2022.07.22
・・・『三体』 『黒暗森林』に続く『三体III:死神永生』は上巻より先に下巻の順番が来てしまったのであるが、ここでは上巻→下巻の順に記録しておく。この『死神永生』は思いもかけない展開が次々と起きていて、記録していかないと頭が混乱して判らなくなるから時々要約しながら読んだ。その記録である。

● 第1部
・・・上巻の順番が来た。
・・・最初にコンスタンチノープル陥落の話が出てくる。一人の魔法を使える娼婦が、スルタンを殺すので聖女にして欲しいという。役割は託されたが総攻撃の日が迫っている。
娼婦は待ってほしいというが殺され、コンスタンチノープルは陥落した。この攻撃で決定的な武器となったのは、500kg程の石の砲弾を打つことのできるウルバン砲であった。もともとそれはコンスタンチノープルの発明家が作ったものだったが、財政難の為、彼はスルタンの側に売ったのであった。この物語は何の暗喩なのか?
・・・次は楊冬の話。彼女は葉文潔の娘である。確か自殺したと思ったのだがまあよい。葉文潔はまだパソコンに詳しくはなくて、暗号化された三体文明についての情報を消去しただけであったので、それを復元することができた。母親の秘密を知って衝撃を受ける。それから、スーパーコンピュータの研究者と生命と地球についての問答をする。地球にとって生命は単なる飾り物ではない。生命が誕生しなければ、地球は水の惑星ではなくなっていたことが計算から判る。つまりお互いに持ちつ持たれつの関係である。それでは生命と宇宙はどうか?この場合、生命は宇宙にとって屑のようなものである。しかし、葉文潔によれば、宇宙は生命に満ち溢れている。果たして、生命は宇宙に対して何の影響も与えなかったのだろうか?
・・・次は雲天明の話。彼は癌患者で余命もあまり無いようである。三体危機を議論する会議で何故か安楽死の法案が可決された。隣の李さんが最初の安楽死者となり、雲天明も参列した。担当医師の張氏は姉の知り合いであることを思い出す。姉は医療費のかかる雲天明に安楽死をしてほしいと思っている。大学生の頃、程心(チェン・シン)に声を掛けられてひと時の幸福な時間を過ごした。その後やってきた胡文には、「彼女は誰にでも優しいのだから誤解するな」と言われた。天明は草をすりつぶして水に溶かした飲み物を飲んでいて、これは売れると宣伝した。しかし、その後事業化したのは胡文だった。胡文は病床にやってきて、大金を天明に渡してくれた。その時星群計画が発表され、天明は大金を使って程心に星をひとつプレセントしようと決意した。星群計画というのは、未だ人類が到達していない星の所有権を国連が売るというものであるが、ほとんど応募が無くて、中断されたものである。その少数の応募者に雲天明が居た。
・・・雲天明はついに安楽死を選択し、その執行の過程で過去を思い出す。彼は幼い時から貴族的な教育を受けていて、周囲に馴染めず、世間とうまくやっていく自信がなかったのだが、その中で程心だけは親切にしてくれた。彼女に星を贈ることで自身の人生に決着を付けられる。しかし、その執行は最後になって突然中止された。程心がやってきたのである。程心は「安楽死法は天明の為に作られた」という。
・・・程心の話。程心はロケット燃料の研究をしていたが、化学燃料に見切りを付けていた。その時、惑星防衛理事会(PDC)直轄の戦略情報局(PIA)が発足した。それまでの三体協会経由での情報収集ではなく、三体艦隊とその母星の偵察を任務とする組織である。ここに程心が勤務することになった。そのPIAの長官がトーマス・ウェイドであった。ウェイドは三体艦隊に探査船を送らねばならず、その速度は光速の1/100以上でなくては間に合わないという。誰も技術的アイデアを出せない。程心は核爆発の利用しかないと発言した。核爆弾をロケットが持てば質量が大きくなって加速できない。しかし持たなくてもよい。それは加速する場所にあればよいのである。これは、段階的に加速することから、「階梯計画」と呼ばれた。階梯計画は技術的な問題よりも、得られる情報が限られるという理由によって、PDCで否定された。しかし、ウェイドは諦めず、観測装置ではなく人間を一人送ればよい、という。智子を通じてこの計画は三体世界に筒抜けであるが、三体世界としても人間のサンプルを手に入れることには興味がある筈だ。そして、人間を送り込みさえすれば、三体星人には不慣れな心の中を使って情報工作が可能となる。
(智子=ソフォンというのは三体星系から派遣された監視エージェントである。高次元展開でAIプログラムが書かれていて、量子もつれを利用しているので瞬時に全ての情報が知られる。)
・・・人口冬眠の技術は現在よりも未来の方が良いという風潮においては魅力的なもので、それを自由化すれば人々は未来へと逃亡してしまうから、開発が制限されていた。しかし、三体危機の時代になると、誰も未来を信じなくなったので、冬眠技術開発は自由となった。その成果がこの計画には必要となる。しかし、冬眠のための設備は重すぎる。そこで、程心は提案した。冬眠させる必要はない。冷凍した人間を送ればよい。三体人は必死で生き返らせるだろうから。けれどもそれでも重すぎる。そこで、ウェイドは言った。脳だけ送ればよい。
