「カーマイン、カーマイン」



 ようやく戻って来たシェルは、
 既に原形を止めない、変わり果てた姿となっていた

 頭にバンダナ…は良いとして

 首には金のチェーン
 腰にはサーベル
 顔に至ってはレザー製のアイパッチが鈍く光っている

 和装と海賊ファッションの融合だ



「………シェル…その服装は…何?」

「戦利品じゃ」

「あー…脱衣7並べの…」

「うむ
 着せられた服は、そのまま所有して良いのじゃよ
 ほれ、これが最大のレアアイテム…キャプテンのアイパッチじゃ」


 自信満々に自らの瞳を指し示すシェル

 確かにバイオレットが身に付けていた眼帯が、
 シェルの瞳を覆っている――…


「…って、それあげちゃったらバイオレットさんが困るんじゃ…」

「スペアは沢山あるそうじゃし、
 そもそもアイパッチ自体はファッションで目は両方とも健在らしいからのぅ」

「そ、そうなんだ…」


 戦利品を荷物袋の中へと片付けながら、
 シェルは見るからに上機嫌で鼻歌なんて歌っている

 ……凄い
 既に海賊達と馴染んでいる

 何という適応力の早さ




「シェル…もう海賊達と仲良くなったんだね
 友達を作る才能があるのかな…」

「まぁ…この程度の芸当が出来ねば、
 吸血鬼を恋人になど持てぬと言うものじゃ
 基本的に敵意さえなければ友情は育める気がするしのぅ」


 そうだった

 シェルは出合って間もない吸血鬼を仲間にし、
 最終的には恋人にまでしてしまったのだ

 アンデットモンスターを手懐けるくらいだ
 生身の海賊なんて可愛いものなのだろう



「ロイドという海賊を覚えておるか?
 あの男も見かけに寄らず、面白い男なのじゃよ」

「最初にアストロメリアさんと一緒に出迎えてくれた海賊だろ?
 口調からして乱暴そうだったよな…
 確か仲間内からは『ハゲタカのロイド』って呼ばれているって言うし…」


 いかにも海賊
 いかにも海の荒くれ者

 平和主義のカーマインとしては、あまり仲良くなれそうも無い人種だが…



「ロイドはストレスが頭髪へ出るタイプらしいのじゃ
 あまりにも頻繁に髪が抜ける彼を仲間達が心配して、
 『髪は残ってるか?』とか『そろそろハゲたか?』と訊ねておる内に、
 いつの間にか彼の通り名が『ハゲタカのロイド』となっておったらしいのじゃ」

 ハゲたか?のロイド
 禿げ行く頭髪を気遣う仲間達の優しさが滲み出た通り名…

 しかし
 更に髪が抜けそうな響きである


「……それは…何て言うか……」

「ちと、心が暖かくなってくるじゃろう?」

生暖かい気持ちになってくるな」

「ロイドは頭を隠す為にバンダナを愛用しておるのじゃが
 何を隠そう拙者が今、頭に巻いておるのがそれじゃ」


 可哀想だから返してあげようよ

 このままじゃ、
 更に薄くなっちゃうよ


 ハゲたか?を通り越して、
 ハゲたになったらどうするんだ

 ハゲたロイドじゃ、あまりにも哀し過ぎるだろう


「もう…ダメだ…
 俺、今度からロイドさんと顔を合わせたら、
 つい頭に視線を向けたくなる…というかガン見しそう」

「あまり見ちゃダメだよ
 ストレスで更に薄くなる

 ロイドが聞いたら発狂しそうな会話である





「そ…そう言えばさ
 ここの海賊達ってディサ国に恩があるんだろ?
 具体的に何があったのか、その辺は聞いてるか?」

「いや…知らぬのぅ…
 海賊達の武勇伝は大量に聞かされたのじゃが」

「そっか…それじゃ仕方が無いか
 ちょっと気になってたんだけどな」

「気になるなら、聞きに行けば良いではないか」


 サラリと言いのけるシェル

 そうだった
 シェルはこの中で最も海賊達と打ち解けている

 彼なら海賊達からディサ国との繋がりを聞き出せるだろう



「じゃあ…一緒に聞きに行ってくれるかな?」

「うむ、それではアストロメリアの部屋へ参ろうか」

「えっ…
 も、もう少し下っ端の海賊で良くないか?
 キャプテンのバイオレットさんは言うまでも無いけどさ、
 アストロメリアさんも海賊の中じゃ上の方なんだろ?」

「年齢は若い方じゃが、バイオレットの側近じゃからな
 事実上の海賊団ナンバー2という位置におるそうじゃ
 じゃが、客を持て成したり等の外交も彼の担当らしいからのぅ
 やはりここはアストロメリアに話を聞きに行くのが一番じゃろう」



