花束を君に


 

 

――――2ヶ月前

 

 星の輝きが美しい夜だった。

しかし、その空の美しさに気付いている者は誰一人いなかったであろう。星の輝き以上に眩しい炎が地上を覆っていたから。



第14話 日溜りの下で…



42

 燃え盛る城から数キロ離れた小高い丘の上に傭兵集団『時代の曙』が集まっていた。

どの者も顔に生気が無く、傷つている。

「生残りはどのくらいですか?」

団長ベケットは傷ついた体を無理に起こしながら隣にいる副団長ロビンに話し掛けた。

「…負傷者を含めて63名です」

 今この場には67名いる。ロビンはもはや致命傷を負って助からない人間は数にいれていなかった。

その中にベケット団長も含まれている。

「ほっほっほっ、半数以下とは…私は団長失格ですね」

「あなたが指揮を取らなければ全滅していたでしょう」

ロビンは苦しげな表情で答える。

 それは考え方であろう。この戦争の勝敗は始めから決まっていた。城や街の住民を少しでも助ける為、

傭兵団『時代の曙』は闘いぬいたのだ。ロビン自身はベケット団長の意思を理解して戦っていたから不満は無い。

しかし金の為だけに付いて来た連中は心底団長を憎んでいるはずだった。

「残念ですがこの国はもう終りですね。もう少し粘れると思ったのですが…ロビンさん、

申し訳無いのですが後の事をまかせてよろしいですか?」

「ベケット団長!」

「本当にすまない事をしたと思っています。あなたの正義感を利用してこんな所まで連れてきてしまった。

解散してどこか平和な国にでも…」

団長の声がだんだん聞き取り難くなってきた。

「しかしそれではいつかエンフィールドさえもが…」

「…侵略されないかも知れません。義理は果たしたつもりですよ、もう休ませて下さい」

 

ベケットは目を閉じ…

 

「…ノイマン、私は間違っていたんでしょうかねえ?」

 

それがベケットの最後の言葉であった。

 

「おいロビン! みんな騒ぎ出してるぞ! これからどーするんだ?」

使い魔であるヘキサがロビンのそばに来てはやしたてる。

「…ってジジイ死んだのか、 そっか…」

ヘキサは力無くベケットの亡骸を眺めた。

「エンフィールドに行く」

「はあ?」

ロビンは突然立ちあがり叫んだ為、隣にいたヘキサは思わず変な変事をする。

「エンフィールドに行くと言ったんだ。ヘキサ準備しろ」

「お、おい、いきなり何を…」

 

(俺が受け継ぐんだ。ノイマン隊長とベケット団長の意志を…)

 

 

43

1:エンフィールド大武道大会を開催する事によって住民の関心を集め、他の出来事から目を逸らさせる。

2:唯一の戦力を持った自警団を専属の警備とし、事件蜂起時に行動の抑制を狙う。

3:強者を集め諸処で対抗されないようにする。

4:住民をコロシアムに集め、人的被害を極力減らす。

5:蜂起時、即時対処されないよう自警団員の格好をしたAチームが人々を混乱させ、

コロシアムから脱出できないようにする。(また街にいる住民を安全な所に避難させるようにAチームは編成されていた)

リーダーはロビン。22名。

6:Bチーム(襲撃チーム)。蜂起時まで北の森の見張り小屋にて待機。目的はエンフィールドの街を壊し、

金品等財産を奪とるのが目的。尚、住民に対する暴行、殺害、そして火を使うことは禁止と言明されていた。

リーダーはランディ。24名。

7:最終目的は外敵に対する警告。この略奪によって自衛意志を住民に持たせ、エンフィールドに軍隊を持たせる事。

 

「以上がエンフィールド襲撃計画に関する全貌だそうです」

「…なるほど、我々はまんまと彼らの計画にはまっていた訳だな」

自警団団長室。現在暫定団長として自警団を仕切っているリカルドが報告を行なったヴァネッサに溜息交じりに答えた。

「はい。今までにない程の宣伝やミス大武闘会という企画も計算の内だったと考えられますね」

「トリーシャが、かね?」

「はい、トリーシャさんは街の人々に人気がありますし友人も多いですからね。

彼女を見る為にコロシアムに赴いた人も多いでしょうし、彼女の唇を目当に参加した人もいたのでは…失礼しました」

リカルドの眉がピクリと動いたのをみてヴァネッサはそれ以上の発言を押さえた。

 実際正解である。アリサ等はトリーシャに誘われたからコロシアムに来たのであるし、

エルやコージ等のあまり格闘大会に興味の無さそうな実力者が参加したのもトリーシャの為なのである。

唯一の計算ミスは親馬鹿のリカルドが娘の唇を守る為に参加すると踏んでいた事だったが本当は計算通りである。

(尚、ロビンへの情報リークは全てヘキサ)