・・・各国が所有していた大陸間核ミサイルが宇宙空間に上げられて、探査機を加速する経路に沿って並べられた。問題は誰の脳を送り込むか、であったが、ウェイドは各国に働きかけて末期患者に対する安楽死法を制定させた。PIAの技術長官であるヴァディモフは星をプレセントされて喜ぶ程心の前で、専問知識と外交や諜報に詳しい自分が犠牲になって脳を送り込むべきなのだが、愛する妻子のことを考えるとそれはできない、と告白する。程心は「人類はただの抽象的な概念なんかじゃない。人類を愛するためには個々の人間を愛することからはじめないと。あなたが愛する人への責任を第一に考えることは間違っていない。」と言った。程心は偶然知った雲天明の病態を知って、彼に頼むことを提案し、自ら説得に向かったのである。ということで、雲天明の話につながる。
・・・7人の候補の内で、雲天明が選ばれた。ウェイドの明かした理由。彼は友人を億万長者にするほどのアイデアを持っていた。彼は人間社会に適合できないので、孤独に耐えられるだろう。それでも熱愛する対象を持っている。それが程心であることはウェイドしか知らなかったが、脳切除の直前に知らされた。程心は雲天明の知人として彼からの連絡があった時の為に冬眠に入った。探査機の方は最後の核爆発直前にロープが1本切れて、三体艦隊の方角から反れてしまった。こうして、雲天明は宇宙空間を彷徨い、程心は時間軸を彷徨うことになった。

● 第2部
・・・『黒暗森林』での三体世界の派遣した偵察艦(水滴:「強い力」で作られた水滴状のもので、亜光速体当たり攻撃で何でも壊してしまう。)と宇宙艦隊との戦争、更には仲間内の生き残り攻撃を生きのびたのは『藍色空間』と『青銅時代』だったが、その後どうなったか、という話のようである。
・・・『青銅時代』の艦隊は三体艦隊との停戦に成功した地球から帰還の命令を受け取り、信じなかったが、智子を介した詳細な情報を得て、帰還した。既に電磁波通信は時代遅れとなり、重力波通信が一般的であった。迎えに出た『万有引力』は重力波アンテナの形状をしている。しかし、地球からの迎えは罠であり、彼らは逮捕された。仲間内の生き残り攻撃(量子攻撃)が反人類の罪に問われた。『青銅時代』の艦長の弁明は以下の通り。地球に帰還する見込みが無く、このまま宇宙で生きていく状況では、集団が生き延びることが至上命題となり、他の艦を犠牲にすることは当然だった。全体主義に陥るのには5分もかからなかった。殺害した艦『量子』のメンバーは食料にされた。宇宙で生活するというのは、魚類が陸に上がるようなもので、地球上の道徳規範は通用しないのである。しかし彼らは終身刑の為小惑星帯の獄舎に閉じ込められた。その途上、その一人が『藍色空間』に「帰還するな」という警告を送り、『藍色空間』は太陽系から逃げていった。こうして地球文明と三体文明は共通の敵『藍色空間』を持つことになったが、その掃討は地球側で行うことになり、『万有引力』が追跡した。ただし、三体側も「水滴」を2機同伴させた。追いつくには50年かかる。
・・・260年後に程心が冬眠から起こされたのは、所有する星のせいだった。17人居た星の購入者の内、16人の相続先は不明となり、程心だけが残っていたのだが、その星には地球とよく似た惑星があることが判ったのである。程心は人類への義務感から2つの惑星だけを国連宇宙開発部に売り渡し、雲天明への道義心から恒星系だけを保有することになった。発見した AA は契約の仲介役となったが、売買金額を管理するための会社を作り、その会社で働くことになった。
・・・時代は大峡谷時代を経て三体系との妥協が成立した抑止時代となり、男性の女性化が著しい。重工業は全て宇宙の軌道上に乗り、地球環境は回復していた。
・・・羅輯(ルオ・ジー)は三体世界の座標送信の鍵を握っていたが、それを国連に渡すことになった。しかし、座標を送信してしまえば、三体世界だけでなく、人類も滅亡することになる。そのような決断は決断者が複数になればなされない確率が高く、それを理解すれば、三体世界への抑止力は無くなってしまう。したがって、決断は個人に委ねる必要がある。それが執剣者である。18時間後、新たに執剣者として羅輯が任命された。(これは1974年にソビエト連邦で作られた境界線システム『死者の手』と同じである。NATO軍の核攻撃が確認された時点で地下に隠されたソ連の核兵器が作動するのだが、その最終決定権を一人の若い軍人に任せた。)通常の場合、科学技術は全体主義を排除する力になるのだが、危機の時代には超独裁を生み出す力にもなる。全体主義は他者を通じて自らの支配を法制化することしかできないために効率が悪く不確実である。しかし、科学技術が発達すると超独裁体制が可能となる。執剣者制度が正にそれである。羅輯は次第に批判的な目で見られるようになっていった。
