神奈川月記9410b

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冠省
なぜカタナを400で出すのかについては釈然としないものが残る。
400ccは中型免許最大の排気量ではあるが,そもカタナのようなステイタス モデルを中免に置いてしまって良いものかどうか。中免ライダのおれでさえ抵抗を禁じ得ない。
カタナのオリジナルは1100ccであり,そりゃあ国内向けに当時の規制枠いっぱいの750cc版を出しはしたが,大型の枠は守ったのだ。90年代もはやカタナは旗艦たり得ず,気軽に作れるということだろうか。
250ならまだ解る。猖獗を極めたレプリカ ブームはメイカにもユーザにも後遺症を残していた(いる)。ネイキド(ほぼ「街乗り」と同義に解される)とは言えその気になればレプリカを追い回せる性能を,という一念が抜けないのだ。呪縛と言っても良いだろう。バンディットがそのクチである。
これを打破せんと常用域の使い勝手のみを追求したいときカタナのフォルムと250ccの排気量は実験に打って付けだったに違いない。どう転んでもカタナのカタチを借りればヒットは約束されるのだ。
それにしてもスズキのデザイナは頑張った。250のカタナが出ると聞いて感情を害した1100オウナは少なくなかったろうが,現物を見れば賛嘆せざるを得まい。一般人なら例え並べて置いてあっても即座には見分けられまい。そして1100オウナも──250ccという余りに小さな排気量を脳裏に浮かべて──微笑んでくれたろう。
しかし400ccとなれば話は別だ。免許区分こそ違うが税区分や強制保険は同一カテゴリで,ナンバプレイトだって変わらない。250は1100カタナを忠実に模したとは言えウィールを換えたり集合管にしたりとカスタムカタナ風だった。400はデッド コピイである。カタナは慣習的に排気量を車体表示しないので,素人の区別する手掛かりが無いに等しい。こりゃ憎まれるよ。
何はともあれ乗ってみよう。車両価格は65万9000円・付帯費用が8万1250円つく。契約を94年10月1日に交わし,納車は翌週8日である。車体色は当然銀メタ。ガンメタも良いがカタナのイメイジカラではない,直に飽きるのではないかな。
ジェベ公(DJEBEL250)は,真に心苦しいが下取りに出した。22箇月乗車・走行累積距離6030kmで15万円の値を貰う。オプションのサイドキャリアが左右とも(3万円くらい)付いてエンジン状態は我ながら最高。店頭でどんな値が付こうがお買い得である。買いなさい。
名前を付けとこう。コガタナ(GSX250E)・コダチ(GSX250S)と来て一般名詞のモジリはネタが盡きた。400カタナ(GSX400S)は銘刀虎鉄にあやかってコテツとする。コテッちゃんですな。
コテツは走行距離00002kmからスタート,久久にカタナ フォルムに対面して感激したのも束の間,跨ってみていやびっくりした。ハンドルはやたら絞り込まれて恐ろしく低い位置にあり,ステップがとんでもなく後ろにある。初めてコダチに乗ったときよりも強烈な違和感,おれはすっかりジェベ公に染められていたのだ。
初回1000kmは慣らし運転だ。最大出力を発生する回転数の半分を越えないように走るのが原則で,コテツの場合は毎分5000回転。1速・2速は簡単に吹け上がるので発進時は非常に気を遣う。普通乗用車と同じ程度の加速しかできない。6速3900回転において60km/h,通常の車の流れには支障ないものの70km/hを越えるあたりからぼちぼち付いて行けなくなる。4000回転でびりびりとブレーキペダルに振動が来るぞ。
おれがいちばん不安だったのは車重である。乾燥で182kg・湿らせれば200kgを越えるか。おれの華奢な四肢で支えられるだろうか。支えられないのである。それはコガタナ(150kg)のときにもう解っていた。取り回しにあまり難渋するようだと駐輪場や渋滞路で立ち往生する。ただシート高が低くて(750mm)両足ぺったりで,跨っといて漕ぐ分にはコダチと変わらない。
翻って現実に困ったのはクラッチの重さである。50kmを過ぎる辺りから左手が莫迦になりレヴァを握れなくなった。おれは原付(PV-50 EPO)に乗っていた頃から中指と薬指の2本で握る癖を付けてしまっており,しかしコダチもジェベ公もそれで行けたのでこれは全く思慮外のトラブルだ。この夏に出た1100カタナ搭載のパワアシスト クラッチの存在意義が理解できたぞ。普通クラッチの2本掛けというと人差し指と中指らしいのだが,このさい4本掛けに戻そう。教習所乗りだ。
クラッチ ミートの勝手が違うんでぎくしゃくぎくしゃくしている。ぴかぴかのコテツとこの走りを見れば,さぞ恐怖初心者ライダに映るだろうな。
