目に見えない危険 (微生物,寄生虫編)

 ここ10年ぐらいの間に,寄生虫に感染する日本人が,再び増加しています。
 また,海外で赤痢やコレラに感染する例も増えています。
 海外渡航が一般的になった現在,日本の清潔な環境に慣れてしまった日本人は,すっかり「清潔ボケ」してしまって,うっかり寄生虫や微生物に感染してしまう機会が増えました。しかも,腸内菌叢も,口からの病原体の侵入に対して,あまり抵抗力を発揮してくれません。
 そして,海外旅行に行かなくても,「清潔ボケ」した日本人には,アウトドアでうつる感染症にも注意が行き届かなくなり,アウトドア活動や,野生の動植物を口に入れることによって,さまざまな感染症をもらってしまう例が増えています。
 寄生虫病は,決して「過去の病気」ではありません。また,新たな感染症も見つかっています。病気によっては,対処法を誤れば命に関わる問題になるものもあります。
 もちろん,こうした危険について心得ていて,きちんと危険を避けることができれば,決して怖がる必要はありません。
 そのための基礎知識をまとめてみました。

☆感染症に関する情報は,日々新しいものが入ってきます。
☆このサイトでは,基礎情報のみの紹介とさせていただきます。
☆アウトドアでの安全管理のために,より詳細な情報を必要とされる方は,専門書やリンク先を当たってください。


寄生虫病の多くは,口から入る。

 アウトドアには,さまざまな寄生虫がいます。……ここで言う「寄生虫」は,ニョロニョロの虫のほか,吸虫と呼ばれる短いやつ,さらには,原虫と言う,目に見えない小さなものも含めます。
 小学校でギョウチュウの検査をした思い出のある人も多いと思いますが,すでにこの手の寄生虫の感染は,過去のものとなりつつあります。ところが,アウトドアブームにより,人が自然に直接接触する機会が増え,しかも,安全管理,衛生管理については,ちょっと心もとない人がたくさん,アウトドアを楽しんでいる昨今,アウトドアでの寄生虫感染のリスクは,高くなる一方です。
 日本国内のアウトドアで感染する可能性のある寄生虫と,その予防法を,簡単にまとめて紹介します。

 実は寄生虫の感染の多くは,口からです。一部の寄生虫は,傷口から入ったり,自分の力で皮膚から侵入するものもあります。また,口から入る寄生虫にも,人間の体内できちんと世代交代するもの(つまり,人間を「終宿主」とする寄生虫)もあれば,本来,他の動物に寄生する寄生虫が人間の体にまぎれ込んで(これを「迷入」と言います)悪さをするものがあります。
 口からの感染の場合,自分で意識して,野生の動植物を口に入れたときは,因果関係がすぐわかりますが,たまたま何かを触った手をよく洗わなかった場合や,水などを介して間接的に感染した場合は,原因の特定に手間取ることもあります。
 特に寄生虫の迷入の場合,人に固有の寄生虫の感染でないため,それが寄生虫症であると,きちんと診断がつくまでに,かなり手間取る場合もあります。また,迷入により激しい症状の出る寄生虫もあります。
 キタキツネから感染するエキノコックス。キタキツネと接触がなくても,たとえばキタキツネの生息地で渓流の水を飲んで感染する可能性もあります。キタキツネの糞に含まれるエキノコックスの感染子虫が,環境中にばら撒かれ,水に入るのです。

 最近,カタツムリ類から寄生虫に感染した例が話題になりました。これは広東住血線虫と言う寄生虫で,もともとはカタツムリやナメクジと,それを食べるネズミ等との間を行き来して生活している寄生虫です。これが人に感染した場合,中枢神経系に入り込むことがあるため,重症例,死亡例もありますが,決して多くはありません。過去に国内での感染例報告は40例ぐらいです。また,広東住血線虫は,アフリカマイマイと共に沖縄に移入した寄生虫です。沖縄でアフリカマイマイに接触し,たまたま傷口から感染した例と思われる事例はありますが,感染経路の特定できない例もあります。最近では,内地のカタツムリやナメクジにも広東住血線虫の感染が確認されていますし,内地で人に感染した例も,少数ですがあります。
 実はちょっと驚いたのですが,「声がよくなる」とか「健康食」と言う話を聞いて,ナメクジを生で飲む人がいるそうです。こう言うことは,寄生虫感染のリスクが高いばかりか,食中毒菌なども一緒に取り込む危険もあります。

