◎幸田正典著『魚にも自分がわかる』(ちくま新書)

 

 

この本にもチラりと言及されている、なつかしきわが訳書、ヴィクトリア・ブレイスウェイト著『魚は痛みを感じるか?』(紀伊國屋書店,2012年)は、刊行されてからもうかれこれ10年が経つなあと感慨にふけってしまった。

 

10年前に刊行された『魚は痛みを感じるか?』では、対象は痛覚、すなわち知覚に限られていたけど、2021年に刊行された『魚にも自分がわかる』は、魚に認知はおろか自己意識まであることを実験によって確かめた経緯が書かれている。うむむ、おさかなさんも偉くなったものですなあ。

 

ところで、従来的なマークテストの批判は実に興味深かった。次のようにある。「マークテストに使ってよいとされているマークの条件とは、動物が、鏡で見ないとマークに気がつかないこと(=嗅覚刺激や触覚刺激がないこと)であり、マークの色、形、大きさについては特に条件はない。ほんとうは、動物にとって意味のないマークであれば、動物がマークを擦る動機が下がる、あるいはなくなるため、マークが自分に付いていると認識していても擦らず、合格率が下がることが懸念されるが、この点は条件として考慮されていなかったのだ。¶正確にいうと、動物がマークに関心を示さない条件では実験になっていないのである。マークがとても気になり、触りたい、取り去りたいと思うような何らかの生態学的な意味のあるものが使われたのは、なんと、マークテスト50年の歴史の中で、今回のホンソメワケベラがはじめてなのである。ホンソメが他の動物に比べ圧倒的に高い合格率(94%、17/18)を示したのは、このためである(165〜6頁」。

 

要するに著者は、これまで一部の動物を除いて、さまざまな動物がマークテストに合格しなかったのは、実験の設計に問題があったからだと言っているのですね。フムフム。

 

ただ一点指摘しておきたいのは、生態学的な意味のないものには反応しないのであれば、人間のように個々の文脈とは独立して普遍的、抽象的な様相のもとで行動する能力はおさかなさんには備わっていないことを証明したとも逆に言えそうだということ。もちろん、それによっておさかなさんの認知や自己意識に関する著者の主張が否定されるわけではないけど。

 

それから最初のほうに眼の進化に関しておもしろい指摘があった。次のようにある。「直感に反するかもしれないが、見えるものをありのまま反映するのが良い眼なのではない。真実を反映することより、事実とは異なる見え方が生存率を上げ、子孫を多く残せるのであれば、そのような見え方が自然淘汰により進化するのだ(36頁)」。なぜおもしろいかと言うと、視覚には限られないけど、まさにその点をまるまる一冊かけて論じたのが、わが訳書、ドナルド・ホフマン著『世界はありのままに見ることができない――なぜ進化は私たちを真実から遠ざけたのか』(青土社,2020年)だから。

 

 

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※2023年4月28日