東京月記9001

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冠省
寒いですな,この冬は。手が凍えてキイボードをうまく叩けない。出勤時なんかぴゅーっと風が吹き付けると,心臓の止まる思ひがする。或るいは本当に止まり掛けてゐるのかもしれねえな。

今期は暦通りに休んでも6連休だし帰省する気も起きないので,予て懸案のスピーカ4ch.化を実行いたす。電動器具を使はなくとも日曜大工は大きな音が出て,長屋のコーマンのやうに辺りを憚る。アパートから最も人の居なくなるであらう年末年始がスピーカ作りの好機だ。ったく自作派は辛いよ。
作るのは例に依って長岡鉄男大先生設計のF−111『クレーン』である。現用メインのD−101『スワン』と対で使ふ専用リアスピーカだ。構造は単なるバスレフであって工作は比較的容易,占有床面積が20×20cm2でありながら全高は122cm(ユニット高115cm)と云ふ超トールボーイの形態を持つ。置くのが畳の上なので押せばふらつくのだけれど,自然に倒れると云ふやうな事は無い。
ユニットがフロント/リア同じ物と云ふのが味噌で,世界最強のフルレンジ各1発に依るマトリクス_サラウンドを狙ふ。アンプはややくたびれた感のある──電源スイッチのパイロット_ランプが点かなくなった──A−10"暴れん坊将軍"オリジナルを其のまま用ゐる。『クレーン』をB端子に接続し,A端子のみかA+Bかで2ch./4ch.の切り替へを行なふつもりだ。主眼はVCR音声のサラウンド化だが脾肉の嘆に噎ぶA−10に火を入れてやる救済措置でもある。

これに伴ひTV置き台兼用のワンボクス_マトリクス_スピーカはリタイア,A−10をドライヴする迄もない番組に就いてはプロフィールBASICに別売り専用スピーカを与へて対応したい。更にオーディオテクニカの小型パワーアンプも御役御免となる。たいへん勿体無い話だが部屋全体のレイアウトの関係からどうにも仕様が無い。ユニットやパワーアンプは押し入れに直して置くにしても,ボンドと釘でがちがちに固めた自作キャビネットの処分は頭の痛い所だ。

CP最優先ならスピーカは自作に限るが,メイカ品に敵はないのはルックスである。これはデザインとは無関係。特に僕は作りっ放しで仕上げを一切しないので剥き出しのラワンに罫書き入りと汚らしいにも程がある。ニスでも塗ればちったあ見られるやうにならうにペーパー掛けが億劫でやる気が起きぬ。電動サンダを買はう買はうと思ひつつ,あと幾つもスピーカを作る訳ぢゃなしとせこい気を回して今日に至った。今回も電化しそびれた。
かう云ふ不精者は僕だけではないやうで,近年の事と思へどラワン合板の表面に白木の突き板を張ったシナ合板と云ふのが登場してゐる。シナとは科の木の事か。化粧板と呼べるほど綺麗ではないにしても素人が半端な仕事をするよりはましかもしれない。価格の跳ね上がりには目を瞑って使ってみる。

突出した窓据ゑ式のエアコンと観音開きの押し入れとが部屋の短辺を双方おさへてをり,4本のスピーカ位置の確保が難しくレイアウトを纏めるのに苦労する。結局窓側にAV機器を集中配置して,長辺にベッドとAVソフトを振り分けた。
出来上がりを見れば元元これしか無いと云ふ感じだが昨日までは思ひ付いても避けてきた配置である。エアコンを活かす為には熱交換フィンの後ろを開放しておかねばならないのだけれど半開きにした窓とエアコンとの隙間は薄ぺらなフラップ一枚で何となく仕切られてゐるに過ぎず,外気はびゅんびゅん這入って来る。ミニスカートでパンツを穿いてゐないやうなものだ。背面の端子群は無防備に近い。高価な精密機械ばかりだけに心配である。