 数年前,野良猫の糞から寄生虫がうつる,と言う話が広がり,砂場の砂を焼いたり消毒したりするのが流行しましたが,この話の根拠は,猫回虫の迷入による失明だと言うことでした。しかし,失明した症例は過去に日本で1例しかありません。たとえ猫の回虫が人体に迷い込んでも,悪さをする前に死んでしまうのが普通です。同様に,犬や猫の条虫が人に感染することもありますが,感染するのは乳幼児で,しかも,症状が出る例は,きわめて稀です。犬猫の条虫感染のリスクが最も高いのは,小さい子供のいる家庭の室内で犬猫を飼っている場合です。「清潔」にウルサイはずの日本人が,こういうところのガードが甘いのは,ちょっと不思議です。
 もっとも,野良猫の糞には,1gあたり1000個以上の寄生虫卵が含まれていることも珍しくありませんし,人に食中毒を起こす菌も多数,含まれていますから,リスクは低くとも,潔癖な人にとっては許せないものかも知れません。

アウトドアに出なくても,「野生生物」から感染

 実は我々の食生活の中で,野生動物を食べる機会は,意外と多いのです。
 いちばん口に入れる機会の多い野生動物は,魚介類です。
 マグロはもちろん,サンマ,イワシ,アジ,カニ,桜海老や伊勢エビ,イカやタコなど,数え上げたらきりがありません。
 養殖や栽培漁業(稚魚や稚貝を育てて放流するような,「半飼育」形態のもの)でも,野生の生き物と触れる水面で行われていますから,完全な衛生管理は出来ません。
 しかも,グルメブームにより,奇抜な食べ方が紹介されたりして,その中には,感染のリスクの高い食べ方も含まれています。そう考えると,アウトドアに出なくとも,野生生物から感染する危険と言うのは,食生活の中にひそんでいると言えます。

 いくつか例を示しますと,サケマス類の生食による条虫類の感染,淡水〜汽水性のカニから感染する肺吸虫(ジストマ)類,さらには,最近,ときどきニュースになるアニサキス感染症など。アニサキスは,いくつか感染源がありますが,私は魚屋で買った生イカから生きたアニサキスの子虫を引っ張り出した経験があります。
 これらの寄生虫を避けるには,加熱が一番確実です。また,しばらく冷凍すると言う手もあります。冷凍の刺身しか口に入らない「庶民派」の私は,都会で取れたての魚が食べられるようなお金持ちよりは,リスクが少ないかも知れません(笑)。
 また,目で見える大きさの虫も多いですから,そう言うのは丹念に取り除けば大丈夫です。


 ここしばらく流行の「有機野菜」や「無農薬/低農薬野菜」。実はこの流行のおかげで,回虫症が復活しているらしい。かつては国民病とか風土病とまで言われた回虫症ですが,化学肥料を用いることで回虫の生活環を断ち,より衛生的に管理された畑を作ったことにより,生でサラダにして食べられる野菜が作られるようになったわけですが,レタスが一般化したのは,せいぜい,ここ30年ぐらいのこと。野菜の生食に抵抗がなくなった日本人が,「有機野菜」ブームにより,畑を昔の栽培法に戻したら,忘れ去られていた寄生虫がよみがえってきたと言うことらしい。

 すっかり潔癖になった日本人。でも,清潔に対する,本来の「安全管理」と言う側面は,どこへやら。消臭スプレーや抗菌ボールペンなどを買って清潔さを気にするよりも,もっと重要な衛生管理は,いくらでもあるのです。

身近な場所にも,動物からうつる微生物

 動物から人にうつる感染症(寄生虫,細菌,ウイルスなどの感染症)を,ひとまとめにして「ズーノーシス」と言います。
 私たちの身近な場所にいる動物からも,さまざまな感染症がうつる可能性があります。

 ペット動物との濃厚な接触で,しばしば問題になるのは,食中毒菌の類。犬猫に口移しで食べ物を与えるようなことをすると,動物の腸内菌叢では問題がなかった菌が,人の腸内では食中毒菌として悪さをする例も少なくありません。細菌では,カメの飼育も盛んですが,カメの体表にもサルモネラ菌が多数存在し,カメと遊んだ子供が,よく手を洗わずにおやつや食事を取ることで,サルモネラ感染をした例も少なくありません。
 このほか,ペットの鳥類からクラミジア感染(オウム病)する例もあります。クラミジアは野外にいる鳥にも存在し,ドバトなどに餌を撒いている人がクラミジアに感染した例もあります。

