2019.02.20
中島みゆきの『夜会 Vol.20 リトル・トーキョー』。5時過ぎに到着。公演会場は赤坂ACTシアターであるが、もうかなり入口に並んでいる。グッズを買うのに早く入った方が良いのだろう。噂ではサイン入りのがあるみたいである。赤坂サカスに入って、地下の何だか庶民的な定食屋みたいなところで夕食を取った。お客さんは一見して判る位みゆきファンばかりであった。まあ、この時間の夕食だから、7時開演前に食べておこうという訳である。大雑把には、男に媚びない、お洒落気の無い、自立志向の女性、という感じである。赤坂サカスの中をぶらぶらしながら待った。同じような人達が大勢居て、座る場所も無かった。やがて、6時15分になったので、入場。その前に外の大きなポスターをバックに写真を撮ったのだが、暗くて顔が判らない。ともかく、今回の席は2階席の前から2番目で、舞台全体が見下ろせる。幕の右側の隅に暖炉がある。家内が写真を撮ったら早速係員から叱られた。

      筋書きの方は予めパンフレットを買って予習していたので、それほどの驚きもなく、判りやすかった。北海道の山奥と屋敷が舞台で、そこは野生動物研究家の祖父から引き継いだ主人公杏奴(中島みゆき)が老支配人の助けで経営しているホテル、パブ、ステージがあり、そのステージの名前が Little Tokyo である。ただ、ホテルだけは遺産相続税を払うために、夫の文夫(宮下文一)名義になっている。つまり不動産業者たる文夫の父が屋敷を購入したのである。この結婚自身も、将来のリゾート地開発の為の政略結婚であったので、繊細な文夫は杏奴から軽蔑されていると思い込んで、いたたまれず、東京に逃げ出して、芸者梅乃(植野葉子(はこ))と暮らしている。

      Little Tokyo という小さな舞台は、家出して歌手を目指している杏奴の姉李珠(渡辺真知子)が何時か帰ってくることを期待して作ったものであるが、近所の元ロックシンガーの農場主笈川(石田匠)が楽しみの為に使っている。ここで歌われる歌が物語の展開に沿っていて、いわば旗振り役みたいな感じになっている。歌も今回は既発表曲が多かった。『野ウサギのように』、『テキーラを飲み干して』、『紅灯の海』等がなかなか良かった。主題歌『リトル・トーキョー』はパンフレットに楽譜が付いていて歌っていたので、親しみが持てた。海外では日本を懐かしんで、多くの町や集会所や店や家に Little Tokyo という名前が付けられているが、それぞれ独特の雰囲気を持っていて日本人の憩いの場所になっている。本当の故郷に帰れなくても、仮の故郷を作り出せばよいのではないか、と言った意味である。中島みゆきの歌には最初からずっと故郷(内容としては『愛』)に対する二律背反的な想いが歌われいて、そこから、孤独とか旅とかいった言葉が出てくるのだが、もう故郷は諦めて、新しい場所を作ろう、ということで、ちょっと心境の変化があったのかもしれない。

      さて、物語の展開であるが、実は姉の李珠は客に変装して帰ってきていた。さすがに歌が上手い。ホテルの背後にある雪山には山犬の家族が住んでいて、皆で見守っていたのだが、ある日、密猟者による銃声がする。杏奴は思わず雪の中に飛び出して行く。直後銃声に刺激されて雪崩が起きて、杏奴は行方不明になった。捜索しても見つからず、心配している時に、杏奴が突然真っ白になって帰宅。山犬の母親が殺されて、その子犬、小雪(香坂千晶)、を保護して連れ帰ったのである。小雪はなかなかなつかないのだが、李珠が歌を教える。そこにもう1人、実は以前から変装して笈川の助手を務めていた梅乃が着物を着て登場し、日本舞踊を教える。このあたり、香坂による子犬の演技が面白い。中島みゆきは日本舞踊の振付までも考えたのだろうか?

      この梅乃であるが、東京で、文夫とその兄で不動産屋を引き継いだ権作(泉谷しげる)の密談を聞いてしまったのである。権作の父は、実はリゾート開発に抵抗していた杏奴の父を毒殺していたのであり、今度は権作が杏奴も毒殺して、早く開発に着手したいという事を文夫に話していた。文夫は驚いてしまう。そういうことで梅乃は変装して忍び込み、毒殺から杏奴を守ろうとしていたのである。この辺は、舞台の上から日本家屋と障子を降ろしてきて、泉谷しげるが声だけを響かせる、という手法で表現していた。

      このようにして、小雪も人間世界に馴染んできた頃、文夫が突然帰ってきて言うには、地元の警察から聞いたのだが、この間の雪崩による遺体が見つかり、それは、密猟者と山犬親子と杏奴だった、ということが判る。パンフレットではこの辺までであるが、つまり、小雪を連れて帰って来た杏奴は幽霊だったということである。この辺が驚きといえば驚きであろうが、杏奴は平然としていて、小雪の為にもう少し生きようと思ったという。それに、リゾート開発を止める為に、山を含むこの土地は前以って自然保護団体に寄付しており、後はこのホテルさえなくなれば良い段階にある、という。そうこうしている内に、今度は山から山犬の遠吠えが聞こえ始めて、背景の山には山犬の目が沢山浮き上がる。小雪は本能に目覚めたか、遠吠えで応じ、杏奴は小雪を外に出してやるが、やがて小雪が帰ってきて、山犬達の伝言を伝えて去る。もうすぐ大きな雪崩がやってくるから、皆建物の中に非難した方が良い、と。雪崩は本当にやってきて、人々は助かって、最後の場面。夜会のテーマ曲である『二艘の舟』は、遠く離れてもお互いに通じ合う心がある、という歌であるが、この夜会では、杏奴と文夫、文夫と梅乃、杏奴と山犬、杏奴と李珠、等々様々な取り合わせが想定される。しかし、文夫は梅乃に付いて行ってしまい、杏奴は愛していたのに理解していなかったのね、と嘆く。まあ、何しろこの辺は歌唱だけで盛り上がって幕となった。それにしても中島みゆきの歌唱は、こういう時、心に鋭く突き刺さるものがある。

      そういえば、イエス・キリストが処刑されて復活したのは、まあ人類を救済する為だった、という事になっているのだが、中島みゆきは、雪崩で死んで生き返ったわけで、それは山犬を救済する為だった、ということになる。この山犬というのが、自然保護のような概念に結びつくのか、顧みられない者達という概念に結びつくのか、まあ両方かもしれない。いずれにしても、動物好きは有名だから。
 
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