・・・羅輯は実験的に座標を全宇宙に送信し一つの星系を破壊させてしまった事に対して世界絶滅罪で起訴された。後任の執剣者の有力候補が程心であった。そこで、トマス・ウェイドが現れて、程心を銃撃した。彼は階梯計画の為にヴァディモフを白血病にしたのだが、今度は執剣者の有力候補である程心を殺害することで、自らが執剣者になろうとしたのである。彼は程心には執剣者が勤まらないと考えていたのである。
・・・程心は命をとりとめて、この時代に興味を持って映画等を観た。いずれものどかで楽天的である。これが三体星人によるものだと聞いて驚いた。地球文明を模倣したものであるが、そのレベルは高い。地球人の文化も三体星人に大きな影響を与えて、その社会形態を変えた。逆に、三体星人は自らの文明の基礎科学を地球人に教えた。智子(ソフォン)は女性型ロボットに変身していた。ある日、程心と AA は智子の家に招かれて茶を振るまわれた。女性たちでこの世界(地球と三体)を守っていこう、と言われた。
・・・程心以外の執剣者候補は西暦時代からの冬眠を経た男性であり、男性らしさを維持していた。彼らは仮面のような表情の裏に本心を隠している。彼らは程心に執剣者を辞退するよう説得しに来た。国連の議長は、彼らが執剣者になると、三体世界に難題を突きつけて関係がうまくいかなくなる可能性があると考えて、程心に立候補を促した。立候補から逃れる術はない。程心には世界に対する母性愛がある。また、雲天明に対する責任もある。程心は子供の頃、育ての母親から自分が捨て子だったことを知った。その義母は程心に愛を注ぐような男性が現れるまで結婚しなかった。やがて現れた男性は程心以外の子供を作ろうとしなかった。完璧な愛の世界。やがて程心が家を出るとき、義母は「私たち3人は愛があるからいつまでも一緒なのよ。。。」と言った。程心は、雲天明と同じ底なしの深淵に落ちようと思った。
・・・『藍色空間』と『万有引力』は 50年の追撃経過を辿り銀河系の外に出た。やがて、智子が使っている「量子もつれ」による即時通信の域外(ブラインドゾーン)に出た。智子は銀河系の他の方向にも送られたが、同様にブラインドゾーンに入った。何者かが宇宙の見通しを妨げているものと思われる。智子による『藍色空間』の監視ができなくなったので、『万有引力』は加速して追いつき、『藍色空間』は降伏した。その前、『万有引力』では奇妙な消失現象が起きていた。空間の一部が消失してしまう。『万有引力』に同乗していた精神科医のウェストが忙しくなった。宇宙で暮らすと物質に囲まれていないことが潜在意識に定着してしまい、自分がむき出しになっている、という孤独感や受動性や不安が生じる。民間の研究者として参加していた関一帆とウェストが会話をしているとき、「水滴」が2艦を同時に攻撃し始めた。
・・・抑止技術、つまり宇宙に座標を送信して三体世界への攻撃を誘発する技術は、初期には羅輯の考案によるもので、太陽周囲に配置された3000機もの核爆弾によるものだったが、「水滴」による妨害が無くなると、葉文潔の考案した元のやり方、太陽をスーパーアンテナとして利用する電波送信に変わった。しかし、電磁波による通信は原始的なもので、到達範囲が限られる。そこで重力波とニュートリノが使われるようになった。重力波は白色惑星や中性子星の内部にあるような縮退物質を振動させるのであるが、半減期が50年位しかない。しかもこれは地球系の過激派組織からの攻撃で奪われる可能性がある。そこで、送信機は3台に削減され、北米とヨーロッパとアジアと『万有引力』にある。他方、三体艦隊は方向を変えてどこに向かうのか判らなくなった。10機の「水滴」は内 4機が太陽系の外縁に留まり、その内 2機が『万有引力』の護衛に付いていった。残り 6機は三体艦隊を追跡しているということであったが、真偽は判らない。いまや三体人は嘘を付くことを地球人から学んでいたからである。
・・・程心は羅輯から執剣者を引き継いだ。執剣者の状況は日本の武道での真剣勝負に似ている。微動だにしない睨み合いはいつまで続くか判らないが、動き始めたときには全てが決着している。一撃必殺の剣である。羅輯は 54年間地下に閉じこもり、一言も喋らなかった。羅輯は無言で逮捕された。しかし、程心が執剣者を引き継いで 15分後に、6機の「水滴」の攻撃開始が告げられた。程心にはスイッチを押すことができなかったが、「水滴」の攻撃は抑止装置(太陽電波送信装置と重力波送信装置)の破壊に留まっていた。こうして抑止技術は終わり、執剣者は無用となった。時を同じくして、『万有引力』も同行する「水滴」によって破壊することになっている。しかし、他にも送信装置があるかもしれないので、執剣者程心は生かしておかねばならなかった。
・・・三体星近傍の星間雲に415本の航跡が見つかり、5年前に三体世界から地球に第2艦隊が出発したことが観測された。つまり、彼らは次の執剣者が優柔不断であることを予測していたのである。第2艦隊は第1艦隊と異なり、光速推進をしていた。1年後には太陽系に到達する。智子は4年後には三体文明が地球を占拠するが、オーストラリアと火星地表の1/3は地球人に残すと宣言した。月の軌道より内側の人類はオーストラリアに移り、しばし苦悩を味わった。宇宙に居た艦隊は火星の基地に移った。
