☆桃兎の小説コーナー☆
(07.12.27更新)

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 レスは日記でしております〜。



 ドラゴンマウンテン 
  第12話
  竜大祭の夜に
 
*18禁注意!



     1

 ドラゴンマウンテンの麓の町、チーク。
 12月も末になり、チークの人々は慌しく年越しの準備に追われていた。
 だが、どの町民の顔も明るく、何かを心待ちにしているような、そんな雰囲気があった。

 年に一度の大きな祭、竜大祭。

 山の自然やドラゴン達に、今年一年の無事を感謝し、来年の無事を祈る。
 昔から延々と伝えられてきた祭りが、大晦日に行われるのだ。  

 竜大祭では、毎年必ず行われる行事がある。
 山の三合目にあるドラゴンを奉る祠に、住民から集められた供物(主に宝石や果物)を
お供えして、町の魔法使い達が作った花火を打ち上げるというものだ。
 その花火は美しく、時には山のドラゴンがそれを見に降りてくる事もあって、遠くの町
からもそれ目当てに見物客が来るほどだ。
 楽しみはそれだけではない。
 チークの住民が中心になって、見物客や住民を相手に露店がでるのだ。
 町の大通りを埋め尽くすその店は住民達の有志が開いているもので、場所取りの抽選会
から白熱した戦いが繰り広げられる。
 当選したものは得意の料理や娯楽を用意して皆を迎え、外れた者はおもいっきり着飾り、
露店を楽しみ、そして最後は花火で締めという訳なのだ。


 祭りの本番が明日という事もあって、みな一様に準備に追われていたのだった。
 もちろん、マリンも必死に準備をしている一人だった。


 昼下がりの静寂に包まれた、半円の白い建物。
 その建物の中で、マリンは慎重に作業を行っていた。
「あと少し……」
 マリンの目の前にある、大きなメロンほどのサイズのガラス玉。
 その玉は、上の一箇所のみ穴が開いていて、中は空洞になっていた。
 玉の中には、鮮やかな粒がみっしりと詰まっていて、まるで宝石箱のような輝きを放っ
ている。
「ここに<火>の魔力を入れて……と」
 マリンは真剣な表情でガラス玉に向かって、ぴっと左手で指差す。
 意識を集中させマリンが小さく呟くと、左手の竜の刻印が輝き、それと同時に室内に設
置してある大きな水晶が淡い光を放つ。
 水晶に蓄積された月の魔力が刻印を通り、マリンの指先に集まって小さな光になる。
 指先から僅かに放たれる魔力はくるくると粒になり、ぽとりと玉の中に落ちていった。
「うっしゃーーーーー! 完成! よしよし、後は蓋をするだけ〜」
 赤い粒がガラス玉の中に収まるのを確認して、マリンは「よし」と頷いて両手を挙げた。
「ん、終わったのか?」
 両手を挙げ万歳するマリンに、ガントが後ろから声をかける。
 作業の邪魔にならないようにと螺旋階段に腰掛けていた褐色の肌の男は、その膝の上で
だらしなく眠る小さなドラゴンをつついて起こしてやった。
 するとドラゴンは、眠そうな目をぱちぱちと瞬かせた後、ふるふると首を振り、前に座
る黒髪の少女の下へと一目散に飛んでいった。
「ナイト、ちょっと待ってね、今、蓋してるから……、ぃよし! OK!」
『やったー!!』
 ナイトは、キラキラと光るカラフルな粒の詰まったガラス玉に飛びつき、うっとりとし
た表情でそれを眺めている。
「ほんっとに好きねぇ。今度は下に落とさないでね? もう一回作り直すとか、もう時間
的に無理なんだから。しかもこれは大玉。すっごく大変なんだよ?」
『分かってるって、この前壊しちゃったのは、謝ったじゃないか……』
 きゅきゅう、と啼いて、小さなドラゴンはしょんぼりとうな垂れる。

 実は、この花火玉の製作は二度目なのであった。

 数日前に作った時は、あまりの綺麗さにナイトが飛びついて、下に落として壊してしま
ったのだった。
「大事な祭り用の花火なんだからね、これが無かったら、カヒュラとかの偉いドラゴンが
機嫌悪くなっちゃうかもしれないんだから」
『分かってるってば……。でも、この花火が絶対一番綺麗だって、僕には自信があるね!』
「そ、そうかな? えへへ」
 ナイトの自信たっぷりの主張に、マリンは照れて頭をかいた。
「……、ナイトの言う事、ちゃんと分かるんだな」
 会話をする2人を不思議そうな目で眺めながら、ガントがぼそりと呟く。
「前にローラさん達から貰った腕輪のお陰だよ、ね、ナイト」
 マリンは笑顔で答えると、ナイトをひょいと抱き上げた。
 ナイトも意思の疎通が出来るようになったのが嬉しいのか、満足げに羽を広げてみせた。

 マリン専用の秘密の研究所、A−K(アーク)。
 アークはドラゴンマウンテンの谷間にある研究所だ。

 人が近寄ることも出来ない様な山の谷間に建てられたこの研究所で、マリンは祭り用の
花火の製作をしていたのだった。
 研究所の中には花火の他にも製作途中の物があったが、それは未だ完成しておらず、様
々な装置の真ん中にある魔力槽が、時折こぽこぽと空気を湧き上がらせているだけだった。

「ふぅ、丁度三時くらいかぁ。皆、露店の準備とかできたのかなぁ?」
 マリンは時計を確認すると、ぐっと背筋を反らせて後ろのガントに問いかけた。
「さあな。今回『今昔亭』から参加するのはアレイスとリオンとアシュレイさんだっけ?
まぁ、なんとかやってるだろ」
 ガントはすっと立ち上がると、完成した花火を覗き込み眉間に皺を寄せた。
 キラキラと光を反射する花火玉。
 これがどうして空に上がって花火になるのか、その仕組みがガントには全く分からない。
 戦闘の知識は豊富なガントも、魔法に関してはさっぱりなのだった。
「ゴードンさんとクロフォードが、今年の祠部隊だっけ? クロフォード、大分嫌がって
たよねぇ。『俺は女の子とすごしたいんだー!!』って」
 マリンはその時の光景を思い出して、ぷっと吹き出す。
 クロフォードは優秀なレンジャーとして町で有名だが、無類の女好きとしても有名なの
だ。
 そんな彼が、年末を女性と過ごせないという事は、まさに悲劇そのものだった。
 だが、悲しいかな、彼はそれほど優秀で力もあるというのに、『じゃんけん』にだけは
弱かったのだ。
 最終決戦で見事にガントに負け、冬山行きが決定してしまったのだ。
 冬山に行けるレンジャーは限られているので、もう諦めるしかない。
 あの時のクロフォードの顔は、最早半泣きに近かった。
「邪な事を考えてるから、負けるんだよ。アイツは」
 そう言う銀髪の男を、マリンは細い目でちらりとみやる。
「えー、ガントは邪じゃないの? 嘘つきー」
「んだよ、その目は」
「んにゃ、別に」
「……、テメェなぁ!」
「!!?」
 突然で後ろから思いっきり抱きしめられ、マリンは真っ赤になって慌てふためく。
 ガントの大きい腕にすっぽりと包まれて、マリンの体温は一気に急上昇する。
「ごごご、ごめんってばぁ!!」
「テメェ、覚悟しろよ?」
 耳元で囁く低い声に、マリンの心臓がどくんと跳ね上がる。
 自分でも驚くほどの体の変化に、マリンは思わず手をばたつかせた。  

 こつん。

「こつん?」
 マリンの手の横には、できたばかりの花火玉。
 マリンの体が一瞬硬直する。
「ふにゃぁあっ!!? まって、花火おちるぅううう!!」
 机の上でごろりと転がる花火に、マリンが青ざめる。
 花火はそこそこ重い。
 だが、マリンの手の当たり方が悪かったのか、ごろごろごろと転がる花火。
 あっという間に机の端にいって、ごとりと傾く。
「やああああああああ!?」
 下に向かってまっさかさまに落ちる花火。
 マリンは思わず目を瞑って、耳に手を当てた。
「……? あれ?」
 何も起こらないので、そっと目を開けると、玉は床すれすれの所で止まっていた。
 玉の下には、大きな手のひら。
「ガント…!?」
 男はひょいと花火玉を持ち上げると、やれやれといった表情で袋の中にぽいっとしまっ
た。
「ばかもん。さっさとしまっとかんからだ」
「え!? それ違うって! ガントが……!!」
 真っ赤になって否定するマリンのおでこを、ガントがぺしっと弾く。
「ほら、クロフォードに預けに行くぞ。渡しそびれたら難儀だろ」
「え、あ……、うん」
 少し残念そうなマリンを見て、ガントがニヤリと笑う。
「ん、なんだ、続き、したかったのか?」
「なっ!? 馬鹿ぁああああああああ!!」
 真っ赤な顔を更に赤くして、パンチを連打するマリン。
 それを全て左腕一つで流すガント。
『あーもー、この二人は……』
 ナイトが渇いた笑いを浮かべて宙に漂う。
 二人がこれを始めると、マリンの気が済むまで収まる事は無い。 
 だが、小さなドラゴンはそれを見るのは嫌いではなく、止める事もしないでその様子を
のんびり眺めているのだった。


「ナイト、また留守番、頼むね!!」
 マリンは息を切らせながらナイトに手を振ると、扉の外へと向かって軽やかに走ってい
く。
そんな研究所の主にナイトは手をふりかえし、きゅー! と一言啼いた。
『了解ー。次来る時は、お土産にはちみつ持ってきてー!』
「まっかせて! 美味しいの、買ってあるからそれ持ってきてあげるっ!!」
『まってる! すっごく待ってるからね!』
 目を輝かせるナイトに向かってマリンはにこりと笑うと、宙に魔方陣を描き呪文を唱え
た。
 魔力が魔方陣を走り、一瞬光を放つ。
 すると、あっというまにその光に飲み込まれて、二人とも消えてしまった。
 それと同時に、ぱたんと閉まる研究所の扉。
『はぁ。僕のご主人は、まるで嵐のようだ』
 目を線のように細くして、小さなドラゴンはぽふっと息を吐いた。

     2

「ただいまー! 女将さん!!」
 元気良く『今昔亭』の裏口を開け、マリンはロビーへと向かう。  
 『今昔亭』の中は暖炉の炎でぽかぽかとしており、マリンの表情も緩んでしまうほどだ。  
「ん? マリンか。女将さんなら武器屋の大掃除を手伝いに行ったぜ?」
 女将の声ではない、綺麗なアルトボイス。
 声の正体は、紅茶のカップ片手にソファーに腰掛けたクロフォードだった。
「あ、クロフォード! 丁度良かった! これ、花火玉! 起爆ワードは『もっさり』ね」
「あぁ? 何だよそのワードは」
 マリンから袋を受け取りつつも、クロフォードは眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。
 折角のハンサムが台無しだ。
「お前の指定するワードはいつだって変だ。それを言う俺様の身にもなれ。様にならんだ
ろうが」
 花火の点火方法は、点火棒というマジックアイテムを当てながら、起爆ワードを唱える
というものなのだが、起爆ワードは人それぞれで、花の名前をつける者や願いを込める者
もいる。
 だが、マリンの場合は花火の仕上がりを感覚で名づけた物が多く、どうしてもこんな感
じになってしまうのだった。
「はぁ。全く神様は意地悪だぜ。こんなに俺様はパーフェクトな存在だというのに、なぜ
じゃんけんだけ……」
「祠組になったの、そんなに嫌なの? 町の女の子達、嬉しそうに騒いでたよ? カッコ
イイし、名誉なことだって」