 1998年に,香港で,鳥型のインフルエンザウイルスが人に感染したものと思われる例が報告されました。もともとインフルエンザウイルスは,感染相手がほぼ決まっているウイルスで,ヒト型のインフルエンザはヒトとブタに,鳥型のインフルエンザは鳥とブタに感染することは知られていましたが,鳥型がヒトに感染する可能性はないと考えられていました。しかも,香港では鳥型インフルエンザによる死亡者が出たと報告されたので,大騒ぎになりました。しかし,鳥からヒトへの直接感染は,あったとしても稀で,その後目立った報告もなくなり,現在に至っています。日本に渡ってくる渡り鳥には,かなりインフルエンザウイルスを保有した個体も多いのですが,日本では感染報告はありません。ただ,こうした,渡り鳥が運んだインフルエンザが,ブタを介して,新たなタイプのヒト型インフルエンザを作っている可能性は,十分に考えられます。

 ブタを介してうつるウイルスには,日本脳炎もあります。日本脳炎ウイルスは,ヒトとブタに感染性があり,蚊を介して,感染が広がります。蚊は物理的にウイルスを運ぶだけで,ウイルスを持った蚊が産卵しても,卵にはウイルスが入りません。したがって,冬に蚊が発生しなくなる地域では,ウイルスも越冬できず,毎年,春から夏にかけて,ウイルスは蚊やブタなどを乗り継ぎながら,北上を繰り返します。しかし,最近ではワクチンの普及により,日本ではほとんど見られなくなりました。
 むしろ蚊が運ぶ病気で怖いのは,マラリアかも知れません。マラリアは熱帯性の赤血球に寄生する原虫ですが,国際空港の近くに患者が発生したり,海外から帰ってきたヒトが発症したりしています。将来,温暖化によって,日本の南部一帯は,マラリアの汚染地域になるのでは?と言う予想も出ていたりします。

 ツツガムシ病は知っていますか?ダニから感染するリケッチアと言う微生物が原因です。これも,過去の病気と言われていたのですが,ここ10数年,ダニを介してネズミからうつるリケッチア病が散発していて,症状や原因が過去のツツガムシ病と酷似していることから,「新型ツツガムシ病」と言われています。気楽に藪の中を歩いたりして,ダニに刺されることで感染します。ダニの咬傷は,蚊やブユと少し違うので,藪や草原を歩いた後,虫刺されの痕が見つかったら,注意して見てください。高速道路脇の土盛の斜面のような,小さな草地でも,感染例があります。リケッチアに感染したダニがいるかどうかは,その環境にいるネズミ次第,と言うことのようです。
 新型ツツガムシ病と類似の病気は,南の島にもあり,伊豆諸島にある「七島熱」なども,同様の感染症です。
 ショートパンツで草地や藪を歩くのは,実は危険な場合がある,と言うわけです。

 動物と共通して感染する細菌で,ここしばらく話題になっている大腸菌O-157株。赤痢菌と類似の毒素を産生すると言う意味では,病原性が強いのですが,腸内菌叢の弱い日本人は,赤痢菌感染と同様,特に重症になりやすいリスクを持っていると考えられます。
 なお,牛がO-157を持っていても,ふつうは症状が出ません。また,O-157自体,決して珍しい細菌ではありません。ハエの脚からO-157が検出された例もあります。O-157が問題になっている国を見ると,やはり衛生管理の良い国が多いようです。O-157の問題の一部は,潔癖になりすぎた我々の腸管内にもあるのかも知れません。

アウトドアで感染症をもらわないための心得

1.服装の基本は長袖,長ズボン
2.はじめての土地の場合,感染症の危険等に関する地元の情報をあらかじめ入手しておく
3.むやみに野生生物を口に入れない
4.たとえペットであっても,動物との濃厚な接触は避ける
5.おかしいなと思ったら,それまでの状況をきちんと把握し,医師に報告する


……以上はあくまでも,日本の「身近な自然」での話です。
また,過剰な「清潔志向」があったとしても,それが必ずしも感染症回避に有効であるとは限りません。「身の安全を守る」と言う視点を忘れないでください。多少の不潔で死ぬことはありませんが,「清潔にしていれば感染症は大丈夫」と言うものではありません。感染症に対する知識と危険回避法を身につけることのほうが,「清潔」よりも大切なことかも知れません。
 特に海外に行く場合,日本人の「清潔志向」は,まったく通用しないとお考えください。

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