神奈川月記9110b

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冠省
先回いよいよハイビジョンの本放送が始まると云ふところまで書いといて,サゲるのを忘れてゐた。
現行NTSC方式のTVは画面の縦横比が3対4・走査線525本(実際は260本余り)で毎秒30枚の絵を映す。対するハイビジョンは縦横比9対16・1025本の高精彩である。ハイビジョンの絵は確かにすばらしく,秋葉原で観たデモは誇張でなく衝撃的だった。走査線が見えないのだ。画面が明る過ぎ色温度が高過ぎるのでTVの絵と知れるが,ディテイルの表現は完璧である。舞子さんの顔のアップは肉眼視そのまま──あ,いや,舞子をそんな傍で見た事は無いけれども──と言って良かった。これではハイビジョンでシリアスなTVドラマは撮れない,セットを組んでも粗をみんな暴いてしまふ。

ハイビジョンのブラウン管は一見して横長だから電源が切ってあってもすぐにそれと判る。ところがNTSC通常TVでありながら同じアスペクト比のTVセットが登場してゐる。何で何で,どう云ふつもりだ。
見掛けが同じとは言へそれは飽くまでもNTSCのTVなので,ハイビジョンをそのまま映し出す事はできない。主な機能としては,

  1. ハイビジョンからダウンコンヴァートしたNTSCで9対16の画面を描く
  2. ヴィディオソフト・LD・映画番組などのヴィスタ_サイズを画面いっぱいに映し出す
  3. 3対4のNTSCを9対16に引き伸ばす(上下端をトリミング)
  4. 9対16画面の中に3対4通常画面を載せる(両サイドは黒ベタ)

てなところか。
VAジャーナリズムでは例に依って絶賛の嵐,明日にも横長時代が到来しさうな勢ひだが,横長って本当に良いのだらうか。

非ハイビジョンの横長TVで有益なのは実のところ1.だけではないかしらん。
何故って2.3.4.の機能は信号がTVセットに這入ってからの画面操作で作り出すものだ。入力情報は所詮NTSC規格であって,如何にハイビジョンCRTを用ゐようと画面を描き出す走査線は525本相当に過ぎない。TVで観るヴィスタ_サイズ(ほぼ9対16)はもともと走査線を390本しか使ってをらず,それを画面いっぱいに引き伸ばしたところでTV画面を虫眼鏡で拡大するのと同じ理屈である(つまり映画ソフトでヴィスタ版とトリミング版とがあったら後者の方が解像度の点で有利と云ふコト)。
上下端カットの3.は525本の画面のうち中央の390本分だけを映すものであり,4.では27in.の横長TVを買っても20in.の画面しか使はないと云ふ事だ。よく考へたら横長TVとは現行TVの左右を伸ばしたものではなく,上下を縮めたものなのだ。こんな莫迦な商品は無い。

と云ふ訳で僕は横長TVを疑問視してゐる。1.についてもわざわざ横長TVを買ひ込む程のメリットではない。お負け的な機能に大金を叩くよりハイビジョンセットが安くなるのを待つ方が賢明だ。いづれ横長がTVのスタンダードになるのは間違ひ無からうが,10年かそこらは掛かるんぢゃないかな。


広島うまれの玄海そだち(嘘つけ)でありながら牡蠣が嫌ひで自動車に余り興味も無く,広島弁も高校時分に遣ふのを止めてしまった。従って出身地を訊かれるままに答へると,え・広島なのにどうたらかうたら,となのに付きでよく言はれる。
昨今の日本は「東京」と「東京以外」の2極分化が更に進行してをりロウカリティ(東京以外の)はさほど意味を持たないのだけれど,出身地を明かして次の話題に繋げるべきキイワードを僕が持たないものだから仕方無いと言へば仕方無い。あ,いま思ひ出して腹が立ってきた,広島・長崎人に原爆関係の冗談は一切つうじないと考へた方が良い。軽蔑されること請け合ひである。黒人に「ニガー」と呼びかけるのにほど近いだらう。

世界はいざ知らず日本において広島産でいちばん有名なのは,どうやら広島カープであるらしい。僕の出所が判る途端に「きのふ広島かった(負けた)ねえ」とそっちへなだれ込む人が少なくない。
まぁ予断としては頷けるし的中率も高からう,でもあいにく僕はカープファンぢゃなくって,それどころかプロ・アマ問はず野球そのものを殆ど全く識らないのだ。僕がガキの頃は高校野球でも広商や広陵がちょくちょく優勝してをり,それでも知らん顔だったんでもう筋金入りである。今でこそ皆が参加する物には手を出さないと云ふ原則が僕の中で確立してゐるものの,当時野球に冷淡だった理由はもはや霧の彼方である。
ただ広島に住んでゐてカープの影響を全く受けずには居られない。今でも強いて応援するとしたら広島だ。と言ふのも親爺が余り積極的ではないにせよカープ_ファンで,年に何回か僕を連れてくれたせゐ(招待券だと思ふ)である。ただし僕の方は試合そっちのけであって,行けば場内売りのアイスクリイムなんぞを買って貰へたからこそお伴したに過ぎない。21時を回ったら眠たくって──まだカープがセリーグの寄生虫と呼ばれてゐた頃の話だ──早く帰りたかったのを憶えてゐる。