 マリンが言う事は真実だった。
 祠へ行くのはとても重要な仕事で、毎年レンジャー二人と町長が行くという事になって
いるのだ。それははるか昔から続けられてきた事で、大切な決まり事なのだ。
 冬の山に行けるレンジャーというのは、尊敬される存在で、一種のステータスだ。
 竜大祭で祠へ行くという事は、『名誉な事』というイメージが皆の中で定着している。
 レンジャー達はその大役を引き受けるために、みなじゃんけんでその役を競い合うのだ。

 唯一人、クロフォードを除いては。

「俺様は名誉なんかより、女性の柔らかな腕に抱かれている方が幸せなんだよ」
 金色のさらさらの髪をかきあげ、クロフォードは深くため息をついた。
 青い目を細めて憂鬱そうにする様は、まるで美しい絵画を見ているような錯覚に囚われ
る。ナイトか、王子様か。誰がみても、そんなイメージがよぎるに違いない。
 だがそんなイメージとは真反対に、彼の頭の中は煩悩で満ち溢れていた。
「もー。クロフォードってばー。レンジャーナンバーワンのくせに……」
 マリンは『これさえなければ完璧なのに』と、素直にそう思っていた。
 町の女の子達はそんなクロフォードの『地』を知らないので、彼女達はある意味幸せだ
と、マリンは思ったりもする。
 それほどまでに彼の女性の前での所作は完璧で、一歩外へ出たら一瞬にしてナイトにな
れてしまう『特技』を持ち合わせているのだった。
「ま、諦めたさ。こうなったらきっちり仕事するまでだ。楽しみが伸びたって考える事に
したのさ。俺様は仕事は完璧にこなす主義だからな」
 フフンと笑って、クロフォードはうんうんと一人頷く。
「お前は本当にヘマしないからな。安心だ」
「当たり前だ。安心して下から見ておけ」
 ガントのその言葉にニヤリと笑って、二人は拳をあわせる。
「じゃ、お願いします! ね」 
「おう、任せろ。マリンのは最後に打ち上げてやる。この町の魔法使いの中じゃ、一番の
実力があるからな」
 爽やかに笑ってみせるクロフォードだったが、それを聞いたマリンは一転して困った様
な顔をして俯いた。
「そ、それって、町の魔法使いの人たちから文句出ないかな……。あの人達、私の事、魔
法使いって認めてないから……」

 マリンは魔法使いだ。
 だが、自分の体の中にはこれっぽっちも魔力が無い。
 マリンは精霊を複数連れているし、誰にも負けないくらいの膨大な魔法の知識を持って
いる。
 だが、マリンは自力で魔法を使えないのだ。
 その上、マリンはガントにみっちり仕込まれているせいで、そこいらの男には負けない
力を持っている。その力はイノシシすら素手で吹っ飛ばすほどだ。
 故に、町の皆のマリンに対するイメージは、魔法使いというよりも圧倒的に戦士、格闘
家として認識されているのだった。

「連中は頭が固いんだよ。マリン、お前はそんなちゃちな花火を作ってきたのか?」
 マリンは思いっきり首を振って、それを否定する。
「それなら自信を持って堂々としてればいいんだよ。俺様はマリンが魔法使いとしてどん
だけ優秀か、よーく知ってんだよ。気にするな」
 クロフォードのその言葉に、マリンの表情がふにゃりとなり目にはうっすらと涙が浮か
んでいた。
「うぅ、クロフォード……。嬉しいよぉ」
 本気で嬉しいのか、マリンは少し声を震わせた。
 そんなマリンを見て、クロフォードは少し驚く。
「んだよ、泣く事かよ? 去年初めて作った花火も凄かったじゃねぇか。町の魔法使いの
言う事聞いてしょっぱなに上げたら、後のがしょぼく見えて、あれは酷かった。なぁ、ガ
ント」    
「だな。アレにはみんな、あいた口が塞がらなかったみたいだったしな」
 去年の花火の事を思い出し、2人はぷっと吹き出す。
「……えへ、ありがと」
 マリンはにっこりと笑うと、ごしごしと涙を拭った。
「あ、そうだ。ローラさんがマリンの事探してたぜ? 見つけたら家に来るように言って
くれって言われてたんだ。」
「え、そうなの? なんだろ? ガントへの例のプレゼントの事かな?」
「そうじゃねぇか?」
 先々週、マリンを無理に雪山へ連れて行ったお詫びに、ローラたちが何かプレゼントす
るという事になっていたのを思い出して、マリンは頷く。
「んじゃいってくるー。ありがとね、クロフォード!」
 マリンはマントを羽織りなおして手を振ると、元気良く『今昔亭』を出ていった。


「……なぁ、ガント。マリンの奴、町の魔法使いとなんかあったのか?」
 クロフォードがさっきまでとは違った真剣な表情でガントを見上げる。
「……、くだらない事だ。去年の花火の後、ちょっと嫌がらせされてたんだよ」
「?! そうだったのか? 初耳だ」
 クロフォードは驚いて、紅茶を飲む手を止める。
「マリンはいつもどおりに見えたからな、そんな事になってるなんて気付きもしなかった
ぜ。本当か?」 
 ガントはクロフォードの向かいに座ると、空のカップに紅茶を注ぎ言葉を続けた。
「表立ってやってたわけじゃないさ。嫌がらせといえば嫌がらせだが、そうじゃないと言
えばそうじゃない。そんな感じだ」
「んだよ、詳しく聞かせろよ」
 身を乗り出すクロフォードに、ガントがぽつりぽつりと話し始める。
「あの後、年明けてしばらくしてからか。マリンがいつもみたいに薪を配達してた時の事
だ。魔法使いが数人、マリンを取り囲んだんだ。『とっても立派な花火だったわね』『一
体何をしてあんな花火を作ったんだ?』『誰かに手伝ってもらったのかい?』質問はそれ
ぞれだった。マリンは普通に言ったんだ。『自分で作った』と」
「それで?」
 紅茶を片手に持ったまま、クロフォードは食い入るように話に集中する。
「第一声は、『戦士じゃなかったの?』だ。もちろんマリンは『魔法使いだよ』そう言っ
て胸を張った。魔法使いのギルドの登録証もしっかり提示してた。だがそれが問題だった」
「……、問題?」
「そのギルドの登録証には『仮』とかかれていたんだ」
 それを聞いて、クロフォードは眉間に皺を寄せた。
 『仮』というのは、言葉の通り、正式に認められたものではないという事だ。
「……、なるほどな。それがあいつらがマリンを認めない理由か。おかしいと思ってたん
だ。普通ならあのグループの一員になっていてもおかしくないはずだからな」
 クロフォードはボソリと呟いた。
 ガントは小さく頷いてさらに話を続ける。
「それを見た奴らは、こういったんだ。『ふぅん、じゃあ何か使って見せて?さぞ威力の
ある魔法が使えるんでしょ?』『そうよね、見せて欲しいわね』それに対して、マリンは
あっさり『出来ない』って言ったんだ」
「なんだよ、さっさと魔石使って見せてやりゃよかったのに」
「そこだよ。マリンにとっては魔石は大事な宝物なんだ。仕事にも使う、貴重な物なんだ。
そんなくだらない事に、使いたくなかったんだろ。でも、町の奴らは引き下がらなかった。
マリンを取り囲んで迫ったんだ」
「おいおい、強引だな」
「それほどマリンの花火が衝撃的だったんだろう。そんな奴らにマリンはぐっと拳を握っ
て言い放った。『そんなに言うなら、精霊でも見てみれば?』ってな」
 魔法使いのレベルを確認する方法の一つに、相手の連れている精霊を見るという事があ
る。
 どれだけの数の精霊を支配下に置けるか、どういう種類の精霊を連れているかで、その
魔法使いのレベルがある程度分かるのである。
 事実、魔法使い同士で戦闘が起きればまず最初にその作業を行い、相手の強さ、弱点を
読み、魔法をぶつけ合う事になるのだ。
「で、どうなったんだ?」
「奴らの内の二人が目を光らせた。で、マリンを見て、怯えた顔になっていたな」
「と、言うと?」
「俺はマリンが連れている精霊を一度見せてもらったがな、アレはびっくりするな。十数
匹の色んな精霊がマリンの周りを飛び交っていて、なんかすごかった」
「って事は、マリンは相当高いレベルって分かったってことか。じゃあ、奴らもあきらめ
たろう?」
 その言葉に、ガントは首を横に振った。
「それが余計に気に食わなかったらしいな。『それなら、なおさら見せてくれ』ってな」
「……、自分達が舐められてるとでも思ったのか?」
「そうかもな。だがマリンは魔法を使わなかった。納得しない奴らは、さらに迫った。で
マリンはぴっと指を差し出した」
「魔法を使ったのか」
「マリンは小さく呪文を唱えた。だが指先から発せられた風は、魔法使いの髪の毛を一本
浮かせただけだった。魔法使いたちは大笑いしていたよ。『くしゃみの方が強い風を起こ
せるんじゃない?』ってな」
「そりゃちょっとひどいな」
 女性に優しいクロフォードも、流石に険しい表情になる。
「そんなマリンを見て、魔法使いたちはあっさり引き下がっていったよ。『魔力0なのね』
ってな。……そのあとマリンは冷たい表情のまま、薪を配達し、何も言わずに部屋に戻っ
ていった。それ以来、町の魔法使いとマリンはあまり良い関係じゃないみたいだな」
 そこまで話すと、ガントは紅茶を一口飲んでふぅと息を吐いた。
「……、そりゃ絶対泣いてただろうな、マリン。っていうかお前、そこまで見ていて何に
もしなかったのか?」
 クロフォードの問いに、ガントがあっさりと答える。
「あの頃は……、俺もマリンの魔法の威力など知りもしなかったからな。それに魔法の知
識も全く無いし、あいつらが言っていた事も訳が分からなかった。俺はマリンが戦士にな
ればいいのにと思っていたしな。だからその時は何も口出ししなかったんだ」
「なるほどな。……まぁそれが正解かもな。奴らと仕事をする事だってあるからな」
 クロフォードは軽く頷くと、空になったカップに紅茶を注ぐ。 
「まぁ、マリンが去った後、俺にぶつかってきた時には思いっきり睨んでやったがな」
「お前なぁ」
 思わずクロフォードはぷっと噴き出した。
「んだよ、その頃からマリンの事好きだったのかよ?」
 突然の質問に、ガントは顔を赤くして固まった。
「いや、その頃は……、違うと思うぞ。まだ唯の弟子……って所だろ」
「弟子、ねぇ」
「うるせぇ」
 目を逸らすガントを見て、紅茶を一口飲みながらクロフォードはニヤリと笑う。
「で、どうなんだ?マリンとは」
「ほっとけ」
「ほっとけねぇよなぁ? おもしれぇからな」
 ガントはその言葉を無視して、紅茶を飲み干す。
「今の話は、マリンに言うなよ?」
「いわねぇよ。ま、今の話を聞いたお陰で、マリンの花火をラストに打ち上げるって事は、
確定だな」
「そうか」
 そう言って二人は小さく笑いあった。
 同い年のこの二人の仲は悪くない。
 ふと思い出したように、クロフォードが顔を上げる。
「あ、そういや気になってたんだよ。プレゼントってなに貰うんだ? お前、なんか欲し
い物でもあんのかよ?」
 普段から物欲の乏しいガントだ。
 ローラが何かプレゼントした所で、あまりガントが喜ばない事はクロフォード以外のメ
ンバーも良く分かっていた。
 だがあの時、妙に自信有り気だった夫婦の姿が、クロフォードは気になって仕方がなか
ったのである。
「いや、欲しい物は無いな。だからマリンを呼び出したところで何も聞けないはずだ」
「ふぅ〜ん? ……ま、楽しみだよな。あの夫婦、良いアイテムならごろごろ持ってるか
らな。何貰ったか、年明けにでも教えてくれよな」
 クロフォードはそう言うとすっと立ち上がり、マリンの花火玉の入った袋をひょいと提 げた。
「分かった、了解だ」
 ガントも立ち上げると、クロフォードと拳をこつんと合わせた。
「俺様はもう部屋へ行くぜ。流石に明日は早い。それに用意もあるからな」
「おう。俺はもう少しゆっくりしてからマリンを迎えにいく」
「迎えに……って、過保護だなぁおい。マリンなら一人でも大丈夫だろ……ってそんな訳
にもいかないか。じゃ、せいぜい頑張れよ、王子様」
「王子はやめろ、気持ち悪い」
「やだね、やめてやんねぇよ。じゃあな、よい年越しを」
 クロフォードはぴっと短く挨拶をして、階段をたんたんと上がっていった。
 部屋へ戻っていくクロフォードを見送って、ガントは再びソファーに腰掛ける。
「……、良い年越しになると良いが……な」
 ほんの少しだけ嫌な予感がしていた。
 だが、嫌な年越しにする気など、ガントには全くなかった。
 ガントはふぅと息を吐いて、時計を見る。
 現在夕方の四時半。
「五時になったら様子を見に行くか」
 ガントはそう呟いて、目を閉じた。     