・・・オーストラリアに移住した程心は周囲から執剣者として期待された決断をしなかったことを攻撃された。一人のアボリジニの老人フレスが彼女を自分の居住地に保護した。ウェイドは懲役30年の刑に服していたので、程心が会いに行くと、彼は程心に「オーストラリアから逃げ出せ」とだけ言った。
・・・オーストラリア政府の他国民への差別をきっかけに都市で暴動が起きて、お互いに争い合う中世のような混乱状態になった。
・・・大移住が完了すると、オーストラリアには41億6000万人、火星基地には100万人、智子の指揮下に置かれて移住しなくてもよい地球治安軍が500万人、地球抵抗運動のメンバーが200万人となった。
・・・地球治安軍が突然オーストラリア政府を攻撃し始めた。智子が国連の議事堂で演説を始めた。「移住計画は完了した。以後オーストラリアは閉鎖され、生活は農耕時代に戻される。したがって、電力設備を破壊している最中である。食料を作る設備が使えない。」それでは生きていけないという訴えに対して、智子は回答した。「食料はそこにあります。皆さんはお互いに食べ合うのです。最終的には全人口が5000万人位になるでしょう。。。」程心は群衆にまぎれていて負傷し、視力を失ったが、智子は程心と AA とフレスを助け出した。
・・・『万有引力』内には、重力波装置が何者かに奪われる危険があるときに破壊する役目を担う料理長がいた。ハンターと呼ばれる。いわば反執剣者である。しかし、「水滴」攻撃の時に彼がボタンを押しても破壊装置は起動しなかった。また、「水滴」はわずかに軌道が反れていた。原因は『藍色空間』からのシャトルだった。「水滴」は死んだように見えた。やがて、『藍色空間』の海兵隊員が『万有引力』を乗っ取ったことが判った。『藍色空間』の艦長褚岩(チュー・イェン)が説明した。三体世界は執剣者の交代を機に「水滴」攻撃で重力波送信装置を破壊した。また三体の第2艦隊はすでに太陽系に向かっている。我々への「水滴」攻撃は失敗したので、我々にはまだ2ヶ月の間装置が使える。2つの艦はもはや三体世界からも太陽系からも追跡できない。住民投票が行われて、ボタンが押された。こうして、2つの恒星系はその位置を全宇宙に晒されたので、三体星系から第2艦隊に逃亡命令が出て、オーストラリアからの撤退が智子によって命令された。また「水滴」も太陽系を離れた。
・・・『藍色空間』の艦長褚岩(チュー・イェン)と『万有引力』の艦長モロヴィッチと関一帆によって、3次元空間に現れた4次元空間への入口が試される。それは球形の空間であり、その中にある筈の物は見えない。また球面によって切られる物の切断面が観察される。人は球の中に入ると4次元世界に飛び出したことになる。4次元空間から3次元空間を見ると、あらゆるものが顕在化してしまう。隠れることができないように見える。密閉空間内へも迂回して入れる。人は際限の無い細部という情報に対処しなくてはならなくなる。人の手に触るときは内部に触らないように特定の方向から手を動かさなくてはならない。宇宙に対しても自分がその中にむき出しになっているように感じる。関一帆によるアナロジーでは、3次元世界は4次元世界の中にある大きな薄い紙であり、その紙の上のある点に4次元のシャボン玉がくっついている。3次元空間はどこまでも均一なのではなくて、歪曲ポイントを持ち、そこが4次元空間との接点になっている。『藍色空間』には乗員が多いので歪曲ポイントに気づいてそれが解明された。しかし、『万有引力』では乗員も少なくて、厳密な精神鑑定を受けているから、歪曲ポイントに接触しても幻想として片づけられた。「水滴」と言えども3次元だから、4次元から近づけば全てが見えてしまうので、内部構造を破壊するのは容易だったのである。
・・・『万有引力』が探査に加わり、4次元空間に望遠鏡を送り込んで操作して、ドーナツ状の物体が発見された。80km位のサイズである。その内部は密閉されていて見えないことから、これは正真正銘の4次元物体であり、その世界に住む知的生命体のものであろう。さらに様々な幾何学形状の物体が数百個見つかったが、いずれも何の信号も出していない。この4次元空間のかけらからは撤退することにしたが、その前に探査艇を送り込んだ。4次元のリングとの通信が素数列を使って行われた。回答は「我々は死んだ宇宙船だ。墓だ。」「この4次元空間は海のようなもので、ここはその潮だまりのようなものだ。海を干上がらせた魚は干上がる前に別の暗黒森林へと移動した。」
・・・遠方から4次元への入口を観察していると、真直ぐな線が現れる。これは4次元が崩壊するときに3次元に放出される物質である。リングが崩壊してスペクタクルを観測した後、両艦の乗員の内200名が地球帰還を選択して方舟に乗った。残りはどこかの星座を目指す。

● 第3部