 アストロメリアはお世辞にも海賊には見えない

 初対面のカーマイン達からも、
 彼が海賊団の中で浮いている存在だとわかる

 しかしだからこそ、外交に向いているのだろう
 彼なら相手に恐怖心や警戒心を抱かせる事無く
 接客や商談も進められそうだ

 そういう役割分担的な意味ではバランスが取れているのかも知れない


「というわけじゃ、アストロメリアの部屋へ参るぞ」

「え…あ、ああ…
 それじゃあ行こうか、メルキゼ」

「私は遠慮しておくよ
 少し荷物を整理しておきたいから」


 暫くの間、この部屋で過ごす事になる

 クローゼットの中へ着替えを入れたり、
 生活用品を使い易い位置へ配置したり

 探そうと思えば、やる事はいくらでも見つかる



「…そっか、じゃあ行ってくるわ」

「うん、土産話を楽しみにしているよ」

「では参ろうか」


 船内は意外と広い

 似たようなドアが並ぶ廊下
 速攻で迷子になりそうな光景だ

 しかし、ドアにはそれぞれ住人の名が刻まれたプレートが下げられている
 この中からアストロメリアの名前を探せば大丈夫だろう





「あった…ここだな」

 廊下の突き当たりに位置するドアに、
 『アルスト・アストロメリア』の名を見つける

 ……初めて、彼のフルネームを知った


「部屋におるかのぅ?」

 シェルがドアをノックすると、
 程無くしてドアが開かれた

 …相手の確認どころか返事も無しだ
 仲間達と集団で暮らしているせいで警戒する必要が無いのだろう



「ああ…先程はどうも
 何か御用ですか」

「うむ、突然すまぬのぅ
 ちと聞きたい事があるのじゃ」

「そうですか…それでは、中へどうぞ
 散らかっていて見苦しいですが…」


 突然の来訪にもかかわらず、
 嫌な顔一つせずに(元々ポーカーフェイスだが)招き入れてくれる

 彼の言葉に甘えて、いそいそと部屋へと足を踏み入れたシェルとカーマイン

 アストロメリアの部屋の中は、
 本気で物凄く散らかっていた


 読みかけの本、脱いだ下着、菓子類の袋…
 独り暮らしの男子高校生の部屋並みに散らかっている

 外見や喋り方から、
 整理整頓の得意な几帳面タイプ…と思っていたが

 案外ズボラなのかも知れない



「…部屋の空気がしょっぱいですね…」

「片付け…と言いますか、掃除自体が苦手なもので
 今、足の踏み場を確保します、少々お待ち下さい」


 ごそごそ

 その辺にあった雑誌を床へ積み上げると、
 ずずず…と押して部屋の隅へと移動させる

 白く埃が舞ったのは気のせいだろうか
 …気のせいだと思いたい


「掃除完了…さあ、どうぞ」

 いや
 全く完了してない

 掃除…というより、積み上げて移動させただけなのだが
 これでも一応、彼にとっては掃除の部類に入るらしい


「基本的に家事は嫌いです…が、中でも掃除は最も嫌いです
 料理は必要に駆られて止むを得ず行っていますが、
 仲間がいなければ食生活も乱れに乱れていた事と思います」