     3

「ローラさーん、マリンですー」
 マリンは玄関の扉を軽くノックする。
 噴水広場から西へ向かう通りの突き当たり、そこには町でも目立つ大きめの家が立って
いた。
 そこが『今昔亭最強夫婦』の住む家、もとい愛の巣だ。
 三階建ての大きな家は、この町の中でもかなり立派な部類に入る。
 決して派手ではない、無骨な外見のその家の玄関の前で、マリンは様子を伺う。
 冬の冷たい風が一瞬強く吹いて、マリンは少し身震いした。
「あぁ、マリンか。寒かっただろう? 呼び出してすまない」
 玄関の扉を開けて出てきたのは、いつものローラとは少し違うローラだった。
 紫の髪を頭の上でひとまとめに結い上げて、鎧ではなくシンプルなワンピースを着こな
すローラは、都会の貴婦人のような雰囲気を漂わせていた。
 その姿にマリンはどきどきして、ついじっと見つめてしまう。
「ん? あぁ、この姿か? 明日用にな、服を着てみたんだ。ほら、みんな着飾るだろ?
アッシュもそうして欲しいと言うのでな」
 少し照れてそう話すローラに、マリンはうんうんと激しく頷いた。
「す、すっごく似合ってる! 似合いすぎでビックリした! そりゃアシュレイさんも、
そうして欲しいって言いますよ!」
「そうか、それは嬉しいな」
 マリンの言葉に嬉しそうに微笑むローラは、どう見ても戦士には見えないのだった。
 表情1つ変えずに一刀の下にモンスターを切り伏せる、そんな雰囲気は微塵も感じさせ
ないローラに、マリンは別人と話しているような気分になってしまう。
「マリン、中に入ってくれ。今日の用事は家の中で、なんだ」
「え? そうなんですか? そ、それじゃ、お邪魔しまーす……」
 意外なローラの言葉に、マリンは少し驚く。
 初めて入る夫婦の家に、どきどきしながら最初の一歩をふみだす。
 中に入ったマリンが見たものは、物で溢れた道具屋の様な部屋だった。
「すまないな、ここ半年は殆ど家に居なかったからな。家があまり片付いていないんだ」
 ローラの言うとおり、一階のリビングには鎧やらアイテムが無造作に散らかっている。
「アッシュが次から次へと拾ってくるからな。一階は何時でもこの状態だよ。モースさん
の店が開店したら、そこに卸そうかと真剣に考えてるんだ」
「うん。それ、いいかもしれないですね」
 台所は普通に使える状態だが、リビングは子供が遊んだ後みたいにごっちゃりとしてい
る。だが、散らかるアイテムの大半は見るからに貴重なもので、アイテムマニアが見たら
泣いて喜ぶ事は間違いなかった。
 そんな光景に呆然とするマリンを連れて、ローラは3階へと足を進める。
 三階の階段を上がりきると二つ部屋が並んでいて、その奥の方の部屋へとローラは進ん
でいく。
「ここは私の専用の部屋なんだ。そんなに気を張らなくてもいいぞ?」
 がちゃりとドアを開けて、ローラはにこりと笑った。
「お、お邪魔します」
 先ほどの衝撃が抜け切らないまま、マリンは部屋に入っていく。
 その部屋で、更なる衝撃が待っているとも知らずに……。



 広めに作られたその部屋には、大きな窓が二つ、壁には衣装ダンスが四つ並んでいた。
 部屋の中央にはソファーとテーブルが置いてあって、既にお茶が用意されていた。
 部屋の隅に置かれた薪ストーブが部屋を暖めていて、思わず表情が緩んでしまう。
「さ、遠慮せず座ってくれ」
「あ、はい」 
 マリンは遠慮がちに座り、目の前に立つローラをちらっと見る。
 雰囲気の違うローラにも慣れてきたのか、緊張していた気分が幾分ましになっていた。
 ローラはマリンの向かいに座ると、嬉しげに話し始めた。
「今日はな、ガントへのプレゼントを渡そうと思ってな」
「やっぱりその事ですか! ……って、何で私に??」
 ローラの言う事が分からず、マリンは首を傾げる。
 だがローラは機嫌よさそうににこにことするだけで、マリンの疑問は深まるばかりだ。
「ガントを喜ばそうと思ったら、マリンを綺麗にするのが一番だろう?」 
 ますますローラの言う事が分からなくて、マリンの首が更に斜めになる。
「首都の住んでいる知り合いに依頼してな。超特急で用意して貰ったんだ。さぁ、開けて
みてくれ」
 ローラはそう言うと、テーブルの上に大きな包みをどんと乗せた。
 綺麗に包装されたかなり大きな包みに、マリンは驚いて一瞬固まってしまう。
「え?! ガントへのプレゼントなのに……私が開けちゃ……!」
「いいから、ほら」
 笑顔のローラに押されて、マリンはしぶしぶと包みを開けた。
 高価な包み紙をとめているリボンをほどくと、その中からは大きな革の鞄が顔を出す。
(うわ……立派な鞄、しかも……あれ、可愛い……??)
 茶色の革の鞄は、小さな子供が入ってしまいそうな大きさで、ちょっとした旅行鞄のよ
うだった。
 可愛らしい白いレースが所々にあしらわれているその鞄は、いかにもいいとこの令嬢が
愛用していそうな雰囲気を醸し出している。
「素敵……。でも、この鞄……ガントにはちょっと……」
 こんな可愛らしい鞄を提げているガントは、かなり不気味だ。
 想像できないし、したくもない。
「だから、鞄ではなくてその中だ。鞄を開けてみろマリン」
 笑顔のローラに促され、横に置いてあった金色の鍵でそっと鞄を開けてみる。

「うわ……!!!?」

 マリンはその中身におもいっきり驚いた。
 いや、驚いたというより、ときめいたと言う方が正解だったかもしれない。
 中に入っていたのは、白いレースに縁取られた綺麗な服が一式。
 目の前にある上流階級のお嬢様が着ているような服に、マリンはすっかり見入ってしま
っていた。
「さ、広げてごらん」
「え!? や、あの、私の手、あんま綺麗じゃないから! こんな綺麗な服、触れな……!」
「仕方ないな、なら手を洗ってこい。すぐ戻って来るんだぞ?」
 ローラにそう言われ、マリンは慌てて部屋を飛び出した。
 鞄の中に入っていた服をもう一度頭に描いて、マリンは改めて驚く。
(ま、まさか、アレ……、私が着る……の!!?)
 マリンの心臓はどくどくと暴れ、顔がどんどん熱くなっていった。

 一階の洗面所で、手を洗って鏡を見る。
 そこに映るのは、いつもの自分。
 ポニーテールに髪をとめるリボン。
 いつもの着慣れた、ピンク色のレンジャー服。
 動きやすさ重視のこういう服がマリンは大好きで、そしていつも愛用しているのだ。
 おしゃれにもあまり興味は無いし、町を行く娘達が可愛い服を着ていても、そんなに気
にした事はなかった。

