神奈川月記9112

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冠省
コダチは専ら休出の時の足に使はれ,納車後3箇月にもならうかと云ふのに400kmと走ってゐない。そんな使ひ方だからいつまで経っても走行距離が伸びず──+30kmだ──翻ってそんな使ひ方の割には数字が出てゐるとも言へる。即ち休出が多い訳だな。

通勤路は国道15号線でまたの名を京浜1号・この近所では特に***,マンションの真ん前から品川へ向かってまっしぐらに進み**の直前で左に曲がれば良ろしい。大変わかりやすい。
とは言ひ条ルートの確立には幾度か試行錯誤があった。わざわざ右折して──そこでは往復8車線ある──全く逆方向の平和島に行った事があり,実は今日も間違へて路地を1本はやく曲がった。今いち本気で憶える気が無いのである。
所要時間は電車で行くのと変はり無い。30分強である。交通量は多いがコーナもアップダウンも総じて緩やかでスピードの乗る区間もあり,快適な道路だ。もちろん信号は多くジャムりやすく,積極的に擦り抜けをやらないと,つまり自動車だと,1時間は見ておかねばお家に帰れない時間帯もあるのだが。

家路を急がないで流してゐると,川崎でお巡りさんがやたらと車の列を誘導してゐる。皇太子が嫁さんを捜しにでも来てゐるのかしらんとちらと思ったけれど,それなら彼の前の信号機をみな青にしてしまへば済む事だ(むかつくが実際さう云ふ操作は行なはれてゐる)。
ふと見るに当の信号が消えてゐる。単なる故障だらうと軽く考へその時は気が付かなかった事には,街中の光量が足りない。車のライト以外はみな消えてゐたのである。
帰ってから偶然ニューズを観て,それが大事故であった事が判った。幸区の変電所がダウンしたのだ。施設の一角がショートした為の停電らしい。何やっとんのや阿呆んだらがと毒突きたくなるけれども,作業員が高圧線に触れて感電死したのだと聞けば,罵声も喉元で止まってしまふ。殉職なんてしたくないねえ。


86年以来私文には歴史的仮名遣ひを採り続けてゐる。さうした理由には,

  1. 当時(86年頃)内田百間を愛読してゐた
  2. 現代仮名遣ひに不審な点が多かった
  3. 文章に署名性を持たせたかった

等がある。
外に遣ふ奴が居ないからと云ふ事で3.が一番つよいのだが,2.が欠けてゐれば勿論こんな真似はしなかった。

現代仮名遣ひに纏はる疑念の最たるは,発音通りに表記すると言ひつつ余りに例外事項の多い事だ。きっと本則より多いぜ。
「経営」は大抵「けーえー」と発音されるが「けいえい」と書く。「言う」は「ゆー」なのに「いう」である。活用に至っては歴史的仮名遣ひで「言ハない・言ヒます・言フ・言フとき・言ヘば・言ヘ」とハ行にきれいに納まってゐたのが「言ワない・言イます・言ウ・言ウとき・言エば・言エ」,ワ行とア行に跨がってしまった。これではあの精緻な五十音図が泣くと云ふものだ。
何故「公理」が「こうり」で「氷」が「こおり」なのか。元元「こうり」「こほり」と綴ってゐたからだ。つまり現代仮名遣ひを正しく書く為には,歴史的仮名遣ひを知ってゐなければならないのである。
「ち・つ」の連濁も不可思議だ。「稲妻」は「いなずま」なのに「新妻」は「にいづま」である。「心中」は心の中なら「しんちゅう」で,情死の場合は「しんじゅう」になる。ここはどうあっても「しんぢゅう」でないとをかしい,「ちゅう」が濁るからこそ「ぢゅう」なのだ。

現代仮名遣ひは終戦直後GHQの圧力に因りひと晩でできたやうな代物である。当の圧力も誤解に基づいた物だったのだ。彼等は漢字の難解さに仰天し,こんな悪魔の文字が一般民衆に習得できる筈が無いと思った。特権階級が知識を独占し大衆を無知に置いて操作してゐたのだと考へたのである。従って日本語表記は漢字レスの表音化ひいてはローマ字化が望ましいと。
しかし実際に識字率を調べてみたら本国より文盲が遥かに少なかったんだなこれが。あれあれっとよろけたところで,御先棒担ぎが引き継いででっちあげたのである。そしてその中に国語学者はひとりも加はれなかった。
御先棒担ぎとはカナ文字会や日本ローマ字協会の人達である。カナ文字(ローマ字)表記が如何に他を圧して優れ日本語に適してゐるかを力説した文書が漢字仮名交じり歴史的仮名遣ひで謳はれてゐたと云ふコントのやうな事実がある。

近年べらぼうにをかしかったのは,助詞の「は・へ・を」は「は・へ・を」と書くと云ふ国語審議会の決定である。どう云ふ事かと言ふと,本来表音表記の観点に則り「僕わ駅え行く」と記さねばならなかったのが,慣習として仕方無く認められてゐた「僕は駅へ行く」へ後退したのである。初心を忘れたのだ。

いま日本語の仮名文字化あるいはローマ字化を本気で望む人はまづ居ないだらう。ワープロが発明されたからである。今後日本語の行方の鍵を握るのは実にワープロであらう。先述の助詞のケイスもワープロ業界から圧力が加はった結果ではないかと僕は睨んでゐる。
ワープロは良くも悪くも日本語の表記を固定してゆくに違ひない。ちょっとした国語辞典(と言ふより用字辞典)になるし,読めるけど書けないから避けてゐた漢語も遣ひやすくなる。校正と推敲の簡便さは紙と鉛筆では得られないものである。悪筆を隠蔽する効果も大きい。ワープロならではの誤植(同音異義語の明らかな選択ミス)もあるけれど,なにしろ日本人が初めて手にした思考補助ツールである,苟も文筆業者たる者これを使はないではゐられまい。

さて,実際に歴史的仮名遣ひを遣ってみると,思ふよりずっと気持ちが良い。もっと書きづらいかと案じてゐたら,辞典を牽く頻度も現代仮名遣ひの時と殆ど変はらなかった。
尤も僕の仮名遣ひは,一目瞭然だけど新仮名との折衷用法である。拗音・促音は小さくするし漢字は新字体だし字音は新仮名表記(例へば「機関車」を「きくゎんしゃ」としない)なのだ。何故と言ふにワープロに打ち込む際の都合もあるのだけれど,「しりゃう」「しれう」がそれぞれ「死霊」「資料」であると,僕自身さすがに関連が付かないのである。それは漢字を遣へば解決するしまた漢字を遣はねばならないところだが,「今日」や「十」が既に通じにくい。
さうなのだ! 歴史的仮名遣ひの擁護者を粉砕するのは次のひと言で済むのである。

あぁ現代仮名遣いが穴だらけなのは解ったよ。でも現代に生きる我我が何で契沖の時代の表音表記に従わねばならんのだね。

実験的に始めてみた歴史的仮名遣ひ,ちゃうど5年たった事だし,もう良いかなと云ふ気がしてゐる。歴史的仮名遣ひで作詞もできればギャグも書ける事は充分わかった。つまりどっちでも良いのだ。こんご歴史的仮名遣ひは廃止すると明言するのは避けるが,私文で必ず遣ふと縛る事も止めにしたい。いま僕の関心は漢字と仮名の混ざり具合にある。

不一

1991年12月19日


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内田百間
 漱石の弟子筋。百間の間はほんとは門構に月。

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契沖
 江戸前期・17世紀後半の国学者。当時の仮名遣ひを万葉時代からのサンプリングまで援用してフィクスした。

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written by nii.n