文章いろいろ

偉業

くだらないことを一生懸命やる人が、好きだ。
くだらなくて難しいことを、本当に一生懸命やる人が、結構好きだ。
その結果、何かが変わろうと変わるまいと。

2004年5月から6月にやっていた、NHKの「日本列島最長片道切符の旅」という番組があるのだけど、実はその番組は、始まる前日に、番組宣伝として特番をやっていた。
それは鉄道にまつわる様々な「達人」を招いて、彼らが何をしているかを紹介する内容で、出ていたのは、有志で古い車両を動態保存している会の人や、駅弁が大好きで一日に25食食べたこともあるという駅弁愛好者、電車の走る音を録音して保存している人などなど。

その中に、そのおじさんはぽつんといた。
語りもつっかえつっかえで、服装は垢抜けてないの一言で、少々頭髪が薄くなりかかっていて、他の「達人」と比べても、本当に華のない、テレビ映りしない、さえないおじさんだった。

彼が何をしたかというと、日本全国の鉄道(JR私鉄はもちろんモノレールなど、運輸省が「鉄道」として認可している全ての鉄道で、ロープウェイ以外のもの)の、9700近くある全ての駅で下車し改札を通った、という「偉業」である。
偉業ではあるが、どちらかといえば、あきれて開いた口がふさがらないという類の偉業かも知れない。
彼はその証拠として、自分の乗降全てをビデオに撮っていて、その撮り方もまた、けれんみがないと言うのもはばかれる、淡々としたものだった。
JR達成記念や、私鉄達成記念など、節目となる駅の改札の証拠ビデオでは、ワープロの打ち出しと菜箸で作った、全く色気のない自作横断幕を、ささやかに胸の辺りに広げる。

その様子は、あまりにも絵にならなくて、かえって一枚の絵のようだった。
彼の「偉業」は、日本では全く注目されず、でもたぶん自分で申請したのだろう、ギネスブックにはちゃんと登録されているそうだ。
番組では、このおじさんが、4月に新しくできた新駅6個を回る様子を、「プロジェクトX」のパロディとして放送していた。

ルックスが立ってなくて、語りもうまくなくて、やってることもマニアックすぎるこのおじさんは、ゲストやタレントに少々嘲弄的に扱われていた。
それが私にはちょっと気の毒で、タレントに若干批判的な気分が湧いてきたけれど、まぁテレビというメディアにはあまり向いていない素材なのだとも思う。
テレビに映るものとは、もっと華々しくセンセーショナルで刺激的なものだと、私たちは思っているのだから。

駅弁のような食べるおいしさも、動態保存のような美しい意義も、列車の音の録音のようなセンチメンタルなロマンも、気の合う仲間もエライ人からの勲章も賞賛の花束も、ない、こんなことを、なぜ彼がやり続けるのか。
わかるような気もするし、わからないような気もする、としか言えない。


そしてあのおじさんが横断幕を広げる姿は、私の頭の中で、何の役に立つのかは科学では解明されないけれどとても希少な元素のような、不思議な雰囲気をまとった象徴として、 保存されているのである。

       

2004年のmixiの日記にて、「地上の星とも呼んでもらえない人」というタイトルで書いたものです。

「最長片道切符の旅」は、その後拡大発展して「JR乗り尽くしの旅」となり、2005年の春に前編が放映され、秋に後篇が放映予定です。前編の最中に、あの踏切脱線事故が起こったのは、何とも切ない話ですが。
また、 JRの駅を走破した人は、「鉄子の旅」にも出てくるトラベルライター横見浩彦氏など、他にもいらっしゃるようです。

このおじさんは、今どうなさっているのでしょうか。草の根の、鉄道の神様だけが知っている偉人として、今もひっそりと生活しながら、新しい駅ができるのを待っているのでしょうか。