(ま、まさか……だよね? でも、アレをガントが着れるはずないし……)
 戸惑いながら階段を上がり、再びドアを開ける。
「さ、マリン、着替えてみてくれ!」
「!!!?」
 ドアを開けた瞬間、ぶふぅと噴くマリン。
 満面の笑みのローラが、そこで服を広げて待ち構えていたのだ。
「え……!!? ぜ、絶対似合わないよ!!!!」
「いいから、ほら、その服を脱げ」
 ローラはいつもの気迫でマリンに迫る。
 その気迫に押されて、マリンは自分の服に手をかけた。
(や、やだ、ホントに私が着るの?! ど、どうしよ……!)
 マリンは用意されたふかふかの絨毯の上で下着姿になって、ローラを見上げる。
 ローラはそんなマリンの頭を撫でて、すっとドロワーズと白い長いスカートを差し出し
た。
「ローラさん、これ、沢山フリルとかついてる……」
 渡されたスカートもドロワーズも可愛らしい装飾が細かく施されていて、マリンは緊張
してしまう。
「あぁ、ついているよ。そういう物だからな。マリン、こういうのは嫌いか?」
 少し不安そうな表情になるローラに、マリンは激しく首を振った。
「いや、嫌いとかそんなんじゃなくって……! むしろ好きだけど……似合わないと……」
 マリンのその言葉をきいて、ローラは再びぱあっと笑顔になった。
「好きか! 良かった! 大丈夫、似合うはずだ。さ、着てくれ」
 勢いよく、そして妙に自信たっぷりなローラ。
 その勢いに押されて、マリンは白いレースに飾られたスカートをそっとはいてみる。
 ふわりと広がるスカート。
 普段はかないような綺麗な長いスカートに、マリンの心臓がどくどくと高鳴る。
「次はこれだ」
 上品な白のブラウスを渡され、マリンはそれに袖を通す。
 気がつけば、緊張と興奮で体が小刻みに震えていた。
 ボタンを留める手が震えて、上手くとめられない。
「私が留めてあげよう」
 そんなマリンを見て、ローラがすっと手を差し出す。
「ご、ゴメンナサイ……」
 そんなマリンに、ローラは目を細めた。
「いいんだ。これは私の我侭だ」
「??」
 首をかしげるマリンに、ローラ小さく笑う。
「私はこういう服か……その、好きなんだ。だが、一番着るべき時期に、私は剣を振るい、
敵を倒す事に必死で、そんな服を買う金も無かった。だから、私は考えたんだ。そうだ、
マリンに着てもらおう! ……ってな」
「ローラさん……」
 そう話すローラは、どこか寂しそうで、そして嬉しそうだった。
「丁度そんな事を考えていたときに、例のイエティ騒ぎだ。ガントに詫びるには、マリン
を可愛く綺麗に飾ってプレゼントするのが一番だ、私はそう思いついたんだ」
「や、やだ、可愛くって……!」
 ボタンを留め終えて、ローラはすっと手を離す。
「マリンはいつもレンジャー服だろう? それは別に悪くはないと思う。だが、年に一度
くらい、変身してみても良いんじゃないか?」
「ローラ……さん」
 ローラはふっと笑うと、壁に掛けられていた大きな布をばっとはずした。
 銀の淵で飾られた大きな姿見。
 そこには白い上下に包まれたマリンがはっきりと映し出されていた。
 マリンは、今まで見たことの無いような自分を見てドキドキしていた。
 まさに変身。まるで魔法にかかったような気分だった。
「さ、その上に、これを着て」
 ローラが薄い桃色のワンピースをマリンに差し出した。
「え!? もうスカート穿いてるよ?!」
 マリンは意味が分からず、うろたえる。
「これは重ねて穿くものなんだ。 そのスカートはあくまでも下着の一部だ」
「か、重ねて!? えええ!!?」
 スカートを重ねて穿くだなんて、マリンには驚き以外の何物でもなかった。
 今穿いている白のスカート単品でも、十分に可愛いし、マリンはすっかり満足していた
のだ。
 戸惑うマリンを無視して、ローラはワンピースをさくさくと着せていく。
 いくつもついたボタンを留めて、最後のボタンを留め終えた時、マリンの姿は完全にお
嬢様になっていた。 
「うん、良く似合っている。明日は髪型もそれように直して、お嬢様マリンの完成だ」
「あ……あう」
 鏡に映った別人のような自分に、マリンはすっかり舞い上がってしまっていた。
 似合っているか、似合っていないかより、そんな服を着ている自分が信じられなくて、
そして嬉しかった。

「ローラさん、マリン、居ますか?」

 不意に下から聞こえた低い声に、マリンはビクッと身を震わせた。
 思わずスカートのすそを踏んづけてしまいそうになる。
「ん、ガントが迎えに来たか。ちょっと追い返してくる」
「え?」
「ガントにプレゼントするのは、明日だ。だから、まだ秘密だ」
 そう言ってマリンに向かってウィンクすると、ローラは急いで部屋を出て行った。

 一人取り残された部屋で、マリンは鏡をじっと見る。
 ふんわりとした服に包まれた、いつもと違う自分。
 まるで違う世界に来たかの様な違和感。
 いつもより少し重くて動きづらい服のすそをつまんで、すっと挨拶してみる。
 だが、ふと我に返って、マリンは真っ赤になってしまった。

「や、やだ、何やってんだろ! 私……」
 くるっと振り返って、マリンは鞄の中をちらりと見る。
 鞄の中には、まだ数点、品物が入っていた。
 服に合わせた靴下と、編み上げのブーツ。
 それと可愛らしいリボン。
「これ……、なんていうかお嬢様一式セットだ。……って、ん? コレ、いくらかかった
んだろう!? 絶対これ、普通に買えない値段じゃ……!!」
 マリンは真っ青になって、慌てふためく。
 そんな高価なものを身に纏っている事を再認識して、嫌な汗がだらだらと流れた。
 そうこうしているうちに、再びドアが開きローラがひょこっと顔をだした。
「ガントには帰ってもらったぞ。……って、どうした?」
 真っ青になるマリンを見て、ローラが首を傾げる。
「や、その……これ、高かったんじゃ……って」
「そんな事気にするな。マリンが楽しんでくれて、ガントが喜べばそれでよかろう? 更
に私も楽しい。一石三鳥だ」
 笑顔でそう言うローラに、それ以上マリンは何も言えず黙ってしまう。
「今日はそれ一着だが、そのうち色々作らせようと思っているんだ。マリン、着てくれる
な?」
「ええええええええええ!? これ一着で十分ですよ!!?」
 更なるローラの暴走発言に、マリンは大声を出してしまう。
「何を言ってるんだ。これだけ似合うんだ。私の代わりにどんどん着てもらうからな」
「なんですと!?」 
「大丈夫、服は全てマリンにプレゼントするから。お金は気にしなくて良いからな。私の
小遣いの範囲の事だからな」
「ちょ、ちょっと、ええええ!?」
 どんどん話を進める笑顔のローラを止める事が出来ず、マリンは焦って仕方ない。
「あ、そうそう、今日はココに泊まっていくといい。ガントにもそう言っておいた。明日
は思いっきり可愛く仕上げてやるからな。あのガントがどういう反応をするか、今から楽
しみだな! うんうん」
 ローラの言葉を聞いて、マリンははっとなる。
 そう、これはガントへのプレゼントなのだ。
 気に入ってもらえなかったら、元も子もないのだ。
「どうしよ、自信ないよ!? 不気味がられたらどうしよう……!!」
「不気味はないだろう。大丈夫だ、心配する事は……」

「只今ー、ローラ」

 その時、下から朗らかな声が響いた。
 露店の用意が整ったのか、アシュレイが帰ってきたのだ。
 その声に、ローラがなにかひらめいたのか、マリンの手をグッと握りしめる。
「よし、ならアッシュにも見てもらおうじゃないか。うん、そうしよう」
「えええええええええええ、やだ、まって!? 恥ずかしいよーーーー!!」
「アッシュー、上がってきてくれ!」
「やああああああああ!?」
「恥ずかしいのなんて言っていたら明日どうするんだ? 明日はそれで町を歩くんだぞ?」
 それを聞いて、マリンははっとなる。
 可愛い服に舞い上がっていたものの、良く考えたら明日それで祭りを楽しむ事になるの
だ。
 服を汚さないかとか、いつもみたいに走っちゃだめだとか、そんな事が頭によぎってマ
リンはさらに動揺してしまう。
「ま……町を……」
「なんだい? ローラ」
 うろたえるマリンを遮るように、アシュレイがドアをノックする。
「入ってくれ」
「や、ちょっと……!!」
「……ん?」
 ドアを開けたアシュレイの目の前に居たのは、ローラと……
「あれ? お客様? ……って、マリン?」
 一瞬分からなかったのか、びっくりするアシュレイ。
「どうだ、似合うだろう?」
 自信満々なローラに、アシュレイはぽん、と手を叩いた。
「やっぱりマリンか! ビックリした! 凄いな、お嬢様みたいだ!」
「うぅう、照れる……」
 顔を真っ赤にするマリンに、アシュレイがうんうんと笑顔で頷く。
「これなら、ガントも納得してくれそうだ! いや、ガント分からないかも知れないぞ?
雰囲気もいつもとは真逆だからなぁ。それにしても良く合ってるな。ローラのチョイスは
正解だったんだな」
「そうだろう? 明日が楽しみだ」
「あ、そうだ! アシュレイさん、ローラさんを止めてください! この服だけじゃなく
てこれからもいろいろ着せるって言うんですよ!?」
 必死のマリンに、アシュレイは「ん?」と首を傾げる。
「マリンは嫌なの?」
「いや、嫌では無いんですけど……!!」
「うーん、こんなに嬉しそうなローラは久しぶりなんだよ。マリン、付き合ってあげて?」
「えええええええええ!? そ、そんなあっさりと!!!」
「よし、旦那の了解も得た事だし、これで次の服を発注できるな」
「ま、待ってください! ちょ、ちょっと!?」 
 真っ赤になって動揺するマリンに、盛り上がる夫婦。
 誰もこの夫婦を止める事など出来そうになくて、そのうちマリンはいっその事、素直に
喜ぶ事にするのだった。

     4

 そして、竜大祭当日。
 チークの町は一年で一番の盛り上がりを見せていた。
 朝も早くから、露店の用意に取り掛かる人々や、雪をどける人々などで通りは賑やかだ。
 朝から日が暮れるまでは、みな露店を楽しんだり、話をしたりして過ごす。 
 夜になれば花火が始まり、祭りは最高潮を迎える。
 今年はドラゴンフェスティバルもあって祭りの多い年になったが、この辺では普段は唯
一の定期的な大祭という事もあって、近隣の町からも雪をものともしない見物客らが押し
寄せてくるのだ。
 祭りは十時からだが、地方から来た客も町の住民も、町の中心の『噴水広場』に集まり
始めていた。

「おう! おはようガント!!」
 二階から降りてきたガントに、リオンが元気に声をかける。
「今日は露店だな、頑張れよりオン」
「頑張るぜ! 俺はシチューを皆に渡すだけだけどな!」
 テンション高く、リオンが拳を突き上げる。
 ロビーには皆祭り当日という事もあってか『今昔亭』に住むほぼ全員がその場にそろっ
ていた。
 クロフォードとゴードンは朝早くに出て、もうその場には居なかったがその代わりにア
シュレイが顔を見せていた。
「ん、マリンはまだ寝てるのか?」
 ソファーに座ったモースがきょろきょろと周りを見回し、ガントに尋ねた。
「昨日はアシュレイさん達の所に泊まったみたいです」
「なんだ、そうだったのか。今年こそ『ちゃんとなんか良い服着ろよ』って言ってやろう
と思ったのに」 
 モースはむぅと、眉間に皺を寄せる。
「別に着飾らなくても、レンジャー服でも良いじゃないですか」
 あっさりとそう言うガントに、モースが杖の取っ手でツンツンと突っついた。
「今日は二人でデートだろう? それなら尚更だ。お前もそんないつもどおりの格好する
な。今日は祭だぞ?」
「これ以外に、特に服をもって無いんですよ」
 少し困った顔のガントに、リオン達が割って入る。
「ならレンジャー服の正装でいいんじゃね? あれなら特別じゃん」
「せやな、それがええわ! レンジャー言うたら町の名物みたいなもんやし、他から来た
客も喜ぶ! 我が町にも立派に貢献できるって訳や! うん、レンジャーとしても、彼氏
としてもばっちりや!」
 ぐっと親指を立てて、アレイスはにっと笑った。
 そんなリオンとアレイスを良く見ると、二人ともまるで執事のようなスーツを着ている
し、モースもそれなりに良い服を着ている。
 普通にレンジャー服を着ている自分がだんだんと浮いている気分になってきて、さすが
のガントもむぅと考え始める。
「レンジャーの正規服、あれか……。でもマリンがいつもどおりだから別に……」