そんな僕がこのあひだ14年ぶりに野球を見に行った。最後に見たのは母校の高校野球地区予選であって,プロの試合となると17・8年前に遡る。
所は川崎球場・カードはロッテ対オリオンズ,と思ったらロッテ近鉄だった。ロッテオリオンズの語呂だけ憶えてをり,それが全部ひと球団の名前とは解ってゐなかった。まぁ僕の野球知識なんて,こんなもんだ。
ペナントレイスの大勢は決してゐたし余り人気の無いカードくらゐは聞いてゐたから,ダフ屋が居たのには随分おどろいた。入場のシステムがよく判らなくて入口でもたもたしてゐると,「ニイちゃんニイちゃん,券あまってたら買ふよ」と僕の姓まで調べあげてある。後述の通り空席の方が多いくらゐだったのだが,あれで商売になるのが不思議だ。

川崎球場

内野自由席のエリアで1塁(ロッテ側)の遥か後方に陣取り,ファウルライナの直撃を喰らひさうである。観客席はお世辞にもきれいとは言へないけれど,台風一過の人工芝が目に沁みるやうに鮮やかだ。球場はTVを通して観るよりずっと狭く感じる,尤も端から端まで走ったらさぞ息が切れるだらうが。
川崎球場は客の這入らないので有名ださうで,今年を最後にロッテも見限るらしい。なるほど入りは良くはなく,外野では5・6席つかって寝転がる輩も多多みうけられた。デイゲイムとあってお弁当を遣ふグルウプが多い。どうも近所に住む人がピクニック代はり・暇潰しに来る所のやうだ。声援強要オヤヂは空回りしてゐるし大した応援団は組まれてゐないし,勿論ウエイヴなぞ無かった。ロウカル球場としてはおよそ理想的な環境に思へる。

この試合は近鉄の優勝の可能性を賭けた大切な一戦の筈だのに,ゲイムの動きと言へばホームランとエラばかりである。場内の雰囲気と相まって完全に草野球を家族が応援するの図になってゐる。ええと,3時間半ほど掛かったかな,8対5くらゐでロッテが勝った。
TVの生中継が這入ってゐたのでその晩のスポーツニューズも観た。
眼を疑ふね,1/200のダイジェストに纏められた試合経過たるや,あのほのぼのしたゲイムが関ヶ原決戦に擦り替へられてゐる。TVカメラを介してズームアップやカット割りが施されるとぜんぜん印象が違ふ。まるで別物だ。やっぱりTVは信用できない。事実を撮ってゐるとは言ひ条,視点と取捨選択の意思が這入り込めば立派に嘘が吐けるのである。


9月に這入ってからと云ふもの,秋雨前線が絶え間なくジャブを繰り出し土日は狙ひ澄ました台風のストレイト・アッパカットの連打である。かはいさうにコダチ(GSX250S)はずっとシートカヴァを被ってじっとしてゐた。
さうかうする内に1箇月点検の期日である。僕は何箇月後にならうとも1000km走った時点で出さうと思ってゐたのだが,わざわざ店から電話をくれて,次の休みに持ってこいと言ふ。購入後50日以内ならこの点検は無料(消耗品の実費は別)なのだ。その週の土日を逃すと期限を過ぎてしまふ。
実はこのとき累積走行距離は200kmにも達してゐなかった。それも半分は納車日とその翌日の成果である。こんなのはツーリングなら半日の行程だ。正直いってこの数字はちと恥づかしい。

当の週も相変はらず低気圧である。土曜日も雨で日曜に賭けたが果たして降り止まない。雷神風神に知己の無い限りどうにもならぬ。
観念してカヴァを剥してみたら早くもあちこちに錆が浮き始めてゐた。濡れたままカヴァに覆はれ短くとも月金はシート下で蒸らされるのだから無理は無い,とは言へ誠に不憫な境遇である。殊にチェンの錆には胸が痛む。僕の怠慢をコダチが責めてゐるやうだ。

1箇月点検でさう大した事をやる訳でもない。目玉はエンジンオイルとオイル_フィルタの交換で,後は各部の増し締め程度だ。ただ200kmやそこらの走行ではオイルだって汚れる暇が無い。実際チェンの初期伸びを取る必要さへ無かったくらゐである。
それでも往路と復路とではコダチの機嫌ががらりと変はった。否,店に行く時でも快調だったのが帰りは更にぶんぶんと回る。やっぱり喜んでゐると見える。
僕の方もやうやくおっかなびっくりが取れてきた。DDはCCライダー,もう許さないぜ(何をだ)。1箇月に,50kmは走るぜ。何だい,少ねーぢゃねーか。

不一

1991年10月23日


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広島うまれの玄海そだち
 演歌のフレイズの捩りだけど元ネタ判りません。ごめんなさい。

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DDはCCライダー
 RC Succseccion大ブレイク直前の佳曲。

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written by nii.n