刑法 平成10年度第2問

       問  題

 甲は乙にAの殺害を依頼し、乙はこれを引き受けた。甲は、犯行
準備のための資金として乙に現金一〇〇万円を手渡し、A殺害後に
は報酬としてさらに二〇〇万円を支払うことを約束した。その後、
乙は、その妻丙から「甲なんかのために、危ない橋を渡ることはな
い。」と説得され、殺害を思いとどまり、丙と二人でその一〇〇万
円を費消した。そのころ、Aはすでに重病にかかっており、しばら
くして病死したが、乙はこれに乗じて、甲に対し自分が殺害したよ
うに申し向けて約束の報酬を要求し、現金二〇〇万円を受け取った。
その夜、乙は、丙にこれを自慢話として語り、同女にそのうちの
一〇〇万円を与えた。
 乙及び丙の罪責を論ぜよ。 

       答  案

一 乙の罪責
 1(一) 甲から犯行準備資金として手渡された
    一〇〇万円を費消する行為は、自己の占有する物の
    横領として横領罪(二五二条)が成立しないか。
  (二)(1) この点まず、金銭については民法上所有と
     占有が一致するとされていることから「他人の
     物」とはいえないのではないかが問題となる。
      思うに、金銭が所有と占有が一致するとされて
     いるのは代替物として高度の流通性を有するからで
     ある。だとすれば、本件のように犯行準備資金として
     使途が特定されている場合は代替性が失われて
     いるので他人の物に当たると解する。
      よって本件金銭も他人の物に当たりうる。
    (2) 次に、本件金銭が犯行準備資金という
     「不法ノ原因ノ為メ」渡されたものであり、不法
     原因給付(民法七〇八条)として甲の返還請求権が
     否定されることの反射的効果として民法上の
     所有権が乙に移ると考えられることから、「他人の
     物」とはいえないのではないかが問題となる。
      思うに、民法は私人間の利害関係を目的と
     するものであるのに対し、刑法は社会の安定を
     目的とするものである。このように両者は
     目的を異にするので、物の他人性も刑法独自の
     観点から決すべきである。具体的には、物の
     占有を委託した者がそれまでその物を占有
     していた場合には、「他人の物」といえると解する。
      本件では甲から乙に手渡された一〇〇万円は
     甲の占有に係る物であったから、「他人の物」と
     いえる。
  (三) 本件金銭は所有者と解される者との委託
    関係に基づき占有していたのだから「自己の占有
    する」物といえる。
  (四) よって犯行準備資金として渡された金銭を費消
    した点については委託物横領罪(二五二条)が
    成立する。丙とは共同正犯(六〇条)となる。
 2(一) 病死したAが自ら殺害したように甲に申し
    向けて現金二〇〇万円を受け取る行為に詐欺罪(二四六条
    一項)が成立しないか。
     乙は病死したAが乙が殺害したものであるかの
    ように甲を「欺いて」おり、その結果現金二〇〇万円と
    いう「財物を交付させ」ている。
     したがって詐欺罪(二四六条一項)が成立する。
     この点、甲が渡した二〇〇万円は不法原因給付と
    なって甲の返還請求が否定される(民法七〇八条)
    から、甲に保護されるべき財産上の利益はないの
    ではないかとも考えうる。
     しかし甲が現金につき奪われた占有自体は
    何ら不当なものでないので、財産罪たる詐欺罪の
    成立を認めてよい。
 3 よって委託物横領罪(二五二条)と詐欺罪
  (二四六条一項)が乙に成立し、両者は併合罪(四五条)と
  なる。
二 丙の罪責
 1 乙と共同して一〇〇万円を費消した丙に
  委託物横領罪(二五二条)が成立しないか。
   乙は現金一〇〇万円を占有している
  者ではないので「自己の占有する」物とはいえない。
   しかし委託物横領罪は占有者という
  「身分によって構成すべき犯罪」(六五条一項)で
  あるから同条により委託物横領罪の共同正犯
  の責めを負うと解する。
   なぜなら、六五条一項は身分なき者も
  身分者の行為を介して法益を侵害できることに
  鑑み定められた規定であり、また、その理は
  共同正犯についても等しく当てはまると考えられる
  からである。
   よって丙に委託物横領罪(二五二条)の共同正犯
  が成立する(六五条一項、六〇条、二五二条)。
 2(一) 次に、乙が甲からだまし取ってきた一〇〇万円を与え
    られた点については、詐欺罪という「財産に対する
    罪」によって領得された物を無償で譲り受けたことに
    なるので、盗品等無償譲受罪(二五六条一項)が成立
    しないか。
  (二) この点、盗品等の罪は追求権を保護法益とするところ
    不法原因給付をした甲には追求権が認められないので
    盗品等の罪は成立しないとも考えられる。
     しかし、盗品等の罪は財産犯によって得た利益に関与
    し事後的に助ける者を処罰する必要性があることに
    鑑み設けられた犯罪であるから、乙の利益に関与する丙に
    盗品等無償譲受罪(二五六条一項)が成立する。
  (三) ただ、丙は乙の妻であるので、免除を受けられないか
    (二五七条)。
     同条は盗品等の罪が親族間の情誼から行われ
    やすいことに鑑み設けられた規定であるから、同条の親族
    関係は本犯と盗品等の罪を犯した者との間に必要と解する。
     よって丙は刑の免除を受けうる。
 3 委託物横領罪(二五二条)と盗品等無償譲受罪は併合罪(四五条)となる。

以 上


所  感

 やたら書くことの多い問題でした。
 今年も2問目(つまり本問です。)から書き始めたのですが、あまりに書くことが多いのと、やたら時間がかかるので、泣きそうになりました。盗品等の罪についてのところなど文字がぐちゃぐちゃで、「こんなの読んでもらえるのだろうか、長いし〜」なんて思いながら殴り書き状態でした。おまけに1行オーバーするし。

 乙の横領罪の罪責については、不法原因寄託物の議論(つまり「給付」がなされていないということ)を書こうとも思ったのですが、メンドウなのでやめました。まあそれでも、不法原因給付と横領罪のところは山場だと思ったので丁寧に書きましたが。

 金銭の所有権についての記述は、もうちょっと端折れなかったかと反省しています。詐欺罪の記述ももっと簡略化してもよかったかなと思います。

 共犯と身分についてはスペースの都合上、65条1項と2項との関係、65条1項が共同正犯にも適用されるかという2つの論点をまとめて処理してしまいました。何とか意味は通じたのかな?

 盗品等の罪の記述については、もう殴り書き状態です。問題提起−規範定立−あてはめなんてしてられません。というか、こういう問題ではパッパッと事務処理していくことが大切で、いちいち丁寧に書いているヒマはないというのが正直な感想です。そのなかでメリハリをつけるのが大切なことなのでしょう。

 私のこの答案は、「ヤマがない」とY先生に言われました。簡単な問題でみんなできるだろうから、みんなの出来次第だと。でも、第1問目があのていたらくで何とかなったことからすると、本問も皆そんな出来はよくなかったのだろうか?

憲法1

民法1

商法1

刑法1

民訴1

破産1

憲法2

民法2

商法2

刑法2

民訴2

破産2


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