「バイオレット海賊団がディサ国に恩義を感じる理由、ですか」



 ようやく本来の目的を切り出す事が出来たカーマイン

 アストロメリアは相変わらずの無表情で、
 しかし、少しだけ視線を遠くへ向ける


「世界中で感染が拡大した出血熱
 5年前とは言え、お2人の記憶にもまだ新しいと思います」

「すみません、知りませんでした」

「全く覚えておらぬ」

「……………そうですか」


 少し間があった

 普通の相手なら記憶に残っているのだろう
 しかし、5年前にはまだこの世界にいなかったカーマインと、
 記憶喪失中のシェルにとっては初耳である

 アストロメリアは深くは追求せず、
 淡々とした口調で説明を始める



「5年前、出血熱で世界中を恐怖に陥いった事がありました
 その名の通り高熱と出血が主な症状で、感染すれば確実に命を落とします
 魔女の研究施設から漏れ出したウィルスが原因の事故でした」

「へぇ…そんな事があったんですか
 それは大変でしたね…」

「そうでもありません
 ウィルスを殺すワクチンが存在していました
 命を落とす前に投与出来れば、何の問題もありません」


 それなりに医療技術は発達しているらしい
 少なくとも、ワクチンを開発出来る程度には

 ただ、それが科学的な技術なのか
 それともファンタジー要素満載なものなのかまではわからない





「バイオレット海賊団では全員が出血熱に感染しました
 我々はワクチンを投与して貰う為に病院を訪れましたが…
 海賊である事を理由に門前払いを受けて1人、また1人と命を落として行きました」

「えっ…海賊って病院に行けないんですか?」

「我々が健康な時は媚を売って、お零れに預かろうとしてきます
 しかし…1度弱った姿を見せれば手の平を返して、
 『海賊など根絶やしになるべき』と一蹴…実に正直なものです」

「……俺、もっと医者が嫌いになりそうだ」


 カーマイン自身はあまり医者を信用していない

 彼は故郷で恋人を亡くしている
 そしてこの世界でも、危うくメルキゼを失いかけた

 どちらもカーマインは病院へ駆け込んだ
 しかし…結局、医者は頼りにはならなかったのだ



「体力の衰えた年配の海賊たちから命を落として行きました
 比較的体力のある若い海賊たちが手分けして、
 手当たり次第の病院を訪れましたが…全て徒労に終わりました
 やがて私達も動く事が出来なくなり、意識を失い――…全滅を覚悟しました」

 淡々と言葉を続けるアストロメリア
 しかし、口調からは想像も出来ないような惨劇だったのだろう

 そういえば

 船の大きさのわりに、人数が少ない
 そして、部屋の数と船内にいる海賊達の数は見るからに合わなかった



「大半の仲間が命を失いました
 1度、眠りにつけば2度と目覚めない…そんな状態でしたので
 ですから目覚めた時、白いシーツを見て雲の上にいるのかと錯覚しました」

「…アストロメリアさんは助かったんですね」

「はい、私達は通り掛かった船に救助され、
 手厚い看護を受け…一命を取り留めました
 カイザル様が我々の存在を知り、騎士団に救助を命じたと…
 そう知ったのは、私達の容態が全快してからの事でした」


 それが『恩義』なのだろう

 そして誇り高い海賊団のキャプテンが、
 騎士の事を『騎士様』と敬称をつけて呼ぶ理由

 それらの全てが今、はっきりと理解出来た




「ディサ国の医者は…いえ、騎士様も国の民も、
 誰もが私達を海賊としてではなく、一個人として扱いました
 辺境に位置するディサ国は元々が島流し…
 つまり、流刑場として使用されていた島です」

 恐らく
 国を治めるカイザル王子自身も流された1人なのだろう

 悲劇の王子として彼の話は少なからず、
 シェルやカーマインの耳に入っていた


「行き場を失った戦災孤児や、
 難民もディサ国へ救いを求めて訪れると聞きます
 そのせいでしょうか、ディサ国では訪れる者の出身や素性を問わず
 全てを受け入れるという風習が根付いているそうですね」