「それで襲撃計画を未然に防げた理由についてだが…」

「あ、はい、それは次の報告書を開いて下さい。Aチームの方は自警団に変装していた犯人を

クレアさんが発見してエルさんが…叩きのめしてくれました」

適切な言葉が見当たらず苦笑しながらヴァネッサは報告を続けた。

「同時に捕らえられていたトリーシャさんを救出。Bチームの方はリーダーのランディが離反して全員を同じく

叩きのめしたそうです。発見時全員が首から下を地面に埋められていたのですが

埋めた人間は偶然現場にいあわせたアレフ君がやったそうです」

「ふむ…」

「武道大会自体についてはヘキサの魔力を使ってコロシアムを崩壊させようとしたがこれも

ヘキサの離反にあい失敗しています。結果逮捕者45名。行方不明1名となります」

「ランディが来ていたとは…彼の離反がなければエンフィールドは相当の痛手を負っていただろう」

「はい。それではその他の細かい事については報告書に書いてありますので…それにしても…」

「何かね?」

「不思議な街ですね。幸運の女神に守られているような…そんな気がしますこの街は」

 

 

「へ〜ちょ!」

「な、なあにセリーヌさんそのへんな呻き声?」

「呻き声ではありませんよローラさん、ただのクシャミですから〜」

「くしゃみなの? 今の…」

教会のうららかな午後であった。

 

 

44

「そんなに格好良かったの?」

「はい!それは素敵な方でしたわ」

 サクラ亭のカウンターで2人の美少女が楽しげに話していた。議題は『謎の戦士チャンプの強さと素顔』についてらしい。

「ちぇ〜っ、ボクも試合見たかったな〜。マスクマン様対チャンプってすっごい試合だったらしいしね」

「ええそうですわ! 必殺技の撃ち合いはまるで競技場全体が光り輝いたようにみえたのですわ!」

残念そうに呟くトリーシャを相手に珍しく興奮状態のクレア。

「必殺技の撃ち合い。く〜っ、燃えるなあ。あ、でもチャンプ選手って変なマスクだったんでしょ?なんかピンクの…」

「そんなことありませんわ! それに素顔はとても素敵な方でしたし…あ、勿論性格も優しくて

頼り甲斐のある素晴らしい殿方でしたわ!!」

「そ、そう、凄い入れ込み様だね…って素顔ってクレアさんチャンプ選手の素顔見たの!?」

「はい。色々とご縁がありまして、相談にものって頂きましたし…」

クレアは少し赤面しながら照れくさそうに答えた。でもちょっと自慢っぽい。

「へ〜素顔もカッコ良かったんだ。ルーさんみたいな感じ?それともアレフさん系?」

トリーシャが嬉々として身を乗り出す。

「そうですわね…あ、コージ様にそっくりでしたわ、雰囲気や優しい所がとても…」

「ええっ! コージさん? ふ〜ん…」

何となくちょっとつまらなそうにトリーシャは答えた。微妙に期待ハズレだったらしい。

(そりゃあ悪くないけど、素敵って程かなぁ?性格とか全部ひっくるめてならまあ…)

「トリーシャ様?」

ボーっとしているトリーシャを心配してクレアは声をかける。

「あ、ううんゴメン、じゃあクレアさんチャンプ選手の事好きになっちゃった?」

「そんなことありませんわ!!」

思わず大声で叫ぶクレア。サクラ亭の他の客もビックリして2人を見ていた。

「あっ、大声を出してもうしわけありません」

 クレアは注目されていることに気付き真っ赤になりながら客席に向かってペコペコと頭を下げた。

 「気にしなくていいよ」とか「若いってのはいいねえ」等訳の解らない言葉も聞えたがサクラ亭はもとの落ちつきを取り戻した。

「トリーシャ様も申し訳ありません。突然大声をだしてしまって」

「ううん、ボクの方こそ変な事言って…でもどうしたのクレアさん?」

「その…私既に心に決めた殿方がおりますもので、つい…」

「あ、そうなんだ。へ〜だあれ?」

すっごく嬉しそうにクレアに質問するトリーシャ。

「いくらトリーシャ様でもそれは言えませんわ。あ、そんな事より確かパティ様はチャンプ様のお知り合いとか?」

「え〜っ!? そうなのパティ?」

「…」

パティは何か物思いにでもふけっているのかボーっとしていた。

「パティ?」

「…」

 

 

 

―――――3日前

 

「ちょ、ちょっと! あんたもう行くの?」

「ああ、ハメットが新しい情報を持って来てくれたからな」

コロシアム控え室にて旅装束に着替えているジョートショップの青年にパティは話し掛けた。

「だってあんた傷だらけじゃない!?」

(誰のせいだよ!!)

