神奈川月記9206

前月目次次月


冠省
高がプラモデルと雖も進化はするものであって,殊にロボット物はそれが著しい。8年前のバルキリーの関節は偏にプラスティック通しの摩擦に頼っていたからすぐ莫迦になりこれもんでぶらぶらしたのだけれど──なにしろ自重に負けて立っていられないのだ──今は硬質ゴムパイプを雌ジョイントに使って持ちが良く,ポーズを作りやすい。
バンダイは更に接着剤をも追放しており,パーツは全てスナップ_ボタン式に留めて固定する。きっとガキ共がセメントの溶剤で(故意に)ラリるのを恐れての処置だろう。加えてカラー部品ではランナからして複数の色が載っている。ひとつのパーツが塗り分けられているのではない,1cm足らずのパーツが既に2・3個の色違い部品の組み合わせでできているのだ。
自動車のウィールも昔はリベットをトンカチで打ち込んだものだが,やはりゴムパイプで車軸を受ける方式に変わった。またせっかくのクリア_パーツが汚れないよう見えない所へ糊代を延ばす工夫が凝らされている。

何十体となく作り飛ばしてきたプラモ群,最期はどうなったんだらう。憶えているのは少ない。
ガキの頃はよく裏山へ持って行ってコクピットやら砲塔やらへ2B弾あるいは爆竹なんぞを詰めて爆裂させていた。結構リアルに,と言ってもTV番組の特撮シーンふうに破裂飛散したものである。その後2B弾は御法度となったが,今のガキはどうしてるのかな。
家の風呂には電気温水器に併して焼却炉(紙屑を処分する)が喰っついていたから度度それも使った。紅蓮の炎に包まれてビスマルクやミグ25が溶解していく様を奇妙な感慨を持って眺めた。
近年は専ら燃えないごみの袋に突っ込む,おもしろくとも何ともない。

捨てるに惜しくないようなのばかり買っているのだけれど,ひとつだけ大物がある。この正月休み対策に製作した1100カタナである。
何と言っても1/6スケイルだからでかいでかい。全長377mm・ウィール(タイヤ込み)の直径は105mmもある,尤も重量は470gで1/194ね。
19in.TVの上を占有して,威風あたりを払うと云った趣がある。これも無塗装なのだが,オリジナルが銀一色だしブリンカとテイルランプがちゃんとその色なので下手にペイントするより実車に近付いている。高価なだけあって(6000円)前後サスペンションも可動品。早いとこ250カタナのモデルが出ないかしらと首を長くして待っているところだ。

もう大体めぼしいのは作り盡くした感があって,おもちゃ屋に行っても肩を落として帰ることの方が多い。プラモデルなんて作る間が命であって,できあがってしまえば用は無いてなもんだがね,同じ物を作り続けるのは尋常な精神ではない。
次に狙っているのは,プラモと呼ぶには部品点数が少ないかもしれないが,電動ヘリコプタかリアルスケイルのモデルガンだ。

ラジコンヘリは昔は40万くらいして高嶺の花だった。操縦がめったやたらに難しく,あっと言う間に墜落して数十万円がオシャカの世界である。昨今ずいぶん安くなったとは言え金の掛かる道楽なのに変わりはない。第一ぼくのやりたいのは,左のスピーカを発進・ベッドの上でホヴァリングしてから右のスピーカヘついっと着陸てなパフォームだから排煙もうもう騒音ばりばりのガソリンエンジンではまづいのである。電源コードをぶら下げても良いから──そう言えばUコンなんつう飛行機があったねえ,誰も知らねえか──電動モータヘリ登場の必要があった。
その電ヘリ,出たことは出たのだがやっぱり10万円かそこらはする。それに滞空時間が1分とか2分とか云う単位だ。電池の容量うんぬんよりも発熱に耐えられなくてモータのフェライトがすぐ莫迦になるらしい。下手をするとフライトの度にモータ交換である,それでは幾ら何でもと云うことで,購入はもう少し待たねばならない。

