E. サケッティが描いた『蝶々夫人』初演のリハーサルに臨むプッチーニと歌手たち
左から、ジョヴァンニ・ゼナテッロ(ピンカートン) ロージーナ・ストルキオ(蝶々さん)、ジュゼッペ・デ・ルカ(シャープレス)
「F.B.ピンカートン」 vs 「B.F.ピンカートン」どっちが正しい?
第1幕で、蝶々さんがお友達にピンカートンを紹介する時、「F.B.ピンカートン様よ、おじぎして!」と声をかけます。また、ピンカートンに自分の持ち物のことで話しかける時も、「F.B.ピンカートン様」と言います。しかしその直ぐ後、帝国の役人(神官)が婚礼の儀式の中で、「新郎、ベンジャミン・フランクリン・ピンカートン(
Benjamin Franklin Pinkerton )
砲艦リンカーン号の副官、北アメリカ合衆国海軍」と新郎の名を呼び上げるのですが、これですと「B.F.ピンカートン」で「F.B.」は逆であり間違いとなります。ところが、この婚礼の儀が終わった直後にお友達から「マダム・バタフライ」と声を掛けられると、蝶々さんは相変わらず「マダム、F.B.ピンカートンよ」と応えるのです。これはどういうことなのでしょうか。
アルファベットが苦手な蝶々さんの言い間違いと思いきや、なんとこの第1版の婚礼の場面では、ピンカートンの名前は「フランシス・ブラミー・ピンカートン(
Sir Francis Blummy Pinkerton
)」と呼ばれているのです(第1版ではこの婚礼の儀でピンカートンの名前が言われるのは帝国の役人(神官)とシャープレスによる2回ですが、現行版では役人のみの1回きりです。余談ながら第1版では、役人がこれに続いて「タカサゴ」と「ハナコ」という謎の二言を発します。)つまりピンカートンの名前は「 F.B.ピンカートン」であり、蝶々さんは間違っていなかったのでした。第1版の後の版で、婚礼の儀での祝詞では名前を「ベンジャミン・フランクリン」に変更したのに、その前後で蝶々さんが発するピンカートンの名前のイニシャルを直し忘れたと考えられるのです。
「1907年2月12日付のニューヨーク・タイムズ紙は、アメリカ海軍中尉(すなわちカルーソーが歌った役)の名が「サー・フランシス・ブラミー・ピンカートン(Sir
Francis Blummy Pinkerton)」であったと報じています(New York
Times)。このことから、メトロポリタン歌劇場のカンパニーは、ブレシア版の最初期の刷り(初版)の楽譜を使用していたものと考えられます(ルカ・G・ロージ
著 『ファーラー版「蝶々夫人」?』 )。」
なお現行版では、「桜(ciliegio)」という台詞は全曲中わずか1回しか出てきません。第2幕で蝶々さんがスズキに「その桜の枝(ronda
di
ciliegio)を揺らすと、花びらが私に降り注ぐわ。」と言う時だけです。この後、部屋に花びらを撒いたり花束を生けたりする時も「桜」ではなく「花(fior)」としています。このシーンでは蝶々さんは「桃、スミレ、ジャスミン・・・低木や草、それに木に咲き誇ったものすべてよ。」と言うことから花は「桜」に限ってはいないことがわかります。プッチーニは「桜」に対して何かイメージを持っていたというより、「花」であれば何でも良かったのではないでしょうか。まさか平安時代以降の日本では「花」と「桜」を同義語として扱われていたことをプッチーニが知っていたとは思えませんから。日本人にとって「桜」といえば淡いピンク色で咲き乱れる春の風物詩とし、桜が吹雪くさままでも美意識の中で捉え、さらにはそれを死生観にまで結び付けてしまいますが、外国人にとってはあくまで数ある「花」のひとつにすぎなかったのでしょう。