 うん
 何となく想像出来る

 クローゼットからハミ出たシャツ
 テーブルの上に乗せられたカピカピのグラス
 本棚の中ですら本が積み上げられていると言う状況である





「ここ…何と申すか…
 G的なモノは出て来ぬのか…?」

「むしろGすら逃げます
 私の部屋で彼らは生存する事が出来ないようで」

 Gすら順応出来ない環境で
 平然と生活するアストロメリアって一体…


「アストロメリアさん…
 貴方…何か、特殊な結界でも張っているんですか?」

「ある意味ではそうかも知れません
 私の部屋には魔力を秘めたアイテムが沢山収集されていますので」



 そう言うとアストロメリアは、
 テーブルの上へと視線を向ける

 良く目を凝らして見ると、
 そこには本やゴミに混ざって珍しい小物類が置かれている

 テーブルの上だけじゃない
 部屋中の至る部分に、所狭しと並べられたそれらは――…


 見るからに呪われていた



「こちらは蝙蝠の干し首、これは黒水晶の逆さ十字架
 そちらの小箱には女神の生き血で描かれたタロットカードが収められています」

「………あの…コレらは一体…
 何の目的で収集された物なんですか?」

「プリーストとしての修行に必要なマジックアイテムです
 アンデットモンスターを倒すのに必要になって来るので」

「俺には呪いの儀式に使う暗黒道具にしか見えませんが…」


 こんなの使ったら、
 逆にアンデットが活性化しそうな気もする

 というか、見るからに彼はプリーストではなく
 ダークプリーストへ向かっている



「こちらのインセンスは寝る前に必ず焚きます
 そうすると夢の中に神が降りて来て、お告げを頂けると言われています」

「…あの…このインセンスのパッケージ…
 黒い翼が生えた羊頭の男が描いてあるんですけど…」

「それがです」


 どう見ても邪神です
 典型的な悪魔像です


「というか、お告げって…」

「具体的なお告げを聞いた事はありませんが、
 これを焚くと発想力と申しますか…良いアイデアが閃き易くなる気がします
 こう…唐突にビビビッと」

 何の怪電波だ




「一見すると邪悪に見えるアイテムばかりですが、
 所持者の魔力を高めたりといった効能が謳われているものばかりです」

「は、はぁ…そうですか…」

「まぁ…モンスター対策と言うのはこじ付けのようなもので、
 大半は私自身の単なる趣味の要素が強いのですが」


 そうだと思った

 趣味でもなかったら、
 こんな怖い部屋になんか住めない

 この男…
 やっぱりオカルトマニア


 そう言えばバイオレットが以前、
 『変なアイテムを集めてブツブツやってる』と言っていたが…

 間違いない
 その『ブツブツ』の内容は暗黒儀式





「そ…それにしても、よくここまで集めたのぅ…
 これがマニアと言うか…オタクの力と言うものなのじゃな」

「海は自然災害の塊とも言える場所です
 嵐や津波…人の手ではどうする事も出来ない事も多々あります
 少しでも安全に航海出来るよう…海の男は縁起を担ぐ習慣がありまして」

「ふむ…」

「幸運を招くアイテム…御守り等を収集している内に、
 いつの間にか方向性がズレて邪悪なアイテムが部屋に溢れ始めて…
 それがオカルト生活の幕開けでした」


 方向性がズレ過ぎ
 向かう先が快い程に正反対

 仲間達にとっては恐怖の幕開けでもあっただろう




「…明らかに幸運ではなく不運を導いておるのぅ…」

「ですが、幸運のアイテムも多少はあります」

 多少かい

「比率としては邪悪なアイテムの方が9:1と圧倒的ですが」

 幸運効果が見事に打ち消されてるな、それ


「…ち、ちなみに…幸運のアイテムとはどれじゃ?」

「そうですね…これは幸運を招く置物です」


 アストロメリアが手に取って見せてくれた『幸運を招く置物』
 それは…素焼きの小さな生首だった

 空洞の瞳が無言で宙を睨んでいる
 ハニワの一種に見えなくもない



「これは南国の森に住む土から生まれた生物で、
 幸運を招くインテリアとして伝統的な土産とされているそうです」

 どう見ても素焼きの生首
 飾っていたら深夜に喋りそうな雰囲気がある

 しかもこれ
 土産って事は…大量生産されてるって事か…?


