神奈川月記9101

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冠省
去年の『東京月記』を読み返してゐたら,こんな記述があった。

昨年末の有馬記念でもスーパークリーク(3枠)とオグリキャップ(1枠)を単勝で買ひイナリワン(7枠)ともう1頭(2枠)を連勝複式で押さへといて鉄壁の布陣と余裕の態度で居たら,イナリ−クリークと3−7が這入りやがった。こんなんあるかい。

ふっふっふ。今回は違ふぜ。

前にも書いたけれど,御当地では競馬が盛んだ。JRAの巧妙なCFに武豊・オグリキャップの二大スターが相まって近年は女の子の参加が目立つ。尤も賀来千賀子のやうな女は居ない。あれはやはり不動産屋の窓に×印つきで貼ってある客寄せ物件なのだった。なーにがオヤジギャルか,莫迦垂れが。金が無くてOL並みの渡航や買ひ物のできなくなっただけの癖に。

この有馬記念はオグリキャップの引退レースと云ふ事で普段に増しての盛況である。
オグリにはグルーピイが付いたり──別に獣姦マニアぢゃないだらうが──縫ひぐるみが作られたりと,競馬史上もっとも人気が高いらしい。甘木も大きな縫ひぐるみを買ったさうで,しかしどう見ても徒の馬の縫ひぐるみなので正直にさう云ふと厭な顔をされてしまった。困ったな。

オグリは絶対に来ないと睨んで他の駒を選ぶ。夏場に故障したとかで彼(彼女かもしれんなあ,そんな事も知らない)は今期後半ぱっとしなかった。発表された枠順を見ても単枠になってゐない,それほど力量が落ちてゐるのだ。
ありゃもう駄目でげすよ旦那,こないだも惨敗したんですぜ,もうとっくに終はった馬でさあ,悪いこたぁ言はねえ,あっしを信じた方が良うがすよ。煩いね,ちょっと黙ってなよ,うむー,メジロアルダンにメジロライアン,3枠−4枠のメジロづくしフィニッシュと見た。どーんと2000円の一点買ひだ。
TVに載るやうなビッグレースばかり年に何回か賭けてゐるのだけれど,まだリアルタイムで様子を見た事は無い。今回も観逃した。それで夜のニューズでオグリが勝ったと聞いた時にはがっかりしたネ。
何だぁ,あんな不調な馬が引退レースで優勝だ? 出来レースぢゃねえのか。え,2着はアルダン? あ,惜しかったんだナ。何,オグリは4枠だと。3−4来た。来た。うおおー,オグリ偉い。

いやー,有馬記念,取ってしまひました。7.2倍ついて1万4400円。ありがたい。これで今年の収支がとんとんになりました。おいおい,結構まけてんぢゃねーか。


明けました,おめでたう。
暮れの30日。洗濯をするので全自動静御前を動かしといて風呂に這入り,御機嫌で上がって部屋に戻ったら足下でじゃぶっと音がしてじんと冷たくなった。居間で水音がするなど,尋常ではない。真っ先に思ったのは風呂場の水漏れだったが,如何に格安の部屋とは言へ鉄筋のマンションである。シャワーがコンクリを透過する筈が無い。台所は使ってゐなかった。後は。

わあ,洗濯機の排水ではないか。
僕の静御前は揚水ポンプ付きであってキチンシンクに無理遣り汚水を流し出してゐる。しかしてそのホースの先端は,だらしなく床を這ってゐるのだった。あーあ,夜が明けたら帰省するつもりだったのに。
洗濯機の周り1.5mは水浸しである。推定100Lが床に流れた。手持ちの掃除機は耐水性でないから吸引させる訳にも行かず──さう云ふ掃除機もある──そして僕は途方に暮れる
絨緞が吸ってくれたお陰で浸水域の面積は最小で済んだけれど,うっちゃっておける量ではない。きれいに洗ってしまってあったタオルやお払ひ箱寸前のシャツをばら撒いて水を含ませ,とにかく移動させるのが先決だ。脱水槽と乾燥機もぶん回してできる限りの除水を遂げ,残りは蒸発に任せるしかないだらう。でもまだじゅくじゅくなんだ。

