の地下289mの解放基盤表面で定義される基準地震動は450ガルとしていた。原子炉建屋基礎の実測値から「はぎとり解析」した結果、1〜4号炉の解放基盤表面における基準地震動は最大2,280ガルとなると判明。この振動が地下45mの原子炉建屋基礎上に到達するまでに表層で減衰され、660〜830ガルになるので設計基準としては原子炉建屋基礎上で1,000ガルとしたのである。

グーグルマップにリンクした航空写真で南側の柏崎市に1-4号炉、残土処理場をはさんで北側の刈羽村に5-7号炉がある。そして南北に冷却用水の放出口が見られる。


大きな地図で見る  

沖には自衛艦が停泊し、テロを警戒して武器を満載した警察の車が玄関前に常駐している。また東電は自前で7基の発電ユニット毎に空港同等のセキュリティー関門を構築した。これをつかって爆発物を持ち込まないように職員、作業員、見学者全員をチェックしている。また原発ではルーティーンとなっているが汚染防止に靴や服を着替え、放射線測定器を身につけるという厳重管理が敷かれている。私が持ち込んだものは許可をもらったカメラとノートだけである。出るときは撮影した映像とメモがチェックされ、放射線量計をチェックする。

我々が入り込んだ4号炉の原子炉格納容器は地震当時3、7号とともに運転中だったものだ。しかし人手不足でまだ補修工事の順番待ちである。運転停止後、燃料棒を抜き取り、燃料プールに保管しているため、原子炉格納容器内に入り、炉心に近づくことができるわけである。

BWRの封じ込めは主蒸気隔離弁に頼っているところに脆弱性があり、また制御棒を炉心の下から水圧で押し上げる構造になっているため、核反応停止機能と炉心溶融時の圧力容器の脆弱性がある。このためか世界ではPWR炉の方が多く採用されている。しかし東電はかたくなにGEのBWRで統一している。GEのライセンスは東芝と日立が受けている。三菱はウェスチングハウスのPWR炉だ。ちなみに4号炉は日立がGEのライセンスで製造したものである。

東電の見方はPWRとBWRの信頼性に大差はないというものだ。なぜなら@制御棒のバックアップとしてのホウ酸水注入装置があるので核反応を止めるという信頼性はBWRとPWRに差はほとんどない。A封じ込めという面ではBWRは主蒸気隔離弁に頼るところが多少PWRより劣る だけである。B冷やすという面にはポンプ多重故障やミスオペというリスクがあって今回も苦労したが、これもBWRとPWRに大差はないというものである。

PWRの圧力容器の底部半球殻の上は何もない空間があり、ここに水が溜まっていれば、スリーマイルの炉心メルトダウン時のように灼熱の炉心が落ちてきても冷却されて半球殻は抜けない。しかしBWR炉は炉心下部の半球殻から制御棒案内管が剣山のように林立している。この林のなかに灼熱の炉心が落ちてきたときどうなるのか 思考実験してみよう。そしてFT解析をやりなおすのだ。

BWR炉の多層封じ込め

運転中の3-4号炉が地震で自動スクラムされた後に、崩壊熱を除去する冷却装置の一つが所内ボイラーの故障で動かなくなった。3号炉の原子炉建屋でブローアウトパネルが脱落したため、3号炉の冷却を優先した。このため4号炉の冷却は翌朝まで後回しとなったといういわくつきの炉である。主蒸気隔離弁を閉じて、原子炉格納容器外に放射能が漏れ出ないようにしてから、安全弁を手動で開けて崩壊熱で圧力の高まった圧力容器の圧を格納容器底部の圧力抑制プールに注入して冷却するということをした。この方法で4時間200oCに維持して待機した。これは設計段階で 非常冷却系のバックアップとして格納容器内底部の圧力抑制プールにあらかじめ備蓄水を非常用に用意されていたのを有効利用したもので想定範囲内の運転であるという。こうして緊急事態を切り抜けたのだ。無事に冷却完了した時は拍手で迎えられたという。訓練された運転員がいたからこそできた運転であったようだ。

地震による多重故障は丁度スタートアップ中だった2号炉でも発生した(未臨界)。スクラムは成功したのだが、原子炉浄化系のポンプがトリップし、炉水を液体廃棄物処理系にブローダウンできなくなった。制御棒駆動機構系統から流入する水により圧力容器内の水位が上昇してしまったのである。タービンバイパス弁を10%開いたところ、減圧沸騰により原子炉水位が急上昇した。主蒸気配管の冠水を防止するため主蒸気隔離弁を閉じ、4号炉と同じく安全弁を時々開けて減圧した。この間、制御棒駆動水ポンプ、復水ポンプに加え、低圧炉心スプレイ系ポンプを起動して水を補給した。ただ注入弁を全開にしてしまって水位が上がりすぎ、隔離時冷却系が起動できなくなってしまった。