「ちなみに名前はコンコンベ
 この素朴な表情が何とも言えない味でしょう」

「……そ…そう…ですね…」


 可愛い…のかも知れないが、
 何と言っても置かれている状況が悪過ぎる

 どんなに愛らしい人形や芸術的な名画だって、
 こんな呪われた部屋に置かれたらオプション付きに見えるだろう

 それ程までに、アストロメリアの部屋は恐ろしい雰囲気に満ちている




「コンコンベ…見ているだけで癒されます」

「そ…そう……で、す…ね…」

「私が所有しているコンコンベの中でも、
 特に気に入っているのが、この肩乗りコンコンベです」

 乗せなくて良いです

 というか、これ…
 遠目からだと肩にジャガイモが乗ってるように見えるな…



「肩にオウムを乗せる海賊は良くいますが、
 肩にコンコンベを乗せる海賊は私くらいのものでしょう」

 うん
 間違いなくお前だけだ

 そんなシュールな海賊なんて、彼だけで充分だろう


「こうして肩に乗せていると、
 大地の癒しエネルギーを感じます」

 こっちは全力で言葉に詰まってます

 もう…
 何をどう言えば良いのやら





「以前、ロイドが熱を出した事がありまして
 少しでも彼の体調が良くなるようにと、
 こっそりと彼の枕元にコンコンベを敷き詰めてあげたのですが…」

 敷き詰める程の量を持ってるんですか


「翌日、私の元へコンコンベを返しに来た彼の顔色は
 見事に赤みが引いていました
 一夜にして発熱を抑えるコンコンベの威力…流石だと思います」


 それは
 恐怖で青ざめていたんじゃ…

 ふと目覚めると、周囲に一面のコンコンベ
 漆黒の空洞の瞳が一斉に自分を見つめる光景――…

 癒される前に血の気が引く



「コンコンベの威力を実感した私は、
 即座にコンコンベを購入して仲間全員に配りました

 何て事を


「戦闘時、モンスターに向けてかざしたり、
 盛り塩と共に添えたり、聖水を振り掛けて十字を切ったり…
 スミレちゃんに至ってはコンコンベで変化球の練習をしていました
 皆、思い思いにコンコンベを愛用してくれています」

 その使い方は間違ってないか

 というかキャプテンよ
 コンコンベはボールじゃない…




「残念ながら、ロイドはあまりコンコンベを気に入ってくれなかったのですが」

 うん
 トラウマだね、きっと


「というか…ロイドさんと仲が良いんですね…」

「ええ、この部屋の隣りがロイドの部屋でして」

 それは大変だ


「ですが…そのせいで、
 『お前が原因でロイドの髪が抜けるんだ!!』と、
 スミレちゃんから難癖を付けられて困っています…私のせいではありません」

 いや
 あんたのせいだ



 隣の部屋から妖しいお香の煙が毎晩流れ込み、
 暗黒儀式の呪文がブツブツと聞こえてくる空間…

 うん
 嫌過ぎる

 これは頭も薄くなる
 怖くて寝られない


 ましてや縁起を担ぐ海の男なら尚更恐怖だろう

 むしろハゲる程度で済んで良かったと言うべきか
 下手をしたらノイローゼにでもなりかねない




「ですが、ロイドは文句の1つも言いません
 せいぜい隣りからすすり泣きながら祈る声が聞こえる程度です
 彼が何とも思っていないのなら、
 スミレちゃんが口出しをする必要もありませんね」


 いや
 充分に恐慌状態に陥ってるだろう、それは

 しかし、アストロメリアはキャプテンの側近
 事実上のバイオレット海賊団ナンバー2である


 いや、例え彼がナンバー2でなくても、
 下手に文句を言って怒らせた場合の事を考えると
 言いたい事も満足に言えないに違いない

 何せ彼を怒らせた場合
 どんな呪詛が返って来るかわからないのだ


 ブツブツ聞こえてくる暗黒儀式の呪文に混ざって、
 自分の名前が聞こえてきたら…と考えるだけで血が凍る

 結果的に、泣き寝入りするしかないのだろう




「ロイドさん…何て不憫な…
 まるで火波さんの行く末を見ているようだ…」

どういう意味じゃ
 拙者に振り回されるストレスでハゲるとでも?」

「絶対に有り得ないと言い切れるか?」

言い切れぬ

 その素直さが逆に恐怖だ



「まぁ…ああ見えて、腐っても美容師じゃ
 頭髪に関する知識はある筈じゃから、
 いざとなったら何かしらの対策は取るじゃろう…」

「ストレスの原因を根本から正す事はしないんだな」

当然じゃろう」

 当然なんだ…


「拙者は火波がハゲても愛せる
 外見より中身、これこそ真実の愛じゃ」

「ハゲないように気遣ってやるのも愛情なんじゃ…?」

「おお、あの置物は意外と愛嬌があるのぅ」

 スルーかよ




 カーマインが苦笑を浮かべると、
 思い出したかのようにアストロメリアが口を開く


「それで…私に話と言うのは?」

「あ…そうだった
 アストロメリアさんに聞きたい事があったんだ」


 部屋の惨劇のインパクトで、
 当初の目的をすっかり忘れていたシェルとカーマインだった







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