神奈川月記9312

前月目次次月


冠省
今後大型ホストをメインに据えたシステム開発が比重を下げる一方であることは前に述べた。LANやクライアント_サーヴァに限らず開発工程をワークステイション上で行なうのがもはや常識になりつつある。COBOLのような高級言語であってもだ。僕のようなスパコン_メイカ系SEもほの暖かいメイン_フレイムの上で昼寝こいとる場合ではなくなったということだ。
貿易関係や営業に近い,外の情報の入りやすい部署に居る人たちはクラッシュ状にパソコンを買い始めている。それで,と言うのじゃないが,僕もちょいと食指の動いてきたところ。ハイエンドの新作ワープロが機能も価格もロウエンドのパソコンと変わらなくなったことだしね。

諸般の情事いや事情からパソコンに手に入れる気になった。本体・ディスプレイ・プリンタ・マウス・OS・ソフト1本こみこみで予算は50万円。これをオペレイションPと名づける。このフレイズも久しぶりな。
でもわし,長年ソフトウェア界に潜んでいながらパソコンのことよう知らんのよね。

CPU,これは解る。RAM・ROM,知ってます。クロック,ふんふん。アクセラレイタ,い・急ぐんですか。キャッシュ,まぁ金は掛かるやろね。スロット,ん? バス,何です。ストレイジベイ,うきょー。
パソコン誌やカタログでは自明の事としてほとんど説明されない。まずはこの辺りをクリアにして行こう。
掘り出し物雑誌『特選街』の偶数月号は今年ずっと初心者向けにパソコン特集を組んできており,これがけっこう役に立った。『現代用語の基礎知識』程度には噛み砕いて教えてくれる。次に易しいのは『ASAhiパソコン』。『DOS/Vマガジン』はまだ早い。いま暫くは継続的な知識の摂取が必要と見て,取り敢えず『日経パソコン』を採ることにしたぞ。

さてオペレイションPは発動されたものの,これまでのどの作戦よりも遂行は難しい。なにぶん高価だし選択を誤るとただのごみより始末に悪い。群雄割拠栄枯盛衰日進月歩毀誉褒貶神社仏閣の世界なのである。
現在パソコン界は3色に塗り分けられる。DOS機・PC98・Macのみっつである。初心者は他を考えなくて良ろしい。決して少数派についてはならないのだ。
81年に初登場したパソコンはIBMの手になる物だったが,仕様を公開しOSは外注に出している。マイクロソフトにとっても運命の分かれ道だった訳だ。
無数の互換機とソフトハウスを従えて世界に君臨するIBMだったが,悔しいことに合州国に次ぐ市場でありながら頑として服従しない国がある。漢字が出にゃわしら意味ないけんねと嘯く日本だ。もともと米語を前提としたMS−DOSは漢字をうまく扱えないのである。
日本国内を牛耳ったのはNECの98シリーズである。しかし98もOSはMS−DOSなのだ。NECは漢字の制御をROM化してハード的に解決,日本語MS−DOSとでも言うべきものに変形して国内を制したのである。
Macはその卓越したGUI(Graphic User Interface。つまり視覚に解りやすい操作を実現する)で初心者をみ,グラフィックと音響の処理でその道のプロを魅了し,着実にユーザを獲得している。日本語は苦手だけどね。

10年程の間にハード・ソフトとも進化は進み,特にメモリの増大で漢字をソフト側で処理し,常駐させられるようになってきた。それで90年にIBMが発表したのがDOS/Vである(だからマイクロソフト製じゃない)。
パソコンってあれば便利なんだろうけれど高いからなあとみんなが思っているところへ,コンパックが10数万円のパソコンを以て上陸してきた。DOS/Vはハードに負担を掛けるソフトだから最新のチップでないと動かない。そんなのが一時代前のCPUを載せた98の殆ど半分の値段だったからさあ大変。そしてGUI重視の日本語WINDOWS発売である。パソコンと言えば98しか無かった日本にもとうとう世界中のパソコンメイカが参入してきた。NECは泡くっとるが,消費者にとっては良い世の中になったのである。

DOS/VのIBMまたはその互換機・日本語MS−DOSのNECまたはその互換機・独自路線のアップル,まずはどのOSを採るか。
まぁこれはあんまり悩まないでDOS/Vを採る。DOS/V機は世界標準で世界中のメイカが大量生産しており,コストダウンが効いて安い。当然ながらソフトの数も多い。日本語のソフトはまだ98用に分があるが,有力ソフトは必ず翻訳されるしソフトハウスにしても98だけに提供することはあり得ない。GUIもWINDOWSの登場で,早晩Macに追いつくと見た。
僕のばあい単にNEC嫌いで動いた嫌いがないでもないが,理由はいくらでも後で立つものだ。