原発のアキレス腱は冷却装置にあると言われる。ヨーロッパの内陸の原発は冷水塔が多いため、ここを破壊されたら致命傷となる。幸い柏崎原発の取水装置は岩盤に設置してあるため、びくともしなかったので助かった。岩盤まで杭を打たなかった放水路は少し破壊されたが、炉心冷却の障害とはならなかった。

原子炉格納容器内は核反応進行中は中性子が飛び交い、多分数秒で死に到る場所である。かてて加えて安全弁を手動で開けて圧力容器の圧を格納容器底部の圧力抑制プールに注入したわけであるから格納容器内は放射性物質で汚染されてもおかしくはない。そのような中に入り込んだのだが思っていたよりは残留放射線濃度が低いことに驚いた。これは燃料の酸化ウランを収めるジルコニウム被覆管がほぼ健全で あることと、ジルコニウム被覆管壁を通過してにじみ出てくるトリチウムなどの希ガスはすでに換気扇で放散塔から大気放散させてしまったためであろう。かって燃料棒交換中に燃料貯蔵プールに落ちた人が居たというが、大事には到らなかったという。むしろ人体が持ち込む塩類で純水が汚染され ステンレス類にストレス割れが発生するため、これを純化するほうが大仕事となろう。

鋼鉄製の圧力容器底部半球殻を貫通する制御棒駆動機構収納ステンレス製ハウジング

鋼鉄製の圧力容器を支える円筒状のスカートに穿ったマンホールから内部を覗くと鋼鉄製の肉厚な底部半球殻に沢山(185個)の穴が開き、そこを制御棒駆動機構(下図参照)を収納したステンレス製のハウジングが垂直に貫通しているのが見える。非常にセクシーなシーンである。このようなものを裸眼で見ることが出来るとは思ってもみなかった。案内した職員もここははじめて見たという。圧力容器のアンカーボルトを見ながらスカートの周りを一周した。

水圧ロッキングピストン式制御棒駆動機構

原子力発電便覧より引用 (制御棒駆動水管を加筆) →は引抜時のもの

大金を投じて作ったものだから人に見せるより稼動させなくては資金は回収できないのだ。しかし使えない以上、市民に見せて理解を得ようともう破れかぶれの行為のように見える。炉心底部は炉心溶融のような重大事故の時には脆弱な箇所である。スリーマイル島のPWR炉は炉心溶融をしたにもかかわらず、制御棒が圧力容器底 部半球殻を貫通していないため、半球殻の上に残っていた水のおかげで底は抜けなかった。しかしBWRでは底部半球殻上には制御棒案内管が林立して燃料集合体を支える複雑な構造になっている。そのため脆弱でかねがねヤバイのではと思っていた箇所なので感慨深かった。

制御棒案内管

制御棒駆動機構のステンレス製のハウジングと底板は半球殻内面で溶接されているのだろうか。外面に溶接線は見えない。185本の制御棒駆動機構の上には185本の制御棒案内管(上図参照)が剣山のように圧力容器底板から垂直に立ち上がっているはずである。

どの炉か覚えていないが、制御棒駆動機構のステンレス製のハウジングと同じ仕方で底部半球殻を貫通しているノズルに地震で弾性限界を超える応力がかかったと疑われるものがあったという。保安院が溶接の健全性の検査を要求したが、込み入った構造で強い残留放射線のあるところである。そこに検査員を送り込むことができないのでそのまま放置されているとの報道があったと記憶している。本件につき質問したが、案内した職員は知らないようであった。

格納容器内ではこの他に4基並列となっている主蒸気隔離弁、再循環ポンプ、水圧を制御棒駆動ピストンに伝えるステンレス製マカロニチューブ、換気扇などをみた。主蒸気隔離弁は格納容器外にもダブルに設置されているという。再循環ポンプのモーターをメンテナンス時に格納容器外に搬出する穴はトンネルになっている。このトンネルの長さは中性子を遮蔽するコンクリートの厚さに等しい。搬出穴のハッチを閉めたらその外を巨大なコンクリート壁をスライドさせて遮蔽するのだ。再循環ポンプのメカニカルシールが故障したら核反応を止めてメカニカルシール交換ということになるそうだ。

