“キリンヤガ”
マイク・レズニック
(ハヤカワSF)
アフリカのキクユ族が、
伝統にのっとった暮らしをするために設立されたユートピア小惑星、
キリンヤガ。
そこで、種族の知恵と伝統の貯蔵庫として、民を導こうと日々努力する
ムンドゥムグ (祈祷師)、コリバ。
このような土地でも、伝統を保持していくのは簡単ではなく、
さまざまな出来事に対し、コリバは彼の神、ンガイにひたすら忠実に、
孤独な闘いを続けていく。
この本は、コリバの闘い、苦悩を物語る、オムニバス長編です。
各章の物語はそれぞれ数々の賞を受けた名品ですが、なかでも、
“空にふれた少女”は絶品です。
本の前半にこの作品が登場するので、残りが霞んでしまいそうに思うほどです。
“空にふれた少女”は、このユートピアで暮らすには、
あまりにも聰明過ぎた少女、カマリの悲劇です。
コリバの選択は間違いだった、と言ってしまうのは簡単ですが、
それだけでは問題の本質を見ているとは言えないでしょう。
コリバにとっても、
カマリの才能をキリンヤガで理解しているのは自分だけだ、
ということが解っているだけに、
あまりにも辛い出来事だったことでしょう。
(6/24)
“タイム・シップ (上・下)”
スティーヴン・バクスター
(ハヤカワSF)
全てのタイムマシンものの祖とも言える、H.G.ウェルズの“タイム・マシン”
の「公認」続編として、ウェルズの遺族の了解をとって書かれた作品です。
“タイム・マシン”では、時間航行家は二度目の旅に出て、
その後帰ってこなかったことになっていますが…。
その二度目の旅へ出る前後から話は始まります。
旅の第一の目的は、もちろん、モーロック族に連れ去られたであろう、
エロイ族のウィーナを救い出すこと。
今度は準備も万端に勇んで出発しますが、
未来へと進んでいると、どうも前回と様子が違います。
穏やかな気候の世界になるはずなのに、太陽が火を吹き、
そしてとこしえの闇夜になってしまいます。
一体何が起きたのだろう?!
ここまでだと、現代の時間ものでは必須の
(しかし、ウェルズの時代には思いも寄らなかったであろう)
「多世界解釈」なわけですが、
話はそれだけに留まらず、旅を重ねるごとにスケールが指数的、いや、
それ以上に、壮大になっていきます。
これだけ壮大なのは初めて読みました^^;。
なかなか面白いです。
細かなところでは、「(時間航行家が語った、最初の旅の途中の、
三千万年後の世界で見た太陽の巨大化について)
君の説明する太陽の進化は一見ありそうだけれども、(中略)
何十億年もあとのはずなんだ」なんていう、
現在の科学的知識によるナイスな突っ込みも楽しいです。
ウェルズの他の作品から取り込んだネタも多々含まれる
(知らなくても全く問題無いですが)、
読み甲斐のある作品です。
あ、もちろん、“タイム・マシン”を読んでから読みましょう。
(6/11)
“キラシャンドラ”
アン・マキャフリー
(ハヤカワSF)
“クリスタル・シンガー”の続編。
前作では出だし以外は呆れるほどの(^^;)幸運続きだった主人公、
キラシャンドラですが、今回も出だしは不運に見舞われます。
嵐で自分の岩場が崩されてしまったのです。
そのせいで、星外へ出るだけのクレジットが稼げず、
クリスタルの残響が危険なほどに蓄積されていく…。
ボーリィブランから離れる唯一の手段は、
銀河辺境の星で白クリスタルの設置を行う仕事を引き受けること。
しかし、それは同時にギルド会長、ランゼッキとの関係を失うことも意味するのだ…。
引き受けるのがランゼッキのためにもなる、
ということで泣く泣くその仕事を引き受けるキラシャンドラ。
銀河辺境の星で待っているのは…。
何度か絶望的な気分になったり嫌な思いをしたりしますが、
ピンチらしいピンチもないし、
基本的には前作と同じく天賦の才と運とで突き進んでいきます。
どうせなら前作のように呆れるほどにうまく進み続けるほうが、
よりさっぱりしてて良いかも、という気もします。
(5/27)
“スロー・リバー”
ニコラ・グリフィス
(ハヤカワSF)
微生物を用いた汚水処理技術で財を成した大富豪一家の末娘のローアは、
誘拐犯を殺して逃げ出した。
しかし、身代金を払わなかった家族の元へは帰れない。
警察にも行けない。
激しい雨の夜に道端に倒れていたローアは、
たまたま通り掛かったクラッカー (ハッカーじゃないってば)
のスパナーに助けられ、
彼女の下で生き伸びるために裏の世界の仕事にも手を染める。
そして、偽の ID を手に入れ、新たな人生を歩もうと勤め始めた下水処理場で…。
勤め始めた下水処理場での話、
スパナーに助けられてから下水処理場で働き始める直前までの話、
幼い頃から始まり、誘拐されて逃げ出すまでの話、
この三つの流れが交錯して話は展開していきます。
多少ややこしくはありますが、よく練られた構成でおもしろいです。
最後に著者付記がありますが、
「普通」の人が出てこないのは作者の想像力の無さではないのか?
