東京月記8911

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冠省
まさかの松田優作が死んだ1989年11月,しかしそんな事件が無くとも今月は大変な月なのである。何しろ僕が天才作詞家と化して10周年なのだった。

現在公式に処女作として認定されてゐる『夜行列車』の制作日付が79年11月となってゐる。残念ながら11月の何日かは判らない。意識的に作品として詞を書き始めた頃(翌年4月)手元に残ってゐた落書き帳を繙いてばらばらにしつつ(小朝のギャグ)採取した物であり,ちゃんとした記録を取ってゐなかったからだ。それでも**高校の教室でお昼休みに滞り無くささっと書き上げ,すぐに*****に見せたのだけは憶えてゐる。
落書き帳には勿論ほかにもたくさん小品が残されてゐたのだけれども,余りに稚拙だったりモチーフや表現がダブってゐたりで習作以前,要するに遣へなかった。その落書き帳も捨ててしまって今はもう無い。

どうして『夜行列車』を書いたのかは明確な理由ないし動機を思ひ出せない。否,ひと通りの説明はできるのだが,いきなり完成度の高い創作を捻り出したのが解せないのである。落書き帳の中でも1発目だったのだ。
当時書き綴ってゐた広島月記の読み手だった花鳥くん(中学時代に奈良へ引越して行った友達。僕にビートルズを教へたのは彼)がポールの真似をした下らん詞を送ってくるやうになったのに対抗する必要のあった事と**高校で級友だった風月くんの自作自演を聴いて触発された事とどちらが先だったか,いづれにせよ**ちゃんとの不和が背景にあったのは疑ひ無く,精神的苦痛を昇華する手段を欲してゐたのは確かである。花鳥くんからも風月くんからも手解きを受けたとは感じてゐないが,作詞と云ふ表現手段を身近に示してくれたのは彼等である。

僕を決定的に天狗にしたのはやはり田中ルミ子であらう。
共通一次試験を受けもせず高校をぎりちょんで卒業させて貰った僕は前年度できたばかりの***広島校でのらくらしてをり──本当に勉強しなかったなあ──深夜ラジオも聴くやうになってゐた。何曜日だったかも憶えてゐないが其の中に『ルミ子のと〜んでる放送局(広島ロウカル,24時半頃)』なるふざけた番組があり,これは呉出身の売れないビクター_ニューミュージック_シンガソングライタ・田中ルミ子が聴取者から募った詞に毎週1篇曲を付けて唄ふと云ふ企画が売りだった。
別に野心無く聞き捨ててゐたのだけれど,選ばれる詞選ばれる詞あまりにへぼである。阿呆んだらが詞とはかう書くんぢゃいと『涙のウォッカボトル[80.6/13]』を出した所,何と其の翌週に発表されてしまった。やはり陸でもない物ばかりが送られてゐたのだ。味を占めてまた応募したら数箇月後に『そんな君と,こんな俺[80.9/9](ラジオでは『待ち草臥れた様な A CUP OF TEA』)』が採用された,どちらも過分にお誉めの言葉を頂戴し,プロの水準には達してゐると確信したのである。この時のエアチェックテイプは未だ大事に取ってある。いま聴くと凄く照れ臭い。

89年11月1日現在で,135篇の詞を書いてゐる。す,少ない。均したら1箇月1篇ちょっとだ。年別に数へてみると,79年1作・80年最多32作・81年19作・以降14作・4作・23作・13作・4作・2作・6作・ことし16作(後ふたつは仕上げる)。うむー,何と言って良いものか。ただし『わしらも怪しい探険隊[85.10/25]』だけは3番を付け足したヴァージョン[88.2/16]とダブって登録してある。87年に2作しか無いのは就職初年度の寮生活で落ち着かなかったせゐで,甘木と初めて組んだのが85年,86年から歴史的仮名遣ひに手を染めてゐる。作品の優劣は,言っても詮なき事だけれども,多少の凹凸はさて置き総じて近作の方が読み返しても気持ちに添ふ,当たり前か。しかし初期の物も大好きだ。出来の良いのと余り良くないのと(悪いのは無い)偏り無く散らばってゐると思ふ。

今年は月に1作は書くと自らに課し,10月までは何とかこなしてきた。2月に沢山できたので年間目標は達成してゐるものの11月の分と12月の分はぜぇんぜん手を付けられないでゐる。書きたかった事はたうに書き盡くしてしまひおいしいネタも青田刈り,種芋だって目の届く所には残ってゐない。落ち穂拾ひも儘ならぬ。焼き直し・二度売り・パクリ,あ,嘘嘘,パクリはやってない。ちょっとした戴きはあるけどさ。アマチュアが盗作しても何にもならんけんね。覗きはやっても痴漢はしないてなもんか。