 だからこそ、ディサ国はバイオレット海賊団に救いの手を差し伸べた
 その事に対して国民はおろか医者も騎士も、誰も異論は無い

 相手の素性など関係無い
 助けを求めているのなら、全力で救助に向かう

 そんな王子だからこそ、
 多くの民の心を惹き付けているのだろう




「私達はカイザル様に命を救われました
 今度は私達がカイザル様を救う番です
 この恩義は決して忘れません…バイオレット海賊団は全力でディサ国に協力します」


 真っ直ぐな視線が向けられる

 …正直、良心が痛んだ
 自分達はディサ国とは何の関係も無い、単なる旅人に過ぎない

 ディサ国騎士と信じて手厚く持て成してくれる彼らに対して、
 誤魔化しきれない罪悪感がどっと押し寄せて来た


「…………。」

 居心地が悪くて俯くカーマイン
 そんな彼の姿を見てアストロメリアは誤解したらしい


「暗い話題で申し訳ございません
 もう少し面白味のある話が出来れば良いのですが…」

「あ、いえ…!!
 聞いたのは俺の方ですしっ!!
 というかアストロメリアさんが謝る必要は全く無くて…!!」


 間違いなく
 謝罪すべきは自分達の方である

 頭を下げられると、精神的にも居た堪れない






「……故郷から」

「はい?」

「故郷の家族が酒を送ってくれました
 今夜は宴です、楽しんで下さい」


 唐突に話題が変わる
 展開について行けず、言葉を失うシェルとカーマイン

 …どうやら、彼なりに話題を切り替えようとしたらしい

 彼の意図を察したカーマインは、
 話の矛先を料理に向ける事にする


「そっ…そういえば…
 アストロメリアさんて料理も担当してるんですよね
 家事は苦手なのに、どうしてなんですか?」

「ああ…それは私が食事に関しても無頓着だからです」


 そう言うとアストロメリアは立ち上がり、
 部屋の隅から大きな麻袋を引きずって来る

 袋の口を開けると、そこには黄色い粉末が大量に入っていた



「これはトウモロコシの粉です
 私の故郷ではこれが主食でして
 基本的に私は、この粉と水があれば他に何も要りません」

「…栄養、偏りませんか?」

「確実に偏ります
 それを心配した仲間達が、私に料理を担当させました
 私1人の食事ならトウモロコシで構いませんが、
 仲間の食事となると健康管理も考慮してバランスを考える必要が出てきます」


 流石に仲間達に粉と水を差し出して『これが飯だ』とは言えない

 自分の食事が原因で仲間を病気にでもさせたら大変だ
 必然的に栄養バランスに気を遣うようになる

 手間を考えると仲間の分を作るのと一緒に、
 自分の分の食事も作るのが普通だろう

 結果として、3食しっかりと食べる習慣が出来る…というわけだ



「料理なんて面倒臭くて嫌いですが…
 これも仕事ですし、何より仲間の健康が掛かっています
 嫌々ながらも必要に駆られて、やらざるを得ません」

「ふぅん…
 メルキゼが聞いたら羨ましがるような仕事だな」


 料理好きなメルキゼなら、
 率先して食事当番を引き受けるだろう

 食材を前に献立を考える彼の表情は、いつも凄く楽しそうだ

 面倒臭そうな下処理だって、
 満面の笑みで鼻歌混じりにやってのける

 旅人よりも料理人の方が向いていそうな男なのだ







「…今夜、宴会なんですよね?
 じゃあ料理とか…たくさん作りますね?」

「ええ…不本意ですが
 あぁ、申し訳ございませんがそろそろ料理に取り掛からなければ」

「それならメルキゼ呼んで来ます
 せっかくですし、皆で作りませんか?
 メルキゼってああ見えて、料理の腕はなかなかなんですよ」


 料理嫌いなアストロメリア
 そして、料理好きなメルキゼ

 どうせ暇を持て余している
 メルキゼが料理を手伝えば彼も助かるし一石二鳥だ



「いえ…騎士様の手を煩わせるわけには行きません
 それに、騎士様に手伝わせたなどと知られると、
 私が仲間達から咎められかねません」

「 あいつ、料理が一番の趣味なんです
 自分の手料理を人にご馳走するのが何よりの生き甲斐なんですよ
 あの人数分の料理を作れなんて言ったら、凄く喜ぶと思うんです
 暇潰しがてらの趣味として一品だけでも作らせてやってくれませんか?」