ヒアリングはTV音声と,甘木が持って来たポータブルCDプレイヤ(パナソニックの安い奴)とで行なった。どちらも腰高のしゃんしゃんした音で今一だけれども,多分ソースのせゐだらう。4ch.にすると当然ながらぐんと前に張り出してくるが,如何にもリアが鳴ってゐると云ふやうなざーとらしさは感じられない。成功である。リアのがんがん鳴るサラウンドは最低だ。
ドルビー_サラウンドも一応いける。しかし最適リスニング_ポイント(リア_スピーカのやや後ろ)ではモニタが小さ過ぎて,画像と音像とのずれが気になる場面があった。無闇に4ch.再生しない方が良いのかも知れない。
マトサラでリアが受け持つのは差信号成分であって公開番組の拍手なんかに一番よく効く。お正月にTVに掛かった『アキラ』の効果音は上下方向の広がりが期待した程ではなかった。内容は原作を途中まで(鉄男がネオ東京を壊滅させるまで)読んでゐたにも関はらず何の事かさっぱり解らない。ただ芸能山城組の音楽は文句無く素晴らしかった,サントラ聴きたい。

意外だったのがCDの音で──サラウンドとは直接関係無いが──2万円足らずの器械の癖によく鳴る。またCDプレイヤを買はうかてな気持ちが頭を擡げてきた。90年からADは国内プレスされなくなるさうだしいいかげん潮時かしらん。
入れるとすればCD/LDのコンパチに決まってゐる。性能を言ふなら夫夫の専用機を買ふに越した事はないが,A−10をAVアンプに転ずるとならば如何にも無駄だ。LDのレンタルが始まれば決定的なのに噂ばかりでちっとも見えてこない。
あ,待てよ,甘木のプレイヤはポータブルなんだから,俺はCDソフトだけレンタルして来りゃ良いのか。んで,PCMに落とす。なぁんだ,買ふの止めた。


年の初めの例しとて。大晦日から甘木と一所で久し振りに奴とお正月を迎へたならば──あ,去年もさうだったか,山口で──要らんと言ふのに朝日山と云ふ二級酒を提げて来る。飲んでみるとなかなか後を引く酒であり,僕としては例外的な大酒をした。4合くらゐでアンナチュラル_ハイとなって眠り転けてしまひ,夜中に(明け方に)急性アル中男と化して寝返りを百万回うち牛乳を百L流し込むほど苦しんだ。翌昼おき上がってみると,両肩が猛烈に凝ってゐる。頭の痛い訳でも無いから別に二日酔ひでもなささうだが,寝違へたにしては朝魔羅のやうにかちかちだ。これ,前にもあったね。
むかし爺姥を揉み倒したと云ふ甘木に按摩をして貰ったら激痛の余り,うひゃほひぴょろろろと断末魔を上げて気絶した。梅安甘木の御見立てでは眼から来た肩凝りださうだ,本当かよ。息を吹き返すのに2日かかったぞ。

1月の4日から出勤である。っても4日は10時ごろ**の事務所へ行ってビールを飲まされて(新年会ですな)昼前には帰ってしまふ。こんなだらけた日でも面倒臭いので例年はサボッてゐたのだけれど,今年は年休が足りなくて行かざるを得なかった,くくく。もう働かにゃならんのかと思ふと眉間がぎりぎりと痛む。
悪寒を堪へて出てみれば,寿司屋にパーティ_セットが誂へてあるから取って来いと仰せ付かった。寿司屋と言っても小僧寿しみたいな所だ。年明けさうさう河岸が開いてゐるものかしら,どうせ冷凍か。