「だめだよ? ガント」

 その言葉を遮ったのは、リオンたちとおそろいの服をきているアシュレイだった。
 背の高いアシュレイがきっちりとした服を着ると、妙に迫力がある。
「ちゃんと正装しておいで。せっかくのお祭りなのに!」
 いつも穏やかなアシュレイの勢いある一言に、一瞬周りが固まる。
「な、アシュレイさんが本気や……」
「ガント、着替えてこいよ。アシュレイもそう言ってるじゃないか」
 モースにもそう言われて、少し考えるガント。
「わ、分かりましたよ。正装、それでいいんですね?」
 少し照れた様にそう言うと、ガントはすこし早足で階段を上がっていった。
「あれ、少し急いでるみたいだったな。どうしたんだ? ガント」
 首を傾げるモースに、アシュレイが答える。
「待ち合わせしてるんですよ。噴水広場で」
 それを、聞いてリオンが勢い良く顔を突っ込む。
「うっわ! もしかしてその為だけに、ローラさんとこに泊まったとか!? マリンすげー、
気合入ってんなぁー!」
「たしかに待ち合わせなんて粋なマネ、『今昔亭』で一緒におったらできへんわな。なん
や、気になってきたわ! 露店やなかったらちょい見に行きたい所やけど……!」
「見にいかなくても、見れるじゃん。『噴水広場』だろ?」
 リオンのその言葉に、アレイスの顔が一瞬でぱっと明るくなる。
「せや! 俺らの露店の場所、噴水広場やんか!! くおー! こりゃ楽しみや!! 忘れて
たわ!」
 大事な事をすっかり忘れていたアレイスに、リオンが激しく突っ込みを入れる。
 二人ともすっかり祭りのテンションだった。
 俄然盛り上がるリオン達に、モースも加わる。
「よし、んじゃ俺は客として邪魔しようかな、俺も気になるからなぁ?」
「皆でさり気に観察だー!」
 上に聞こえてもおかしくない声量で、皆が一気に盛り上がる。

「はいはい、盛り上がるのは構わないが、そろそろ行ってこなきゃ、始まりの鐘がなるよ
?! 」 

 外から帰ってきた女将の一声に、皆が一気に我に返る。
「ああ! もうすぐ十時か!! いけね! よーし、『今昔亭』露店組! いっくぜー!」
「「おー!」」
 リオンの声を合図に、三人は元気良く外へ出て行った。
 それを見送って、モースも杖をついて立ち上がる。
「じゃあ、俺も広場へ向かうか。女将はどうする?」
「私は旦那と一緒に祭りを楽しむよ。戸締りをして、ちゃんと外で鐘を聞くさ」
「そうか。楽しんでな。お互い、来年の無事を祈ろうじゃないか」
 穏やかに微笑む二人は、いろいろあった今年を振り返り少ししんみりした顔になる。
「今年は色々あったからね。竜の神様にはいつもより多めに祈りを捧げなきゃねぇ。……、
あぁ、だけどモースは少し残念だねぇ。嫁候補のお嬢さんは一月までこっちに来れないん
だって? 祭、一緒にまわりたかったんじゃないかい?」
「な! なんでいきなりトリートの話が出て来るんだよ! ほ、ほっとけ。別に気にして
ねぇよ!」
 突然ふられたその話に少し顔を赤くして、モースは足早に『今昔亭』を出て行く。
「嘘つき。新年の挨拶の手紙、マリンに渡していたくせにねぇ?」
 マリンがトリートと文通していると知って、モースが一生懸命手紙を書いていたのを、
女将さんはちらっと見ていたのだ。
 ふふっと笑顔になった所で、上からガントが急ぎ足で降りてきた。
「あぁ、ガントはマリンと待ち合わせかい?」
「えぇ、開始の鐘が鳴る十時に、噴水広場で…」
「もう十時だよ、急いで行っておいで」
「はい、女将さんも良い年越しを」
 そう言ってガントは小走りで『今昔亭』を出て行った。
「全く、皆元気だねぇ。さぁ、私もそろそろ行こうかね」
 女将は自分が最後なのを確認して、表の鍵を掛けた。
 この日ばかりは誰もが朝帰りになるのだ。

     5

 大通りを行き交う人々。
 人の量はかなり増えてきていて、通りは人でごったがえし始めていた。
 その人々の中を縫う様に走る男の姿があった。
 その姿に、遠方から来たであろう女性達が振り返る。
「ねね、あれ、レンジャーじゃないかな?」
「ホント!?」
「確かレンジャーの正式な制服って、白いあんな感じのじゃなかった?」
「え? どれ? 人に紛れてもう見えないよ?」
 女性の一人が背伸びするも、もう彼の姿は見えなかった。
 青い縁取りのある白のロングベストを揺らしながら、噴水広場へ向かう大通りを急ぐ男。
 太陽の光を反射する銀髪を風に揺らして、褐色の肌の男はわき目も振らず走っていた。
 一八〇を越える男が疾走する様はかなり目立つようで、その制服の効果もあってか皆が
振り返っていた。
 浴びせられる視線など気にもせず、男は広場を目指した。

「噴水広場で十時、開催の鐘までに、私を見つけて欲しい」

 彼女はその伝言だけをローラに伝えて、その日は姿を見せなかった。
「後一分だーっ!!」
 広場から聞こえる町の男の声に、周りの人々もそれに合わせて盛り上がる。
「ち、何処にいるんだ?!」
 男は焦りを押さえながら、広場の周辺をきょろきょろと見回す。
 だが、広場を一周しても、探す少女の姿は見当たらない。
「のこり三十秒!!」
 まわりからじわりじわりとカウントダウンを始める声が聞こえ始める。
 必死で見渡すも、何処にもいない少女。
 円形の噴水の台座に腰掛ける人々、立ったままカウントダウンする人々。
 だが一瞬、なにか知っている気配を感じて男は振り返った。
「十・九!」
 目の前で台座に俯いて腰掛ける、周りとは違う雰囲気の少女。
 その少女の纏う服は、上流階級の娘が愛用する服と同じイメージだ。
 白いケープを身に纏い、そこだけ空気が違っているかの様な雰囲気に男は一瞬戸惑った。
「八・七!」
 俯く少女の黒い長い髪が、髪の一部を止めたリボンが冬の風に舞ってふわりとそよぐ。
 男は少し不安に思いながらもその少女の前に立ち、手を差し伸べる。
「六・五!」 
「マリン。迎えにきた」
 低くて、どこか優しいその声に、少女はやっと顔を上げる。
 白い正規服に少し驚いたが、その姿を見て少女の心は一気に熱くなる。
「四・三!」
「よかった、見つけてくれた」
 その顔を見て、探していた少女だと確信した男はほっとした顔になる。
 そしてカウントダウンの声が一気に大きくなった。

「二・一・ゼローーーー!!」 

 人々の歓声と共に、教会の鐘が高らかに鳴らされる。
 それと同時に、露店の呼び込みが一斉に開始され、賑やかさは一気に頂点に達する。
 一年に一度の大祭・竜大祭が、たった今、幕をあけたのだった。
「全く、そんな格好をしているなんて聞いてなかったぞ。一言言っておいてくれ」
 立ち上がった少女の頭を撫でて、男はふぅと息を吐いた。
「これね、ローラさん達からのガントへのプレゼントだって」
「……、なるほどな。やられたよ」
 銀髪をかきあげて、ガントは苦笑する。
 どこか照れているようにも見えるが、あまりこっちを見てくれないのでマリンにはよく
分からなかった。
「さて、折角ですから町を一周しますか? お嬢様」
「はい、参りましょう? 白のレンジャーさん」
 差し出されたガントの手に、マリンはそっと手を重ねる。
「離すなよ? いくら知った町でも、この人ごみじゃ一度離れたら合流するのは至難の業
だ」
「うん、了解です」
 ガントがマリンの手をぐっと握り締める。
 こんな時で無い限り、手をつないで町を歩くなんて無い事だ。
 マリンは少し顔を赤くして、ガントの手を握り返した。
「ちょ、リオン、アレ見てみ」
 露店で食べ物を買い求める客に品物を渡しつつ、アレイスがぴっと指差す。
「あれ!? ってガント、マリンじゃねぇ子と手ぇ繋いでんじゃん!!」
「ううん、違うよ? あれマリン」
「「なんだってー!?」」
 鍋をかき回すエプロン姿のアシュレイの答えに、二人とも思いっきり驚く。
「客が待っている。アレイスはお金受け取って、リオンは渡して」
 お手伝いに来ていたローラが、ぴしゃりと言い放つ。
「りょ、了解!」
 慌てて二人は作業に戻るも、いつもと真逆の少女の姿がいまいち信じられず、視線はむ
こうを向いたままだった。

 ガントに連れられて各露店をまわる。
 その度にガントは町の人から突っ込まれる事になった。
「おぅガント、可愛いお嬢さんを連れてるじゃないか!」
「やだなぁ、おじさん、私、マリンだよ、マリン」
「おぉ!? マリンか! こりゃビックリした! 似合うじゃないか!」
「何? マリンだと!? はっはっは、これから休みの日はその格好でいいんじゃないか?
なぁガント!」
 マリンの格好は概ね好評で、ガントも満更では無い様子だった。
 普段、容姿に関してはそんなに褒められる事の無いマリンだったが、今日は少し違う。
 歩き回っているうちにだんだんと違和感もなくなってきて、マリンは祭りを楽しんでい
た。
 そして町を一周する頃には、もう昼を過ぎていた。


「ふぅ、ふぅ」
 少し息を切らすマリンに、ガントが立ち止まる。
「どうした? 疲れたか?」
 普段ならこんな距離くらいどうと言う事はないのだろうが、服に気をつかって歩いてい
るせいか、マリンは予想よりも早く疲れてしまっていた。
「ご、ごめん。ブーツ新しいのだから、慣れないのかも」
 ガントは大通りから離れて、歩きなれた小さな道へ入る。
 目の前には『今昔亭』。
 表の鍵がかかっているのを確認して、二人は裏口から入っていった。

「あぅ、軽く靴ずれみたいになっちゃってる……」
 静まりかえったロービーで、マリンはブーツを脱いで足先を確認する。
 すると、折角の新しい靴下がほんのり赤く染まっていた。
「そういう靴は、見た目重視で作られているからな。足には優しくない」
 ガントはそう言いながら、ロビーに備え付けてある応急処置用の箱を取り出し、しゃ
がみ込む。
 手際よく傷口を治療し、あっという間に処置をしてしまうガントに、マリンはつい見
入ってしまう。
 その視線に気付いたのか、ガントがふと顔を上げる。
「ん? 何だ」
「え!? や……その……正規服、似合うなぁって」
 ガントが纏う正規服はその体格のせいか、かなり迫力がある。
 褐色の肌が余計に目立って、マリンはついどきどきしてしまう。
 格好良い、素直にマリンはそう思っていた。
「そうか。本当はいつもの服で行く予定だったんだがな。こっちにして良かった。いつも
の服じゃ到底釣り合わなかっただろうからな」
 マリンの服をちらりと見て、すっとガントは目を逸らす。
 そんなガントの反応が不安で、マリンは心配になってしまう。
「ガント……、嬉しくないの? 私、やっぱりこんなの似合わないかな……」
 悲しそうにするマリンに、ガントは首を小さく振った。
「そんな事は……、その、可愛いと思うが」
「そう? 本当?」
 目を逸らしたままのガントに、マリンがひょこっと覗き込む。
「じゃあ、どうして見てくれないの……?」
 さらりと流れる黒い髪。
 ふわふわのスカートから覗く、白い素足。
 自分の奥底まで見通すような、澄んだ茶色の瞳。
 不安げに覗き込む、可憐な少女。