とちゃちゃを入れたくなります。
あーいうのが普通になっている世界を (作中の世界として)
受け入れるのは SF 読みにはわけないのですが、
「普通」が存在しないかの如く無視されてしまうと、
違和感を感じますね。
それ以外には特に欠陥のない、良い作品ではあります。
(3/27)
“永遠なる天空の調”
キム・スタンリー・ロビンスン
(創元SF)
数学者/物理学者であるホリウェルキンによって造られた「オーケストラ」
と呼ばれる楽器には、「音楽を演奏する」以外の目的があった。
彼の構築した物理の理論は音楽とよく符合し、故に、
音楽によってこの宇宙を表現することが可能で、
それを表現するという目的があったのだ。
それに気がついた若き天才音楽家、
ヨハネス・ライトは太陽系を横断する演奏旅行において、
その目的を果たそうとする。
しかし、その裏では音楽協会議長や、謎に包まれた宗派の怪しげな動きが…。
果たして、舞台を操っているのは?!
音楽と物理学が符合する、というのはなかなか面白いアイデアですね。
その辺りの架空理論の展開が、ホーガンほどではないですが楽しめます。
話の中心となるのは、この音楽の話と太陽系観光ツアー的な要素ですね。
そして、「この展開は既に決定されていたことだったのか?」という謎、です。
結末は、ちょっと解りづらいような気が。
ああ、火星のオリュンポス山でのコンサートなんて、
想像するだけでも凄そうです。
聴いてみたいなぁ。
(3/3)
“バービーはなぜ殺される”
ジョン・ヴァーリイ
(創元SF)
ジョン・ヴァーリイの短編集。
表題作は、“ブルー・シャンペン”
などにも登場する
アンナ=ルイーズ・バッハが、全ての個性を捨て去り全ての人々が同じ姿形、
同じ考えを持つべきだとする教団の内部で起きた殺人事件を捜査する話です。
その教団の人々は外科手術によって皆そっくりな外見をしており、
監視カメラの前で堂々と行われ、
犯人がばっちりビデオに映っている殺人にも係わらず、
捜査は困難を窮めます。
このバッハさん、一番最初に収められている短編“バガテル”
で最も偉い役職で登場しますので、
おそらくこれがシリーズ中、時間軸的に最も後になるのでしょう。
他には、土星の輪で暮す、人間と共生生物「シンブ」
の結び付きを描く話
(個人的にはこの話がこの本の中では一番気に入っています) や、
身体の改造や、クローン再生した身体への記憶の移植による事実上の不死、
そして気軽な性別の転換が可能になった世界における、
独特の心理を扱った話など、
他の短編集に収められている数々の話 (+長編“へびつかい座ホットライン”)
と同じ世界に属する話がいくつか収録されています。
一番後ろに収められている話、“ピクニック・オン・ニアサイド”
はヴァーリイのデビュー作だそうです。
(2/14)
“造物主(ライフメーカー)の選択”
ジェームズ・P・ホーガン
(創元SF)
インチキ心霊術士がタイタンで発見された自己増殖する機械生命相手に活躍する
“造物主の掟”の続編です。
帯によると「造物主、襲来!」。そうです、
今度は機械生命たちの原型を造った、造物主(ライフメーカー)
が登場するというのです。
“造物主の掟”
のプロローグによると、造物主たちの文明は百万年前に滅びたはずですが、
彼らはどうやって生き延び、そしてどのようにしてタイタンに現れるのか?