作品は殆どぜんぶ相聞歌である。何たって一番かき易い。ちったぁ違ふ事を書かうと常常考へてはゐるが,思ひ付かん。それに僕君が多過ぎる。減らす努力をしてみてもなかなかうまく行かない。こればかりはIやYOUを連発して不自然でない英詞が羨ましいぞ。今後の課題である。一層の精進と研鑽が望まれる。

詞集を呼んで貰った人は少ないが──何らかの形で創作に関はる人でないと見せても仕様が無いんだよな,鑑賞眼も無いし創作の苦労も知らない。オメガトライブやチャゲ&飛鳥と比べられちゃ適はんよ──よく難解さを指摘される。言葉遣ひばかりでなく飛躍も迷彩も僕の計算以上に感じられるらしい。まぁマスタベイション作品なら尚更だらう。僕の中では整合性・論理性・時系列いづれもきちんと取れてをりどの詞も余す所無く説明できるのだが。
甘木もをかしな解釈をして曲を付けて来る事がある。曲解や改竄には聴かせてくれた時に意見を付けるにせよ曲に嵌める為には或るていど字句の改変も止むを得ないし合作ともなると半分は甘木の物になるのだから,さうきつくは言へない。『ローカル_サルーン(メキシコの昔)[85.9/9]』や『カリブの青(MIAMIの青)[85.10/5]』でも其れは避けられなかった。
むろん僕が楽しみに唄ふ分には限り無く僕に近い妥協点で口ずさむ。出来合ひのヒット曲を唄ふより回数も多く気分も良ろしい。クオリティも大幅に上回る。

『踊れ,おどれ』から既に3年,材料も溜まってきた事だし第2弾を作りたい。作りたいったって僕は何にもできないのでせいぜい甘木を焚き付けよう。
しかしてアレンジや録音・唄入れは呆れるほど時間の掛かる作業であり,堅気職にとって完遂は至難の技だ。僕にさうした才覚があれば手伝へもしようが,遺憾ながら音楽的土壌は貧困の極みである。唄へばドとミとソの音しか出てゐないと言はれ,踊ればリズム感の狂ひを揶揄される。
実を言ふと大学に這入った暁にはギターかピアノを覚え自分で曲を付けるつもりで予備校時代の詞は書かれた。まー覚えなかったね。ヤマハの安いガットギターを買ひはしても齧る前に口を開けただけで止めてしまった。すぐに投げ出したのは悔やまれるがいま再開した所でどうせ物になりはすまい。餓鬼の頃(幼稚園の頃)何故か習ってゐた木琴を続けてゐたら──お引越しで教室に通へなくなった──和製吉原すみれ(和製だっつの)にはなれたかもしれん。また僕の掌は大きくて指が長く楽器の演奏に適してゐるさうだ。でも如何せん自然気胸の手術で根気と云ふ臓器を切除されてしまったから長続きしないのよ。むしろ詞作の続いてゐるのが不思議だ。それよりも例へ楽器ができた所でメロなぞ浮かびもしない。試みた事も無いでも無いが,いつか聴いたヒット曲が脳裏をちらちらするばかりであった。

たぶん消える間際の蝋燭の煌きとは思ふが,甘木はえらい勢ひで僕の詞に曲を付けて来る。この儘では早晩おひ付かれてしまふのではないか。でもきっと大丈夫だらう。数で行けば現在の目標は214作である。ピンと来たか,これはビートルズの公式レコーディング曲数だ。"Mister Moonlight"なんかのカヴァも含めた全曲数,僕ひとりで書けばビートルズの4人に勝る勘定だな,彼等は7年半で成し遂げたにしても。

内容に就いては,この東京月記の文章と同じく袋小路に這入り込んで身動きが取れなくなってゐると判ってゐる。何とかしたいのは山山だけれども,ぱちんと何か弾ける迄はどうしようもあるまい。


広島の実家には小学館の『日本大百科事典』堂堂13巻セットがあって,小中学生の時分どんなに社会科の宿題に助かったかしれやしない。確か昭和36年度初版の同38年版で,全部で1万円か2万円くらゐだった。親父はどう云ふつもりでこんな高額品を買ったのか。親父が引いてゐるのを見た事ないし或るいは教育費の一環だったのかしら。誠に難有い。統計資料はさすがに使へなくなったけれど,本文は今でも通用する筈だ。もう2・30年経てば古文書に昇格するだらう。とても手放す気にならない(あ,己の物だと思ってゐやがる)。