 ガントの心の中で、何かかはじけた。 

「んう!?」
 突然重ねられた唇に、マリンの息が思わず止まる。
「ん、ぷぅ、はふっ……!?」 
 繰り返される口付けに、マリンはゆっくりと溶けていく。
 いつもだったらこのままそのキスに答える所だったが、ココがどこかという事を思い出
して、慌ててガントを引き剥がす。
「こ、ココでこんな事……したら……、怒られちゃう……!」
「部屋に上がれば問題ないだろう。大丈夫だ、裏口の鍵は掛けてきた。誰も来やしねぇよ」
「え!?」
 驚く暇もなく、マリンはガントに抱き上げられた。 
 迷うことなく階段を上がるガントに、マリンはただただ焦っていた。
 ガントの部屋の扉が開けられ、後ろ手に閉めた後ガチャリと鍵が掛けられる。
 迷うことなく寝室に入ると、マリンはベッドの上にそっと寝かされた。
「が、ガント、ホントにここでしちゃうの……!?」
 マリンはなんだかイケナイ事をしているようで、気が気ではなかった。
「大声出さなきゃばれねぇよ」 
 ベッドに横たわるマリンの頬を撫で、ガントはその姿を改めて眺める。
 ふんわりとしたお菓子の様な、そんな言葉が思わず頭をよぎる。
 白いブラウスが清楚な雰囲気を漂わせ、広がるスカートは少女の可憐さを強調する。
 守らなければいけない、そんな保護欲と、綺麗なものを壊したいという破壊欲。
 その両方がガントの胸を駆け巡る。
「大声って……! そ、そんな……ひゃぅ!」
 再び唇を重ねて、マリンの言葉を遮る。
 スカートの波をかき分けて、ガントの手がマリンの足に触れた。
「ねぇ、ガント……、服、汚したくないの、脱いでいい……?」
「解体するのに時間がかかるだろ。このままでかまわん」
「や、やだぁ……っ」
 嫌がるマリンの下穿きを脱がし、ガントはスカートの中に潜りこみ顔を埋めた。
「んっ、あ、やぁあっ……!?」
 スカートのせいでガントが何をしているのか見えず、ガントの触れる感覚だけがマリン
に伝わる。
 指がすっと伝う感覚。唇の触れる感覚。舌が這う感覚。
 その一つ一つにマリンは体を震わせる。
 そのうち、マリンの濡れていく音が部屋に響くようになり、一気にマリンの鼓動が上が
る。
「や、汚れ……ちゃうおぉ……、ガント、止め……ひあぁあ!」
 マリンの制止を無視する様に、指がマリンの中へ滑り込む。
「中……、だ……だめっ……!」
 じわじわと入っていく感覚に、マリンはビクンと身を反らせた。
 スカートの中から、ガントが顔を出し、にやりと笑う。
「えらく濡れているな。顔がどろどろになっちまう」
 わざとマリンに見えるように右手で顔を拭い、手に付いた愛液をぺろりと舐める。
「……!」
 それを見たマリンの顔は一気に赤くなり、恥ずかしさと怒りでぷいと顔を逸らす。
 その間もガントの左手は、マリンの中を弄り続け愛液は量を増していく。
「すごいな。ぐしょぐしょだ」 
「し、知らない! そんなのっ!!」
 マリンの呼吸が、徐々に荒く、熱いものに変わっていきじわりと汗が滲む。
「知らない事は無いだろう? 自分で分かる筈だ」
「ひいうぅ!?」
 くん、と中で指を動かされ、マリンは声を漏らす。
 マリンの何かを求めるような目線に、ガントはスカートをたくし上げた。
「俺だって限界だ。入れるぞ」
 不意にあてがわれたモノに、マリンはビクンと跳ねる。
「い、何時の間にそれ……って、や、やだ服がっ……だめぇ!」
 半分泣きそうになっているマリンを見て、ガントの表情が楽しそうに歪む。

 泣かせたりなんかしたくない。
 泣かせたい。

 相反する感情が、ガントの中を交錯する。
「ソレは俺に送られた物だ。どうするかは俺が決める」
「やっ……でも……ふあああああああっ!!!」
 みしりと押し広げるように、マリンの中へ沈んでいくガントのモノの感覚に、マリンは
声をあげる。
 自分を包み込むぬくもりに眉間に皺を寄せながら、マリンの耳元でガントは小さく囁い
た。
「こんなに濡れて、こんなにひくついているのに、まだ服を気にすんのか? お嬢さん」
「んああぁあっ!!」
 ゆっくりと、深く浅く繰り返される動きの度にマリンの体が反応する。
「馬鹿ぁ……ガントの……ばかぁ……っ!」
 目に涙を浮かべながら、必死に抗議する少女を無視して男は少女を抱きかかえた。
「っ!?」
 男の膝の上に乗る格好になって、少女と男の目が合う。  
 深い紺色の瞳。
 吸い込まれそうな深い色のその瞳がマリンは好きだ。
 だが、こんな時にじっと見られるのは恥ずかしくてならなかった。
「あ、あんまりじっと見ないでよぉっ!」
 マリンの手がガントの顔を掴んで、ぐりっと横に向ける。
 だが、その手はあっさりと外されて上に上げられてしまう。
「ほら、良く見せろよ。そんな格好で俺の前に来て、俺が何もしないと思ったか馬鹿者」
「ひゃう、ばかは、そっちぃ、あぁあっ!?」
 下から突き上げられ、声が漏れる。
 深く奥に突き刺さるモノが、マリンのポイントを刺激する。
「あっ……、はぁ……っ、ゃう……」
 幾度も繰り返される動きに、マリンの声は次第に甘く、溶ける様に変わっていく。
 だらしなく緩んでゆく少女の顔を見て、ガントの口の端が上がる。
 きちんとした服に包まれた少女が腕の中で壊れていく様子は、なんとも言えない光景だ
った。
「や……やらぁ……、そこぉ、きもちぃい……! のぉ……」
 本能に訴えかける快楽に、理性がかすれていく。
 あれだけ気にしていた服の事も、もうマリンの頭にはなかった。
「随分いやらしい声出すようになったよな。まだ何回もしていないってのに。……っ!」
「や、言うなぁ、そんな事ぉ!」
 ガントから離れるように逃げるマリンを、ガントはそのまま組み伏せる。
「ひゃんっ!!?」
 マリンはそのままうつぶせに倒れこみ、その上からガントが覆いかぶさる。
「や、やぁああ!?」
 マリンの声が一瞬高まる。
「あぁ、この向きの方がいいか? く、こら、締めるなっ」
「ひやぁ、やらぁあああ、らめ、らめだめぇええ! んああああぁあああっ!!!」
 不意にマリンの中がびくびくと蠢き、達した事をガントに伝える。
 涙と汗にぐったりしながら、マリンは大きく息を繰り返した。
「あぁ、だらしない顔して。可愛いよ」
「ばかぁ……あっ……」
「だが俺はまだだ。悪いがもう少し付き合え……よ」
 再び繰り返される動きに、マリンは再び声を漏らす。
「もぉ、好きにしてぇ……、ばか……んんぅっ!」
「……本当に好きにして良いんだな?」
 急に真剣になったガントの声に、マリンははっとなる。
「な、なぁに……? ひゃうっ!」 
 一層激しくなる動きに、マリンの息もそのまま荒くなる。
「分かった。イザという時の責任は全部俺が取ってやる」
「ふぇ?! んはっ!!?」
 再び押し寄せる快楽の波に、目の前が霞んでゆく。
「今日だけは好きに……だからお前はそのまま……くっ!!!」
 
 どくん。

「んあああああああああああっ!!」
 熱い流れが一気にマリンの中を満たし、同時にマリンを快楽の向こうへと押し流す。
 未だ止まらない熱い奔流を感じながら、マリンの意識は遠く向こう側へと流されていく。
「がん……とぉ……、ずっと、一緒に……」
「大丈夫だ。ずっと一緒だ」
 大きな腕に抱かれながら、マリンは眠るように意識を失った。   

     6

「あう!?」
 目が覚めるとガントのベッドの上だった。
 むくりと起き上がり、服を確認する。
 多少皺になっているようだったが、不思議と汚れてはいなかった。
 いつものように下穿きをはかされてはいたが、なんとも言えないぬるい感覚に違和感を
感じる。
「ん、目が覚めたか」
 すぐ横にいたガントが申し訳なさそうにマリンの髪を撫でる。
「あの……なんかぬるぬるする……」
「あぁ……、中に出したから……なぁ」
 照れるように話すガントに、マリンの顔が一気に赤く染まる。
「ど、どうしよう、大丈夫かなぁ」
「別に、そうなった時はその時だ。俺がなんとかする」
 ガントのその言葉に、マリンは小さく頷く。  

「あぁ、そうだ。もうすぐ花火の時間だ。動けるか?」
 ガントにそう言われて、勢い良く窓を振り返る。
 すっかり日は暮れて、外は大分暗くなっていた。
 露店の明かりがちらちら輝き、『今昔亭』の向かいの食堂ではおじさん達がジョッキを
高々と上げていた。
「やだっ、私そんなに寝ちゃってたの!? ごめんねガント!!」
「露店は一周してたわけだし、構わん。ほら、髪の毛直して来い。すぐ出るぞ」
「う、うんっ」
 マリンは急いでブーツを履き、自分の部屋へと向かった。
「……、さて、俺は外で待つか」
 窓から外を眺めて、ガントは渋い顔になる。
 どうも何かが起きる予感がする。
「準備だけ、しておくか」
 赤い手甲を左腕にはめ、引き出しの奥にしまっておいた小さな袋をポケットに入れて、
ガントは部屋を後にした。



「ガント、ごめん! ちょっと手間取って……!」
 ここに来る前となんら変わらない様子で、マリンはガントの元に飛び込んだ。
 ガントはマリンを抱きしめ、その手を掴む。
 嬉しそうに頬を摺り寄せるマリンに、ガントは目を細めた。
「手、つないでいい?」
「あぁ」
 マリンはガントの指の間に自分の指を滑らせて、きゅっと握りしめると、にこりと笑っ
た。 
「とりあえず大通りに出ようか」
 歩きながらマリンが小さく話す。
「……あ、ガント、一つ聞いても良い?」
「なんだ」
「服……皺無いの。見た限り汚れて無いし……」
 不思議そうな表情で、マリンはスカートを広げてみせる。
「汚したくないって言ってたろ。これでも気を使ったんだ」
 少し照れたように話すガントがなんだか可愛くて、マリンはつい笑顔になってしまう。
 だが、大通りに出たところでマリンの笑顔は消えてしまった。

