「草野球の窓」
第8章
「草野球の進化論」

 2000年度のプロ野球は、オリックスのイチロー選手の打率四割への期待で盛りあがりました。ご存知のように、過去、日本のプロ野球界でシーズン通算打率が四割を越えた選手は存在しません。1986年に阪神のバース選手が残した .389がこれまでの最高打率です。

 アメリカ大リーグでは近代野球が確立する1901年から40年の間に多数の四割打者が存在しました。有名なタイ・カップやジョー・ジャクソンも四割を越えています。しかし現在の大リーグでは日本と同様、四割打者は存在しません。最後の四割打者は1941年のテッド・ウィリアムスで .406でした。

 四割打者が出なくなったのはなぜなのか? 1999年11月に放送されたNHKスペシャル「なぜ四割打者は絶滅したのか」 (1)で、非常に面白い説明がなされていましたので紹介します。

 番組ではニューヨーク在住の古生物学者である、スティーブン・J・グールド博士の理論 (2)を取り上げています。古生物学者であることからわかるように、グールド博士は生物の進化を専門としていますが、同時に熱烈な野球ファンでもあります。
 博士は、四割打者が現れなくなった原因を、「打撃力の低下」「投手力の向上」「グローブの改良による守備力の向上」などの観点から検証していきました。しかし、どの観点から見ても四割打者の絶滅を理論的に証明することはできませんでした。果たして原因は存在するのでしょうか? 原因が存在しないのであれば、四割打者は現在のプロ野球界に、たまたま存在しないだけということになります。

 次にグールド博士は、1901年から大リーグ選手全員のシーズン打率を計算していきました。その中で、上位5人の平均打率と下位5人の平均打率の差が年ごとに小さくなっていることを見いだしました。最も成績のいい打者と最も成績の悪い打者の差がどんどん小さくなっていき、平均に近づいていたのです。つまり現在は、四割打者という突出した成績を残す選手がいないと同時に、かつてほど悪い成績の選手も存在しないのです。博士は、自然界に存在する「あらゆるものは向上しながら平均化する」という法則性が、野球界にも当てはまることを見いだしたわけです。
 よって、四割打者が絶滅した理由は、「野球界全体のレベルが向上し、最高と最低が平均に近づいたから」と博士は結論づけています。選手の能力が全体的にアップし、ばらつきが少なくなったことで、抜きんでた成績を残す選手が生まれにくい状態にあるわけです。それはプロ野球界が個々の能力差が少ない安定した状態に進化した証しでもあります。
 なお、この検証は、野球というスポーツが、100年間ほとんど基本ルールが変わらず、また選手の様々な能力が数字で現すことができるという特性をもっているからこそ可能でした。

 さて、プロ野球に当てはまるこの現象は、もちろん草野球にも当てはまるはずです。それを確かめるために、私は自分のチームの打率のばらつきを計算してみました。私のチームは90年には連盟の3部リーグでしたが、徐々に実力を高め、98年には2部でベスト8に手が届くまでに成長しました。90年と98年とを比較しますと、90年はチーム打率 .166でばらつきを示す標準偏差は .116。98年はチーム打率 .219で標準偏差 .074でした。ばらつきをF検定にかけるとP値0.034で有意に差がある結果となりました。つまり私のチームも実力の向上と同時にチーム内の打率のばらつきが有意に小さくなっており、博士の理論に当てはまる結果となりました。

 さらにチーム内の打率をながめてみますと、このチーム内のばらつきの原因となっているのが、打率0の選手の存在であることに気付きました。前述の理論を応用してチームの実力向上を図るには、チーム内のばらつきを小さくすることが必要となります。我々草野球のレベルでは、「打率0をなくすこと」..これがもっとも早い手段です。

 チームの進化を考えた場合、「打てる選手がさらに打てるようになる」ことより、「打てない選手が少しでも打てるようになる」方が重要です。練習をやらずにそれを実現することは不可能です。まずは練習をすること。その練習は打てない選手に重点を置くこと。それがグールド博士の理論に基づいた草野球チームの進化の方法です。

(初版2000.10.9)



【参考資料】
(1)「なぜ四割打者は絶滅したのか」, NHKスペシャル, 1999.11.11放送.
(2)「フルハウス 生命の全容」, スティーブン・J・グールド



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