・・・程心は目の治療の間、6年間冬眠し、そのあいだに AA は低軌道建設業界の大企業を育てた。『藍色空間』『万有引力』地球抵抗運動のメンバーは英雄扱いされた一方、地球治安軍に対しては報復があったのだが、移民の帰国に際して彼らの貢献は大きかった。4ヶ月で帰国が完了し、彼らは反人類罪で裁かれた。人々は太陽系座標が知られたとしても100年単位の間は大丈夫だろうし、暗黒森林理論だって怪しいかもしれない、という「楽観主義」に陥った。暗黒森林理論は既に一つの学問分野になっており、さまざまな研究がなされたが、その正しさが明確に実証されたとは言い難かったからである。
・・・執剣者に対する糾弾は激しくなったが、それは程心への個人攻撃とはならなかった。彼女はオーストラリアへの移住に際しても自ら苦渋をなめていたことが同情をさそった。執剣者の選択は問題だったが、それが集団心理の暴走であったことは認識されなかった。程心自身は沈み込んでいて、オーストラリアのフレスとの対話だけが慰めであった。そんな折り、人類がいつも注視していた三体星団が青く輝き、壊滅したことを知った。座標の送信から3年と10ヶ月であった。これは、『万有引力』と三体系の中間の位置から発射された光粒によるものである。つまり、どこかの宇宙船からである。
・・・程心は羅輯(ルオ・ジー)を伴って智子と対談した。送信されたメッセージは三体の座標だけなので、太陽系の座標を得るには交信記録を調べる必要がある。おそらく攻撃までには100年程度の余裕があるだろう。しかし、いずれ必ず攻撃があるから、脱出するしかない。全員の脱出は無理だが、少数でも脱出できればよい。敵は地球文明について調べるような手間はかけない。発見したら消去するのがもっとも手間がかからないからである。羅輯から許された一つだけの質問は「全宇宙に対して地球文明が安全であることを知らしめて暗黒森林攻撃を回避することは可能か?」智子の答えは「YES」だった。しかしその方法は教えてくれなかった。
・・・安全通知の方法については、あらゆることが提案され実行された。自らの考えた安全通知を太陽系増幅システムで勝手に送信しようとした試みは直前になって防がれた。オーストラリアに再移住して文明を農耕社会に戻そうという試みは挫折した。人類の知的レベルを下げることを目的に反知性団体が薬剤を上水道に流そうとする試みもあったが、防がれた。キリスト教は三体文明の存在や暗黒森林の事実によって大きな打撃を受けた。しかし、暗黒森林の抑止や重力波送信による三体星人の撃退という「奇跡」によって、それをもたらした「神」の存在が信じられた。地球低軌道に巨大な十字架が作られて、人々は祈った。三体星人(智子)すら救済の天使として崇められた。彼らは安全通知の方法を知っているに違いないからである。かって三体星人から地球人を救った英雄として崇められた『藍色空間』は、結果として三体星系を破壊し、地球文明もいずれ破壊に導く悪魔とみなされるようになった。程心は冷酷な宇宙に裸で放り出された人類にとって母性愛に満ちた女神のように見えた。しかし、そのことが人類を更に誤った道に導くことを彼女は知っていた。それでも、フレスと AA という二人の友人を思い出すと彼女は自殺できなかった。智子は地球を去ることになり、最後の別れで、「雲天明があなたに会いたいそうです」と告げた。雲天明の脳を載せた探査機は行方不明になったのだが、どうやら三体第一艦隊に捕獲されただけでなく、三体文明に溶け込んで生きているらしい。
・・・程心は宇宙エレベータで初めての宇宙に出た。程心は太陽と地球のラグランジュ点に連れていかれ、そこで智子の中継で三体系第一艦隊に居る雲天明と会談するが、内容は私的な会話に限られ、第3者は介入できず、記録も禁止される。違反すればただちに爆破される。智子の介在する通信によって雲天明が麦を育てて生活している現場が映し出され、会話が始まった。彼は健康だった。脳を送るときに程心が同封した野菜の種のお礼の言葉が最初であった。土は隕石から出来ている。農業のやり方は地球からの情報で知った。光源、熱源はエンジンの放熱から得ている。雲天明は智子を介して程心の動きの全てを知っていた。それ以上の情報は話せない。だが、雲天明は「小さい頃一緒に物語を作っていた」という嘘をつき、それを程心が肯定することで、物語という形式での情報交換が可能となった。雲天明は三体世界で『地球のおとぎ話』という本を程心の名前で出版しており、子供たちに人気がある。(ところで三体人のセックスは体の融合であり、そこから3-5体の幼体となる。これらの幼体は両親の記憶を部分的に引き継いでいる。)こうして3つの物語が話された。『王宮の新しい絵師』『饕餮(トウテツ)の海』『深水王子』である。二人はいつか雲天明が程心に贈った星で会うことを約束した。彼女は初めて見る「智子遮蔽室」で聞いたことを録音した。

● 以下下巻

とりあえず、トマス・ウェイドについては知っておかねばならない。彼は PIA(惑星防衛理事会戦略情報局)長官である。彼の選択は冷徹であったが、正しかった。しかし、人間世界の情念からみると許せないところがあって、結局は排除されてきた。執剣者というのは、初代が羅輯(ルオ・ジー)であり、三体世界の場所を宇宙に知らせるためのスイッチを保有するものである。これを押さないということで、三体世界は地球人を攻撃しないことになった。その後地球文明は安泰となった(それまでの時代を『西暦時代』と呼び、三体世界との停戦成立以降を『抑止時代』と呼ぶ)のだが、危機意識が緩んで、羅輯やウェイドが過去の冷酷な方法を告発されて捕らえられたのである。また、三体系は羅輯の方法以外によって(『万有引力』によって)暗黒森林に知られることとなり、攻撃を受けて壊滅したようである。そして、地球に向かっていた二つの軍団だけが宇宙に残された。
