神奈川月記9905

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何となあく眼鏡が緩んできた気がする。嬉しくないのに眼鏡がずれたり,レンズを拭くときブリッジ(左右のレンズ枠を繋ぐ部分)のたわむ感じがしたり。寿命かな。わしそろそろ壊れるけん各方面と調整しておくように,などと通達を受けた気分である。

眼鏡の常用者が踏んづけてオシャカにすることは殆どなく──己が顔を踏んづけねばならんからね──眼鏡のまま眠りこんでもフレイムを非可逆に歪ませるには至らないわけで,度が合わなくなって捨てる以外に眼鏡がダメになるというと,ブリッジ部分の切断が最もポピュラなのではないかしらん。
かく言うおれもずっと以前ブリッジが金属疲労にやられたことがある。やはりレンズを拭いていて,がくんと抵抗がなくなったのだ。不思議にも切断してしまうところまでは行かないで,一見異状ないくせにレンズの重みでゆっくり変形していく。この間ビデオで録っていればおれ超能力者。
結局ほどなくちぎれてしまった。それはたいへん気に入っていたフレイムだったので惜しくてしようがない。直せないか店に訊いてみたが,線材のねじ切れでは溶接も効かないらしい。同じ型のフレイムは既になく,どうでも諦めざるを得なかった。手の届かない存在として爾来おれの眼鏡のリファレンスとなっている。

成人してからというものおれは同じ形の眼鏡ばかり掛けている。内田百間翁の言うように,顔は半分他人のものであるから自分の都合で無闇に変えてはいけないのだ。何ちて,それはひと頃のジョン_レノンの真似である。実のところジョン_レノン(bag one)ブランドのフレイム(以下レノン眼鏡)を見つけて速攻で買ったのだった。もうジョンは亡くなった後でヨーコの道楽か海賊版かは知らないのだけれど。
メタル_フレイムに艶消し黒塗装・小ぶりで円に近い(まん丸でない)レンズである。レンズ径は4cmくらい。
近視用のレンズは縁に行くほど厚みが増す。もちろん度数に比例(2乗に?)する。レンズが小さくて円に近いと,あんまり厚くならない内にカットされて周縁が一様な厚みになるから度の強いのが目立たない。質量が小さい。渦巻が少ない。
良いことづくめのようだが,もちろん似合う・似合わないは別の話だ。
万人に共通の欠点としては,眼鏡を掛けた顔を他人が見て,眼の周りだけ小さく浮いてしまうん。ちょっとそこだけ失敗した合成写真(モウフィング)みたいになることがある。またフレイム枠とその外の矯正されない世界が常に視界に見えており,おれは無視できるが或るいは気にするヒトはあるかもしれない。

レノン眼鏡にはもうひとつ特徴があった。それは鼻当てのないところ。
ブリッジが顔の側へ張り出しており,そのまま鼻梁に引っ掛ける恰好になる。両の蔓とで3点支持だ。鼻当てという奴,鼻道は狭めるは脂で滑るは簡単に変形するは緑青は吹くはばらすのに精密ドライヴァが要るはばらせばすぐ左右が判らなくなるはで必要悪以外の何者でもない。それがない。非常に新鮮であった。
ただまぁ顔の造りを多少えらぶ。お察しの通り鼻骨に段差があってブリッジを載せやすく,頬の薄いほうが良いん。
鼻当てのないタイプは珍品の部類に入るようだ。眼鏡屋さんに訊いても日本では人気がない。レノン眼鏡を壊した後釜(そうそう,金属疲労はレノン眼鏡で起きたのね)でやはり鼻当てなしのを捜したのだが見つからず,形ばかりは似たもので諦めた。実にそいつが冒頭で述べた,そろそろ壊れるけんなのである。もう7年も使っているのだ。