 アストロメリアを手伝うという形ではなく、
 趣味として勝手に料理を作るのであれば彼としても面子が立つ

 これなら異論は無いと、アストロメリアも頷いた


「そういう事でしたら、構いません」

「それじゃあメルキゼを連れて来ます
 先に調理場で待っていて頂けますか?」

「はい」


 カーマインとシェルは、
 メルキゼを呼ぶべくアストロメリアの部屋を後にする

 彼の部屋を出た瞬間、澄んだ空気が肺へと流れ込んで来た


「……空気が美味しいな」

「あの部屋…空気が淀んでおったからのぅ…」


 光が差し込まない、薄暗い船内
 そんな場所の空気でさえ爽やかに感じる2人だった






「……海賊達の食事?」


 部屋ではメルキゼが、
 さも退屈だという様子で不貞寝していた

 カーマインたちの話に一瞬、眉を顰めるメルキゼ


「そう、今夜は宴会なんだってさ
 それで料理が沢山必要だって言うから、
 退屈ならお前も手伝ってくれないかな〜って」

「宴会…か…
 じゃあ、お酒を飲むんだね」

「え、ああ…そうだな」

「……………。」


 難しい顔で俯くメルキゼ
 何か気に触る事でも言っただろうか

 誰でも虫の居所が悪い時はある
 今は、あまり料理をする気分でもないとか――…


「…という事は、水分の多いスープ系は要らないな
 酒に合うオードブルを中心に…海の男は体力を使うから塩分を多く…」


 OK
 やる気満々

 構想を練る彼の姿からは、溢れ出んばかりの気合を感じる




「あ…あまり力み過ぎるなよ?
 アストロメリアさんの仕事、全部取っちゃっても悪いし…」

「とりあえず使い慣れた調理器具と調味料は持って行こう…
 それからエプロンと…あぁ、鎧は脱いで行った方が良いだろうか」

「聞けよ!!
 ちゃんと聞けよッ!!」


 瞳を輝かせて、整理したばかりの荷物を掻き集めるメルキゼ

 その表情はディサ国騎士というよりも、
 料理人と言った方が信憑性がある



「よし…準備完了ッ!!
 さあ行くよ2人とも!!」


 ねじり鉢巻でも締めそうな勢いのメルキゼ
 頼むから暴走だけはして欲しくないものである

 料理関係で失敗する事は無いだろうが、
 料理の腕は確かでも、彼の中身は信用ならない

 何をやらかすのか
 想像がつかないだけに恐ろしい


「…いざとなったら…フォローしなきゃな…
 あいつが暴走を始めたら、お前も手伝ってくれよ…逃げずに」

「む……う、うむ……」

 しっかりと釘を刺されるシェル
 逃げる気満々だった彼は引き攣った笑みを返した



「ほら2人とも!!
 早くしないと置いて行くよ!!」

「……いっそ、置いて行ってくれ……」

「お主が行かねば、誰が彼の暴走を止めるのじゃ」

 既に暴走を始めているような気がしなくもない
 前途多難な2人である


「暴走するまでに料理が好きなのか…
 それとも余程、暇だったのか…どっちじゃろう?」

「両方だ…
 間違いなく、両方だ…」

 半ばメルキゼに引きずられるように部屋を後にする2人
 約一名を除き、彼らの瞳には半ば諦めの色が滲んでいた





 それから間もなく


 バイオレット号の厨房には、
 妙にテンションの高い騎士(偽者)と無表情の海賊、
 そして神妙な表情で身構える2人の青年の姿があった

 正直、異様な光景である



「アレルギーや好き嫌いのある人はいる?」

「いえ…特には
 お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」

「良いんだ、私が好きで勝手にやる事だから」


 口調は淡々としているが、
 メルキゼの瞳はキラキラと輝いている

 食料庫の食材を前に、
 既に思考はレシピの構想を練っているのだろう



「流石は船だね
 塩漬けや燻製、乾物…保存の利く物ばかりだ
 それに量も種類も凄く多いね、これは料理の幅が広がる」

「長期の船旅に備えていますので」

「塩漬けはそのまま細かく刻んで調味料として使おうか
 下手に塩分を洗い流すと旨み成分まで無くなってしまう」

「その様な使い方が…
 味が濃いので、いつも水に浸けて塩抜きしていました」

「その水を使って煮物やスープに料理するのも手だ
 乾物は乾燥している分、水分を吸うから組み合わせても良い」

「成る程…」


 アストロメリアとメルキゼ

 あまり接点は無く、仲良くなりそうも無い2人だが
 意外な所で話が弾んでいる

 …一方的にメルキゼが語っているだけとも言えるが




「意外な組み合わせだよな…メルキゼとアストロメリアさんて
 まさかこの2人だけで会話が続くとは思わなかった」

「カーマインだって、さっきまでアストロメリアと話していたでしょう?
 どんな話をしていたのかまでは知らないけれど…
 あまり会話は弾んでいなかったの?」

「暗い上に良くある展開の話でしたもので」


 いや…
 あの惨劇を、『良くある展開』の一言で片付けられても

 確かに悪党が正義の味方にピンチを救われて、
 『借りが出来ちまったな、手助けするぜ』ってなる展開は定番だけど…

 義理と人情の感動的な瞬間を、
 まるでオチのように扱わなくても…ッ!!



「無駄じゃ…
 メルキゼだけでなく、あのアストロメリアも常人とはズレておる…」

「わかってるさ…」

 表面上は一番まともそうな彼が、
 ある意味、最もズレたキャラだという事は実地で学ばされた


「…………はぁ…」

 諦め混じりの溜息と共に脱力

 調理台に突っ伏したカーマインの背を、
 シェルは優しく叩いて慰めた




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