・・・下巻は第3部の途中からである。主役は『黒暗森林』から交代している。程心(チェン・シン)という執剣者である。彼女は地球人に受けの良い博愛主義者である。階梯計画というのが実行されて、雲天明という人が三体文明に忍び込んで、程心に3つの物語を託したが、三体人に知られないように暗号化されている。暗号といっても多義性のある文学的表現(隠喩)である。物語は大変面白い。よく考えたものだと思う。
・・・ここで、3つの物語の要点を私が記憶した限りで記録しておく。ある島に国王と2人の王子と1人の王女が居た。その島に珍しい魚がもたらされ、その養殖がおこなわれたが、海に逃げ出して周囲に繁殖した。弟の王子はその魚の生態(何でも食べてしまう)を知っていたので、兄の王子(深水王子)を騙して近くの島に行かせたので、彼は離島に幽閉されたことになる。こうして弟は次の国王の座を狙ったのであるが、国王は王女を国王に指名して亡くなった。そこで、弟は魔法の使える絵師を見つけた。彼は抜群の視覚記憶力を持ち、覚えた人の絵を描くとその絵が現実の人の代わりになる。大臣はすべて絵になった。絵師の師匠はそれを逃れる道具(絶えず回転させておかねばならない傘)を持っていたので、王女が描かれる前に王宮に行って、自らの傘を王女に渡した。王女は海を渡って深水王子の元へ行くのだが、危険な魚が居る。しかし、その国には昔から貴重な石鹸があり、それを海に漬けると魚は催眠にかかったようになるのであった。さて、深水王子の居る島に近づくと、深水王子だけが遠近法に従わない。つまり遠くからでも近寄ってもその大きさが変わらない。ともあれ、深水王子は凱旋し、弟の王子を退治する。絵師は自らの絵を描いて絵に変身した。他方王女は自ら国王の地位を捨てて、海の彼方へ去る。
・・・その暗号は周智を集めて解読された。(読者としては最後まで読むと解読が完了するはずである。)3つの方針が立てられる。一つは「播体計画」である。地球人を安全の為に、外側の惑星の太陽から見た反対側に隠した宇宙船に避難させる。これは太陽が爆発させられた時に飲み込まれないためである。もう一つは「暗黒領域計画」である。宇宙全体にこの太陽系の文明が危険でないことを知らせるために、光速を15.7km/sec にすることである。こうすると光が太陽系外に出られなくなるから、外からみたらブラックホールのように見えるのである。もちろん太陽系から外に出ることも出来なくなる。3つ目は「光速飛行船計画」である。空間の曲率を制御することで、光速に近い速度で太陽系を脱出することである。これらの技術にはそれぞれ難点があるが、同時に開発を進める。
・・・太陽系への攻撃として恐れているのは光粒である。大きな質量を持ち光速に近い速度で飛来する。太陽を爆発させることが出来る。しかし、そこから発せられる光は光粒よりも先に進むので、予報ができる。
・・・ある日、突然光粒が発見されたという噂が来て、地球上は大パニックに陥ったが、それは推測による誤報だった。実際には、三体星系の近辺で曲率制御による光速走行に移る時と離脱する時に残される痕跡であった。三体文明が他の文明から発見されてしまったのは、この痕跡の為かもしれない。そこで、曲率制御による光速走行の開発は禁止された。ところが、「播体計画」のデモの最中に刑期を終えたトーマス・ウェイドと程心が出会い、光速飛行船計画を実行する為に程心がウェイドに程心が持ち AA が経営している大企業
「星環グループ」の指揮権を譲るという約束をして、程心は冬眠に入った。

● 第4部
・・・程心は62年後に目覚める。そこは木星の裏側にある宇宙都市で、巨大な円筒の内部にある。回転による遠心力で重力を作っている。核融合で作られた太陽を持つ。文明の形態は未来都市から20世紀に戻っていた。これ以外にも多数の宇宙都市があり、形状も重力の与え方も様々である。木星、土星、天王星、海王星の背後に64個あり、人口は21憶人である。地球上には500万人残っている。程心は宇宙都市のいくつかを見学して、ウェイドの居る星環都市に向かう途上で、「暗黒領域計画」が行われていた「ライトスピードII」に立ち寄った。光速を変えようとする試みは失敗した。しかし、その試みの中でここではブラックホールが作られていて、この宇宙都市はそれを包み込むように作られているが、既に廃墟である。リーダーの高Wayは精神を病み、自らブラックホールに吸い込まれた。しかし、時間の進み方が遅い為に、彼はまだ吸い込まれている途上にある。