次はメイカ,の前にメカを決める必要がある。WINDOWS使用を前提にするとマシンパワの最低線というのが決まってくるからだ。
やはり肝心なのはCPUだ。今は最低でも486SXでクロックが25MHz以上でないとうまくない。
486てのはインテルのCPUチップの型番で,他に286・386があって数字の大きい方が高性能である。SXはDXから数値演算用のコプロセッサを抜いた物だから勿論DXの方が良い。
クロックが25MHzということは1秒間に命令を2500万回こなせるということだ。上位に33MHzがある。ただクロックはマシン内部で逓倍できるので33MHzを66MHzで動作させられる。この場合はDX2と表示される。
486DX/33MHzが欲しいけど取り敢えずSX/25MHzを買っといて後でオウヴァドライヴプロセッサを付けてSX2/50MHzにアップするといったテクを使える。ペンチウムと言う最高級チップを除けば486DX2/66MHzが最速である。高いよ。
メモリは4MBが必須,これはWINDOWSが要求する最低メモリ量と考えるべきで本当に4MBで済ませたら何も動かないと思って良い。8MBは欲しい。ハードディスクは100MBから。主流は200〜500MBだそうだ。
キイボードは日本語変換キイの付いたもの。FDドライヴァは3.5in.の物だけで良い。5in.はもう要らん。拡張スロットル(増設機器を繋ぐところ)は3本もあれば良いのじゃないか。この辺になると僕もよく解っていないが,ま,うまいことなってます。

カタログで見ると恰好良くフルセットで写っているが,特売30万円なんて書いてあってもそれは本体とキイボードだけの価格である。他にディスプレイとマウスと,普通プリンタが要る。
ディスプレイの主流は17in.に移りつつある。できたらトリニトロン管が良ろしい。マウスはマイクロソフトのが良い。プリンタはバブルジェットかインクジェット。B4紙に打てないと困るなあ。

いよいよメイカである。
本家IBMかコンパック・デルデック辺りが売れ筋で安心。PS/V2405-YAB・ProLinea4/33・433/L・LPV433dxてなところでどうだ,いずれも486DX/33MHz。
コンパックが安くて良いがどうもコンパックと聞くと,タラララッタタータッタターラッタラーチェックメイトキングツーへいビッグジョン左へ回ってしまうなあ。なるべくならIBM純正の物を買いたい。互換機は飽くまでも互換機であって,ソフトや周辺機器のサードパーティもIBM機については完璧に動作する製品を作るけれども,互換機について保証するものではないからだ。
では,秋葉原へ参る。

今までパソコン売り場なんて注意していなかったんで,どんな売り方をしているのかも定かでない。セットでもバラでも売るんだからオウディオ機器と同じだろう,ミニコンポを買うつもりで良いか。
と,きょろきょろしていると,何だかなあ,マニアックなオウディオショップにアニメLDの客が集まってるみたいだぞ。僕はもっと,当店特選コンポ組み合わせ価格いくらいくらてな調子で並んでいるのかと思った。
名高いソフマップはメイン店舗が工事中でお休み,ツクモ電器Tゾーンなんかを覗いたものの予習不足を思い知らされるばかりである。迷った時はコンパックのフルセットに決めちまえと楽観視していたのだが,前述のとおりそういう売り方をしていない。生憎の雨だしつきあって貰った甘木は帰りたそうにしているし,すっかり厭になった。
殆ど諦め最後にもうひとつのつもりで入った所が,ああ・ここだよ,僕がイメイジしていたのは。明るい店内,広いフロアがIBM・コンパック・アップル・その他にざっと別れており(NECは別の階)客層も雑多,店員は商品の説明に忙しい。ブラッドベリの世界からハインラインの国に来たようだ。うまいね。
展示はみな本体・キイボード・マウス・ディスプレイのフルセットだ。しかし価格表示は別れている。立派なマシンが30万円!?こりゃ安いと思ったらディスプレイだけの値段だったりする。
IBMのコーナでいかにも客寄せ用といったモデルを見つけた。そこそこのセットで33万円。ちょうどWINDOWSが立ち上がっていたのでちょいと弄ってみると──僕だってアイコンをピックしてアプリをランさせるくらいはキャンドゥなのである──そこそこ速い。ディスプレイの解像度もそこそこある。IBMのマウスもそこそこ良いようだ。
こそこそ辺りを嗅ぎまわってみたが他に出物は見当たらず,うむーと唸って買う気になった。いや待て。あっちのコンパックも捨てがたい。むこうのデルは高いけど重装備で拡張性もあるぞ。でも初心者がパワユーザを気取っても仕方がない,やっぱりあのIBMで充分では。セットに拘ってはいかん,眼のことを考えたら別売の高級なディスプレイを張り込まねば。莫迦者,まだ後プリンタとソフトも買わねばならんのだ。周辺機器はのちのち充実させれば良ろしい。
ちっとも纏まらない。
高額商品とはいえ,こうまで僕が迷うのは珍しいことである。そうだなあ,性能を云云するような買い物はカタログ審査の段階でメイカから型番から決定済みで,指名買いをするのが常だった。下調べが足らんよ。
けっきょく買いませんでした。こりゃ参ったね。惨敗である。否,戦術的退却だ。C作戦失敗の悪夢を再現してはならぬ。

