◎貴志俊彦著『帝国日本のプロパガンダ』(中公新書)
帝国日本のプロパガンダというより帝国日本マスメディアのプロパガンダと言うべきか。この本を読むと、朝日を筆頭とするマスメディアは戦後回れ右、もとい回れ左をしたわけだけど、やり口は今も全然昔と変わっとらんなあと思わざるを得ない。誤報はある程度仕方がないとしても、捏造、切り取り、印象操作とやりたい放題だからね。
現在のマスメディアの問題についてはわが訳書、ヒューゴ・メルシエ著『人は簡単には騙されない』(青土社,2021年)の訳者あとがきにも書いた。なのでここでは、この新書本でも扱われている自分たちのイデオロギーに合わないことはシカトするという大本営発表的な態度、ネットスラングで言えば「報道しない自由」を取り上げてみる。
ちなみに法的に言えば、放送法のような縛りのない新聞には「報道しない自由」を駆使する自由はあると思っているけど、しかしテレビを含めたメスメディア全体がそれをやると戦前の全体主義に近い状況になってしまう。権力は何も、ときの政権だけにあるわけではなく、近代以後はマスメディアにもある。その点はむしろ読者や視聴者の側が認識しておかねばならない。戦前戦中はときの政府が強制してメスメディアにそれをやらせていたわけだけど、今ではマスメディアが率先してやっているのは大問題だと思う。
ここで最近の例を一つあげてみましょう。もちろんお星さまになった安部氏に関する報道について。ちなみに私めは反安部ではないとしても、安倍氏応援団でもないから、彼の外交、とりわけインド太平洋構想についてはクアッドの発案者というくらいしか知らなかった。でも今回暗殺されて、米英印豪EUはおろかUAEのような中東の国、さらにはプーチンやエルドアンのような独裁者ですら賛辞を含めて弔辞を送っているというニュースを見て、安倍氏が外交面でいかなる貢献をしたのかググってみた。
すると日本語では産経と古いNHKの記事しか見つからなかったけど、海外のオンライン記事ではWSJ、ブルームバーグ、フォーリンポリシーなど左派紙を含めた多くのメディアの記事が検索されてきた。もちろん左派紙は安部氏が「right wing」だったというような批判も書いていたものの、インド太平洋構想については一様に高い評価を下していた。
つまり安部氏のその面での業績は、国内の新聞では部数がもっとも少なく、左派は読むはずのない産経以外、英語メディア(他の言語については新聞を楽に読めるほどの能力がないから知らん)を読まなければ実態がまったくわからないような状況にあった。
おかしくないかい、これ? ここでは具体例をあげないけど、他にもメディア全体が「報道しない自由」を行使していると思しきさまざまな案件がある。一国のメディア全体で読者や視聴者に選択肢を選ばせないというやり方は一種の全体主義であって、民主主義国のやることではない。
もちろん社説では自己のイデオロギーを存分に開帳しても構わんけど、事実はきちんと伝えなければマスメディアは本来の仕事を忘れていると言われても仕方がない。だからフェイクニュースにあふれているはずのネットに抜かれてしまう。だってマスメディア自体が、全体としてそれに劣らないほどのイデオロギーマシンと化しているんだから。
※2023年4月28日