・・・星環シティーは連邦政府に従わなくなったので、宇宙艦隊によって封鎖されていたが、程心は特別に内部に入れた。ウェイドの抵抗を説得することを期待されたからである。播体計画の建設事業を請け負った星環グループは膨大な利益を挙げて、それをウェイドは光速船団の開発に再投資したが、基礎研究であったために、播体計画と重なる処が多く、特に制約は受けなかった。しかし、開発段階に至って、星環シティーは連邦政府と衝突し、独立宣言をしたのである。星環グループは基礎研究やブラックホール生成に使われていた環太陽加速器を使って、膨大な量の反物質を作っていた。それを磁場で閉じ込めた弾丸を作っていた。少数の軍隊であっても、宇宙艦隊や宇宙都市を殲滅することができる。しかし、ウェイドは程心への権限移譲の約束を守り、星環グループは宇宙軍に降伏し、ウェイドは死刑になった。そして、程心は再び冬眠した。

● 第5部
・・・一番最初に、天の川銀河を監視している「歌い手」の話が置かれている。ここで、この『三体』『黒暗森林』『死神永生』3部作の概要を「歌い手」の立場から語る。太陽系は潜伏本能を持たない「低エントロピー体」という興味深い系であるが、浄化しなくてはならなかった。しかし、通例使われる質量点(光粒)は使えないので(理由は後述)、特別に双対箔を使うことになった。それは2次元化ということである。
・・・程心は56年後に目覚めた。これはウェイドへの権限移譲の際の約束で、暗黒森林からの攻撃が感知されたときに目覚めさせるということだったからである。現在は木星近辺の大型宇宙都市は52個あり、木星周遊軌道上にある。非常時にだけ、木星の裏側に隠れるということになっている。しかし、どの宇宙都市も木星の裏側に隠れようとはしない。攻撃は光粒ではなく、紙切れだからという。やってきた星間宇宙船が発射した物体は光粒ではなく、電磁的な観察が出来ず、微弱な重力波によって追跡された。射出体は減速してきたため、捕獲するために宇宙船が出された。紙切れは電磁的に透明であるが自発的に微弱光を出していた。アームで捕獲したが、不思議なことに捕獲したはずの紙切れはそのまま残っていた。しばらく観察していたが、担当の白Iceは夢の中で、渦に巻き込まれる夢を見て、急遽紙切れから遠ざかった。しかし、間に合わなかった。紙切れは2次元空間であり、3次元空間との間の重力場が消失すると、3次元空間が2次元空間にフラクタル的に折りたたまれてしまう。そこからの脱出速度は光速である。これまで観測してきた2回の攻撃はいずれも惑星の存在範囲が小さいケースだった為に、中心にある恒星を光粒で爆発させれば良かった。太陽系では太陽から離れた位置に惑星があるために、その陰の部分に安全地帯ができる。だから播体計画となったのであるが、暗黒森林側はそれも承知していたのである。
・・・程心は最後に地球に帰ろうとしたが、任務が残っていた。羅輯(ルオ・ジー)がまだ生きていて、人類の記録を保存する為に冥王星に基地を作っていた。そこは地下なので2次元化すれば、記録は地殻と混ぜ合わされてしまう。せめて人類の記憶遺産を宇宙にばらまいてほしいという任務である。ばらまいておけば、いつか2次元画像から3次元を再現する技術ができたときに復元されるだろう、という。程心と AA は人類の記憶遺産を運び込み、羅輯を残して旅立った。その間にも太陽系の2次元化が進行しているのを各地のモニター通信から見ることが出来る。この辺の描写はなかなか面白い。2次元化した太陽系を描写するのに、記憶遺産の一つであるゴッホ「星月夜」の絵が語られる。これは確かに3次元というよりは2次元の感じがして不気味ではある。最後に羅輯は告げる。実はウェイドが逮捕された後、その残党と羅輯は空間曲率制御技術の開発を行っていた。連邦政府もそれを黙認していた。理由は、曲率制御した跡には光速が低下する領域が残るからで、それを利用すれば原理的に「暗黒領域計画」も可能だからである。35年後には水星の地下に研究基地を作り、曲率制御光速エンジンは3台作られた。ただ、それを搭載した宇宙船がどれであるかは伏せられた。そして、程心の乗った宇宙船がそうであった。これで程心とその付き添い AA だけが太陽系の2次元化を逃れたのである。目的地は恒星DX3906である。この場所については上巻を読まないと判らないが、雲天明が程心に贈った星である。程心は、自分がウェイドの側に付いていればもっと早く曲率制御と多数のエンジンによる暗黒化領域化が達成できていたのではないか、と悔やむ。

● 第6部
・・・280光年先の恒星DX3906までは52時間で到達。この恒星系には惑星が2つ。一つは大気の無い灰色惑星で、もう一つが大気のある青色惑星である。その後者に着陸した。その折には先住者による誘導があった。若い男、関一帆が迎えた。<万有引力>に乗り込んでいた民間研究員で、4世紀の間冬眠していた。彼は探査隊と一緒にこの星に来て、一人で待っていた。ここでは植物が青くて移動能力がある。太陽系は二次元に落ち込んでいて、今見えるのはその時に放出されたエネルギーにすぎないから、いずれ透明になる。検知するとすればそれは重力しかない。三体艦隊の第二艦隊は不明な敵と戦って殲滅させられた。第一艦隊については判っていない。
