山田正紀のミステリ(2)『女囮捜査官』 2002/08/12
『女囮捜査官』
北見志穂が囮捜査官として活躍するシリーズ。シリーズというより長編5作でひとつのドラマになっている大長編。山田正紀のミステリがおもしろい、と注目されるきっかけになったシリーズです。
官能小説っぽいタイトルとカバーデザインで、発売当初からチェックしていたミステリファンはそうは多くなかったのですが、口コミで広まっていきました。98年6月の関ミス連での講演会で山田正紀さんは「官能小説ファンと推理小説ファンの両方が買うから売れると見込んでの企画だったのに、どちらからも見向きされなかった(笑)」とおっしゃってました。
★『女囮捜査官』リスト 1996
- 女囮捜査官1触姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1998
- 女囮捜査官2視姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1998
- 女囮捜査官3聴姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1998
- 女囮捜査官4嗅姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1999
- 女囮捜査官5味姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1999
1.女囮捜査官1触姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1998
囮捜査官は、囮捜査のために特別に(超法規的、に近い形で)「みなし公務員」という身分が与えられたもの。警察官ではなく、むしろ警察からは煙たがられています。だから現場に赴いたり、捜査本部で意見を述べたりすれば何かと当たられ……とあまりいいことのない職業。
キャリア志向でもないヒロイン・志穂がそれでも仕事に精を出してしまうのは、被害者の気持ちがわかるから。そういう人間だからこそ、囮捜査官に採用されたのです(というのも、シリーズ全体のポイントになっている)。
第1作の『触姦』は、冒頭の痴漢シーンが印象的。痴漢される(というか、され慣れた)女性の心理があまりにも的確なので。取材の賜なんでしょうか、男性なのにどうしてわかるんだろう?
事件は山手線周辺から起こります。女子トイレの死体。そもそもなぜ朝の通勤時にトイレに行ったのか、途中下車したのか……。志穂の女性としての視点が活きている佳品。
(情報1) 文庫ではタイトルは「触覚」に。あとがきは法月綸太郎。
(情報2)98年5月31日の土曜ワイド劇場で、松下由樹主演で放映されました(袴田役は蟹江敬三)。関東地区視聴率は21.0%で、なんと98年の2時間ドラマ枠の最高視聴率。99年春には続編として、『嗅姦』を放映予定です。
2.女囮捜査官2視姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1998
第2作『視姦』は、シリーズ1,2を争う傑作です。98年6月の関ミス連での講演では、山田氏じしんが、「プロットで謎を展開するというじぶんの作風で成功したのが「視姦」」と断言されていました。
冒頭シーンがまた印象的でいきなり、全裸で吊られ、写真に撮られる女性の姿があらわになります。 事件の舞台はなんと首都高速道路。首都高のパーキングエリアで、女性の死体のパーツが次々と見つかっていくのです。バラバラ殺人なのか、それは一体どういう意図か。被害者の身元が志穂の同級生だったことから、志穂も事件の渦中に……
事件の真相が幾重にも重なって、ラストは壮絶。ラストまで読んだら、また冒頭シーンに戻ってください。そうしたら……わかります。
わたしはかなり好きな作品。いいです。
(情報) 文庫ではタイトルは「視覚」に。あとがきは我孫子武丸。
3.女囮捜査官3聴姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1998
その講演会で、「じぶんの作品のなかでは、珍しくトリックから思いついて成功したのが『聴姦』」と言われたのがこの作品。ミステリファンのなかでの評価も高く、シリーズ1の呼び声も高いです。
山田正紀作品の特長のひとつは構成のうまさなのですが、それが存分に活きた作品です。これは余分な説明をしないので、読んでください。読むに値する作品だと保証します。
舞台はマニアックで、なんと、板橋区小豆沢からの隅田川下り(編集者の自宅近くだからだそうですが)。事件は、誘拐事件です。
(情報) 文庫ではタイトルは「聴覚」に。あとがきは恩田陸。
4.女囮捜査官4嗅姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1999
シリーズ中では一番素直なプロットかもしれません。
舞台はやはり東京の、芝公園・神谷町に、昭和島……。いったいどうやってこういうマイナーなところを探しだすんでしょうか。芝公園で死体が見つかるのが連続殺人の幕開けです。その死体のそばには「ゆかちゃん人形」が……(ゆかちゃん人形の設定は、某り○ちゃん人形そっくりです)。
タイトルどおり、においがポイントになっています。タイトルと事件の結びつきが一番強い作品ではないでしょうか。
(情報1) 文庫ではタイトルは「嗅覚」に。あとがきは二階堂黎人。
(情報2)99/4/10、テレビ朝日系土曜ワイド劇場で「おとり捜査官 北見志穂」としてドラマ化されました(サブタイトルは長すぎて略)。プロットはほぼ原作のまま。ただ、原作では第5巻=完結に向け、シリーズとしての伏線がばりばり引いてあるのはすべてカットされてます(当たり前か)。人形メーカー社員(いとうせいこう)、すばらしすぎ。なお、原作は、「幻冬舎文庫『嗅覚』」と明示されてました。視聴率は14-15%くらいで、並み程度でした。もう一度ドラマ化するのか微妙かな。
5.女囮捜査官5味姦(徳間ノベルス→幻冬舎文庫) 1996/1999
最終作は、ほんとうに最終作でした。以下続刊というのがありえないラストといいますか。『嗅姦』の後半あたりから露わになるのですが、このシリーズが、単なるシリーズではなく全5巻の大長編だということがはっきりわかります。
これも説明しにくい事件なんですよねーー。志穂じしんばかりでなく、囮捜査部全体が巻き込まれる事件、とでも言っておきましょうか。なんというかびっくりの展開です。ついでにいうと官能度高し。そういう意味では、期待を裏切らないシリーズ随一の作品。
最後の最後はある意味でもっとも山田正紀らしい終わり方に感じました。これ以上は説明不可です。他の4冊を読み終えてから読んでください。この作品だけはラストに持ってこないと、どうにもなりません。それだけはご留意を。
(情報1) とうとう文庫になりました。これで全巻が幻冬舎文庫で入手できます。文庫ではタイトルは「味覚」に。あとがきは麻耶雄嵩。いい解説です。
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