と、たまらず叫び掛けた青年だったがこれ以上のダメージは命に関わるので無言を貫いた。

「私がついているから安心でございますよパティさん」

扉近くの壁に寄りかかっていたハメットが青年に代わりパティに返答する。

「余計不安なんだけど…」

(ムカッ!!)

と思ったがハメットは無言を貫いた。彼女の暴力性をしっていたから…

「今度は何処に行けばいいんだ?」

「灼熱の山といわれる『双面山』でございます。ここに最後の魔宝『赤の火輪』これを手に入れないと

今回の魔宝争奪は完全に諦めるしかございません」

 仮面に似合わずシリアスな雰囲気でハメットは言った。

「ラストチャンスか…」

「はあ? ちょとあんた1年も旅しててまだそんなこと言ってるの?」

 パティが呆れ顔でシリアスな2人にツッこむ。

「しょうがないだろ!ハメットの情報は又聞きで信頼性ないし、俺達の他に3グループの連中がその宝を狙ってるんだぞ?

 噂によればその3グループは異世界の勇者パーティと大魔族軍団と某国の王女チームらしいぞ?

しかも俺達より確実に先に情報を手にいれてるんだから…ってご免パティ、ムキになって…ってうおぉ!!」

 魔宝集めが中々上手くいかないイライラをパティにぶつけてしまった事に気付き

パティの方に振り向いたジョートショップの青年は拳を振り上げていたパティを見て思わず後ずさった。

「ま、謝ったから許してあげるわ」

パティは手をパンパンとはたき溜息をついた。

「あ、ありがとうございます」

「私にも謝って欲しいのでございますが…」

「んじゃあ行ってくる。アリサさんの事頼むよ、パティ」

 準備を終えてもう一度パティを見る。

「アリサさんに挨拶してないの?」

「行ったら止められるに決まってるしなあ…」

 アリサの目を治す為の旅。それをアリサは望んでいない。自分の為に誰かを危険な目にあわせたくないのだろう。

だから黙って旅に出たのだ。

「心配してるのアリサさんだけじゃないんだからね!」

「うん、解ってるよパティ」

 ニッコリと微笑むジョートショップの青年。

「べ、別に私が心配してるわけじゃないわよ! えと…シーラとか…」

 それに対して真っ赤になって否定するパティ。

「ああ、シーラなら大丈夫。ちゃんと手紙だしてるし」

ハハ、という軽い笑いをしながら答える。

「手紙? それどういう事?」

 

 場の空気が重くなる。

 

というよりゴゴゴゴとかいう訳の解らない効果音まで聞えてくる程に部屋の重力が重くなった。

(しまった!!と思ったがもはや手後れであった)

 

「…じゃあハメット行こうか? ってハメット?」

バタンと扉の閉まる音。

ハメットは場の空気を感じ取り素早く部屋から退散していた。

「ハハ、何急いでんだろうなアイツ」

「…私手紙なんて貰ってない」

「いや、だってほら!アリサさん宛の手紙にみんなにも宜しくっていつも書いてるし…

シーラはローレンシュタインに1人で行ったから寂しいかなって…」

「私…貰ってない」

ツカツカと近づくパティ。もはや聴く耳持たぬ様子。

「ご、ごめ…ヒィィッ!!助け…」

 まるで小悪党の断末魔のような悲鳴が聞えた後、小1時間程生々しくも小気味良いリズミカルな音が部屋にこだました。

(肉の固まりをまな板に叩きつけるような…)

 

 

 

「…ティ?」

「…」

「パティってば!!」

「え? な、何?」

3日前の別れを思いだし物思いにふけっていたパティはトリーシャの叫び声で現実に引き戻された。

「何じゃないよも〜! パティってチャンプ選手の知り合いってホント?って聞いてたんだけど」

「あ、うん、まあそうかな?」

 少し曖昧に答えるパティ。正体については黙っていてくれと頼まれていたからだ。

「それで、チャンプ選手の素顔ってカッコイイって聞いたんだけどパティから見てどう?」

「あんな奴たいした顔じゃないわよ」

 即答だった。

「あ、あれ? じゃあ優しくて頼り甲斐がある素敵な人っていうのは…」

「はあ?トリーシャ何言ってるの? あんなスケベでいい加減な奴なかなかいないわよ」

 即答どころかマイナス点である。

「そ、そんなパティ様、チャンプ様は素敵な方ですわ」

 クレアが凄く哀しそうな顔でパティに言った。

「え? あ、ああ、そうね、まあ人の好みはそれぞれよ。うん」

(なんか…これって…)

トリーシャは思わず吹きだしていた。

「ちょっとトリーシャどうしたのよ?」

「トリーシャ様?」

「アハハ、ご免、なんだか懐かしくって…」

「「?」」

 トリーシャは二年前、ジョートショップの青年に淡い恋心を抱いていた。

そしてその青年を少しでも誉めるとパティはこう言ったのだ。

 