・・・灰色惑星に何者かがやってきたという警告を受けて、関一帆と程心は探査程「ハンター」で偵察に向かった。その折、<藍色空間>と<万有引力>が新たな生息地を見つけて開拓した話がされる。世界I、II、IV は開かれているが、世界IIIは何らかの理由で光速を下げて暗黒領域に閉じこもった。灰色惑星で発見したものは「死の線 death line」だった。曲率推進の航跡で、そこは光速がゼロになっているから危険である。おそらく「帰零者」によるものだろう。彼らは宇宙の次元を 0 にすることで最初からやり直そうとしている。
・・・ブループラネットに着陸しようとしたその時、AA から雲天明が来ていると聞いた。が、突然低光速領域に捕らわれた。雲天明の宇宙船が death line を乱して、低光速領域が広がったためである。コンピュータが停止したので、ニューラルコンピュータを起動するが、これはかなり遅いので数日かかる。その間一時的に冬眠して酸素消費量を減らす。16日の冬眠の後、無事にニューラルコンピュータが起動して安定化した。光速から脱出するために反物質エンジンを使った。こうしてやっと普通の空間に戻ったのだが、そこは既に「暗黒領域」だった。惑星上に降り立つと植物は紫色に適応進化していた。1900万年もの歳月が経過していた。地底30m程度までにある文字を探索して、やっと雲天明と AA の残した文字が発見された。その地点の地上に不思議なドアが現れた。その枠を超えると消えてしまうことから、別の世界に行く入口と思われる。
・・・そこは宇宙#647で、雲天明が程心と関一帆にプレセントしたものであった。管理者は智子である。一辺が1km四方の空間である。設備などは三体世界の作品である。この近辺に定住した三体の第一艦隊による。農作業用のロボットも居る。智子は日本人の恰好をして登場した。やがて、宇宙は崩壊して新しい宇宙が誕生する。その激動を生き残るための空間である。ただ、このような小宇宙を沢山作ると、大宇宙の質量が不足してきて、宇宙の膨張が永遠に続くようになるので、次の宇宙に生まれ変われなくなる。その警告が大宇宙からやってきた。そこで、程心はそれに従う。文明の記録だけを残して、宇宙#647の内装品の殆どを大宇宙に返却して、自らは宇宙船に乗って宇宙に彷徨い出た。程心の人生は「責任」を果たすという衝動に貫かれたものだった。その責任の内容は小さい頃の両親の期待から始まって、最後は宇宙を救う、という所まで行ってしまったのである。

● 感想
この『死神永生』は前2作とは比べ物にならないほど稀有壮大な物語になっていて、面白かった。下巻になって多少雑になるのは已むを得ないだろう。特に興味を覚えたのは3次元世界と4次元世界の行き来とか、2次元世界への崩落の記述である。映画にするとどういう描写になるのか、楽しみである。
・・・ここでの主人公程心は人類愛を体現する女性キャラクターであり、彼女が執剣者として選ばれたことで、地球を狙っていた三体星人は抑止技術(宇宙に位置を知らせることでどこかの知的生物からの攻撃を誘発する技術)を使うことはないと判断し、抑止技術装置を破壊した。この他にも、彼女は冷徹な選択ができなかったことで、人類の存続という意味では失敗したのである。しかし、それは彼女のせいというよりも地球人が彼女を選択したせいである。つまり危機意識を欠いていた。危機に際して多少の被害はあっても冷徹合理的に判断することができるのは独裁体制のメリットであるが、人々は日常的な場面ではそれを選択しないから、独裁者は排除される。他方、独裁体制というのは危機の時には有効かもしれないが、日々の創造的活動、とりわけ科学にとっては有害である。
・・・このSF小説の背後には、民主主義(愛)か独裁かという問題提起が隠されている。そこで一番最後の程心の選択が問題となる。程心は『愛』によって多くの地球人、とりわけ雲天心とか智子に代表される三体星人の生き残りの協力を得て、人類最後の生きのこりとしての自分が大宇宙の崩壊から逃れる為の小宇宙に逃れることに成功したのであるが、そのような小宇宙の生成自身が質量の喪失となり、大宇宙の再生成を妨げる、と告げられる。(この辺は数ある宇宙論の一つなのだろう。)そこで、程心は人類愛というよりも宇宙愛の立場から、自らの当面の保身の為の小宇宙を捨てて、大宇宙に彷徨うことを選択した。そういう小宇宙から質量を放出すれば、大宇宙が再生するに必要な質量がわずかでも生み出されるからである。勿論、数多くある小宇宙の知的生物も同じような決断をしないと意味がないのであるが、程心はそれでも自ら第一歩を踏み出すのである。
・・・第5部の冒頭に、大宇宙の「低エントロピー体」を監視して滅ぼす役割の「歌い手」が出てくるのだが、その意味が最後まで読んで判った。その役目は、大宇宙の知的生命を滅ぼすことなのだが、その目的は、知的生命が跋扈すると、宇宙の再生が阻害されるから、小宇宙を作る前に絶滅させる、ということなのだろう。

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