環境問題をめぐって

 「環境」が時代のキーワードとなり、環境への配慮がトレンドになっている。地球環境問題から身近な環境にまで目が向けられるようになり、これまでの経済性優先が見直されるようになった点はきわめて重要であるが、誰もが「環境」を口にするようになって、はたしてそのすべてを歓迎すべきこととして受けとめるべきかという点において疑問を感じるようになってきた。

 これまでにも時代のキーワードと呼べるものがいくつかあった。高度成長期における「工業」、低成長時代の「アメニティ」、バブル時代の「活力」などである。その当時は、それをトレンドとして様々な施策が展開されてきたのあるが、それが新たな問題を引き起こした。工業開発が生み出した「公害」は顕著な例であるが、いまだにその過ちに気がついていないものもある。その1つが「アメニティ」の名のもとに展開されてきた「美しいまちづくり」であろう。公園や川の護岸がきれいに整備されているが、「環境」の面からみると問題が多く、貴重な生態系が失われている。本当のアメニティとは環境にも配慮したものであるべきなのに、表面的な技術だけに終わっているのである。

 このような過ちを「環境」をキーワードにした施策の中で生じていないかが重要だ。最近の動向をみると、環境への配慮が技術的な側面にかたよりすぎているような気がする。新しい概念として注目されているビオトープにしても、本来の意味は「多様な野生生物の持続的生息空間」であるはずが、自然を復元する技術をビオトープのすべてであるかのような誤解も生じているのではないだろうか。

 わが国におけるとりくみは、ドイツやスイスの河川における自然復元が紹介されたのがきっかけであると考えられるが、その理念を学ぶことなしに自治体が流行を追いかけるように外見だけをまねしてしまったものも見受けられる。これには、環境へのとりくみを新しい仕事の場として考える企業や安易な計画づくりをやってしまうプランナーにも問題がありそうである。

 企業についていえば、過去においても同様のことがあった。都市が成熟し、新規開発が少なくなってくると、再開発に目を向けたのである。しかし、バブルの崩壊によって再開発が困難になり、新しい受け皿として、「すでに整備されたものを再整備すること」に目を向けたといえるのではないだろうか。すでに整備された河川を多自然型川づくりで再整備することで、建設業界の仕事はなくならないという見方をする人もいる。

 プランナーについていえば、見せかけの技術にだまされ、成功した事例があるとそれを安易にまねしてしまう姿勢を反省しなければならない。事例を知ることは重要であるが、それは事例をそのままもってくることではなく、その中から何を参考にすべきかを見極めることにある。技術をマネることは簡単であるが、重要なのは理念を学ぶことだろう。

 みせかけの環境施策に終わらせないことが重要である。例えば、都市における緑化や自然復元のために、他地域の貴重な自然を奪ってはならないし、リサイクルや自然環境の保全、復元のために貴重な資源を浪費することがあってはならない。「環境」を「人間」にとっての有益性からとらえるのではなく、「環境」をトータルの「環境」にとっての有益性からとらえることが必要である。そのことによって、人間にとっての利便性やアメニティが失われることを覚悟しておかねばならない。便利で快適な生活になれてしまった我々が、それを享受できるかどうか。価値観のパラダイム転換が求められる時代であるといえよう。

(1994.7.27)

街・歩・考
メニュー
まちのお気に入りスポット
まち点描ギャラリー
見聞記
公共の宿・宿泊記
旅・雑感
旅・リンク
論文・講演
エッセイなど
まちづくりの参考になる図書
リンク集
プロフィール
気になる出来事
作者へのメール

関連ホームページ
(社)都市住宅学会
中部支部
Copy Right tomio.ishida Since 1998.1