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マタギの里・阿仁町、森吉山ノロ川のブナ林(5月上旬)
 早春のブナの根回り穴(2003年5月上旬)・・・ブナの根元は、日中の日差しで温められた幹の輻射熱で丸く解けてくる。ブナの根回り穴を見ると、新緑の季節がそこまで来ていることを実感させてくれる。昼近くになると、クマ狩りを終えた数名のハンターに出会った。雪国秋田の春グマ狩りシーズンは、残雪期の4月下旬から5月上旬。
 林床は一面雪に覆われ、ブナの根元から土が丸く顔を出し、残雪の上には、ブナの実が散らばっている。芽吹く前のブナ林は、遠くから俯瞰すると、薄茶色にぼんやりかすんで見える。それは、冬芽を包んでいる小豆色のりん片のせいだろう。

 4月中旬以降になると、冬眠から覚めたツキノワグマは、雪のない雪崩地に集まり、前の年に落ちた堅果類の実や雪崩で死んだ動物の死体などを食べる。やがて水がぬるみ、新緑が萌え出るのは5月中旬頃だろうか。時折、野鳥のさえずりと雪代で沸き返る沢の轟音が森に木霊し、実に静かで心落ち着く森が広がっていた。
春一番の贈り物・フキノトウ
 残雪の隙間から顔を出したフキノトウ。冬眠から覚めたクマが、一番最初に食べるつぼみが、フキノトウだと言われている。まさに、フキノトウは、人間にとっても、クマにとっても春一番の贈り物である。雪国秋田では、バッケ、バッキャなどと呼ばれ、県の花に制定されるほど県民に親しまれている花でもある。春の陽光に向かって、目一杯背伸びをしているかのように咲いているのが印象的だった。
オオイタドリの新芽
 雪が解けたばかりの土から、バッケとともにオオイタドリの赤い新芽が顔を出す。赤くヌメリのある新芽は食べたことがないが、由利地方では早春の山菜として重宝されている。新芽をさっと茹でて鰹節を振りかけ、醤油で食べると、コリコリして美味しいらしい。
ブナの巨樹
 こぶだらけのブナの巨樹。「山で道に迷わなくとも、生き方に迷うことがある。そんなときは、深い森へゆこう。巨樹は、進むべき方向を、暗示してくれるはずだ」(山と渓谷2000年5月号「巨樹に聞け」より)
渓に春を告げるネコヤナギ
 ネコヤナギ・・・早春を告げる樹木の花の代表。銀白色に輝く花穂が美しく、可愛らしい猫の尾に似ている所が名前の由来。確かに見れば見るほど、不思議と猫の冬毛に似ている。気温が20度を超えた午後になると、雪解け水で茶褐色に濁り、まるでコーヒールンバ状態に一変した。
早春の湿地を彩る草花
 日増しに暖かさが増してくると、融雪水が流れ込む湿地は、残雪を解かし、小さなオアシスを形成する。そうした湿地に、清楚な白花・ミズバショウが咲いていた。
 ザゼンソウ・・・ミズバショウが群生していた湿地で見掛けたものだが、花の旬が過ぎてしまったのか、花序が皆後ろに反り返ってしまい、僧が座禅する姿にふさわしい形でなかったのが残念だ。
 コゴミ・・・阿仁町の朝市には、まだシドケやアイコ、ウドはなく、コゴミとアザミ、ヒロコ、ヤマワサビ、タラノメといった早春の山菜だけが売られていた。海岸部と内陸部では、春の訪れが2週間もずれている感じだ。
水ぬるむ新緑の季節
 水がぬるみ、山の芽吹きが始まると、岩魚釣り、山菜採りのベストシーズン到来だ。雪代の勢いがさらに緩むと、新緑の波は峰に向かって一気に駆け上がっていく。
 ブナの新緑・・・萌え出たばかりの新緑の斜面にアクセントを添えるヤマザクラの白。四季を通じて最も美わしく、生命が躍動するドラマを見ているようだ。見上げては、ただただ「綺麗だ。綺麗だ。美しい・・・」を連発してしまう。
シロバナエンレイソウ
 恥ずかしながら、白花のエンレイソウを初めて見た。沢では茶色の花しか見かけることがなかったが、ミズバショウが咲き乱れる湿地に白花が群生していた。近づけば、白花は意外に大きい。嬉しさの余り、デジカメのシャッターをバシャバシャ押しまくった。
里山・雑木林を彩るキクザキイチゲ
 里山周辺の雑木林に群生していた紫色のキクザキイチゲ。深山の沢に咲くイチゲより、群落の規模が一際大きく、一回り大きいような気がする。
 下から見ると、春の光に向かって、まるでダンスをしているように見えた。撮る人だけでなく、花も春爛漫を謳歌しているのだろう。じっと見ていると、「釣り人よ、竿を担いで新緑の谷に出掛けよう」と言っているようにも見えるから不思議だ。
お勧めブック・・・「白神山地四季の輝き」(根深誠著、JTBキャンブックス)
 「・・・私は考えたのである。ふるさとの、この白神山地の自然を楽しむに相応しい方法を。それは山釣りと呼ばれるスタイルだった。つまり山奥の幽邃境でのイワナ釣りである。・・・登山靴を地下足袋に替えて、釣竿を持参で白神山地の渓流を出入りするようになってから、山での楽しみ方もそれまでとは大いにちがうものになった。なにしろ黙々と急ぎ足で歩くのではなく、イワナ釣りを楽しみながら遡行するのである。

 焚き火にあたって酒を酌み、イワナ料理に舌鼓を打ち、ときには山菜やキノコを食材にして、そこでの満ち足りたひとときを過ごすことが山行の目的となった。べつに山頂を踏まなくてもいいのだし、困難な沢を選んで遡行するのでもなく、漫然として澄明な川の流れでも眺めていればいいのだった。」

 この本は、数ある白神山地ガイドブックの中でも、観光とは無縁の最も優れた一冊である。白神山地の懐深く、山釣りの旅を続けて40年・白神山地を知り尽くした根深さんらしいガイドブックだ。めぐる四季、ブナ林の恵み/動物・野鳥図鑑/山菜・キノコ図鑑、山野に遊び暮らす/イワナ釣り/生業をもつ人びと、白神山地の歴史と生態、白神山地の滝・・・。本購入サイト(定価1700円・税別)

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