ひと晩かんがえて再び秋葉原へ。今度は単身まっすぐ前日敗走の店を目指した。やっぱりIBMのセットを購うことにしたのである。
日曜日の昼近かったのでもっとごった返しているかと思うと,あに図らんや前日より空いている。家族連れが来るような所じゃないか。フロアの案配はおんなじで──たりめーだ──最短の道のりと時間でセットの確認に行くと,あやっ,1万円やすくなっているではないか。ふむう。
ふと思い出して手近な店員に訊いてみる。わし仕事でも使う可能性があるけんUNIXも入れたいんよね,ひとつのハードディスクに複数のOSは共存できるのか。
UNIXは業務系で使われるメジャOSで,いわゆるワークステイションは大抵これで動く。ホストとのリンクに秀で,高級言語のエディタやコンパイラとの相性も良い。ライトサイジングの立役者は実はこいつだ。趣味のパソコンにもこれを採る人は居て,一時はUNIXが小型(卓上)コンピュータを統一すると言われていた,今のWINDOWSみたいにね。
僕はパソコン素人なので慇懃に質問を重ねていたのだがこの店員,だんだん様子がおかしくなる。あっ,しまった,こいつ見習いだ。わしとしたことが店員の選別を誤るとは。やっぱり姉ちゃんを捕まえるべきだった。しかし姉ちゃんは忙しそうなんよね。
一服したあと今度は賢そうな兄ちゃんに応対してもらう。あの,このセットにプリンタを付けていくらですか。どういったお使い方(聞いたママ)をします? えーっと,取り敢えずワープロで,あとはパソコン通信なんか。ワープロ(ソフト)は何を? WordPerfectでござる。WINDOWSで? WINDOWSで。
意外な展開。それならこちらの方が良ござんすと連れていかれたのがPS/V Vision 2408の前だ。Visionはオール_イン_ワンの新製品である。CD−ROMまで入って,狙っていたセットより更に速く安く,何かを買い足す必要は全く無い。外観はアップル Classic IIか富士通 FM TownsのIBM版といった感じだ。おもちゃっぽい。
実は…と店員がばらすには,件のセット,表示の製品一覧の上級機で展示してあり加えてグラフィック_アクセラレイタまで追加してある。そこそこ速い理由はそこここにあった。本当に買って帰るとトロくて話にならないそうだ。それでは詐欺ではないかと喉元まで出かかったが,ちゃんと教えてくれたんだからその場は堪えた。
でもよく考えたらさっきの見習いに,これをくれと告げていたらアウトだった訳だ。ちょい不信感わくなあ。それに,後に判ったことだが不要なプリンタドライヴァも買わされたんだな,ま,悪意は無さそうなんで許してやるが。

てな経緯でIBM製おもちゃ風パソコンを導入いたす。プリンタはキヤノンのBJ-220JC,こいつも前日より安くなっていた。諸君,パソコンは生物だ。

次回より神奈川月記はハイパー月記,文体一新で登場だ。
ナニ,高度の莫迦(High パー)だ?

不一

1993年12月1日


前月目次次月


SE
 一般にSEは映画やドラマの効果音(SoundEffect)のことであろうが,ここではシステム_エンジニア(SystemEngineer)である。乱暴に言ってコンピュータに何をやらせるのか設計図を書くのが仕事だ。例えば「経理システム」を構築しようとするとき,伝票DBをああして社員DBをこうしてここで顧客DBをそうしてとシステムそのものを設計するのがSE。実際にああしたりこうしたりそうしたりするプログラムを設計するのがプログラマ。プログラマが書いた仕様書(プログラム設計図)を読んでプログラムを書くのがコーダ。コーダが書いたプログラムをコンピュータに打ち込むのがパンチャ。実際にはSEが全部を兼任したり,プログラマがコウディングまでやるのが普通。

戻る


ペンチウムと言う最高級チップ
 訛ってるがPentiumですな。93年ともなると昔話以外の何ものでもないなあと思って読み返していたのだが,ペンティアムってもう出てたのだなあ。(98年12月記)

戻る


C作戦失敗の悪夢
 コンタクトレンズ装着作戦(Operation C)が10万円かけながら僅か1年で頓挫したことを指す。

戻る


written by nii.n