出来上がるまで待ってゐると向かひに薬屋があったので此れ幸ひ,残り乏しいビタミン剤を仕入れる事にした。
『マルチビタミンゴールド』をくれと親爺に言ふと「アナタ,コンピュータ方面ノ人アルネ。疲レテルネ。最近眼精疲労デ肩凝ル人,多イアル。頭・腰イタイモ,眼ツカヒ過ギルカラアルヨ。コッチノ方ガ良イアル。いま大評判アルヨ。買フ良ロシ。ポコペン」,何とみんな当ててしまった。何者だ。

お薦めに従って買ったのは『エスファイトゴールド』で,『マルチ』と同じくエスエス製薬社製。『マルチ』がビタミン全種にカルシウム配合の本当にマルチな保険薬なのに対して『エスファイト』はB系ヴィタミン+γオリザノ−ルのやや処方薬よりな製剤である。微量栄養素を錠剤の形で大量摂取しても殆ど排泄されるだけに違ひ無いが,プラシーボだって立派な効能だ。
γオリザノールとは何ぢゃいと調べてみたら自律神経失調直撃の治療薬だった。しかし「ガンマ_オリザノール配合」等と謳った所でいったい誰が其の真意を汲み取れると言ふのだらう。また此れは作用と効果の因果関係が明瞭でない薬ださうだ,効くのは確かだがどぼじでかは判ってゐない。まぁ習慣性は無いみたいだし結構な薬を発見したてな所か。嬉しい嬉しい。


1月10日に鳥山明のイラスト集が出た。ジャンプでしつこく告知されてゐたから売り切れを予想して発売日に会社を抜け出し(これ,よくやる)近所の書店に行った所が1冊も無い。第1刷が100万部と言ふ『ドラゴンボール』が同日出版で山積みなのを見てとり発売日の延期に望みを繋ぎつつ念のため店員に訊いてみると,全部はけたとのこと。えらいこっちゃ,後手に回ってしもた。地は裂け天の降る思ひがしたが幸ひ3軒目で入手できた。其処でも残り少なだったぞ。

A4版100頁の上質紙でフルカラー,元もと絵のうまさに定評のある鳥山の作品集だが表紙からしてびっくりし中を開いて呆れた。描き下ろしが数点と『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』からの抜粋(扉絵が多い),それに『ドラゴンクエスト』他のキャラ_デザイン画に誌上対談が付く。週刊誌や単行本のモノクロ印刷でも其の巧みさは窺ひ知れるのに,原画を完全に再現したと云ふ絵を見たらもう何も言へない。これで1000円は安過ぎる。ラフスケッチも載ってゐたが,存外手塚治虫風なのがあって面白かった。

鳥山は間違ひ無く世界一の漫画描きである。ストーリ_テラーとして最上級とは言へなくとも此の画力だけで数百人分の漫画家に相当する。例へば荒木飛呂彦やしげの秀一も優れた作家だけれども,扉絵1枚を抜き出したとき鳥山の其れに匹敵する喚起力を備へてゐるかと言へば否。
『Dr.スランプ』が終はった時この儘イラストレイタになった方が良いのぢゃないかと思ってゐたら──『スランプ』は途中で買ふのを止めた──『ドラボー』は此れを上回る超大ヒット,更に画力が上がらうとは僕も考へられなかったのだ。ジャンプ530万部を支へる鳥山の功績は大きい。

『ドラボー』はエスカレイト漫画になって辛い所だが破綻しないで読めるのも描写がきっちりできてゐるからである。第一この人はスクリーントーンを殆ど使はない,それであれだけの質感を出す。直ちにペンを折るべき同業者は少なくない。ジャンプで屁にも至らない漫画を描いてゐる連中は『およげ!たいやきくん』のB面に吹き込まれたやうな僥倖を感謝せねばならぬ。


家電の購入も一巡してもう買ふ物が無くなった,と言ふのは嘘で1巡目に仕入れた物は概ね失敗であり全部かひ換へたい。この春こそは引っ越すつもりなので,差し当たりエアコンと洗濯機は置いて行ってしまひたい。

不一

1990年1月8日


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written by nii. n