***の此の部屋だけでも辞典・事典・字典,結構ある。読み物にしても何とか百科・かんとか博物誌・生物誌・動物誌・地学誌なんてのが多い。東京月記を綴るのでも何かと調べ物が必要なのと,そも実生活で役に立たない知識が好きなので一応全方位を網羅しようといろいろ集めてゐる最中でもある。
最も利用頻度の高いのはやはり国語辞典だ。愛用は三省堂の『新明解国語辞典』第2版の12刷小型版であり,引き易く記述も明解な上に歴史的仮名遣ひが併記してある。これが無ければ僕は歴史的仮名遣ひに踏み切れなかった。
『新明解』で不足の時は『広辞苑』や『国語語源辞典(山中襄太・校倉書房)』に当たるがこっちは滅多に出番が無い。『新明解』の他にワープロの側に置いてあるのは『明解漢和辞典(三省堂)』『新英和中辞典(研究社)』『新クラウン和英辞典(三省堂)』『類語新辞典(角川書店)』『大きな活字の漢字表記辞典(三省堂)』等である。三省堂の多いのは偶然だ。本棚には『岩波古語辞典』『有斐閣経済辞典』『クラウン仏和辞典』『有斐閣ポケット六法』,変はり種に『ピルブック(薬業時報社)』・小学館の『国際版色の手帳』『紋様の手帳』・立風書房の『いちばんくわしい世界妖怪図鑑』『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』てな所が並ぶ。このさき開く事があるのだらうかと云ふ奴も含まれてゐるな。
オウディオ関係(長岡先生独壇場)・落語関係もまづまづ充実してゐる。時事は専ら『88年版現代用語の基礎知識』に頼ってゐる。辞典の装訂を持ってゐるのは此の程度で,文庫本も入れればもう少し増える。どれも僕の大切なネタ本である。

去年辺り初めて自律神経失調に就いて書かうとした時は『現代用語』にも『痛みのカルテ(中公文庫)』にも詳しい解説が載ってなくて困った。個個の症状の説明は散見されても統合的な項目としては扱はれてゐない。結局ごまかしの一手で逃げたやうに思ふ。『現代用語』は百科事典とは違ひ,論述の引用や援用には適さないのである。何でも載ってるオールインワンの百科事典を寄越せ。
本当は前述の『日本大百科』みたいな本物が欲しいのだが,今なら何十万もするしだいいち置き場が無い。『desk』型の一冊完結で我慢しよう。でも此の頃『desk』って見ないね,絶版になったかな。

仕事場の近所の本屋で漫画を捜してゐたら講談社が創業80周年記念に新しく辞典を出すと云ふ店頭広告が目に留まり,4分ほど考へて買ふ事に決めた。日本初の国語+百科+漢和+英語+英略語+ワープロコード+図鑑+人名+地名+諺+生活辞典と云ふ触れ込みで正にオールインワン,定価7300円の所を予約すれば6800円だと。この惹句が一番きいたかもしれない。パイロット版を兼ねたパンフを見ても,なかなか良ささうだ。但し初版が故に誤植の多さは危ぶまれる。
9月に申し込んで11月に納品である。『日本語大辞典』なる立派な名前だ。監修に梅棹忠夫・金田一春彦・阪倉篤義・日野原重明と云った面面が連なる,後2者は知らんが。
これが重い重い。5kgか6kgは優にある。19×27×8cm3で2300頁・5段組みだ。岩波の古語辞典よりでかい。

さっそく自律神経失調を引いてみよう。
あぐらを掻いた右横に箱カヴァから出した状態で置いて,「自律神経失調症」を捜し当てる迄に20秒かかった。

じりつしんけい−しっちょうしょう[自律神経失調症]交感神経と副交感神経の調節機能の不調和によりおきる身体的,精神的な症状。不眠・頭痛・食欲不振・発汗異常などで,いくつかの症状が同時におこる。ストレス・過労などが原因。autonomic ataxia

うーん,あっさりしてるな。百科と云ふ点では物足りない。やはり言葉の意味を調べる辞典であらう。
しかし17万5000語を誇る語彙数はさすが,手塚治虫やビートルズは元よりローリング_ストーンズまで載ってゐるのには魂消た。

ローリング−ストーンズ[The Rolling Stones]イギリスのロック−グループ。歌手のミック ジャガーを中心に一九六二年結成。ヒット曲『サティスファクション』など。

わはは。
背は柔らかく跳ね返りは無いけれど大きく重く,広辞苑に次ぐ引き難さである。箱から引張り出すのが面倒臭いので,裸にして床に転がしておく事にする。果たして僕のニュー_リファレンスとして定着するか。

不一

1989年11月23日


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written by nii. n