そしてザンベンドルフはどうやって彼らと相対するのか?
それが読者にとっては最大の関心事でしょう。
敢えて粗筋はこれ以上紹介しませんが、
三部構成で第一部が状況設定のためのタイタンのその後の様子、
第二部が百万年前の造物主の世界の話、
そして第三部で遂に造物主の襲来です。
第一部は状況設定なのでちょっと退屈かもしれませんが、
後へ行くほどおもしろくなります。
造物主たちの質(たち)の悪さがなかなか見物です。
とても疑り深く、ザンベンドルフの技(?)がとても通じそうにない相手なのです。
結末は「本当にこれで大丈夫なの?」という感じでややすっきりしませんが、
前作を読んだ人には十分に楽しめるでしょう。
欲を言えば、もうちょっとタロイドたちに活躍してほしいところです。
(2/6)
“友なる船”
アン・マキャフリー & マーガレット・ボール
(創元SF)
“歌う船”シリーズ、(日本では)第4弾。
原著では日本での 3冊め、
“戦う都市”のほうが後だそうです。
時はヘルヴァの時代から200年近く経ったころ
(おそらく“旅立つ船”
の時代からもかなり経っていますね。船の番号は 4桁でループするのかな)。
今度は華族 (ハイファミリー) の血を引くナンシアが頭脳船 (ブレイン・シップ)
として旅立ちます。
まだ筋肉 (ブローン) も決まらないうちに言い渡された仕事は、
同じく華族の若者たちを銀河の辺境の地へと運ぶこと。
どうってことはない仕事だ、と思いきや、この若者たち、
それぞれの家族のはみ出しもので、
みなそれぞれ邪悪な計画を持っているらしいのを聞いてしまった。
この後、どうすれば良いのだろう?
今回は頭脳船以外の視点から語られることも多く、
ナンシアが本格的に主役を張っているのは、
最初と最後くらいのようにも思えるほどです。
そのせいもあって、中盤はちょっと話が散慢な感じもしてしまいますが、
最後にはちゃんとまとまってくれます。
何度か立ち回りの場面がありますが、
そこでもうちょっと駆け引きで盛り上げてくれればもっと楽しいかな、
という感じでした。
また、今回は題名があまりぴたっとは来ないような気がするのも残念なところ。
でも、まずまずの面白さでしょう。
…最後に、毎度のことですいませんが、それはクラッキングだってばぁ。
(1/26)
“オリンポスの雪 〜水と緑の「惑星誕生」ものがたり〜”
アーサー・C・クラーク
(徳間書店)
表紙に書かれている題名をフルに書くと、
“アーサー・C・クラークの火星探検
オリンポスの雪
水と緑の「惑星誕生」ものがたり”
なのですが、長いのでここでは原題
“The Snows of Olympus A Garden on Mars”
も考慮して上のような表記とさせて頂きます。
さて、題名からおおよそわかるように、SF ではありません。
うーん、何と言うんでしょう。「火星、
特に火星のテラフォーミングに関するエッセイ」
というところでしょうか。
「ビスタプロ」という景観シミュレーションソフトを用いた火星の風景
(テラフォーミングの過程での変化の様子の想像図も含めて)
の図版もたっぷり見られます (ちなみに最近の「ビスタプロ」
だともっとリアルな画像が生成できるはず)。
これといって特筆すべき点もないとは思いますが、
一度は目を通しておきたい本ですね。
新たなフロンティアが、この本に描かれているように発展していくといいなぁ。
フロンティアを切り開こうとする精神はとてもとても大切です。
(1/2)