沖縄ひとり旅・フェリーでの出会い/1人旅(1987.6〜7)

 シーズン前のフェリーの客は6人だった。

 大阪南港を18:40に出た船は、38時間かけて那覇新港につく。「沖縄で梅雨開け宣言」の天気予報が私を旅に、沖縄に駆り立てた。赤い愛車を肩に担ぎ、旅の人となる。初めての沖縄だ。

 男が5人に女が1人。広い船室の中でもの寂しくさえある。もしかしたら、船員の方が多いのかも知れない。この船をよく利用するという1人が「シーズン中でもこんなもの」という。今の忙しい時期にフェリーを使うのは変わった奴しかいないのか。

 学生風の男性3人グループ、荷物をいっぱい背負ったカメラマン風の山男?、ボーイシュな一人旅の女子大生、そして社会人になっても学生時代のそのままに自転車で旅する私。

 たった6人の38時間の旅が始まる。グループの3人はトランプのゲームに興じている。1人旅の私は暇を持て余して甲板で昼寝。乗船してすぐ少し話を交わした女子大生のK嬢は、いつの間にかどこかへいってしまった。

 長い船旅だ。これが旅情をかきたてる。最初、カメラマンかと思った山男は、毎年のように沖縄を訪れるという会社員だった。沖縄にはそんな連中が多いという。沖縄を訪れるというよりも沖縄に帰ってきたという感じらしい。H氏との会話の中で沖縄に対するイメージが広がっていく。

 夜明け。船は瀬戸内海を抜けて外洋へ。いつの間にか見渡す限り海ばかり。

 何も考えずに過ごす時間。これまで時間に追われる生活をしてきた身には、こんなことすら新鮮に感じる。人間何もしない時間というのも大切だ、なんて哲学的に考えてしまったりする。

 黒い海。まるで黒曜石のような微妙なしわを持っている。刻々と変わる変化がおもしろい。とび魚が跳ねる。くらげが舞う。

 日没。水平線に沈む夕日に感激。何枚もシャッターを切る。沈む前、海に描く光の筋。沈んでもまだ自己主張するかのように空を真っ赤に染める。沈んでからの方がより赤い気がする。

 星の瞬く夜。暗闇の中を黙々と進む船はぶきみな感じだ。甲板のベンチに横たわり心地よい夜風を感じながら時の経過を楽しむ。

 夜明け。船がゴールに近づくにつれ、島影が目につく。

 まる1日、姿を見せなかったK嬢が甲板に現れる。彼女も話相手が欲しかったのだろう、海を見ながらとりとめもない会話を交わす。二等で乗船したけれど女性が1人だったので一等の個室を使わせてもらったこと。夜、操縦室に入れてもらい、船の運航を見せてもらったこと等。男ばかりの船員は、やはり女性に親切になるのだろうか。へんな所で嫉妬みたいなものを感じてしまう。

 フェリーのゴール直前でようやく知人になれたことがうれしくもあり、また残念でもあったが、聞くと私と同じくその日の夜の便で石垣島へ航るという。もう1人の一人旅のH氏も同じ船で宮古島に航ると聞いた。再会を期して分かれる。

 旅での出会いは楽しい。1人ではできないことが可能となる。

 那覇新港を19:00に出発した船は、宮古島を経由して翌12:30に石垣島へ。乗船前はここが終着かと思っていたのだが、さらに台湾まで行くという。石垣島からは、那覇よりも台湾の方が近い。辺境という言葉を実感する。

 那覇−宮古は生活航路だ。商売人を始め多くの地元の人が乗り合わせる。M氏もその一人。農業の島、宮古島で養蜂をやっている。 旅慣れたH氏に誘われて、彼女と3人で地酒「泡盛」で乾杯していたときに顔を突っ込んできたのがM氏だ。最初、多くの人の中でこじんまりと飲んでいたのが、M氏のおかげでだんだんその輪が広がって行く。

 研究のためにこの夏を西表島で過ごすという大学生。イメージビデオ撮るというOL。東京から地元に戻るという若い女性。一人旅の者が集う。

 初めて聞く南国の話は新鮮だ。私とK嬢以外は、みんな何度かここを訪れている人ばかり。「シーズン前の今が一番」という。観光客に毒されない前の沖縄。飛行機で慌ただしくやって来て、帰って行く観光客。そんな者には味わえないものが、ここにはある。沖縄ファンと地元の人の語る口調は熱っぽい。知らず知らずのうちに、沖縄に魅せられていく。

 にぎやかな夜。すでに横になっている人には悪いと思いながらも会話はつきない。

 こんな夜を過ごすなんて思ってもいなかった。朝、K嬢と別れたときなんとなく好意みたいなものを感じ始めていた私は、人の少ないフェリーで2人だけの世界が広がることを期待していたのだが…。

 期待とは全く違う夜になってしまっていたけれど、心地よい酔いの中で「こんな夜もまたいいもんだ」と感じ始めていた。

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