「お久しぶりね、マリン」

 その高い声に、マリンの顔が一気に真顔になる。
 黒いローブを纏ったマリンと同じ位の背丈の少女と、小さな少女。
 その闇を溶かしたようなローブは、この町の魔法使いの証だった。
 マリンに話しかけた背の高い方の魔法使いが、頭のフードを外して顔を見せる。
 気の強そうな緑の大きな目が、マリンを射抜く。
「何の用かしら。私、急ぐの」
 ガントを握るマリンの手が小さく震える。
 ガントは無言でその手を握り返した。
「用ってほどでもないのよ? 今年は貴方の花火がラストを飾るんですって? 残念ね。
今年は私、コーディの方が上よ。花火を見てがっかりしないように、先に言いに来てあげ
たの」
 コーディと名乗るオレンジ色の髪の少女は、ふふんと笑って胸を張った。
 コーディはこの町の魔法使いでもレベルが高く、町の魔法使いの中心的存在だった。
 背だけでなく、年の頃もマリンとそう変わらない少女は、敵対心をむき出しにしてマリ
ンを睨みつけた。
「そう、ありがとう。用事は終わり? ガント、行こう」
「待ちなさいよ!」
 立ち去ろうとするマリンの行く手を遮るように、コーディが両手を広げる。
 コーディの声に人々が振り返り、徐々に人が集まってくる。
「どんな花火か、知りたくないの!?」
 まくし立てるコーディに、マリンはため息をついて首を振る。
「もうすぐ打ち上げ。それを見ればどんな配分か、配列か。分かるじゃない。花火玉は作
るのは大変だけど、一瞬にして作り方は分かってしまう物。そうでしょう? それに、今
聞いちゃったら楽しみがなくなっちゃうよ」
 あくまでも冷静に、マリンは答えを返す。
 だが、コーディは苛立つように震え、眉間に皺を寄せた。
「な……なんですってぇ? 魔力が一つも無いくせに! 頭だけ良いとでも言うつもり!?」
 大声でがなりたてる少女に、周りも驚く。
 隣にいた小さな少女が、慌ててコーディのすそを引っ張った。
「お姉たま、あんまし大きい声、出しちゃ……!」
「うるさいわねっノース! アンタは黙ってなさい!」
 ぴしゃりと言い放たれて、ノースは目に涙を溜める。
「小さい子、泣かしちゃダメだよ」
「何よ、分かった風に。いい事? 私はね、この町で一番の魔法使いなの! なのに最近、
どう言われたか知ってる? 『今昔亭』の魔法戦士に負けてる、そう言われたのよ! 魔
法戦士なんて中途半端なの、貴方くらいしかいないでしょう? 最も、貴方なんて、「戦
士」で十分だと思うけどね? いえ、殿方と手を繋いだままの貴方は、戦士にすら見えな
いわ。ねぇ、レンジャーのマリン?」
 怒りで声を震わせながら、コーディは話した。
 レンジャーと聞いて、周りがざわつく。
「あのコ……レンジャーなの?」
「まさか、おとなしいお嬢様みたいな子じゃない。」
「あんな細いコが? レンジャーって簡単になれるの?」
「隣にいる男がレンジャー、だろ?」
 マリンを疑う声や、レンジャーを軽く見る者の声がマリンの耳に届く。
 他からきた見物客の中には、レンジャーがどういうものか詳しく知らない者もいる。
 自分を疑われるのはまだしも、レンジャーという存在を軽く見られたことが許せなくて
マリンの眉がひくんと動く。
「ゴメンねガント。私……、ちょっと怒るかも」
「限度を越えたら殴って止めてやる。言われるままにしておくな。だが、分かってるな?」
「うん。私はレンジャー。ちゃんと自覚してる」
「よし、なら行け」
 ガントはマリンの手を離し、その場で腕を組んだ。
 周りにはすっかり人だかりが出来て、とてもこのまま去れそうに無い。
 無視して去ろうものなら、この怒れる少女が町中で魔法を使ってくる可能性もある。
 マリンはため息をついて、低い声で話しだした。
「見て見なさい。今日はこのめでたい日のために、皆、遠くからわざわざ来た人もいるの
よ? なのに、騒ぎを起こすなんて、ドラゴンに見限られるわよ? 話なら、また今度聞
くから。だから……」
「ちょっとドラゴンに認められたからって、何よ! ヴァンパイアを倒したからって何よ
おぉ!」
 コーディは大きく叫んで、魔力を溢れさせた。
 その台詞に一気に周りがざわつく。
「ヴァンパイアを? まさか!」
「ドラゴンに認められたって? あの子が例のマリンか?!」
 興味を多分に含んだ視線がマリンに突き刺さる。
 それでもマリンは相手を見たまま、一歩も動かない。
 そんなマリンに苛立ったのか、コーディは手を広げて大きな声で言い放った。

「私の花火玉はね、大玉の1つにだけ、大きな仕掛けがしてあるの! 直接精霊を仕込ん
であるのよ! 大量の魔力と共にね! どう? 凄いでしょ。貴方の花火では私に勝てな
いのよ!!」

「何ですって!?」
 コーディの強気な台詞を聞いて、マリンは一気に青ざめる。
 首を横に振って、マリンは叫んだ。
「なんて危険な事を! 精霊に対する礼儀は無いの?! そんな魔力と一緒に精霊を閉じ込
めたら、精霊が魔力に酔って暴走してしまう!!」
 必死の表情のマリンに、ガントが小さく反応し、山を見上げる。
 マリンの叫びを聞いて、コーディは唇をかみ締める。
「分かったような事を言って……! やった事があるとでもいうの!?」
「ガント、今すぐ止めないと! どうにかしてクロフォードに知らせなきゃっ……!」
「無理だ、三合目までは、どんなに急いでもたっぷり半日はかかる! 冬の山でなければ
……! それにもう無理だ!」
 ガントが言い放った瞬間、きゅんっと遠く山の裾あたりから光の筋が走った。
 パァアン! という破裂音と共に、丁度山の中腹あたりで花のように広がる赤い光。
 花火の開始を告げる最初の玉が空へと放たれたのだ。
 ここから遠くにいる人々は、最初の花火に大きな歓声をあげているが、周辺の人だかり
はざわつくだけで花火など見てはいなかった。
 むしろマリンの台詞を聞いて、その場から逃げ出す者も出てきたのだった。
「あぁっ、もう! コーディ、貴方のレベルがどれほどの物かは知らないけどね、精霊を
無下に扱ったときの代償は大きいわよ!? どう考えても貴方の言い方では、同意して行っ
たようには思えない!」
「同意? 精霊は力を見せて、それを認めさせるものよ! 支配下に置くものなの!」
「間違って無いけど、間違えてる!」
 マリンはコーディに叫びながらも、その目をしっかりと見つめていた。
 ハッキリした意識の向こうに、魔の影がちらりと霞む。
(様子がおかしい? 属性に囚われたの…?)
 判断できるほどの材料が無く、マリンは警戒したままコーディを睨みつけた。
「マリン! ガント! 一体何事だ!?」
 2人の騒ぎを聞きつけたのか、アシュレイとリオンが通りに駆けつける。
「魔法使いが一人暴走している。アシュレイさんたちは、見物人の避難をお願いします。
場合によっては危険かもしれない」
 ガントのその言葉を聞いて、コーディが唸る。
「暴走!? 勝手言わないで! 私は正常よ!!」
「うん、どちらにしても良くないな。 お嬢さん、落ち着いてくれるかな。出なければ僕
達は君を取り押さえなければいけなくなるんだ」
「来ないで!」
 コーディはマジックシールドをはって、アシュレイの指を弾く。
「なるほどね、分かった。マリンとガントにこの場は任せる。周りの皆さん、どうか少し
離れてください」
「すみません、離れて! 頼むよ! あっちの方が花火も良く見えますから!」
 アシュレイとリオンの手早い対応のお陰で、あっという間に人だかりが無くなっていく。

 パァン、パァンと次々に放たれる花火に、町の向こうでは人々の歓声が響く。
「ふふ、もうすぐ私の花火よ! それを見て絶望なさい!!」
 コーディが手を上げたと同時に、水色の光が跳ね上がる。
「高く、美しく、大きな花火が良い花火だと知っているでしょう? ほら、あの高さ……!
……!?」
 水色の光は一定まで上がった所で、かくんと方向を変えた。
「な、何!?」
 どんなに離れていても、精霊には主のいる場所が分かる。
 暴走していてもそれは変わらないのだ。
 光はまっすぐ、こちらに向かって確実に近づいてきていた。
「やっぱり! コーディ、責任取りなさいよ!?」
「な、いや、どうして? どうして花火にならなかったのよ!!」
 混乱し、ふらりとよろけるコーディを慌てて小さな少女が支える。
「お姉たま、だからやめよって言ったのに! 勝ち負けなんて、どうでもいいよぉ!」
「アンタに何が分かるの!? どうして……!」
「どけっ! 何とかしないなら、ここを去れ!!」
 ガントに一喝されて、コーディはその場にへたり込む。
 ぶつぶつと呟いて、目の焦点が合っていない。
「マリン、あの精霊、ここに来たら……どうなる?」
「魔力の量が詳しく分からないけど、私の計算があってたら精霊は完全に魔力に酔ってる
し怒ってると思う。忠誠度にもよるけど、この場についた瞬間コーディを巻き込んで花火
になる気じゃ……ないかな。破壊力は……、精霊の強さによるけど、下手したらこのあた
りの区画が吹っ飛びかねません」
 眉をひくつかせながらマリンが呟く。
「マリンの計算は怪しいが、それは多分間違っていないな。マリン、止めれるか?」
「うん……と言いたいところだけれど、この前のイエティ騒ぎで、魔石がひとつもないの。
かと言ってガントに変身はして欲しくないし……。どうしよ」
 唇をかみ締めるマリンに、ガントが小袋を投げる。
 マリンはそれを受け取ると、その中を覗き込んだ。
 中には魔力の詰まった石が五つ。
「これ……、魔石!!」
「使え。この前の遺跡で見つけたんだ」
「……、ゴメンね。使わせてもらう。ホントにゴメン」
 申し訳なさそうなマリンの頭に、ガントがぽんと手を載せる。
「俺の物は全てお前の物だ。それが俺達のルールだ。それに良いチャンスだろ? そんな
姿でキメてみろ。いかにも本に出てくる魔法少女じゃないか」
 ガントの台詞に、マリンがぷっと吹き出す。
「うし、俄然やる気出てきた。止めてやるー!」
「いいな? 確実に止めろ。不幸な年末は御免だ」
「了解!」
 ガントの言葉にマリンは深く頷き、マリンは魔石を構えた。

     7

 勢い良く迫る精霊が、山の冷たい風を連れてくる。
 その風を受けて、マリンの髪が、スカートがぶわっと広がった。

「相手は<風>の精霊、それなら……! <地>の精霊よ!!!」

 印を結び、対抗する大地の精霊を具現化させる。
 それは向かってくる精霊よりはるかに大きく、ごつごつとした象の姿をしていた。

 精霊を鎮めるのは、決して楽な事ではない。
 魔力を大量に消費するという事もあったが、それよりも精霊同士のガチンコ勝負になる
所が一番厄介な所だった。
 普通に何かに怒っている精霊なら同じ属性の精霊をぶつけて、話し合わせる(もしくは
服従させる)ことができるのだが、今回は違う。
 完全に人に裏切られた精霊は、二度と人を許さない。
 こうなったら対抗する属性の精霊をぶつけて、消滅させるほか無いのだった。
 それは魔法使いとして一番心苦しいし、自らの精霊を失う(信用・存在両方の意味で)
事にもなりかねないのだった。

