2023.11.26

      松本清張の『ゼロの焦点』2009年の映画版(犬童一心監督)のテレビ放送を録画で観た。大分簡略化していて、真犯人に至る推理が金沢を再訪する新婚の禎子の独り言推理の中で明かされてしまうから、義兄が禎子の夫を疑ってクリーニング屋を訪ね回るとかいう筋は抜けている。また、最後に真犯人の佐知子の夫室田儀作が警察に自首して自殺するというのは(2001年に読んだ)原作小説には無かったと思う。

      禎子は広末涼子、佐知子は中谷美紀、田沼久子は木村多江。なかなか迫力の演技であった。鵜原健一は偽名の曽根益三郎として田沼久子と暮らしていたのだが、禎子と結婚して人生をやり直すことを決意し、久子の面倒を佐知子に頼むのだが、そこで、道義的な苦悩をする鵜原健一に対して、佐知子は曽根益三郎の偽装自殺を提案する。自殺したとなれば、久子も諦めが付くだろう、ということである。その現場において、佐知子は鵜原健一を突き落としてしまう。というのが、最後まで隠されたタネである。佐知子は更に久子に禎子の義兄と禎子に協力して調査していた会社の同僚の殺人の罪を負わせて、自殺に追い込んだ。。。

      事件の背景として、鵜原健一は戦後の立川で風紀取り締まりの警官をやっていて、進駐軍相手の売春婦としての佐知子と久子を知っていたのである。その佐知子が金沢の耐熱煉瓦会社の社長夫人になっていて、その美貌と知性で栄華を極めていたのである。佐知子は過去を知られることを恐れていた。。。この映画では、市長への女性候補を応援する佐知子が強調されていて、彼女の社会改革への強い思いを伝えている。最後の場面では、マスコミに顔を出したくない佐知子が当選報告会で演説を終えたとき、禎子が会場の隅から「マリー!」と佐知子売春婦時代の名前を呼んで佐知子が気絶する。夫が罪を被ったにも関わらず、佐知子は一人ボートで日本海へ出て自殺する。。。

      終わって画面が暗くなってから、中島みゆきの主題歌『愛だけを残せ』が出てきた。ドスの効いた迫力のある歌い方である。戦後の混乱の中で偶然が重なって3人が出会い、その3人がまた金沢で出会い、それぞれの人生のやり直しが交錯して殺人事件と自殺が起きる。その人生のやり直しというのは「愛」だったのだから、確かに愛人が死んで愛だけが物語として残ったのである。

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