一方の雄モデルガンはぐっと現実味と実用性がある。暴漢と対峙した際ヘリをぷたぷた飛び掛からせるのと拳銃を構えるのとどちらが威嚇に有効であるかは考えなくたって判る。本物ならゴルゴの言うようにリヴォルヴァを選ぶべきだが,おもしろいのは何たってブロウバックするオウトマ銃だ。カートリジ火薬で排莢と自動装填の様子を楽しむのも捨てがたいけれど,BB弾だって弾の出る方が良ろしい。
ブロウバックと射撃を両立させるとなると現状ではガスガンしか無い。僕がこれまでに買った奴はBB弾にせよ鼓弾(これも懐かしいですねえ)にせよ1回1回ボルトないし遊底を手動でコッキングしてポンプに空気を圧搾させるタイプだった。こう云うエアガンではブロウバックまでは無理だ。
ガスガンのガスは時代の寵児から世界の仇敵へと急転直下のフロンである。日本でフロン削減が噂され始めた途端マニアはフロンボンベの買い溜めに走った,まぁモデルガンとはこう云った人達に支えられるホビイだ。別にフロンでなくたって構わないんで,今はもう代替ガスが出回っている。フロンと違って弱燃性だが,キンチョールよりは安全だろう。
で,僕の買いたい銃は。撫で回す悦楽も不可欠な要素であるから遊底や撃鉄は固よりセイフティ・マガジン_チャックに至るまで完全可動でなければ殆ど意味が無い。またバイクと同じで適当にメカメカしくないとつまらないものだ。従ってオウト_マグナムやコルト_カヴァメントは退屈な部類,本命はベレッタである。

はっと気が付けばボーナスの季節だ。オペレイションCの失敗を打ち消す有意義な買い物をせんければならん。せんければならん。ガンかヘリか,ガンヘリか。


計画そのものは10年前からあったのだ。当時ぼくは熱心なFMエアチェッカだったし落語の蒐集も本腰でなく聞くものと言えば『ビートたけしのオールナイトニッポン』1本だけだった。即ち興味が無かった。すっかり忘れていたのだ。
僕がAM放送のステレオ化を知ったのは試験放送の始まる前日である。今さら何故と言うよりこんな新趣向が僕のレイダーに引っ掛からなかったのは少なからずショックだった。昨今はビデオ系に傾注していたとは言うものの何たる不覚,ゴルゴが写真を撮られたくらいのドジである。

AMステレオ放送は合州国が先輩だ。当初は5方式が乱立していたが10年間の淘汰でモトローラ(カー無線で有名ですな)のが残った。日本でやるのもこれで,伝送方法はFMと同じマトリクスである。
原音2chを和信号(L+R)と差信号(L-R)とに変換して搬送された電波から,チューナが足して左ch((L+R) + (L-R) = 2L)・引いて右ch((L+R) - (L-R) = 2R)を算出する。とうぜん従来ラジオでは駄目だけれど,和信号(即ちモノラル信号)を検波するから互換性は大丈夫。

僕のチューナは9年前の,新製品がみんなシンセサイザになってFMの多局化だ多局化だと掛け声ばかり上がっていた頃のパイオニア製品である。もうリタイアさせても良い。
もともと単品チューナのAMはFMのお負けやついでに附いているようなところがあるのだけれど,僕としては現在FMを聞くことは皆無でありむしろ優秀なAMラジオが欲しい。ステレオ化のようなエポックメイクはじゅうぶん交換の動機になるのである。

ところが。ハードが無い。全然ないのだ。あるのはアイワソニーの競馬ラジオみたいなポケッタブルだけ。広報だって放送開始後にTVスポットがちらほらでFM誌・AV誌は黙殺に等しく当のラジオ局もそう喧伝しようとしない。どう云うこと? 3月スタートなら前年秋の新製品から「AMステレオ対応!」と銘打ってシスコン・ミニコン・ラジカセ,大物量で買い換え需要を捻り出すのがメイカの常ではなかったか。CDの時なんか「AUX」の文字を「CD」に書き替えただけのアンプを「デジタル対応」ってばら捲いたじゃないか。

今回の冷遇は腑に落ちん。PCMプロセッサの時より判らん。潜在需要はかなりある筈である。
そりゃAMをステレオにする必然性は無いけどさ──別に音質が良くなる訳じゃない──ったく僕が興味を示したらやらねえんだからなあ。

不一

1992年6月6日


前月目次次月


written by nii.n