冠省
一度やったネタである。
仕事で大変お世話になってゐる人が女（妻）を孕ませ，５月に父親になると聞いた。
子供と云ふ奴，僕には実子も水子も無いから想像の域を出ないが──子種が無いのではないかと疑ふくらゐ失敗しない──女は確実に我が子と判るのに対して男親は今いち確信を持てないで何処かしっくり来ない気持ちがあるらしい。民法でも「婚姻中に産まれた子供の父親は，母親の配偶者と推定する」と云ふやうな表現を冷静に採ってゐる。
その人の子と推定される胎児の性別は既に鑑定済みであるにも関はらず，わざと尋ねないでゐるさうだ。奥さんのほうは知ってゐるのである。早く一所に名前を考へた方が良からうにと，要らん事を思ふ。
幸ひ其の人の姓は「＊＊＊」であって，ふさはしい名前はふた通りしか無い。「やんまん」か「やんまん７」だ。男女をとはず付けられ，憶え易く耳当たりも良い。
名は体を表はし性格形成にも影響する。名付け親の責任は地球より重い。クイズの当選者発表なんかで「角栄」とか「飛雄馬」とか云ふのを見掛けた事があるが，彼等にはグレる正当な理由と名付け人を刺す権利とがある。万たび考へても考へ過ぎると云ふ事は無い。
落語家にも好い加減な名前が結構あるが，拡大推進してゐるのはビートたけしだ。軍団員の名前は露出度が高くて馴染んだ物もあるけれども，その下のセピアや更に下の連中はもう無茶苦茶である。大阪百万円（たけしの弟子になりたくて喰ひ潰し用に100万円貯めて上京した）だのおぼ土山（軍団のスポンサー水島新二の御曹司）だのは辞めてしまったやうだが，秋山見学者・こてっちゃん馬場・玉袋筋太郎・くろまによん吉川・水道橋博士・佐竹チョイナチョイナ等は今も『スーパージョッキー』で観られる。
水道橋と玉袋は浅草キッドとして漫才で売り出し中（『軍団クイズからだが資本だ！』で賽ころから飛び出た男），くろまによんは日本最後の独楽回し師として先日ＮＨＫに出演した。
水道橋と佐竹チョイナ2は秀逸な芸名であり，中でもチョイナは落語家から譲ってくれないかと引き合ひがあったと云ふ事である。
名前を決めるに当たっては幾つかのポイントがある。
など。
前記の「角栄」「飛雄馬」は1.で駄目，「冬馬」「真利亜」の類が2.の例，3.は郷ひろみの娘「薫子（ゆきこ）」，4.では「肇」（これは判るか），5.は「しのぶ」や「ひろみ」，6.はちょっと違ふが「満子」みたいなの，7.は数年前の「大介」「健太」に代表される奴，こんなとこかな。
僕の子供の名前は早早と考へてある。
吾子となると前掲1.から7.を踏んまへて，
当然ながら，
てな訳で今のところ最も有力なのが「時＊」である。愛称は，お時ちゃん。この世で一番大きな時間を操り超越する美しい女と云ふ意味だ。
「＊」はＪＩＳ第二水準にも這入らない漢字（本機（Canoward）にも無くて外字で作った）だけれども，画数も少なく旁の「予」が効くから難読でもない。ヨ音なら「世」や「代」が来るのが順当だらうが，遣へないのは一目瞭然である。勿論「東京」にも引っ掛けてある。世界中で通じることだらう。
時＊はどんな娘に育つか。画数占ひは完全にナンセンストリオであって，以前紹介した音声占ひでやってみよう。
＊＊時＊だとＩＩＯＩＯとなり，即ちお喋りで普段は人の後ろに付くタイプでありながら火急の際は抜群の行動力と指導力を発揮する。躁鬱の気があるかもしれない。でも意思と努力の人だ。
女の子ならひとつくらゐＡ音の欲しい所，でもうまい名前を思ひ付けないでゐる。
ついでに僕の最近のペンネイムと言ふか，人に名前を訊かれた時の偽名は「＊＊三四郎」，語呂合はせだけである。
これでは＊＊丸出しなのでもうひと捻り，「三輪山艶之進」と云ふのを考へた。「三輪山」はミワヤマと読むが，本当はサンリンサンだ。これは良い，華があるし品も由緒も備はった最強の名前である。勿論「二輪山艶之進」とペアで遣ふ。なぜ最強かなぜ二輪山とペアかはサンリンサンアデノシン・サンリンサンアデノシンと続けて唱へれば解る。謎解きは此の号末尾に。
なほ以前かいた「紅羅坊仁哉」も捨ててはゐないので宜しくねん。
初版絶版を買ひ損ねもう入手は不可能と涙に暮れたＬＤ版『吉本新喜劇ギャグ１００連発』は，最初に発注した販売店の努力に依って手元に置く事ができた。誠に難有い。
ＬＤはＬＰと同じく30cm盤なのでジャケットの鑑賞も楽しめる。おもて面は客席20列目中央通路から見た無人の舞台セットで荘重感さへ覚えるが，ひっくり返した途端に爆笑である。岡八郎・船場太郎・花紀京・桑原和男らの劇中スナップが鏤められ，それだけで新喜劇のテーマ曲と彼等の一撃必殺のギャグと観客の笑ひ声が聞こえてくるやうだ。
