■セブンアイ
 
気が重い季節


 嫌な季節だ。寒いからでも、ひどく忙しいからでもなく、12月14日がやって来るからである。ああ、忠臣蔵。

「今年は討ち入り300周年だな」
 父はつぶやく。周囲にはなぜか時代劇愛好家? が多く、登場人物、史実を熟知し、自分が参加したのでもないのに「格闘後、あの格好で泉岳寺まで歩くのは容易じゃなかった」などと回想する。私にとって時代劇は、字幕なしの洋画より難解で、その上、行動規範や背景が分らない、まるで乱数表のようなものだ。だからこの時期、愛好家の皆様とテレビを見ることは苦行に等しい。
「もしお前みたいな歴史オンチが四十七士にいたら、歴史が変わってしまっただろう」
 父は真顔で言う。

 しかし、この話で私が尊敬することがひとつある。これだけの人々が、携帯電詰もメールも、ファックスも使わず「意志の疎通」を計ったことだ。最大限のツールを手にしたのに、私たちは彼らの時代より多くの「心のすれ違い」を味わっているのかもしれない。

 思うことを言葉で、声にすることの感動を、16日に行われたJリーグの年間表彰式で見直した。
「支えてくれた妻と子供に感謝……」
 史上初となる完全制覇を遂げた磐田の鈴木監督は最優秀監督賞を受賞、淡々と采配を続けたこの一年とは対照的に、壇上でスピーチしながら声を詰まらせた。ヤマハのいわゆる「サラリーマン監督」であり、「人様にはとてもお話できないようなことも、家庭にはありました。今日は会場に来てないのにかなり照れました」とあとで笑っていた。何時間ものインタビューより重い、10秒間である。

 MVPの高原直泰(磐田)はとびきりの照れ屋なのでスピーチが心配されたが、実際には辛口のチームメイトたちさえ感動させてしまった。
「(エコノミークラス症候群で)両親にはW杯に出場する姿を見せることができなかった。ドイツではそれを是非見せたいと思う」
 何の変哲もない話と伝達方法に、深い味わいがあった。

 とはいえ新春ドラマに「忠臣蔵」が控えていることを思うと、今から気が重い。

(東京中日スポーツ・2002.12.20より再録)

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