このまま部屋を空けるのは何だか気が引けたのだけれど,一応の手当てが済めば僕は居ても居なくても同じ事である。エアコンを点けっ放しにして予定通り早朝のひかりに乗り込んだ。
ぶちまけたのはHiトップの溶液である,しかもパンツを洗った奴だ。絨緞もかなりくたびれてをり,首尾よく乾いたにしても染みの年輪が付いたり異臭が充満したりは充分あり得る。また入居時から家財保険(2年間1万5000円の掛け捨て)に這入ってゐるから,万が一階下へ漏水しても賠償は心配ない筈だ。しかし迷惑を掛けるのは本意でない。大丈夫とは思へども在広中気懸かりだった。
明けて2日の夜もどってきてみると,果たして絨緞は乾燥してゐた。へえ,乾くもんだね。取り立てて目立つ汚れも無く,旧に復したと言って良からう。今のところ下の住人に怒鳴り込まれる事も無い。

洗濯機と乾燥機の電源はキチンシンク下のコンセントから3極4口のテイブルタップを引っ張ってきて採る。器械からはそれぞれアースラインが出てゐるのだけれども,それは普通の2極プラグと独立したアースコード(緑の被覆の奴)とに分かれてゐる。
両機と序でにファクシミリのアースも纏めて──原始的に縒り合はせただけ──タップの螺子端子に落とすのだが,事故当時むき出しの接地端子は大袈裟に言へば水没してゐた。お負けに洗濯機はまだ稼働中だった。
いやー,危なかったね。悪くすれば一歩部屋に踏み込んだ所で感電してゐる。ひょっとしたら命拾ひしたのかもしれない。感電防止の為のアースで感電したら洒落になんないよ。


単車に乗りてえ。
前回さんざん書いておきながらもう1回かく。まだ置ける状態には至ってないんだけど,気が高ぶってどんならんでほんまにも。
買ふバイクを決める為にまた条件を列挙してみよう。変に番号を付けて絞らないで,欲しい属性を思ひつくまま並べたてる。

これだけ全部そろった単車も作れない事はないな。

興味は完全にオフロウドに傾いてゐる。あれこれ迷ふと簡単に半ダースは候補車が出てくるから,車検無し・4スト・中型に限定してしまふ。さうするとスズキのDR250SH・ヤマハのSEROW225の一騎打ちと云ふ事になった。

抜群に恰好良いのはDRである。油冷単気筒に倒立サス・アルミ製スウィングアームと,メカマニアが泣いて喜ぶハイテク_マシンである。しかもこいつは車高調整装置が付いてゐて,シート高を2段階に変へられるのだ。
オンロウドとオフロウドとは外観でたいがい区別は付くが,オフロウド度はエンジンの取り付け位置で計る事ができる。前後輪の車軸を結んだ線分よりエンジン_ユニットが上にあるのがオフロウド車である。凹凸の激しい路面にエンジンをぶつけないやう持ちあげてある訳だ。
ユニットが上に付けばシート位置は更に高くなるのが道理であって,オンとオフとではシート高が10cmは違ふ。ホンダのXLRに乗った事があるが,これは僕でも爪先立ちに近かった。両足ぺったりでまだ余裕綽綽だったコガタナとはえらい違ひである。
DRはXLRと同じかむしろ高いくらゐ。停車の多い市街地ではちょっと不安が残る。そこで車高調整機構が効く。具体的な数字で言ふとシート高870mmと825mmを選択できるのだ。5cm足らずの寸法でもライダに取っては激変である。
仕組みを明かせば油圧でリアサスのイニシャル_ロウドを増減するだけなのだが,スイッチひとつで走行中にも変更できるのが味噌なのである。正にオールラウンダのトレイル車だ。

対するセローは全く逆の行き方で完全なオールラウンドを実現した逸品である。ロウテクの塊,しかし正攻法に徹した車体は軽く小さく,従って出力を欲張らなくてもアクセルを元気よく開けられる。獣道へ分け入るやうな使ひ方を想定しての造りだから,結果的にどんな道でもストレス無く走れるのである。そしてDRより10万円以上やすい。