当てにしてゐるパナソニックの新型プレイヤは未だ市場に出てゐない。早く観たいようん。
この春こそは引っ越しを敢行しようと決め具体的な検討に這入った今日この頃，王子（東日本のお稲荷様の総本山がある）・品川（心中の名所）・鶴見（ひまわり保育園がある）の周辺をちらちらと窺って相場を探り，ようし７万円なら出したろやないかい許容範囲内の物件があれば即決だと高校生のちんちんのやうにいきり立つ所まで来て，地元の不動産屋の親爺に騙されるより首都圏全域をオンラインで捜す方が有利と考へ土曜日に渋谷のアパマン館へ行くとして，良い物件は朝はいり朝はけると云ふ話で，それなら＊＊＊の自室よりも中目黒の甘木の部屋に泊めて貰ふのが望ましく，さりながら甘木は毎日22時を過ぎないと帰らないから──一体なあにをやってをるのだ──会社が引けても随分間があり，最近いれ上げてゐる女の子と御飯を食べながら機関銃のやうにギャグを語り込んで死ぬほど笑はせ変な事をしようと企てたら，楽しかったわぢゃあねと暗い歩道で逃げられ，寒さに震へつつ五反田に昔ちょっとあった女の子が居るのを思ひ出して久し振りに変な事をしようか しらと電話を入れてみると，はいはいと馴れた様子で男の声が出てきたのにはびっくらこいて慌てて受話器を置いてしまひ，身も心も冷えてすっかり風邪を引き込んだ。
悪寒が走りめまひがする。泊まりに行くのを止めたと甘木に電話をして零時前に＊＊＊に這ひ摺り帰り布団を被って眠らうとしたのだけれども，物凄い頭痛と熱感と寒けで体がちゅーちゅーがたごとと震へて寝付かれない。眼底に錐百本が刺し込まれ顳を焼け火箸が貫通する。幸ひ喘息は出てゐないから強力無比なバファリン２錠を投下して其の睡眠成分に頼んだ。
これがいけなかった。ややあって胃がきゅーっと収縮したと思ふ刹那，わああああああーっと逆流してきて，急いで口を閉ぢたが３ｎ秒で充填を完了し唇の隙間から究極の水芸である。ジョッカーの怪人は恐怖ゲロ男と化して10Ｌの汚物をごみ袋に吐き出してはみても勿論これで打ち止めではない。胃が空になると十二指腸・小腸・大腸・直腸と順番に呼び出しが掛かりあと一歩でゴールと云ふ所まで旅を終えた内容物さへ振り出しに戻る勢ひなのだった。
手持ちの消炎剤と抗生物質（１発しか無かった）とで調整を試み，せっかくの土曜日と日曜日は療養で完全に費えた。月曜の朝には何とかなりさうなくらゐ回復してゐたので10時半頃ごそごそ会社へ染み出してはみたもののお昼過ぎにはまた錐100本が眼の裏に刺し込まれ眉間に鉈が深深と喰ひ込む。急性白痴を装って頭痛を騙し退社時刻まで持たせようとする戦術は，めまひ一撃で蹴散らされた。堪らず15時半に空出張を発効して三白眼のまま電車に揺られ，窯倉状に固まった布団にまた嵌り込む。風邪と云ふのはもう眠るしか打つ手は無く全てを打ち忘れひたすら寝る。大汗を掻いて夜半に目が覚めた。大汗はたいてい吉徴だが，これは様子がをかしい。余りに熱っぽいので計ってみると，何と新記録38度６分である。一体ぼくは余り熱を出さない方で，38度を越えたのは今回を入れても２回だけだ。絶望的な気持ちになり少しゲロを吐き，脱水症状を恐れてアクエリアスをラッパ飲みする。
長い夜が明け，当然会社は休みである。体温は37度４分に下がってゐた。
近所の内科へ這って行ったが，問診と薬をくれただけだった。近頃の医者は注射をしなくなったね。僕が餓鬼の時分は診察を受ければ必ず注射だったがな，薬害で告訴されるのを防いでゐるのだらうか。くれたのは抗生物質と消炎酵素剤・排痰剤など。
終日37度台をさ迷ひ翌朝やうやく平熱に戻って，この風邪は鎮静したと思った。
金曜の夜から５日間も掛かってゐる。この間摂取したのは投薬を除いてアクエリアス・ポカリスウェット・ＮＣＡＡ合計７Ｌとカロリーメイト２箱のみであった。
しかし風邪が治らなくなったなあ，お爺になったのお。
さて三輪山艶之進の謎解きである。
これは姓名をひっくり返したアデノシン_サンリンサンが元で，つまりアデノシン三燐酸だ。高校の生物の時限に習ったカルビン回路やクレブス回路の辺りに活躍する（と思ったがな）ヌクレオチドである。この三燐酸が二燐酸に変化する際に放出されるエネルギーを遣って代謝活動が営まれるのだ。これが無ければ生体は話にならない。仇や疎かにできぬ最上級の名前と言へよう。
不一
1990年３月12日
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