「タキオン頑張ってね、無理なら諦めて良いから。頼むわね!!」
 タキオンと呼ばれた大地の精霊は、マリンの言葉に、寂しげに、かつ強い意志を持って
頷いた。
 コーディの風の精霊はシルフの姿をとって、真っ直ぐコーディに向かって突っ込む。
「違う! 貴方の相手は私達よっ!!」
 マリンが魔石から魔力を開放し、それを精霊に向けて放つ。
「ブォオオオオオオン!」
 <地>の精霊は大きく嘶くと、シルフに向かってぶつかっていく。
 ココからは精霊同士の力のぶつかりあいだ。
 風の精霊の放つ真空が、マリンの服を、頬をかすめる。
 逆巻く魔力にじりじり押されるマリンを、後ろから大きな体がしっかりと支えた。
「ガント、真空に当たると痛いよ?」
「構わん。ただ見ている訳にはいかんだろう。マリンは精霊の事だけ意識しろ」
「了解」
 マリンは拮抗状態を破るべく、もう一つの魔石を発動させる。
「お願い、タキオンを助けてあげて! チロル!!」
 もう一体の<地>の精霊が具現化し、チロルと呼ばれた精霊はゴーレムの様な姿をとっ
てその場に現れた 。
 ぎりぎりで押し合うタキオンを助けるように、チロルは大きな腕を突き出した。
 <風>の精霊のの発する風が一気に弱まり、その色も輝きも徐々に失われていく。
 二対一になり、<風>の精霊にもう勝ち目は無かった。
「ごめんね、助けてあげられなくて……」
 マリンの心を感じてか、一瞬泣きそうな顔になったシルフは小さく何かを告げて、一気
に消え去った。
 最後の風が、マリンのスカートをふわりと浮かせた。
「そう、閉じ込められる最後の瞬間まで……、信じてたんだね」
 悲しく俯くマリンに二つの精霊が寄り添う。
 魔石が四つ同時に弾け、精霊は具現化をといて見えざる姿へとかえっていった。
「コーディ、分かったでしょう? もう……」
 息を切らせるマリンに、コーディはすっと立ち上がった。


「私が一番……、私が一番なのっ……!!」


 悲痛な叫びと同時に、うねる魔力。
 コーディの魔力の中心に気配を感じ、マリンが顔を上げる。
「ガント! 気をつけて! ……出てくる!」
 ふらつくマリンを支えたまま、ガントは身構える。
 コーディの魔力が一気に形をとり、そこから下卑た笑いの異形の生物が顔を出した。
「やっぱり! 取り付かれてたんだ!」
「なるほど、インプか。 ならばっ!」
 ガントはばっと飛び上がると、顔を出して笑うインプの首元を掴み、一気に引きずり降
ろした。そのまま容赦なく地面に叩きつけ、ごすっごすっと重いパンチを浴びせかける。
「キィっ、や、やめてくれ! 俺はコイツの願いをかなえようとだな? ぐあっ!!」
 懇願するようにインプは、言い訳をはじめる。
 だがガントの表情は微塵も揺るがない。
「<魔>の生物の口先は信用ならんのでな。そのまま死ねっ」
 ガントは手甲を刃の形に変形させると、そのまま振り下ろし、首を落とした。
 首と胴が離れ離れになったインプは、煙のように虚しく消えていった。


「あぁ、花火止まっちゃった……打ち上げたクロフォードもビックリしただろうな」
 マリンは山を見上げて、眉を寄せる。
 観光客は静まり返り、祭の雰囲気は消えていた。
 町や人に被害は出なかったが、大事な事をぶち壊しにしてしまった気分になって、マリ
ンは肩を落とす。
 そして目に入った自分の服を見て、ぽろりと涙を落とした。
「気に入ってたのになぁ……。風で……切れちゃった」
 桃色のワンピースは所々が裂けて、白いブラウスもすっかりぼろぼろだ。
「……」
 マリンはガントにしがみついて、小さく泣いた。
「全く、年末まで泣かせる事になるとは……」
 泣くマリンを抱きしめるガントに、小さなローブの少女がてててっと走り寄った。
「ご、ごめんなたい! お姉たまが! ごめんな……!」
「もう済んだ事だ。丁度そこに神父がいる。姉を教会まで連れて行ってもらえ」
 けが人が出たのではと駆けつけたのだろう、座り込む少女の後ろには神父が立っていた。
 神父は少女を背負うと、教会の方へと運んでいく。
 小さな少女はぺこりと頭を下げて、その後を追う。
「妹の方が、しっかりしてるね」
 不意にマリンの後ろで、ひゅうと一本の筋が空に上がった。
 パァン! という音と共に鮮やかな光が町を照らす。
 再び上がる花火に、見物客が一気に盛り上がる。
「クロフォード、花火再開してくれたんだ……」
 次々に打ちあがる花火に、マリンは目を細める。
 その時、暗い闇に浮かぶ光の花の向こうに、ちらりと霞む影が見えた。

「見た!? 今の!」
「ドラゴンだ! ドラゴンが花火を見に来たんだ!!!」

 町民達の声に、一斉に皆が空を見上げる。
 ひゅぅ!!
 再び光の筋が空を走り、さっきより幾分高い所でパァン! と炸裂する。
 ハートの形を模した花火がきらきらと優しく輝く。
 その輝きに映る、二匹のドラゴンに、見物客が一気に沸き返る。
 その様子に、マリンもふと顔を上げる。
「もう大丈夫だ。精霊を入れたものは一つだと言っていた。クロフォード達も、それを確
認した上で花火を再開したんだろう。クロフォードは十年レンジャーをやってる。大丈夫
だ。ほら、もうみんなすっかり花火に見入っている」
「うん……よかった」
 繰り返しあげられる花火を見て、マリンはぐったりとガントにもたれかかる。
 何発かが続けてあげられて、一瞬間があく。

「ラストだ!」
「最後の花火が来るぞ!」

 皆が一斉に注目する中、最後の花火が点火される。
「いけー! もっさりー!!」
 マリンは渾身の力を込めて、花火に向かって叫ぶ。
 花火は高く七号目付近まで上がると、金色の閃光の後、一気に開いて何かを形作る。
 銀色の光は大きなドラゴンの形にぐわっと広がり、赤い光が一箇所、目のところに来て
怪しく輝いた。
「ど、ドラゴンかよ」
「うん、すっごいでしょー。カヒュラがモデル。んでもっさり消えるの」
 たっぷりの光を放ち、最後の花火はマリンの言うようにもっさりと消えていった。
 湧き上がる歓声。
 それと同時に教会の鐘が大きく鳴らされた。

「新年だー!」
「おー!!」

「あぁっ! 祈りを捧げる前に年明けちゃった!!」
 マリンが思い出したように、口を開ける。
「ああぁああ……、来年の無事が……」
「今から祈れば良いだろ。きっとまだ間に合う」
「よ、よし!!」
 マリンは慌てて手を組み、祈りを捧げる。
 ガントも同様に手を組み祈った。
「……、うし! 来年こそは冒険者の依頼を引き受けられるように頑張るぞー!」
「おう」
 マリンは拳を天に突き上げ、大きく叫んだ。
 ふわふわの服に拳を突き上げるその姿は、もうすっかりいつも通りのマリンだった。

     8

「マリン! 大丈夫か!?」
 慌てて走って来たのはローラだった。
「すまんな、すぐ来てやれなくて。露店が忙しくてそれどころじゃなかったんだ」
 申し訳なさそうにローラは眉を寄せる。
 ガントは小さく首を振って、小さく笑った。
「今年は良い場所当てたんですから、仕方ないですよ」
「まぁ、ガントがいるからさほど心配はしてなかったが……ん? どうしたマリン?」
 ローラの声を聞いてから、マリンがガントの後ろに隠れて出てこない。
「ふ、服……だめにしちゃ……って」
 元気の無い、マリンの声。
「大丈夫だ。気に入ったのならまた同じ物を用意する。急な戦闘だったんだ。そうだろ?」
「う……うん」
 ガントの後ろから少し顔を覗かせて、マリンは小さく頷いた。
 そんなマリンを見て、ローラがにやりと笑う。
「ガントが無茶して破いた訳じゃないんだろう?」

「「違います!!」」  

 同時に叫ぶ二人がおかしくて、ローラはぷっと噴きだしてしまう。
「ムキになるな! はっはっは!」
「うぅ、意地悪だー」
 大笑いするローラに、マリンが頬を膨らませる。
「あぁ、そうそう、ガント、気に入ったか? このプレゼントは」
「え?! えぇ、まぁ。ありがとうございます」
 微妙な反応を見せるガントに、ローラがぴっと指を立てる。
「ふぅん? じゃあ次はどんな服が良い?」
「あ!? え、そうだな……」
「今色々考えたな? なんだ、十分気に入ってる様じゃないか」
「いや、別にそういうわけじゃ!」
 間髪を入れずに否定するガントに、ローラは更に続ける。
「じゃぁ次は濃い目の色のスカートに……」
「ダメだ。濃い色は合わない。薄い色だ」
「ほら、やっぱり気に入っているじゃないか」
「な、別に!! 違……!」
 それでもしつこく否定するガント。
 ローラはそれを無視して、マリンの手をとった。
「はいはい。マリン、実は家に服のカタログがあるんだ。次はどんなのが良いか、二人で
 見に行こう」
「え!? あぁあっ?!」
 マリンをひっぱり、家へと向かうローラ。
「ちょ、マリン!?」
 慌てて追いかけてくるガントに、ローラがにやりと笑う。
「お前は来なくて良いぞ? 興味なかろう?」
「べ、別にそういう訳じゃ……!」
「素直じゃない奴は出入り禁止だ」
「ど、どう言えば良いと?」
 家の前に着き、ローラがくるりと振り返る。
 ローラは戸惑うマリンを自分の前に立たせ、ガントに質問した。
「ならば問おう。『この姿のマリンは、好きか?』」
「……、あ、あぁ好きだ」
「ん? 聞こえんな」
 ガントはプルプルと震えながら、真っ赤な顔で叫んだ。

「あぁ好きだよ!! 似合っていて可愛いよ!  どうだ! これで満足か!!」

「や、やだ、ガント恥ずかしい……!」    
 マリンが両手で顔を覆い、真っ赤になってローラの胸にうずくまる。
「よーし、ならば三人で見に行くか」
「おう」
 真っ赤になるマリンと共に、二人は家の中へと入っていく。 

「……、今の声、ガントだよなぁ?」
 祭りの人々の声に混じって聞こえた叫びに、リオンが反応する。
「さっきローラ達が通って行ったからね。きっとローラが言わせたんだよ」
 鍋を片付けるアシュレイがにこにこと答える。
 料理は大盛況で、大鍋に何杯も用意していたのに日の出を待たずなくなってしまい、露
店としては早めの店じまいだ。
 他の露店は未だにぎわっており、この賑わいは毎年朝まで続くのだ。
「ローラさん、強すぎやろ……」
「だよな……。って、言い切るガントもすげぇよ」
「ははは。さ、早い事片付けてしまおう。後は僕の家でうちあげだ」
「「了解〜!」」

 冬の真夜中の冷たい風をのもともせず、皆、歌い、飲み、盛り上がる。
 一月一日の日の出まで続く一年に一度の祭、竜大祭。
 人々の祈りを受け止めるかのように、山のドラゴンが遠く吼える。
 
 こうして今年も、新しい一年が幕を明けたのだった。      




おわり。

  

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