主蒸気隔離弁

格納容器外から見た再循環ポンプ

マカロニチューブ

原子炉建屋内ではあるが格納容器外にある地下45mに設置された緊急停止用地震計をみた。これは設計通り地震で作動してスクラム信号を発したという。この他にスクラム信号を水圧に転換する制御棒水圧制御ユニット、そのソレノイドバルブ、格納容器底部の圧力抑制プールから取水する高圧炉心スプレイ系ポンプを見た。炉心スプレイ系ポンプは重要機器のためそれぞれ独立した部屋に設置され、ケーブル類も独立とのこと。

4号炉は停止中というのに騒音が聞こえる。制御棒駆動水ポンプを常時稼動させていて水が炉内を循環しているためだという。

緊急停止用地震計

制御棒水圧制御ユニット

ソレノイドバルブ

エレベータで原子炉建屋上層階に登り、ホウ酸注入システムを見た。制御棒挿入に失敗したときにバックアップとして用意されている装置だ。PWRはホウ酸を出力制御に常時使うが、BWRはあくまで非常停止用である。今だ一度も使ったことはないという。使ったこともない装置を非常時に使えるかという疑問がフト脳裏を掠める。

次に燃料プール、プールゲート、原子炉ウエル、機器ウェル、圧力容器蓋、格納容器蓋、格納容器蓋遮蔽材、走行クレーンなどをガラス窓越しにみた。地震のスロッシングにより、プールの水が床に溢れたところである。床、手すり、格納容器蓋遮蔽材にはシートがかけられている。燃料プール内の燃料集合体はチェレンコフ光を発するか聞いたが良くは見えないという。原子炉ウエルの水が格納容器内部のドライウェルに流れおちない仕掛けは聞きそびれた。多分シールと漏洩する水は浄化系に回収しちえうのだろう。

燃料プール、プールゲート、原子炉ウエル、機器ウェル、圧力容器蓋、格納容器蓋、格納容器蓋遮蔽材、走行クレーン

タービン建屋では解体点検中にカスリ傷が見つかったタービン羽と発電機をガラス窓越しに視察した。最後に中央制御室を訪問した。4号炉はまだコンピュータによる時分割制御は採用されておらず、1988年着工、1994年運転開始当時の設計思想に従い専用の電気回路で制御するシステムであった。コンピュータは記録用としてしか信用されないていない時代であった。

時分割制御のオペレーティング・システムのバージョンアップにより、1ヶ月かけて製造・精製して貯槽に溜め込んだ1,000万円相当に遺伝子組み換えバイオ医薬品治験薬を下水に流してしまった苦い経験をもつ身にとってはこの判断は理解できる。現在でも制御機器のオペレーティング・システムのバージョンアップの怖さは変わりないと思う。大銀行が1日営業できなくなってもたいしたことはない。しかしBWR炉の冷却水が抜けてしまったらウン兆円の損失が生じるだろう。

タービン建屋

解体点検中のタービン羽

1-4号は柏崎市に5-7号は刈羽村にある。その間は岩盤の深さが谷になっているため、ここは掘削土砂の捨て場になっている。残土の小山の上が展望台になっている。地震時に一部土砂崩れがあったが周辺道路が埋まっただけで、設備に被害はなかったという。ここで日本海に沈む夕日をみる。左手に超高圧送電線の第一鉄塔が見える。100万ボルトの設計であるが地元の電磁放射に対する懸念から群馬の開閉所までは50万ボルトで送電している。

日本海に沈む夕日

駅前の居酒屋で東電のエンジニアを交え、旨い料理と酒をいただきながら懇談する。話題はもっぱら西尾幹二らが主導する「新しい歴史教科書を作る会」のことだ。 東電のエンジニア殿はなかなかのナショナリストとお見受けした。

さて今回の見学では原子炉は工学的には化学プラントと基本的に異なる要素はなく、金をかけて信頼性をグレードアップした装置であることを確認した。金をかければその分、事故確率を下げることはできるが、それでも思わぬところに伏兵はまっているものだという職業上の習いとなった危惧をぬぐうことはできなかった。

この工事で潤う者もいるだろうが、来年1月からは400円以上の料金値上げになる。4月以降は更なる値上げが待っているという。東電の値上げ幅は他社の2倍だがこれが原発停止分だろう。東電の技術者達は一丸となって一生懸命努力している。しかし世界がソーラーセルの コストダウンに奔走しているなか、ソーラーセルは今後も高価であり続けるだろうと思い込んでいる様子。世の中は大きく変りつつあるのだ。 新技術の登場を待たずともソーラーセルのグリッドパリティーは5年以内に達成されるであろうという予想があるのだ。

日本が原発にこだわっていると世界に置いてきぼりを食うのではないかという焦燥感に襲われる。東電には現状維持に汲々するだけでなく、未来を見据えて舵をとるリーダーが必要なのではとフト思うのであった。

November 4, 2008

Rev. March 13, 2009

原子力へ

 


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