巡航中のエンジンは滑らかのひと言。ビィーンというエンジン音が心地よい。アイドリング中(1400〜1800rpm)はメカノイズが目立ち,あんまり品の良くない音だ。始動性はやや悪く,冷え切った状態からセル1発では掛からない。
放っとけば直進したがり,しかしコダチより倒し込みやすく,バンクに対する恐怖心が小さく済むのは意外だった。
荒れた路面の影響でタイヤの流されることも無く,ははぁこれが400の余裕って奴かなあ,頗る乗りやすい。ただしサスの加減かギャップを越える衝撃はダイレクトにおれの体まで伝わり,身も蓋もなく言えばタマキンが痛い。路面の継ぎ目は固よりちょっとした瘤でも容赦ないため打撃の予測が立たない。常に太股でサイドカヴァを締め付け,空間を確保していなければお婿に行けなくなる恐れがある。ジェベ公のようにベタ座りでだらだら走ることはもうできなくなった。
比較的ハンドルが遠いため腹筋と背筋で上体を支えねばグリップにしがみついてしまう(これ危険)。上身下身ともシビアな乗車姿勢を要求され,翌朝は左手・二の腕・肩・頚・背・腰・腿が集中的に痛んで起き上がれない。うひゃー,カタナって本当にスポーツバイクだあ。
動力性能よりもまずスタイリングに惚れ込んで買ったバイクなので基本的に手を入れたい部分は無い。強いて言えばマフラをステインレスエキパイに換えたいのだが,純正が錆び錆びになってからでも良いや。恒例のタンデムベルト外しだけにしとこう。
カウルやタンクは250と共用だろうと思っていたが,専用品かもしれないな。フロントカウルとスクリーンはもっと張り出していたような気がするんだが。
第一印象では力感が前面に押し出され,コダチに強かった先鋭さや軽快さは後退している。明朗ささえ影を潜め,代わってやばさのようなものを内包するようだ。どう見ても息をしている,これはコダチの印象と同じ。
外見上コダチとの差異が目に付くのはまずフロントがダブル ディスクであることとマフラ・ウィールの形態,そしてエンジンユニットの大きさだ。シリンダ ヘッドがタンクからはみ出していやがる。節くれだって予め奇妙にねじ曲げられたサイドスタンドがコテツのやる気を顕している。
カタナに思い入れを持っているのはどうやらおれの世代までらしい。カタナのデビュを見ていないとやっぱり違うか。おれのすぐ下はニンジャでありその下はゼファーなんだろな。スズキの意気込みほど市場は大きくなかったようである。現在バイクジャーナリズムを牛耳るのがおれの上の年代だからカタナ復活となるとセンセイショナルに特集を組むが,主力購買層の20歳台には単なる過去の(終わった)名車なのだろう。ちょっと価格設定も高いしね。
おれとしては早くカタログから消えないかと身勝手なことを願っている。何10年でも持つデザインだ。10年毎に数年づつ売り出せば良いよ。
燃費が計測できたので書いておく。定地燃費では36.0km/lである。実走行ではだいたい半分になるものだから──大都会渋滞モウドで──期待値は18km/lだ。
コテツも燃料計を持っておらず,250km走行時の満タン法にて12.9lの消費,したがって燃費は19.3km/lである。コダチより優秀なくらいだが,何と言っても慣らしの慎重な運転の結果だ。これでリザーヴに行っていない。17lタンクをフルに使えたなら航続距離は320km強である。ま,250km毎に給油すれば良いでしょう,計算しやすいし。
ついでながらヘルメットも買いました。現用はショウエイのFXツーリングという,オフモデルでありながらシールドを有するフルフェイスタイプ。
今度のは同じくショウエイのJアクターである。これを採った理由はひとつ,眼鏡を掛けたまま被れるフルフェイスだからだ。顎の部分がガバッと割れてチンガードごと上に跳ね上がり,ジェットタイプにもなるのである。おぉアイディア賞だ。コンビニに入れるぞ。
顎を閉じれば何の変哲も無いフルフェイスに見える。停車すると直ちにシールドが曇り,非常に蒸れる。耳が痛い。おれの頭蓋骨との相性なんだろうけれど,改善の余地は広いね。でもおれ,むかぁしヤマハが後頭部の割れるのを作っていたような気がするんよね。
もひとつついでに鍵も新調。これはオマケに貰った。ブレーキのディスクに仕掛ける奴で基本的には南京錠だ。錠本体が邪魔になってウィールが回らなくなる。掌に隠れるサイズというのが重要で,バイクメイカがなかなか収納室を用意しないから錠の携帯性が問われる。クリプトナイトの商号はクリプトン配合ということか。これでスーパーマンにも盗めない。
1週間あいて乗車3日目。何とか300kmを突破,少しはコテツとの一体感が出てきた。コダチのような気安さが無くて,よく知らねえのに仲良くできるかとでも言いたげだったのがええ感じにはなってきたよ。

草草

1994年10月16日


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written by nii. n