デビュ時のエルトン_ジョンみたいなのは別として,実用域の眼鏡でもその時どきの流行がある。今は横長を強調して小さい四角い奴だね,短冊型。もっと大きな流れではレンズを直接ビス留めしたフレイムレスだろう。どっちもおれの好みではない。冷酷さが強調されるのだ。もしおれが掛ければかなりキツい印象を与えてしまうだろう。
monoマガジン誌が時時やる眼鏡特集を今年ぐうぜん読み,鼻当てのないモデルを見つけた。が,残念ながら短冊型だ。しかし鼻当てなし復活の兆しかもしれぬ。店頭をちょいちょいチェックしてみようっと。

行き着けの(と言っても7年ぶりに)店を覗いてみるに,あっ,鼻当てなし・ほぼ丸・小ぶりなのがあーるじゃないですか。何百飾ってあるかしれないが,ひとつだけ条件を満たすものが見つかった。bag oneじゃあないんだけどね。
惜しむらくは色である。金(色)メッキでピカピカだ。ふむう。店員に色違いを訊いてみると,銀(色)メッキでピカピカなのがあると言う。派手なのは厭だなあ。うーん。えいくそ,買ってしまえ。
金ピカと銀ピカでは金ピカのほうがおとなしいらしいのだが,銀色にした。純銀のようにすぐに錆びはしないが──錆びたほうが良いのだ──金よりはくすみが早いだろう。

前回 今回
購入日 92.5/1 99.5/5
フレイム Nikon FB 631-68 IB Bros. 520
レンズ径(mm) 41×47×3 41×45×4
レンズ HOYA PENTAX SuperHIX II
重量(g) 31 18
屈折度L/R(D) -6.50/-7.00 -7.00/-7.50
乱視 L/R(D) - -0.50/-0.50

久しぶりなので視力検査をしてもらう。視力と乱視が前回(ちゃんとカルテが保管されていた)よりそれぞれ2段階アァーップ。やったね。やったらあかんがな。
商売柄あまり強い矯正は害になる。PCのディスプレイを蜜目で見つめるからね。おれの裸眼視力は推定0.04。矯正視力で1.0に見当を付け,初めて乱視の矯正が入った。普通自動車免許に受かれば充分なんで,1.0でも強い気がせいでもないけどね。
新機軸はプラスティック_レンズだ。透明度の落ちるのを嫌ってガラスしか使ったことがなかったのだが,店員がガラスに遜色ないと言うから入れてみようか。軽量なのは頗る魅力がある。そしてUVカット。

上が今回・下が前回

できあがりを掛けてみたら,はー・すげえシャープ。目の届く隅隅までがはっきり見える。電車で隣のヒトの新聞が読めてしまう。頭痛がする。
乱視の矯正は余計だったかもしれない。何か非常にくたびれるん。
そうだ,コンタクト_レンズを入れたときに似ているなあ。

1999年5月15日


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嬉しくないのに眼鏡がずれ
 そのムカシ大村昆という,嬉しいと眼鏡がずれるヒトが居たのだ。

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内田百間
 夏目漱石の弟子筋に当たる。随筆の名手。作品のひとつ「サラサーテの盤」は鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』の元ネタである。黒澤御大の『まぁだだよ』では内田の日常交流が描かれている。百間の「間」は門構に月が正しいのだが,JISコウドに載っていない。おれの百間ベストは『御馳走帖』。

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ジョン_レノン
 ビートルズを作った男。ヨーコはその妻。80年12月8日(日本時間では9日)自宅前でファンに射殺された。今ならストーカ犯罪に分類されるだろう。おれは19時のニューズを聞いて飛び上がり,その晩のTVニューズを全て観て翌朝の新聞を全て買い予備校で終日よみふけった。おれのジョン_ベストはうーむうーむ,決められない。

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エルトン_ジョン
 70年代初頭は奇を衒った眼鏡やサングラスで奇を衒っていた。近年見かける度に太ってますな。ジョンと仲が良くて,『エルトン_ジョン_レノン』という共演のライヴ盤を出したことがある。おれのエルトン_ベストは『Your Song』。

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written by nii. n