『はあ? トリーシャ何言ってるのよ? あんなスケベでいい加減な奴、なかなかいないわよ』

 

 

45

 

「…」

「…ってわけでアルの奴穴に落っこちて出られなくなったんだぜ!」

「…」

「馬鹿な奴だよなあ? ディアーナ」

「…」

 昼下がりのサクラ通りを若い男女が歩いていた。

デート中なのだろうか?それにしては会話が弾んでいない。

先ほどから若い男がひっきりなしに話し続けているが女性の方は男性を見向きもしないで黙々とただ歩いていた。

「ディアーナぁ…いい加減機嫌直してくれよ」

男は絶え切れず情けない声を上げる。

すると少女はようやく言葉を発する。

 

「…とっても寂しかったです」

「…はい」

「…お腹もすっごく空いてました」

「…ごめんなさい」

「…トイレにも行けなかったし」

「…謝罪の言葉もございません」

 若い2人はコージとディアーナ。ディアーナの機嫌が悪いのは大武道会において

「部屋で待っていて欲しい」とコージに言われ忠実にそれに従っていたが、その事をコージに忘れ去られたからであった。

 彼女がコージの控え室で発見された時既に大会は終っており、第1発見者の証言によると

部屋の隅で明りもつけずにシクシクと泣いていたらしい。

「はうううぅ…ディアーナ〜」

恐ろしく情けない声を発するコージ。もはや大武道会優勝者の姿は見る影もなかった。

「はぁ…もうしょうがないですね、それじゃあお昼を奢ってくれたらもう許します」

 流石に可哀相に思ったのかようやくディアーナは折れた。

「本当かディアーナ! それじゃさくら亭にでも…」

「ラ・ルナじゃないんですか?」

「えっ!? えぇっと…」

わたわたと財布を開くコージ。

「じょーだんですよ。さあ、さくら亭に入りましょう」

ディアーナはクスクスと笑いながらさくら亭に入っていった。

「…機嫌直ったのかな?」

コージも続けてさくら亭に入っていった。

「コージにディアーナじゃない、いらっしゃい」

「2人ともおそ〜い!」

「コージ様、ディアーナ様、こんにちは」

「あ、あれトリーシャにクレア?」

この後コージが3人分奢らされたのは言うまでもない。

 

 

46

 

場所は再び自警団団長室

 

「リカルド隊長、差し支えなければ、今回の事件の犯人に対する処遇をお聞きしたいのですが」

「どうしてそんな事を聞きたいのかね?」

「はい、あの…今回の事件解決の功労者が知りたがっていたので…」

 コージのことだ。そのコージは事件以来まったく休もうとしないので上司のラーキンが心配して無理に休暇をとらせていた。

「そうか。とりあえず今決まっているのは首謀者以外は3年の禁固刑。

実際未然に防げた為に被害はほとんどなかったからな。そして首謀者は8年の禁固刑となる予定だ」

「そう…ですか」

ヴァネッサは力なく返事をした。

 ロビンはエンフィールドを、街を愛するが故に行動にいたった。首謀者であるという理由で8年である。

なんの志も無く、金目的だけの連中が3年では「コージが聞いたらガッカリする」そう思ったからだった。

「その前に1年間の奉仕活動を義務づけているがね」

それを悟ったのかリカルドは言葉を続けた。

「奉仕活動ですか?」

「彼らには仮保釈金がでたのでね。その支払い主からの依頼なのだよ」

「あの…今1つよくわからないのですが…」

「つまり犯人達に保釈金が出たのだよ。しかしその出資者は条件として自警団管理の元、街の奉仕活動を義務付けたそうだ」

「何故そんなことを?」

「再審請求だよ。議題は彼らの刑罰は適切かどうか? だそうだ。ヴァネッサ君私はね、

この再審請求というはたからみたら馬鹿馬鹿しい制度が嫌いでは無いのだ。投票をするのは住民であるからね。

再審請求までの1年の間、はたして誰が一番街を愛し、尽くす事ができると思うかね?」

「隊長!」

リカルドの意図を理解したヴァネッサは満面の笑顔を見せた。

 元々街を愛し、以前はノイマン団長の元、コージと共に街に尽くしてきたロビンだ。

彼の噂で悪い話等聞いた事もない。1年の奉仕活動でロビンという青年の素顔を大勢の人が知ることになる筈、

そして答えは再審請求で決まる。

 そう、きっと素晴らしい結果になるであろう。

 

しかし1つ疑問が残った。

「そういえば、誰が彼らの保釈金を払ったのですか?」

「うむ、それは…」

 

 

あなたは「トリーシャが好き?」

それとも「クレアが好き?」

…………「…両方好きです」「別の子が…」