良識ある大人なら間違ひ無くセローを選ぶ。僕の理性と見識だってセローしか無いネと言ってゐるのである,しかしながら趣味と見栄坊の部分がDRにしようヨとごねるのだ。
例へるなら──時節柄──F18ホーネットとF14トムキャットとどっちが好きかと問ふやうなものかな。軽量で高機動のホーネットよりも,僕は大袈裟であちこち動いて尚且つ高性能のトムキャットが好きなのである。
早い話がセローは恰好悪いのだ。フロントフォークの蛇腹のカヴァがまづ気に入らないしカラーリングも今一,タンクに描かれた鹿のイラストなんぞすっ転んで鼻を打つくらゐ力が抜ける。何と言ってもメイカがヤマハなのが面白くない。

駐輪場の問題が未解決なので今現在どうかう言ふ事は無い。それがクリアされたとき金があればDR,無ければセローと云ふ選択にならう。まぁぼやぼやしてたらアタシは誰かのぢゃないや,またニューモデルが登場してしまふ。
実はスズキのSX200のモデルチェンジを期待してゐる。こいつのカラーリングが変更されてタンクに鍵が付けば,また書かう。


7年くらゐ前に山口市の丸久でカメラを買った。生涯つかふつもりだったから大枚3万円もはたいたのに一昨年あっさり壊れてしまひ,と言って勿体無くて自分では捨てられず人にあげた。キヤノンのオートボーイIIと云ふベストバイである。シャター_ボタンが不調で,優しく切ると押し込まれたまま戻らなくなり勢ひよく切れば動作はするが当然ながら手振れが酷くて何だか判らない。

レンズ付きフィルムと云ふ不可思議なイメイジを喚起する商品があって,何ぢゃそりゃと思ったら使ひ捨てカメラなのね。「使ひ捨て」と云ふと外聞が悪いので「使ひきり」だの「レンズ付き」だのとごまかす気だな。
写ルンですを買ってみました。
さう酷い物ではなかった。しかし何処もピン惚けにならず何処も焦点の合ってゐない不思議な味の写真である。24枚撮りだったのに上がってきたのはたったの8枚だ。日中外で撮った奴だけで,蛍光灯全照だったにも関はらず部屋の中は殆ど闇に埋もれてをりDPE屋は焼くのを諦めてゐる。どうもフラッシュが無いとお話にならないのであった。

今は36枚撮りのナイスショットを使用中だがこれは2000円である。写ルンですは1000円しなかったと思ふがフラッシュが付くと俄然はねあがる。
電池代とフィルム代を抜くと1500円くらゐになるのかなあ,でも店で一番安いカメラを見たら8000円のがあったんだよな。5本ナイスショットを決めればこっちの方が高く付く。
今後ぼくは150枚も写真を撮るだらうか。撮りさうでもあり撮りさうでもなし。

オートボーイで撮った写真のネガは全部とってあるのだが,それから焼き増しした事は一度も無い。それほど下らない物しか撮ってをらんのだ。僕の撮るのは内緒で飼った猫とか家具のレイアウトとか自作バックロウドの音道とか,要するに記録としての写真ばかりであってメモリアルではない,ドキュメントなのである。

民生のヴィジュアル系記録装置と云ふとまづ普通のスチルカメラにポラロイド・フロッピイ_カメラであり,動画には8mmとVHSのムーヴィがある。いづれにせよスチル_カメラに比して画質は劣るしコストは高い。
畢竟決め手はレンズであって,スチル_カメラは乱暴に言へばレンズ代だけだが,他方式はレンズの後ろに物物しいメカを置く必要がある。CPの低下は当然の帰結なのだ。

やっぱり普通のスチル_カメラを購ふしか無ささうだ。ニコンのキャメラにコダクロームを詰めて,母さん取り上げないでと唄ひたいところだね。どうせ8000円のがらくたに落ち着くんだらうけれど。

不一

1991年1月22日


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そして僕は途方に暮れる
大沢誉志幸の最高傑作。

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鹿のイラスト
あれはヒマラヤ_カモシカだそうだ。

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母さん取り上げないで
Paul Simon『Kodachrome』の一節(和訳)。

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written by nii.n