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柔道 全日本女子柔道選抜体重別選手権大会
大海11連覇を果たした田村亮子「濱野選手は高校の後輩であるということと、3回目の対戦ということで、研究して作戦を練ってきているなという感じはした。ただ、それほど中に入ってこなかったので、自分もそれに合わせるように待っていた。特に駆け引きはなかったけれど、それまでの試合が判定や優勢勝ちだったので、一本勝ちを狙おうというのはあった。その点では、数少ないチャンスを逃さず、今だ、という瞬間をとらえることができた。そういう感覚は肌が覚えていて、まったく力を入れずに投げることができる。まさに練習の成果だし、思っていたような試合運びだったと思う。
「田村に辞められては……」
しかし、当事者には、観ているものにはわからない分だけ凄まじい勝負のやり取りがある。 前回真壁が田村と対戦したのは、2年前の福岡である。このとき、真壁は一本勝ちを連続して決勝に進出し、対して田村は判定での、どこか芯のない勝ち方で決勝の畳に上がった。この時、「もしかすると」と、真壁の勢いに田村が敗れるのではないかといった声も試合場のあちこちで上がるほどだった。真壁もその気だった。 「体調も、気力ももの凄く充実していたんです。彼女はひとつ下ですが、もう何度も対戦していて、あそこでは勝てるかもしれない、と挑んだ。でも結果は、焦って自分が仕掛けた途端、見事にやられました。ですから今回は、絶対に彼女に柔道をさせないように、と思っていたんですが……」 試合後、真壁は、最後の最後に辛抱しきれずに動いてしまった自分の柔道を悔やんだ。真壁は、田村の変化、それは自分も同様なのだが、「動かない柔道」を見抜いている。仕掛けると、「信じられないほどの反応」(真壁)で技を返してくる田村に、自分も同じように待つしかない。待って、待って、相手がじれる頃に技を思い切ってかければ、と思った。4分のうち、実に3分57秒を自らの作戦通り戦いながら、3秒ですべては水の泡となる。 会場も「このままなら旗で……」と田村と真壁の大接戦を口にしかけた残り3秒、田村は背負いをかける動作の直後に、左から小内巻き込みに出る。そこで真壁は足を取られる。旗判定は3本が田村。試合そのものの流れならば真壁に1つくらいの旗があってもおかしくはないが、真壁は「あの3秒で当然の結果」と、勝負に対する潔さを見せる。 「組み負けたところもなかったし、前半は計算通り、彼女のペースにはさせなかった。田村が焦ってくるところ、と思いながら、最後は自分が焦っていた。強い。本当に」 決勝の濱野も、同じである。 「自信を持って挑んだつもりでした。最後の1分に波を持って行こうと決めていたことも間違いではなかった。でも、気が付いたら投げられていました」 残り7秒、濱野によれば、「今がチャンス」と思って右足を踏み込んで技をかけようとした瞬間、一本背負いで投げられていたのだという。1回戦も、残り3秒で効果を奪っている。3試合すべてで、残り10秒を切ったところで勝負に出た。追い詰めたように見えて、実は田村に追い詰められてじれている3選手が残り数秒で倒されたことに、田村の、ぞっとするような「勝負観」が潜むのではないか。 観戦に来ていた、シドニー五輪男子金メダリストの野村忠宏(ミキハウス)はこう言った。 「負けませんね、本当に負けない。あれは強いですよ。怖いくらい強い。勝負師として、尊敬している」 真壁は、ひとつ年下の田村にだけ特別な思い入れがあるわけではない。しかし、この日の敗戦で勝ちたいという気持ちが一層強くなった。田村が、じっくりと待ち、相手の出方を見ながら展開する、負けない柔道を倒すには、同じような「我慢比べ」を挑む面白さがあると真壁は実感したと言う。
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